新人戦へ向けて
結局、小笠原は監督に退部届を提出してラグビー部を去った。
復帰した私だったが1ヶ月以上部活をサボっていたこともあり部員たちからの風当たりは強かった。
仕方がないとは言えそれなりに堪える。
私は黙々と今まで以上に練習に励み、今度はどんな相手にも力負けないよう体を鍛え上げていった。
蟠りがなくなったわけでもないだろうが、部員たちも元のように接してくれるようになった頃、KM高校ラグビー部に転機が訪れる。
「今日から私と一緒にお前たちを指導してもらうことになった関くんだ。関くんには主にバックスを見てもらう」
「外部コーチとして来る事になった関です。伊万里監督がおっしゃっていたようにバックスの指導をメインでやっていくので宜しくお願いします」
関コーチは大学を出たばかりの新任で、コーチというよりは先輩のように私たちを指導してくれた。
これまでは伊万里監督のもと圧倒的に足りていなかったフィジカルとフィットネスを徹底的に鍛え、基本となるパス、タックル、スクラムを重点的に練習してきた。
それに加え関コーチはボールを確保するための背中やひじの使い方、次のプレーに生かすための体捌きやゲームの流れ、戦術を教えてくれた。
これは基本が出来つつあったからこそ可能になったことでもある。
こうしてKM高校ラグビー部は上昇気流に乗ったのだった。
この頃、私は2番フッカーというポジションに据えられる。
フッカーはスクラム最前列の真ん中に位置し、スクラムをどう動かすかコントロールする役割を持っている。
どのタイミングで仕掛けるか、キープするのか判断するのはフッカーだ。
スクラムはただ押せば良いわけではない。
例えばキックで陣地を取りに行く場合はスクラムを動かすと安定したボール出しが出来ないためスクラムを動かさないようにキープする。
相手が仕掛けてきてもじっと我慢だ。
逆に相手がボールを蹴ろうとする場合は押したり回したりする。
回しすぎると反則を取られるのでボールを入れる瞬間やボールを出す寸前で仕掛けるのが常套手段だ。
スクラムの中でフッカーは特にフッキング(スクラムハーフがボールをスクラムに投入した時、足でボールを後方へ送り出すプレー)する時は片足が浮いた状態となるため、相手のプレッシャーに押し負け易くなる。
そこで私は片足であっても相手に押し勝てるよう脚を鍛え普通はフッキングに集中して体が動かないようキープするところを攻撃的に相手を押しながらボールを安定してフッキングする練習を重ねた。
努力を重ねたのは当然私だけではなく、弱点だったスクラムはKM高校ラグビー部の強みに変わり、地元社会人チームにも押し負けないまでに成長していく。
またスクラムが安定したことでサインプレーも多用できるようになり、私たちのラグビーは、よりスピーディーにディフェンスは強固にそして攻撃は1プレー1プレーが明確な目的を持ったものに変わっていった。
ところが思わぬアクシデントが私を襲う。
それは新人戦を3週間後に控えた金曜日の練習終わり間際。
タックルの練習をしていた時だった。
私はステップを切る相手の膝あたりにタックルを決め相手を倒したのだが、鈍い衝撃とともに左手の小指が曲がってはいけない方向・・・外向きに90度折れ曲がってしまったのだ。
「なんじゃこりゃ・・・」
グギッ
衝撃的な光景を見た私は反射的に小指を無理やりもとに戻してしまう。
その時は感覚がマヒしていたのか痛みを感じていなかったが、小指は見る間に晴れ上がっていった。