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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

混沌の精霊魔導師

作者: 壬黎ハルキ

短編を書きました。よろしくお願いします。



「悪いんだけど、そこをどいてくれるかしら?」


 少女の凛とした声が響き渡る。誰が聞いても敵意剥き出しなのは明らかだ。

 無理もないだろう。あと少しで目的地である港町に辿り着けるというところで、数人の盗賊たちに囲まれてしまったのだ。

 むしろ少女がたった一人で山越えまでして、ここまで何事もなかった時点で非常にラッキーなほうだと言える。しかし少女からすれば現時点を以って、今日はとことん運の悪い日だと、深いため息をつきたくなるのだった。

 どうしてこうもすんなり事が運ばないのだろう。目の前に並ぶゲスな笑顔が、憎たらしくて仕方がない。

 そんな気持ちを込めて睨みつけるも、残念ながら盗賊たちには、全くと言って良いほど通用していなかった。


「へへっ、お前ら抜かるなよ。こんな上玉、滅多にお目にかかれねぇぞ!」

「もはや俺たちの運も最高潮ッスね!」

「あんなにけしからんカラダつきしやがって……マジたまんねぇな♪」


 ニヤニヤニヤニヤ。そんな表現がピッタリ当てはまるような、いやらしい笑みの盗賊たちに対し、少女は強気な表情で睨みつけていた。


「そーゆー考え方しかできないなんて、分かりやす過ぎるにも程があるわね」

「お褒めに預かり光栄だなぁ♪」


 少女の言葉に盗賊たちは恐れをなすことなく、むしろ余計に彼女の容姿に興味を抱いたようであった。

 十代後半の見た目で背も高く、それに加えてスタイルは抜群――特に胸の大きさが際立っているが、決していやらしさはなく、むしろ健康的にすら思える。

 ふんわりとウェーブがかった銀髪は、肩に届くか届かないかぐらいの長さ。風に揺られてなびくその姿は、彼女の美しさを一段と引き出している。もっともウェーブというのは、周囲がそう思っているだけに過ぎず、本当は単なるクセっ毛でしかないのはここだけの話である。

 そんな彼女のワインレッドの瞳は、まるで相手を射貫くかのような鋭さを誇っていた。現に相手を睨みつけているのだから、尚更であった。


「一応聞いておくけど、私を見逃すという選択肢はないのかしら?」

「全くねぇな! 目の前に転がってるお宝を、みすみす逃してたまるかよ!」

「……もはや何を言ってもムダなようね」


 堂々と答える盗賊に対し、少女は追及を諦めた。同時に両手を広げ、二つの手のひらに力を込める。

 その瞬間、空気中を漂う粒子が具現化し、少女の手のひらに集っていく。やがてそれらは白と黒――二つの色を持つ輝く球体と化した。

 生成されたのが魔力玉であることは、盗賊たちもすぐに分かった。


「へっ、やっぱそれなりの腕を持ってるみてぇだな。貴族のお嬢様が冒険者で一人旅してるとくりゃあ、別に不思議でもねぇがよ」


 盗賊のリーダー格の男が、面白いと言わんばかりに笑うと、一人の盗賊が不安そうな表情で話しかける。


「どうします? あの女が出してんの、どう見ても魔法ですぜ?」

「うろたえんじゃねぇよ。相手はたった一人、こっちは何人もいるんだ。数の勢力で押し切るまでだろ」


 その強気な笑みに、他の盗賊たちは次々と威勢を取り戻していく。リーダーがそう言うなら、という安心感も後押ししていた。

 一方、そんな彼らに対して、少女は顔をしかめつつ、心の中で驚いていた。


(……見抜かれている? いえ、知っていたというべきかしら? 一体どうやってそのことを……って、今はそれどころじゃないわね)


 少女が気を入れ直したその時、リーダー格の男が剣をゆっくりと掲げ、それを前に突き出した。


「かかれぇーっ!」

『うおおおぉぉぉぉーーーっ!!』


 一斉に襲い掛かる盗賊たち。少女も覚悟を決め、両手に生成した二つの魔力玉を勢いよく解き放とうとしたその時――


「ぐわあぁっ!?」


 突如、横から何かが撃ち込まれ、それは盛大な爆発を巻き起こす。盗賊の数人が吹き飛ばされるが、いずれも直撃には至っていない。その威力からして、威嚇射撃の域は出ていなかった。


(今のは……魔力?)


 殆ど確信に近い形でそう思いつつ、少女は撃ち込まれたほうへ振り向く。すると砂煙の中から、一人の少年が姿を見せた。


「いやー悪い悪い。思わず割り込んじまったけど、迷惑だったか?」


 少年に声をかけられ、少女は戸惑いながら首を横に振る。


「い、いえ。むしろありがたいわ」

「そうか。それは良かった」


 少女の答えに、少年はニッと笑う。

 見た目は十代後半で、背丈は少女よりも頭半分高い程度。ズボンとハイネックシャツは共に黒。その上に来ている白の上着。栗色の髪の毛を持つ顔立ちは、二枚目ではないが三枚目でもない。まさにどこにでもいそうな少年と言ったところか。

 そんな少年の右肩から、小さな存在が飛び出してきた。


「マスター。早くアイツらをけちょんけちょんにしちゃうです!」


 見た目は可憐な女の子。ただし手のひらサイズで、耳は尖っており、背中には羽を生やしている。

 それは妖精と呼ばれており、精霊と深い繋がりがあることでも有名であった。


「いいえ、むしろあんな醜い人たちは、ひと思いにやっつけちゃうですよ!」

「分かったから落ち着け」


 憤慨する妖精に対し、少年は苦笑気味に返す。

 普段は滅多に見られないとされている妖精がいきなり現れ、周囲があからさまに驚く中、リーダー格の男が何かを探るように少年を観察している。


「あの小僧、どこかで……そうか思い出したぞ!」


 リーダー格の男は、鋭い目をギラリと光らせた。


「テメェだな? ルシアとかいう無属性の魔導師ってクソガキはよ!」

「え?」


 突然そう叫ばれ、少年ことルシアは呆けた表情で振り向く。それに対し、リーダー格の男は更に苛立ちを募らせる。


「とぼけたってムダだぞ! このカイザル様の目は誤魔化されねぇ! その妖精を従えてることも、魔導師として活動できてるってのも、全てはデタラメだったってことだ! 全く無能らしい姑息な手口だぜ!」


 あからさまな挑発をぶつけてくるカイザルに、ルシアは無言を貫き通す。その表情はどこまでも平然としていた。

 そもそも相手にする気は全くなかった。言いたいヤツには言わせておけばいい。見ず知らずの他人に――ましてや盗賊みたいな悪者にどう思われようが、知ったことではなかった。

 しかし、そんなルシアの反応を、負けを認めた類いだと見なしたカイザルは、思いっきり勝ち誇った笑みを浮かべ見下してきた。


「全く情けねぇもんだよな。動揺して何も言えねぇってか。テメェも男なら、素直に負けの一つや二つ認めろってんだよ。負け犬は負け犬らしく、大声で見苦しくギャンギャン吠えてりゃいいんだ!」


 カイザルがビシッとルシアに指を突き出しながら誇らしげに言う。今の俺は凄くカッコイイことを言ったぞ、と言わんばかりに。

 しかしルシアは、どう反応したもんかと思いつつ、後ろ頭をポリポリと掻きながら目を逸らす。それが癇に障ったらしく、カイザルは更に苛立ちを募らせる。


「んだよ、その反応は! 言いたいことがあるなら言えっつーんだよ!!」

「じゃあ一つだけ言わせてもらうけど……」


 ルシアはうんざりした様子でため息交じりに――


「さっきからギャンギャン吠えてんの、お前のほうじゃねぇのか?」


 そうハッキリと指摘した。

 カイザルも他の盗賊たちも表情が固まる中、少女と妖精はうんうんと、心の底から納得するかのように頷いていた。


「確かに言えてるわね。まるで吠えるだけが取り柄な猛犬だわ」

「さっきから大声でギャンギャンうるさいです。いい加減大人しくするです!」

「――ぐぅっ!」


 厳しく言い切られ、カイザルはたじろぐ。しかしすぐに無理やり笑みを浮かべ、一歩前に出る。まだ自分のほうが上だと言わんばかりに。


「だ、だが俺に見つかったのが運のツキだったな! 人よりも高い剣の資質に恵まれた俺は、周りから将来を期待された。いわば有能ってヤツなんだよ! だから俺は王都からスカウトされた。輝かしき王宮騎士候補としてなぁ!」


 どうだ凄いだろう。暗にそう言っているように聞こえた。そこに下っ端らしき盗賊の男が、人差し指を建てながら笑顔で言う。


「でも、それからは全然結果が出せず、段々と落ちこぼれ扱いされ、気が付いたら俺たちと同じ盗賊になっちまってたんですよね?」

「そうそう。苛立ちに任せて悪さに手を出したのが運のツキだった……って、余計なことは言わなくていいんだよ!」

「ひいぃっ!?」


 カイザルに責められ、下っ端らしき男は涙目になる。それをルシアたちは、完全に呆れ果てた表情で見ていた。


「――そういや、ちゃんと名乗ってなかったな」


 ふと思い出したように、ルシアは少女のほうを向く。


「俺はルシア・レザークロス。コイツは俺の相棒だ。ヨロシクな」

「妖精のリノンです。マスターと一緒に旅をしてるですよ」

「こちらこそ。レスティ・マルファーレンよ。助けてくれたことは感謝するわ」


 ルシアとリノンの自己紹介に、少女ことレスティが笑顔で返す。そこに――


「テメェらも呑気に話し込んでんじゃねぇよ!」


 カイザルが怒り狂いながら大声で割り込んできた。


「もう完全にアッタマ来たぜ。俺様の恥ずかしい過去までさらけ出しやがって」

「いや、お前が自分で勝手に喋ったんだろ」

「うるせぇっ! 無能野郎が口答えするんじゃねぇってんだよ!」


 カイザルが叫びながらルシアに殴り掛かる。しかしルシアは、それを涼しい表情でヒョイヒョイと躱していく。

 同時にさりげなく右手を開き、そこに魔力を溜め込み、魔力玉を生成する。

 そして――


「おせぇよ」


 一言呟くと同時に、ルシアの放った魔力玉が、カイザルの腹に撃ち込まれる。カイザルはそのまま吹き飛ばされ、仰向けに倒れて気絶してしまった。


「リ、リーダーっ!」

「バカな……無属性の魔法にやられちまうだなんて……」

「きっと何かズルをしたに違いねぇ! 俺たちでリーダーの仇を取るぞ!」

「おぉっ!」


 手下の盗賊たちが武器を掲げ、ルシアに向かって走り出す。その時、ルシアの後ろから輝くような白と闇のような黒、二つの光が飛び出してきた。

 ずどおおぉぉん――と、光の命中と同時に、大きな爆発音が鳴り響く。


「私を忘れてもらっちゃ困るわね」


 後ろから聞こえてくる凛とした声。そして目の前には吹き飛ばされた盗賊たち。ルシアとリノンは、揃ってポカンと口を開けていた。

 やがて盗賊たちが起き上がる。

 立ちはだかるルシアたちを見るなり、一人の盗賊の男が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、他の盗賊たちに向かって叫ぶ。


「リーダーを回収しろ! て、撤退だあぁーーっ!」


 その声に盗賊たち全員が頷き、そそくさと逃げの体勢に入る。

 ルシアたちはそれを黙って見ていた。手は出さないから、逃げるなら早くしろという無言の願いを込めて。

 戦意を失った相手に攻撃する趣味はない。そしてそれ以上に、勝手に逃げてくれるのならば、こちらとしても楽で良い。

 そんなことをルシアがぼんやり考えていると、盗賊たちが走り出しながら叫ぶ声が聞こえてきた。


「何なんだよ! こんな展開になるなんて聞いてねぇぞ!?」

「あの女、俺たちを嵌めやがって……いつか絶対に後悔させてやる!」


 聞かせたかったのか、それとも無意識に心の叫びが出てしまったのか。いずれにせよルシアたちは、逃げ行く彼らの言葉をハッキリと聞いた。

 興味なさげに無言で見送るルシアとリノンの隣で、レスティは呼び止めようと手を伸ばしていた。盗賊たちの今の言葉が気になったからだ。

 しかし盗賊たちの逃げ足は凄まじく、あっという間に姿が見えなくなった。


「まぁ、とりあえず静かにはなったわね」


 これ以上の追及は無理だと判断したレスティは、気持ちを切り替えがてら、ルシアたちのほうを振り向く。


「ルシアとリノンだったわよね? さっきは助かったわ。ありがとう」

「どういたしまして。そーゆーレスティの魔法も凄かったな。二つの属性持ちってことだろ?」

「えぇ、光と闇よ。別に大したことじゃないわ」


 サラッと言うレスティに、ルシアとリノンはきょとんとしながら顔を見合わせ、そして改めて向き直る。


「フツーに凄いと思うですよ。確か属性は、基本的に一つって聞いてるです」

「そうだよ。それに二つ持ってて、ちゃんと使いこなせてるんだ。十分大したことあるだろ」


 リノンとルシアの言葉に思わず呆気に取られるが、レスティはすぐさま、少々バツが悪そうな小さな笑みを浮かべた。


「そうね……ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」


 この世界における魔法は、基本的に自然を司る魔力を使って発動される。そしてその魔力には属性が伴っている。

 属性は主に六つ。地、水、炎、風、光、闇とあり、魔導師がその身に宿す属性は基本的に一つとされている。

 しかし中には、二つ以上の属性を宿して生まれてくる者がいる。

 複数の属性を使いこなすことで、戦術などに大きな幅が出来上がることから、周囲からの期待度も自然と高くなるのが基本である。それ故に学び舎などの優遇度も高くなり、エリート魔導師に仕上がるケースが多いのだった。

 要は属性を二つ得ているというだけで、評価されるということだ。そしてそれを使いこなせるとなれば尚更であった。

 レスティも例外ではなく、自負していることでもあった。確かに自慢することはみっともないが、謙遜し過ぎるのも失礼にあたる。素直に称賛を受け止めるのも大事であると。

 そう改めて反省しつつ、レスティはルシアを見据えた。


「ところで私としては、ルシアのほうがよっぽど興味深いんだけど?」


 笑みを浮かべながらもスッと目を細める。まるでターゲットをロックオンするかのように。


「無属性持ちというのは本当だったのね。さっき見せてもらった魔法の威力も申し分ないし、とても大きなハンデを背負ってるとは思えないわ」


 そんなレスティの言葉に、ルシアとリノンが揃って苦笑を浮かべる。


「あーそれ、よく言われるな」

「マスターのことを初めて知った人は、レスティみたいに大抵驚いてるですね」


 魔力の属性は基本的に六つだが、ごく稀にそのいずれにも当てはまらない属性を持つ者が生まれてくる。

 それこそが無属性と呼ばれるモノであった。

 他の属性に比べると弱点こそないが、有利もない。そして成長度も他と比べると非常に地味だ。否、極めて単純と言ったほうが正しいかもしれない。

 攻撃手段が小さなボールから大きなボールに変化するだけ。例えて言うならばそんなところだろうか。炎などのように自在に形を変えることはできない。ただ脳筋みたくひたすら相手に弾丸を放つしかできない。

 魔導師本人の身体能力があれば別だが、それを兼ね備えている者はごくわずか。体を鍛えつつ魔力も鍛えている者は限りなく少ないからだ。

 資質というのは、基本的に偏って生まれるモノだ。力と魔力の両方が強い状態で生まれてくる者は限りなく少ない。

 それこそ、ありふれた養成施設に頼らず、それなりに変わった環境で凄まじい修行をしてこなければ、無属性としてやっていくのは事実上不可能であった。


「俺が無属性って判断されたときは、そりゃあ色々と言われたもんだよ。まぁ、分からんでもないとは思ってるんだけどな」

「でもあなたはこうして活動も出来てるんだし、まだマシだったみたいね」


 レスティが笑みを浮かべながら言う。無能と蔑まされてきた者が、今のルシアみたいに強くなれるとは、到底思えなかった。

 しかしルシアは、苦笑気味に首を横に振った。


「いや、そうでもねぇよ。実際俺も、親に捨てられたしな」

「……えっ?」


 サラッと衝撃的なことを言い放つルシアに、レスティは上手く言葉が出せず、少々のタイムラグを経て聞き返すことしかできなかった。

 ルシアは特に気にすることもなく、昔を懐かしむように続ける。


「七歳を迎えてすぐだったかな。目が覚めたら深い森のド真ん中だったんだ。その後すぐに、魔法の修行で旅をしていたじいちゃんに見つけてもらって、じいちゃんが俺を拾ってくれたんだ」

「じゃあ、そのおじいさんから魔法を教わったということかしら?」

「そーゆーこと。今にして思えば、スッゲー運が良かったよ」


 ルシアは空を見上げる。雲が流れる青空をボンヤリ眺めていると、脳内に言葉が蘇ってきた。


「どんな資質にも、立派な可能性がある。神様から授かった故に、必ず何かしらの意味がある。たとえどんな資質でも目を背けず、全力で立ち向かうことだ――じいちゃんが俺に教えてくれた言葉さ」

「そう……おじいさんを尊敬してるのね」

「あぁ」


 照れくさそうに、それでいて嬉しそうにルシアは笑った。


「それからちょうど十年だ。ホント色んなことがあったよな」

「ですねぇ。けど楽しかったですよ。今もですけど」

「だな」


 ルシアとリノンの屈託のない笑顔に、レスティも思わず笑みを零す。

 そして偶然にも目的地が同じということで、ルシアたちは揃って港町へ向けて歩き出すのだった。

 談笑しながら歩くルシアとリノンの数歩後ろで、レスティは小さく笑った。


(少なくとも、悪いヤツらではなさそうね。それはともかく――)


 しかしすぐにその笑みは、神妙な表情に切り替わる。さっきからずっと、頭の中で引っ掛かっていることがあったのだ。


(さっきの盗賊たち、私が貴族だったことを知ってたわね。ここ何年も誰かに話したことなんてなかったのに……やっぱり裏に誰かいるのかしら?)


 そう考えるのが自然だと思った。どうにも嫌な予感がしてならない。そんなことを考えながら、段々と表情が険しくなってきたその時――


「レスティーっ、どうかしたのかー?」

「早く町へ行くですよー!」


 気が付くと、ルシアとリノンが少し前を歩いていた。どうやらいつの間にか、立ち止まっていたらしい。


「ゴメンなさい。すぐ行くわ!」


 とりあえず今は気にしていても仕方がない。そう自分の中で結論付け、レスティは駆け出すのだった。



 ◇ ◇ ◇



 港町のカフェ。オープンテラスの一角にあるその席は、テーブルを占領している限定メニューのおかげで、それはもう見事なまでに目立っていた。

 特製スペシャルジャンボパフェ。

 生クリームとフルーツをふんだんに使っており、アイスやプリンもしっかりと添えられている。その大きさはとても一人で食べられるとは言い難く、数人がシェアしてようやく完食できるレベルであった。

 その大きさからして、テーブルに置かれれば非常に目立つのは言うまでもない。ましてやそれを、一人の少年と一匹の妖精が、幸せそうな笑顔で食べつくそうとしているのだから尚更である。

 ランチタイムを過ぎているせいか、店内を含めて客の数が少ないのが、せめてもの救いだろう。


「うんめぇなぁ♪」

「この生クリームたまんないですぅ♪」


 決して挑むという感じでもなく、ごく普通にオヤツを食べる雰囲気。強がっている素振りもなく、いつもどおりですと言わんばかりの自然さ。彼らが純粋にパフェを楽しんでいるだけというのがよく分かる。

 だからだろうか。レスティも細かく追及する気は、とっくに失せていた。


「……見てるだけで胸焼けしてきそうね」


 げんなりしながら呟くレスティに、ルシアとリノンはキョトンと首をかしげる。


「そうか? こんなにふんわりとろける輝かしき芸術品だというのに?」

「むしろ幸せいっぱいですよ?」

「あぁ、うん。満足そうで本当に良かったわ」


 投げやりな口調で返しつつ、レスティは話を切り替えることにした。


「それにしても、見上げた執念よね。このパフェを食べるために、わざわざ遠いところから旅して来たんでしょ?」


 微妙に呆れが込められたその問いかけに、ルシアはモグモグと動かしていた口をゴクンと鳴らし、そして頷いた。


「あぁ。本当は船で直接この町に来たかったんだけどな。前の嵐の影響でしばらく船が出せないっつーから、別ルートで来ることにしたんだよ」

「大変だったですよ。ぐるっと大きく迂回して、険しい山をいくつか超えて、一晩で来れる予定が一週間もかかっちゃったですから」


 ため息交じりに語るリノンに、ルシアも顔をしかめてみせる。


「こうなるんなら、船が出るようになるまで、大人しく待っとけばよかったかな」

「……むしろどうしてそれを先に思い浮かべないのよ?」


 脱力するレスティの目の前で、ルシアは真っ黒なコーヒーを真っ白に変えていく作業を始めた。それを見た彼女は更に唖然とする。


「……大丈夫なの? そんなにミルクと砂糖入れて……」

「むしろこれぐらいがいい」

「マスターはブラック飲めないですもんね」

「あぁ、そう……」


 どこまでも幸せそうな笑顔を見せるルシアとリノンを、レスティは頬杖を突きながら見守る。そのまま無言となり、目の前で真っ白に混ぜられていくコーヒーの姿をじっと見つめていた。


(筋金入りの甘党……そんな言葉で片づけて良いモノかしら? まぁ、考えるだけムダなのかもしれないけど)


 むしろ考え出したらキリがなくなる気がしてならない。だからこれ以上は考えないようにしよう。

 レスティがそんなことを考えていると、ルシアがパフェを食べる手を止める。


「ところで、本当にこのパフェって、レスティの奢りで良いのか?」

「えぇ、言ったじゃない。盗賊撃退のお礼だって」


 目を閉じながら涼しげに笑うレスティに対し、ルシアは納得いかないと言わんばかりに顔をしかめる。


「流石にここまでしてもらうほどの仕事はしてねぇよ。殆ど割り込んだだけで終わっちまったしな」

「ですです。もう一つか二つくらい、頼みごとをされてもいいくらいですよ」


 リノンも頷く。レスティの顔に真正面から近づくというオマケ付きで。

 急に近づかれたせいか、思わずのけぞってしまうレスティだったが、すぐに体勢を立て直す。そして観念したかのように苦笑した。


「……じゃあ少しだけ、私の愚痴に付き合ってもらえるかしら?」

「いいぞ。いくらでも話してくれよ」

「ありがと」


 パフェを食べるスプーンを動かしつつも、耳を傾けているルシアとリノンに軽く礼を言いつつ、レスティは、チラッと周囲を確認する。

 既に席を立ったのか、オープンテラスには自分たち以外の客は一人もいない。これなら色々話しても大丈夫そうであった。

 コーヒーを一口飲みつつ、レスティは自身の境遇を語り出す。


「今の私はマルファーレンって名乗っているけれど、前は別の苗字だったのよ」


 レスティは貴族の長女として生まれてきた。しかし妾の子でもあった。

 父親からすれば、その妾となった女性を一番に愛していた。しかし女性は平民であるが故に、一度は引き剥がされ、どこぞの貴族と政略結婚をさせられた。

 しかし父親は諦めずに戦い続けた結果、どうにかその女性を妾として迎え入れることに成功した。しかしそれは、決して円満とは言えない。色々な意味で、どうにかという言葉がよく当てはまる形であった。

 先に妾との間に子が成されたのは、ある意味必然と言えただろう。レスティが教えてもらった話では、両親は大層喜んでいたそうだ。

 ちなみに正妻と祖父母は、苦虫を噛み潰したような表情をしていたらしい。

 両親からそれを聞かされたレスティは、むしろそうならないほうが不思議だと呆れたモノだった。もっとも自分たちなりに対抗したその勇気に対しては、素直に凄いとも思ってはいたが。

 ところがここで、レスティに更なる追い打ちがかけられる。

 レスティは魔力に恵まれた。しかし持っていた属性は、光と闇の二つだった。

 これが普通の家ならば、素直に喜ばれただろう。しかしレスティの実家はそれを許さなかった。何故なら闇属性を嫌う、光属性の名門だったからだ。

 これには流石の両親も頭を抱えた。後で調べ上げた結果、実母の父が闇属性を扱っていたことが判明した。

 つまりレスティは、母方からの隔世遺伝で闇属性をも受け継いでしまったのだ。

 もっと他に遺伝しても良い部分があっただろう。そんな父親の叫びは、しばらく実家の間でも語り草となっていたらしい。

 レスティは実家の中では、誰よりも不遇の扱いを余儀なくされた。ちゃんと修業すれば、高い魔力で二つの属性を自由に使いこなせる可能性が見出されても、決して覆ることはなかった。

 闇属性を持つ――たったそれだけの理由で。


「……そりゃあまた、ヒデェ考えもあったもんだな」

「あながち分からなくもないわ。貴族や王族って、昔から色々と面倒なモノが蔓延っているもの」

「ふーん、そんなモンか。それでレスティはどうなったんだ?」

「率直に言えば、妹の存在が決定打となってくれたわね」


 正妻の子として生まれた妹は、光属性において秀でた才能を持っていた。更には類い稀なる素質を秘めていることも認められ、聖女という称号を、王国から正式に授かった。

 そしてそれを機に、実家はレスティを認知すらしなくなった。

 実母は度重なる心労で病に侵され他界。父親はまるで憑りつかれたように、公務に没頭するようになった。そして当たり前のように、レスティに話しかけることもしなくなった。

 完全に見放したということなのか、それとも愛する者を殺した死神だと思いたくなかったからなのか。その真実は未だ分かっていない。


「それから私は家を追われ、色々あって魔法のお師匠様と出会い、一緒に暮らすようになった。マクファーレンと名乗るようになったのもそこからね」

「実家とはそれっきりなのか?」

「えぇ。もう何年も音沙汰ないし、縁は完全に切れたと思うわ」


 清々したと言わんばかりにレスティはコーヒーを飲む。その優雅な姿に、全くウソは感じられない。

 さぞかし色々あったのだろうと思いつつ、ルシアが残りのパフェを平らげようとスプーンを動かし始めたその時――


「ねぇねぇ聞いたー? また勇者様がご活躍なさったんですって!」

「今朝から何回も聞いてるわよ。アンタも好きねぇ、勇者マルコの武勇伝」

「当然じゃない。イケメンで優しくて華麗なる強さを持つ。もう惚れる以外考えられないわよ!」


 外の通りから女性冒険者たちの会話が聞こえてきた。一人がテンション高く叫んでいたため、どうしても注目してしまう。

 やがて彼女たちがオープンテラスの脇を完全に通り過ぎると、これ見よがしに深いため息をつく声が目の前から聞こえてきた。


「はぁ……全くここでも有名人なのね、アイツは……」


 ゲンナリとした表情で、レスティが吐き捨てるように言う。するとルシアが、顎に手を当てながら考える素振りを見せた。


「その名前、聞いたことあるな。女神の加護を持ってるんだったっけか?」

「王様に認められて、勇者の称号を得たとも聞いたですね」

「えぇ、そのとおりよ」


 冷めかかったコーヒーを飲み干しながら、レスティが頷いた。


「加護持ちは周囲からの優遇度も高い。勇者の称号を得たマルコが良い例ね」


 人は生まれてくる際、稀に強大な資質を持って生まれてくることがある。その資質はまさに、女神様から授かったとしか思えないほどの代物で、女神の加護という名称がいつしか付けられた。

 マルコという人物もその一人であった。

 特別な資質で大きな結果を残したのだとしたら、特別な称号を得ていても、何ら不思議ではない。


「とはいえ、それが必ずしも良い方向に転がるとは限らないけどね。お世辞にも良いヤツとは思えないし」

「そうなのか?」

「えぇ。加護と称号の力を最大限に利用して、王族や貴族を中心に、多くの女の子を侍らせているらしいわ。狙った獲物は必ず掴み取る。虜にされた女性は、それこそ数知れずと言われているわね」


 淡々と語っていたレスティの表情が、突如しかめっ面と変化し――


「そして私も口説かれたわ……超絶ウザったいくらいにね!」


 怒りが蘇ったらしいレスティは、イライラを募らせながらスプーンを手に取り、パフェのプリンを一つ豪快に口へと放り込んだ。

 その凄まじい気迫に押されたのか、ルシアは無言でそっとパフェの巨大な器をレスティのほうに寄せると、レスティは勢いに任せてスプーンを動かしていく。


「おかげで前の町に居辛くなったから、こうして人目を避けて山越えまでして、こんな大陸の端っこまで来たのに……彼の有名さが憎たらしくてならないわ!」

「この町に来た経緯はそれか」

「ってゆーかもう、パフェ食べつくしちゃってるですし」

「……あっ!」


 我に返ったレスティが、恥ずかしそうに頬を染めながら身を縮こませる。


「その、ごめんなさい、つい……」

「いいよいいよ。そもそもお前が金払ってくれたモノじゃんか」

「何気に美味しそうに食べてたですよね? パフェお好きなんですか?」

「そりゃあ、甘いモノはね。特にラキヤド王国のスイーツは、一度食べてみたいと思ってるんだけど……」


 レスティの頭の中に、件のスイーツの姿が次々と浮かんでくる。まさに夢とロマンの光景と言っても差し支えない。何せ船を乗り継いでいくような遠い大陸の先でしか味わえないのだから。

 自然と恍惚な表情でニタニタと笑みを浮かべ出したレスティに対し――


「……じゃあ、食べに行くか? 俺らちょうどそこへ帰るつもりなんだけど」

「えっ?」


 実にアッサリとルシアが提案してきた瞬間、レスティは思わず呆然とし、マヌケな声を上げてしまった。

 ルシアはそれに構うことなく話を続ける。


「折角だ。パフェのお礼に、今度は俺たちがご馳走してやるよ」

「流石ですマスター。それは良いアイディアですね♪」

「え、いや、その前に……あなたたちって、ラキヤド王国から来たの!?」

「あぁ、そうだよ」


 それが何か、と言わんばかりにあっけらかんと答えるルシアに、レスティは詰め寄るように問いかけた。


「西の大陸にある国よね? とても船で一晩って距離じゃないわよ?」

「つい最近、直通でぶっ飛ばす高速型のが出来たんだよ」

「魔法具の進化の賜物だって、作った人たちが嬉しそうに自慢してたです♪」


 ちなみに距離が遠いこともあってか、一日に二本から三本程度しか出ていない。それでもかなり便利になったほうだと言われていた。


「……そういえば大海横断の船が出来たとか、なんかそんな話をチラッと聞いたことがあったわね」


 レスティは呆然としながらも納得する。同時に改めて驚いた。

 ラキヤド王国からこの大陸までの距離を考えれば、別ルートで一週間というのは理解できるし、むしろ早いとすら言えてしまう。それなりの腕を持つ冒険者であると証明しているようなモノであった。

 これが数人のパーティで馬車などでの移動ならともかく、ルシアたちは徒歩、それも事実上のソロだ。正確には一人と一匹であるが、戦闘になればメインで戦うのはルシアだけとなるだろう。

 そう考えたレスティは思った。やはりルシアは無能なんかじゃないと。むしろ相当な実力の持ち主である可能性が極めて高いと。


(勿論、デタラメって可能性もあるけど、なんかそんな感じはしないのよね)


 むしろ自然と信用している自分がいることに気づく。こんなに単純な思考だっただろうか、普段はもっと疑ってかかっていたハズではないのか。

 そんなことを自問するレスティだが、やはりどうしても、ルシアたちが悪人であるようには感じられない。むしろ興味が湧いていた。もう少し彼らをじっくりと観察してみたい、そんな気持ちが確かにあった。

 レスティはそこで、一旦考えを切り替えるべく目を閉じた。


(まぁ、それはともかくとして……まさかこんなにも早くチャンスが来るとは思わなかったわ。修行時代は、他の大陸へ行くなんて許されなかったし……)


 しかし師匠から免許皆伝を受け、旅立ちを許された今なら問題はない。そう考えれば考えるほど、レスティの中でワクワクした気持ちが募ってきた。

 マルコから逃げるためにわざわざ遠くまで来た、というのは確かに本当だ。しかしそれなら他のところでも全然良かった。

 ――どうせ遠くへ行くなら、海を渡って行きたかったところへ行こう。

 そう思って、レスティは割と険しい山を越えて、この港町まで来たのだった。


(いえ、少し落ち着きましょう。念のため、キチンと確認しておかないとね)


 首を左右に振りながら、なんとか舞い上がる気持ちを抑える。そして無意識に眼力を強くさせつつ、ルシアをじっと見据えながら訪ねた。


「ちなみになんだけど、そこのイチオシは?」

「緑の茶葉をふんだんに使ったグリーンパフェとか……」

「行くわ! 連れてって!!」

「……即決かよ。まぁ、いいけど」


 ルシアもリノンも、あえて彼女の凄まじい気合いには触れないでおいた。


「じゃあ、早速行こうぜ。定期船出てると良いんだけどなぁ……」

「出てなかったら、少しこの町でのんびりするですよ」

「そりゃ良いな」


 カフェを出たルシアたちは、賑やかな町中を歩き出す。港へ続く大通りは、たくさんの屋台や露店で盛り上がっていた。

 レスティが色鮮やかな貝殻のアクセサリーに目移りしたり、香ばしい匂いを放つ獲れたて魚介類の串焼きにリノンが目を輝かせたり、とっても甘そうなフルーツドリンクにルシアがフラフラと吸い寄せられそうになったり。

 なかなか港へたどり着けはしなかったが、それでも表情は楽しげであった。急ぐ旅でもないというのも、良い後押しとなっていた。

 つかの間の休息とはこのことか。

 そんなことを考えながら大通りを抜け、船着き場が見えたその時――


「レスティ……レスティじゃないか! やっと会えて嬉しいよ!」


 今、もっとも聞きたくない青年の声が聞こえてきたことで、レスティは思わず顔をしかめてしまうのだった。



 ◇ ◇ ◇



「あれが勇者マルコですかね?」

「かもな」


 あくまで推測の域を出ていないが、限りなく当たっているだろうと、ルシアとリノンは思っていた。

 絵に描いたようなイケメン。装飾が施された鎧とサークレット。そして腰に携えている聖剣。何回かウワサで聞いた勇者マルコの外観と、ほぼ一致している。

 そしてなによりも――


「やはり僕たちの運命は決まっていたんだ。一度離れ離れになったキミと、こうして再会することができたのだから!」

「だとしたら、とっても嬉しくないことこの上ない運命ね。過去に出会っただけの女なんて気にしてるヒマがあったら、後ろにいるおしとやかそうな彼女さんを見てあげたらどうかしら?」

「あぁ、マリアンヌのことなら心配はいらないよ。僕のお嫁さんになる者同士、仲良くしてくれると信じているさ」

「勝手に決めつけないでくれるかしら? そんな話はお断りよ、未来永劫ね!」

「流石はレスティ。どこまでも焦らせてくれるじゃないか。そうでなくては攻略のし甲斐がない。ますます面白くなってきたよ♪」


 二人の温度差がそれを証明しているような気がした。

 どこまでも情熱的に、そしてどこまでも自分に都合の良い解釈をする。果てしなく冷たい空気で否定してくるレスティの言葉は、一体どのようにして彼の耳に届いているのだろうか。

 とりあえずルシアとリノンは、目の前に登場した青年が勇者マルコであると仮定して、しばらく様子を見ることにした。


「ちなみに彼女の名はマリアンヌ。キミを追いかける途中で出会った麗しき人だ。キミと同じく魔法に精通しているんだよ。まさにこの僕、勇者マルコの嫁としてはふさわしいことこの上ないね!」


 ――どうやら様子を見るまでもなかったようだ。

 そんな言葉が、ルシアとリノンの頭の中に同時展開される。

 まさかこんなにも早く自分で証明してくれるとは思わなかった。しかしながら、大して嬉しいとも感じない。どうしても知りたかったかと言われれば、別にそうでもないからだ。

 むしろ早くこの状況から解放されたい。早く船に乗ってこの町を出たい。

 そうルシアが思っていた時――


「ん?」


 ふと、彼の後ろにいるマリアンヌと目が合った。

 ニッコリと微笑むその笑顔は確かに美しい。だがそれだけだ。多くの男ならば、思わず顔を赤らめてドギマギするだろう。しかしルシアはそうではなかった。

 女性に興味がないワケではない。ただ優先順位が極めて低いだけ。女性とパフェのどちらを選ぶと聞かれたら、迷わず胸を張ってパフェと答えるほどに。

 故にルシアも、特にこれといった反応も示さず、軽く会釈するだけであった。そしてそのまま視線を逸らす。心の底から興味がないことを示していた。

 ――クスッ。

 マリアンヌがルシアに微笑んだ。何かを感じ取ったルシアは、再び彼女に視線を戻すが、さっきの笑みと何ら変わらないように見えた。


(……何だ?)


 ルシアは妙な違和感を感じた。特になんてことない笑顔に見えるが、それが酷く不気味に思えてしまうのは何故だろうか。

 ――と、思考を深めかけたその時。


「僕はレスティもマリアンヌも除け者にするつもりはない。皆で幸せな人生を築き上げようじゃないか!」

「おぉっと、ビックリしたぁ!」


 芝居じみた声で叫ぶマルコに驚き、ルシアも思わず大きな声を出してしまう。急に我に返ったため、今の状況が一瞬分からなかった。

 しかしすぐに理解し、ルシアは申し訳なさそうに苦笑する。


「あー、悪い悪い。気にしな……」

「おいキサマ。勇者であるこの僕の邪魔をするとは、いい度胸だな!」


 さっきの笑顔と優雅な声はどこへ行ったのやら。凄まじく冷えた声と表情で、マルコはルシアを睨みつける。


「大体どこから湧いて出てきたというのだ? そして誰の許可を得て彼女の隣に立っている? 少しは身の程を弁えるということを知りたまえ!」


 ビシッと右手人差し指を突きつけながら叫ぶマルコ。しかしルシアはどこまでも平然とした様子で、レスティに問いかける。


「許可が必要なのか?」

「いるワケないでしょ、そんなの」


 頼むからもう勘弁してほしい。そう願わんばかりの疲れ切った声とともに、レスティはガックリと項垂れる。

 一方マルコは、改めてルシアとリノンをマジマジと見つめる。そして――


「なるほど……そういうことか」


 謎は全て解けた、と言わんばかりにニヤリと笑った。


「最近、妖精を連れた無属性の魔導師が暴れているというウワサを聞いていたが、よもやキサマだったとはな。しかし調子に乗るのもここまでだ。その妖精も無理やり言うことを聞かせていることぐらいお見通しだ」

「……なんかどっかで似たようなこと言ってるヤツがいたな」


 誇らしげに大声で言い放つマルコに、ルシアが呆れ果てた表情で呟く。しかしそれをマルコが気づく様子はない。


「覚悟しろ無能者め! 女神の加護を持つ勇者として、キサマを成敗する!」

「えぇー?」


 ルシアは心の底から嫌そうな声を出す。一応述べておくと、マルコに対して恐怖は感じていない。単純に面倒で仕方がないのだ。このままのんびりしてたら、また更に面倒なことに発展する。そんな気持ちを込めながら。

 リノンもレスティも似たようなことを考えていた。出来ればこのまま逃げ出したいところだが、それをしたところで、色々と不利になるだけだろうと。

 この場をうやむやにできる何かが起きないだろうか。

 そんな淡い期待をルシアが願ったその瞬間――


「グウォオオオオオオオーーーーッ!!」


 凄まじい咆哮が聞こえてきた。何事かと見渡してみると、山の奥から赤い大きなドラゴンが翼を羽ばたかせ姿を見せる。

 口から激しい炎が放たれる。赤い大きな光が空を横切っていく。そしてそれは、人々の恐怖心を駆り立てるには十分過ぎるモノであった。


「うわあああぁぁーーーっ!」

「ドラゴンだ! ドラゴンが襲ってくるぞーっ!」

「急げ! 冒険者ギルドに知らせろ!」

「神様の祟りじゃぁ!」


 叫び声とともに人々がパニックを起こして走り回る。屋台や露店の人々も、我先にと逃げ出した。

 その際に商売道具であるハズの調理器具をぶちまけたり、売り物であるハズのアクセサリーなどを粉々に踏み砕いていく。落ち着いて戻ってきたら、絶望することはもはや避けられない。そしてそれを当の本人たちが気づくこともない。


「皆、あとはこの勇者マルコに全て任せろ! 急いでここから避難するんだ!」


 そう叫ばれた瞬間、人々の動きがピタッと止まった。そして、絶望に満ちていた表情が輝き出す。


「マルコさんが来てくれたぞ!」

「ウソ、やだ本当じゃん。これでもう安心だわ!」

「いやぁん、マルコ様ってば素敵ぃ♪」

「急いで離れよう! マルコ様の邪魔になってはいけない!」


 さっきまでの絶望に満ちた表情はどこへ行ったのやら、皆揃って生き生きとしながら、再び逃げ始めた。

 その様子にリノンが呆れた視線を送る。


「勇者ってホント凄いビッグネームですね」

「みたいだな……まぁ、それはともかくとして、あのドラゴンだが……」


 歓声に等しい叫び声など全く興味を示すこともなく、ルシアは振り返り、空に羽ばたくドラゴンを見上げる。


「首になんか付けてんな。黒い首輪……いや、あれはもしかして魔法拘束具か?」

「マスター、あの首輪から魔力を感じるですよ」

「やっぱりか」


 舌打ちするルシアだったが、実のところ想像するまでもなかった。首輪から湧き出る禍々しいオーラは、どう見ても普通ではない。

 この世でそんなモノが湧き出るとしたら、魔力以外に考えられなかった。


「どう見ても、ただ単に動きを抑えてるだけじゃねぇよな」

「えぇ。恐らく操る効果も含まれてるわ。どう見ても真新しいモノだし、そう遠くない過去に、誰かが取り付けたと考えるべきね」


 それはつまり、誰かがそう仕向けたということだ。ドラゴンに悪い意志はない。途轍もなく苦しそうな表情と叫び声がそれを示している。

 問題はそれを読み取れる者がどれだけいるのか、ということだ。

 あくまで今は、上空を暴れるように飛び回っているだけに過ぎない。しかし人々からは恐ろしい存在と認識されている生き物である以上、たったそれだけでも敵意を向けられていると見なされるのは想像に難くない。

 現に町の人々は恐怖に煽られた。そしてマルコに全てを託して逃げ出した。

 ドラゴンを仕留めてもらうことを期待している。助けるという選択肢は、最初から用意されてなどいない。

 ――今、この場にいる数人を除いては。


「あのドラゴンさん、助けてって言ってるです!」


 泣きそうな声で叫ぶリノンを、レスティが驚きの表情で見る。


(そっか。妖精って確か、魔物の言ってることが分かるんだっけ)


 ついでに言えば、霊獣との意思疎通も可能である。それでいて人間の言葉も理解できる点は大きく評価されており、魔物や霊獣の調査に、妖精持ちの冒険者が重宝される事例もあるのだ。

 もっともそれが原因で、妖精を捕らえて高額で売りつけるハンターの活動も、決して少なくないのが現状である。

 妖精もそのことを十分に理解しているためか、昔は人前に出ることすら皆無だったと言われている。しかし時代の変化とともに周囲の考えも変わり、妖精との共存もそれほど困難ではなくなってきた。故に現在では、昔ほど出会うのが困難でもなくなってきている。

 とはいえ、ルシアとリノンのように仲良くなれる可能性は、未だ低確率であることもまた確かではあるのだが。


「マスター、どうにかできないですか?」

「……拘束具をぶっ壊すしかねぇな。多少なり攻撃する羽目にはなるだろうが」

「えぇ。あれだけ暴れてたら、何もせずに近づくのは無理と見るべきね」


 ルシアとレスティの意見を聞いたリノンは、無言でコクリと頷く。

 傷付く姿は見たくないが、何もできずに倒れていくのはもっと見たくない。だから仕方がないと判断したのだ。

 しかし――


「無能者は下がってろ。勇者であるこの僕の前で、余計な手出しはするな!」


 それを良しとしないマルコが、なんと聖剣を抜いてルシアに迫る。その迷いのない勢いが、本気で切りかかろうとしていることは明白であった。


「あーもう、うっせぇっ!」


 ルシアは叫び、振り向きざまに魔力玉を放つ。凄まじい速度で腹に命中し、一瞬訪れた恐ろしく鈍い痛みが、マルコには理解できなかった。

 そして気が付いたら宙に浮かんでおり、聖剣ごと後方へ吹き飛ばされていた。


「がはぁっ!」


 ドサッと投げ捨てられるように倒れ、マルコは聖剣を手放してしまう。苦悶の表情を浮かべながらも、力を振り絞って起き上がる。

 邪魔をしたルシアを睨みつけようとしたが、彼らは既に動き出していた。

 レスティの光と闇の魔法で、ドラゴンの注目を引き付ける。すると小さな光がドラゴンの周辺を――正確には顔の周りをウロチョロと飛んでいた。リノンが魔力を纏って飛んでいるのだ。

 攻撃する意思は見せていない。あくまでドラゴンに気づかせるように飛んでいるだけのようだ。そしてドラゴンはリノンを目掛けて追いかける。当然、リノンはそれを避けるべく逃げ出す。

 地上で魔力を蓄えながら待つルシアの元へ。


「マスターっ!」


 リノンの叫びとともに、ルシアがバトンタッチするかの如く、入れ替わりでドラゴンの前に躍り出る。

 あらかじめ生成されていた魔力玉が、ドラゴンの腹に叩きこまれる。相当な衝撃だったのか、よろめいて倒れそうになるその大きな姿を、マルコは信じられないと言わんばかりの驚きに満ちた目で凝視していた。


「な、何故だ? 何故あんな無能者にあれだけの力が……」


 もはやマルコ自身、ワケが分からなかった。

 無属性はロクデナシのハズなのに。ましてや女神の加護を持った自分が、いとも簡単にあしらわれるなど、決してあってはいけないことなのに。

 そんな言葉がマルコの頭をグルグルと駆け巡る。誰が見ても冷静さのカケラもない表情をしていた。とてもじゃないが、頼れる勇者の姿には程遠い。

 しかしマルコからしてみれば、今はそんなことはどうでも良かった。

 今しがた起きたこと、そして目の前で起きていること。これらの謎を解き明かすことこそが、最優先事項であると思っていた。

 そこへ――


「簡単ですよ。所詮あなたは、その程度の男でしかなかったということです」


 凛とした透き通るような声色で、マリアンヌが容赦なく告げた。即座に見上げた瞬間、マルコの中で再び大きな戸惑いが生まれる。


(誰だ、この女は――?)


 見たことがない表情だった。いつもの熱を込めた表情はどこへ行ったのか。そもそも雰囲気自体、ガラリと変わっていた。別人と入れ替わったと言われれば信じてしまいそうなくらいに。


「確かに女神の加護は類い稀なるモノ。けれど決して無敵ではありません。その与えられた聖剣もまた、同じく――」


 感情のない声で、マリアンヌはどこまでも淡々と語る。そしてもう完全に興味をなくしました、と言わんばかりに視線を逸らした。


「まぁ、周囲からチヤホヤされ、勇者という大きな称号まで与えられ、努力もせずすっかり舞い上がってしまっているボウヤには、理解できないでしょうけれど」

「……う、うるさい! 馴れ馴れしい口を利くなっ!」


 完全に冷静さを失った声で、マルコは見苦しく叫び出す。


「ふざけたことを言うのも大概にしろ! 女神の加護を得て目覚めたのも、勇者の称号を得たのも、たくさんの女をモノにできたのも、全ては最初から決まっていた運命だ! そんな僕が無能者に後れを取るなどあり得ないだろう!」

「でしたらアレは、一体どう説明するおつもりですか?」


 マリアンヌがスッと右手人差し指を前に伸ばす。その先ではルシアたちが、地上に降りたドラゴンと戦っている。

 どう見ても苦戦している様子は全くない。マルコの手助けなど、まるで必要灯していない。むしろ今ここで下手に介入しようとすれば、かえって邪魔になってしまう可能性すらあった。

 嫌でもそれを感じてしまう。もはや何も考えられなくすらなってくる。

 再び呆然としながら、マルコはドラゴンへ立ち向かっていくルシアの後ろ姿を見つめていた。

 ドラゴンが放つ炎のブレスを、ルシアは素早い動きで躱しつつ、懐へ入り込む。そしてルシアの右手が拘束具に触れた瞬間――

 バキイィーーンッ!!

 まるでガラスが砕けるような音とともに、拘束具は粉々に破壊された。


「なっ……!!」


 マルコはまたしても驚きを隠せないでいた。一方、マリアンヌはどこか興味深そうに、顎に手を当てながら頷いている。

 ルシアが即座に後方へ下がり、ドラゴンから距離を取る。そして彼と入れ替わる形で、リノンがドラゴンに向かって飛んでいった。


「ドラゴンさーん、もう大丈夫ですよー! 落ち着いてほしいですー!」


 リノンの声にドラゴンが反応し、苦しさから解放されていることに気づく。

 すっかり落ち着きを取り戻したドラゴンは、リノンの説得を受けてこれ以上の攻撃はせず、そのまま空を飛んで町から去っていった。

 山の奥ではなく海の奥へ。沈みゆく赤い太陽へ向かって。

 ひたすらまっすぐ飛んでいき、その姿は水平線の彼方へ向かい、どんどん小さくなっていく。

 安心したように一息つくルシアに、呆然とした表情でレスティが話しかける。


「ね、ねぇ、ルシア? 今のって一体……」

「見てのとおりさ。俺に触れた拘束魔法は、跡形もなく破壊しちまうんだ。別に驚くようなことでもないだろ?」

「……驚くわよ。それってつまりあなたには、拘束魔法が事実上効かないってことじゃないの」


 どこか脱力した様子でレスティは言った。


「今のを見る限りだと、魔法具に関しても例外じゃなさそうね」

「あぁ。ちょっとでも拘束系の魔法が組み込んであればな。もっとも俺自身、どうしてこうなるのかは分かんねぇんだけど」


 無論、特定の魔法を無効化する手段がないわけではない。

 限定的ではあるが、効果軽減ないし無効化させる魔法具の開発も進んでいる。それだけ魔法の研究も日々進化し続けているのだ。

 しかしルシアのように、触れただけで特定の魔法を破壊する手段はない。少なくともレスティは、聞いたことも見たこともなかった。

 考えられることがあるとすれば――


「実は精霊の加護を持っていたのかしら?」

「いや、そんなモンは授かってないって聞いたな。ちゃんと調べてもらったから、そこは確かだと思うけど……」


 そう言った瞬間、ルシアの背筋にゾクッとした何かが走り抜けた。


「――あぶねっ!」


 殆ど無意識ながらにレスティの前に飛び出し、即座に魔力玉を放つ。その瞬間、飛んできた魔力玉と相殺され、小さな爆発が起きた。

 少々吹き飛ばされつつも体勢を保ち、ルシアは目の前の犯人を見据える。


「本性を現してきたな……マルコ!」


 右手に聖剣を持ち、左手には光の魔力を宿しながら、マルコがユラリと揺れながら歩いてくる。そしてギラリと鋭い目つきで、ルシアを睨みつけてきた。


「テメェ……よくも俺様の獲物を取り逃がしてくれやがったな……許さねぇぞ」

「いや、それ以前にキャラ変わりすぎだろ」


 マルコのあからさま過ぎる変貌に、ルシアは表情を引きつらせる。


「一応言わせてもらうが、俺たちは何も悪いことはしてねぇぞ。ドラゴンは暴走を止めて海の向こうへ飛んでったし、町の危機はちゃんと救われたじゃないか」

「マスターの言うとおりです! むしろリノンたちは、町のために良いことをしたハズですよ!」

「黙れ。勇者である俺様の手柄を横取りした極悪人どもが!」


 ルシアとリノンが語り掛けるが、マルコの耳には全く届かない。その様子にレスティは、心の底から呆れ果てた表情を浮かべる。


「あれはもう、聞く耳持ってないわね。とにかく急いでなんとかしないと、更に面倒なことになりかねないわ」

「どうしてですか? もうドラゴンさんはいないですよ?」

「考えてもみなさいよ」


 レスティは悩ましげに目を閉じながら言う。


「ドラゴンが去ったのを、町の誰かが見ていたとしても不思議じゃないわ。そうなったらここに人が集まってくるのも時間の問題。そしてこの状況を見たらどう思われるか。恐らく誰もが私たちを悪人と見なすでしょうね。勇者マルコの邪魔をした不届き者って感じで」

「……フツーにあり得そうで怖いです」


 むしろリノンからすれば、その状況がありありと想像できた。弁明すればするほど悪化する。そんな理不尽な光景が。

 青ざめた表情から一転、リノンはルシアに進言する。


「マスター! あんなヤツはチャッチャと片づけてしまうに限るです!」

「あぁ、俺も同感だ。行くぞ、リノン!」

「ハイですっ!」


 叫ぶと同時に、ルシアとリノンの体から、魔力のオーラが湧き出てくる。そしてそのオーラはなんと、一つの魔力となって混じり合っていく。

 淀みのない魔力と化したそれに、周囲は驚きを隠せないでいた。


「その魔力……精霊の力が宿ってるというのか?」


 忌々しそうに目を細めるマルコに、ルシアはニヤリと笑みを浮かべる。


「あぁ、そうだ。言っとくけど、インチキなんかじゃねぇぞ?」

「どうやらそのようだな。忌々しいことこの上ないが」


 ここにきてようやくマルコは、ルシアが本当に妖精を従えていること、そしてその力を強く引き出していることを認めるのだった。

 精霊の魔力を宿す妖精や霊獣を従える――それは、精霊と契約する特別な意味であることを示している。ルシアの場合、契約することで精霊の魔力を会得し、普通よりも強い魔法を放てるようになっているのだ。

 冒険者の中でも決して多くは辿り着けず、勇者に匹敵するほどの珍しい存在だと言われている。

 だからこそマルコは許せなかった。自分と同等の存在が――ましてや無能の代名詞と言われている無属性の魔導師が選ばれし者などと。


「無属性の無能野郎が……精霊を従えるなんて、生意気にも程があるんだよ!」


 言葉だけなら強がりにしか聞こえないが、マルコの授かった加護もまた本物だ。怒りに任せているとはいえ、聖剣も光の魔法も輝きを増している。それらの威力もまた、見掛け倒しなどではない。

 仮にマルコのことをよく知らなくとも、今の彼の状態が危険であることは明白。下手なことを言わない、そんな安全を取る選択肢も頭を過ぎるだろう。

 しかし、それを分かって尚、レスティは黙っているつもりは全くなかった。


「流石に聞き捨てならないわね! ルシアは決して無能なんかじゃない。才能に溺れているあなたとは違うわ!」

「ハッ! どうやらテメェも愚かな女だったようだな。勇者であるこの俺よりも、役立たずで落ちこぼれな無属性魔導師に味方するんだからよぉ!」


 マルコはレスティをも敵と見なしていた。もはや彼女を引き入れるという選択肢は彼の中にはない。それは誰が見ても明らかであった。


「ヒーロー気取りもここまでだ。女神の加護――チートを得たこの俺様こそが、この物語で幸せになる主人公なんだよ!」


 聖剣に宿る光が強くなる。もう片方の手に宿す光の魔力の球体が、急速に膨れ上がってくる。

 これこそが勇者の称号を得たマルコの本気であった。狙った相手を完膚なきまでに消し去ろうとする、狂気に等しい本気。

 マルコは確信していた。もはや自分の勝ちは決まったと。そして心の中で強く断言していた。自分に逆らう相手は、粉々に砕け散ってしまえば良いと。


「勇者の魔法に勝てるヤツはいない! キサマはこれで終わりだあぁっ!」

「――それはどうかな?」


 ニヤリと不敵に笑うルシア。そして彼から湧き出る魔力のオーラが、徐々に増大していく。それを見たマルコは顔をしかめた。


「なかなか凄い魔力量だな……しかし所詮は無属性。俺様の敵じゃねぇ」


 大した問題じゃない。そう結論付けたマルコの後ろで、ジッと静観していたマリアンヌもまた、似たような感想を抱く。

 しかしその直後――マリアンヌは気づいた。


(違う……一見無属性に見えるけど、彼の魔力はそうじゃない!)


 そしてそれは、ルシアの後ろで見守っているレスティも同じであった。

 気づいてしまったのだ。彼の魔力が、無属性とは異なる色をしていることに。


(よく見ないと分からないけど、何かが複雑に入り混じった、表現しようにもできない色になってるわ。そう、あれはまさに――)


 驚きに満ちた二人は、やがて一つの単語を同時に思い浮かべる。


『――混沌!』


 小さな声で、それでいて確かに、二人同時に呟かれた一言。レスティもマリアンヌも確信していた。それこそがルシアの持つ真の属性であると。

 そもそも無属性というのは、体内にある二つ以上の属性魔力がぶつかり合い、打ち消し合ってできるモノを意味する。それが打ち消されずに共存した場合、レスティのように二つ以上の属性を持つ者が誕生するのだ。

 しかし稀に、打ち消すこともなく共存することもなく、そのまま新たな一つの魔力として融合を果たす場合がある。

 それこそが混沌と呼ばれる属性であった。

 魔力の見た目は無属性とほぼ同じ。故に気づかない者が圧倒的に多い。そればかりか、混沌という属性そのものが伝説と化してる節すらある。あくまで資料上の存在でしかないと。

 しかし、それは確かに存在する。現にルシアは最初から使っていた。周囲が全く気づいていなかっただけで。

 類い稀なる素質を持つ混沌の精霊魔導師――それこそがルシアの本来の姿。

 レスティとマリアンヌは、今改めてそう認識するのだった。


「覚悟しやがれ、無能野郎があああぁぁーーーっ!!」


 マルコも光の魔力を爆発的に増大させる。そして歪み切った笑みとともに、ルシアへ切り込んでいく。

 しかしルシアもリノンも、不敵な笑みを崩そうとすらしていない。


「ナメてられんのも今の内だぜ!」

「そのとおりです! マスターとリノンの絆は――絶対負けないですっ!」


 マルコの振り下ろした聖剣に対し、なんとルシアは魔力玉ではなく、魔力の層を展開した。

 聖剣は凄まじく鈍い音とともにはじかれる。着地して体勢を整えるも、マルコの表情には戸惑いが生まれていた。

 信じられなかったのだ。無属性は魔力玉を生成することしかできないハズではなかったのか、と。

 しかしそれこそが勘違いであった。

 そもそもルシアは無属性などではなく、混沌という全く別の属性なのだから。


「お……おのれええぇあああぁぁーーーっ!!」


 狂ったように叫び、マルコは突進しながら剣を振りかぶる。その錯乱した動きに脅威は感じない。アッサリと躱したルシアは、右手に生成していた魔力玉を、思いっきりマルコに向かって解き放つ。

 凄まじい爆発音とともにマルコは吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられる。石壁に無数のヒビが発生していることから、その威力がどれだけ凄まじいモノであったかを物語っていた。

 大きさだけで言えば、無属性のそれと同じ。これが精霊魔導師の――加えて混沌の属性を持つ者の魔法なのかと、レスティは驚きながら思う。

 マルコはゆっくりと地面にずり落ちる。派手に噴き出していた光の魔力も、すっかり消失してしまっていた。

 あれだけ立派な鎧を装備しているのだから、くたばってはいないだろう。そう予測しながら、レスティはルシアとリノンの元へと歩き出す。

 その時――


「クックックッ……それでこの俺様を倒したつもりじゃねぇだろうな?」


 地の底から這い上がってきたかのような低い声とともに、マルコがユラリと起き上がる。満身創痍どころか、むしろダメージが全くないようにすら感じられた。

 これには流石にルシアたちも驚かずにはいられない。

 そんな彼らを見て、マルコはしてやったりと言わんばかりに笑い出した。


「フハハハハッ! いいねぇその表情! 実に愉快極まりないぜ!」


 まるでイタズラが成功した、小さな子供のような笑い声。本当に彼はマルコなのだろうかと、本気で疑問に思えてくる。

 そんな戸惑いに満ちた表情を浮かべるルシアたちに、マルコは誇らしげな表情で悠々と語り出す。


「これが俺様が授かった、女神の加護の力だ! 人を遥かに超えた身体能力で即座に打ち負かす。それが勇者と呼ばれる俺様の実力だ! キサマら全員、女神の加護の恐ろしさを思い知るがいい!」


 仮にも女神から授かった加護に対して、恐ろしいと言うのはどうかと思うが、言い得て妙でもあった。

 実際、石壁にヒビを入れさせるほどの威力で叩きつけられた体が、ほんの数秒で回復してしまっている。こればかりは冗談でもない。どんなに倒してもすぐに復活してしまうも同然だということだ。

 マルコ本人に対しては驚異のカケラもない。問題は女神の加護の存在だ。むしろ彼の心を歪ませた元凶とも言えるだろう。

 ルシアもリノンも、そしてレスティも身構える。自然と表情も緊迫していた。

 どうしてこんなことになったのか。この状況をどう打開するか。そんな考えが、彼らの頭の中を渦巻いている。


「遊びは終わりだ。テメェら全員、俺様の前に跪かせてやる!」


 マルコが再び光の魔力を湧き出させる。もはや手加減のての字も考えていない。この町が吹っ飛ぼうが知ったことではないと言わんばかりだ。

 それを証明するかのように、マルコが蓄えた魔力を解き放とうとした瞬間。

 ――カチッ!

 どこかで時計の針が合わさったような音が聞こえた。同時にマルコの体から光のオーラが浮かび、それがスッと消える。


「な……っ!」


 グラっと揺れながらマルコが膝をついた。

 体が重い。鎧も重い。そして聖剣も片手では持てないくらいに重い。

 更に体内にも違和感を感じた。嫌な予感がしたマルコは、試しに光の魔力を右手に宿してみる。

 ――小さかった。いつもどおりに発動させた魔法は、途轍もなくショボかった。


「なん、で……なんで、こんな……」


 ワケが分からなかった。誰もが認める最強の大きさを誇る魔法が、初めて魔法に目覚めたばかりの小さな子供レベルに成り下がった。

 何かの間違いだ。きっと自分は悪い夢を見ているに違いない。

 そんなことを心の中でブツブツと呟くマルコを、ルシアたちは呆然とした表情で見ていた。

 唯一、冷静な表情を浮かべているのは――


「どうやら迎えたようですね。女神からの『巣立ち』のときが」


 マリアンヌは呟くように言った。プルプルと震えながら、大量の冷や汗を流すマルコに対し、腕を組みながらどこまでも冷めた表情で彼を見つめる。


「もっともあの様子だと、ボウヤ本人は全く知らなかったようですけどね」



 ◇ ◇ ◇



 女神の加護には期限があった。

 子供から大人に――幼い心が成長するまでとされる十数年。ずっと親に守られていた子供が、本格的に自分の足で旅立っていくまでの、長くも短い時間。

 もう見守らなくていい。そう判断されたが故の『巣立ち』を、マルコはたった今迎えたのだった。

 別にこれは不思議な話でもなんでもなく、昔から伝わっていることであり、加護を持つ者なら基本的に知っていることでもあった。

 加護を授かってることが発覚した際、必ず説明されることだからだ。

 ――もっともここに、悪い意味での例外がいたのだが。


「こんなことがあってたまるか! 俺は転生した主人公だ! 女神からのチートでハーレムを築き上げる、そんなバラ色の人生を送れるハズだったんだぞ!」


 跪いた状態で、マルコは両手で頭をグシャグシャと掻きむしる。そして何もない空に向かって大声で叫び出した。


「おい女神! 聞こえてるなら出て来てくれよ! 俺のチートを返せ! アレはもう俺のモノだろう? 期限付きのチートなんてゴミ同然だろう? チートは一生持っていてこそのチートなんだよ! それが転生した主人公として正しい姿、あるべき姿だ! 頼むから降りてきてくれよ。答えてくれよぉっ!」


 しかし答えは返ってこない。どれだけ叫んでも何も起こらない。それに納得がいかず叫び続けるが、やはり何の反応もない。

 そんなマルコの様子を、ルシアたちはドン引きした表情で見ていた。


「……なんつーかまぁ、哀れ過ぎて言葉も出てこねぇな」

「加護持ちの人は今までに何人か見てきたですけど、ここまで酷い人は初めて見た気がするですよ」

「加護頼みにしてきたせいってところかしらね。訓練の一つでもしてきてれば、恐らくこうはならなかったんでしょうけど」


 あくまで消失するのは、元々授かっていた加護の力のみである。加護を利用して特訓などを行い、新たに得た能力は消えることがない。

 しかしマルコは元々の加護に甘えるばかりで、加護に頼らない訓練など、これっぽっちもしたことがなかった。借り物の力を自分の力と思い込み、努力もせずにふんぞり返ってきたツケが、ここにきてどデカい形で降り注いできたのだ。

 もはや今のマルコに、勇者を名乗るだけの力はない。それどころか並の冒険者にすら及ばない、単なるモヤシっ子に過ぎない。

 ――ルシアが哀れと呟いてしまうのも無理はないだろう。


「でもマスター。転生とか主人公とかチートとか、どーゆー意味ですかね?」

「さぁな。別に気にするほどでもねぇだろ。そんなことよりも――」


 ルシアは目を細めながらマリアンヌのほうを向く。


「一体アンタは何者だ? ただアイツを慕ってたってワケでもなさそうだけど?」

「あら、お気づきになられたのですね」


 マリアンヌが微笑みながら言うと、ルシアも苦笑を浮かべた。


「そりゃあ、いくらなんでもな。アンタずっと冷静過ぎてた感じだったし」

「まるでこうなることを見越してた感じでもあったわね。さしずめマルコを利用してただけってところかしら? 見た目は美人そのものだから、懐に潜り込むのも簡単だったでしょうね」


 ルシアに続いて淡々と話すレスティに、マリアンヌは一瞬驚き、そしてお手上げのポーズを見せる。


「あなたたちにそこまで読まれてるのなら、隠しておくこともできませんね。えぇそうです。私はずっと、あのボウヤを利用してました。私が研究した魔法具の成果を確かめるために」

「……まさかとは思うけど、さっきのドラゴンの拘束具もアンタが?」

「ご明察♪」


 笑顔でウィンクするマリアンヌに、ルシアたちはゲンナリする。結局アンタが原因だったのか、というツッコミすら出す気力もなくなった。

 ここで更に追い打ちをかけるかの如く、マリアンヌは笑顔で告げる。


「ついでに言わせてもらえば、盗賊も私がけしかけたことだったんです。本当はルシア君を狙いたかったんですけどね♪」

「……嬉しそうに言うなよ。つーか、何で俺?」


 投げやりな態度で問いかけるルシアに、マリアンヌは胸を張って笑みを深める。まるで、よくぞ聞いてくださいましたと言わんばかりに。


「混沌の属性に加え、何故か拘束魔法を全て破壊してしまう特殊な体質を持つ。これに対して興味を持つなというほうが無理な話です♪」

「え? それじゃあ私は、たまたま巻き込まれただけってこと?」


 驚きの表情で問い詰めるレスティに対し、マリアンヌは困ったように笑う。


「そうですね。でも結果オーライだとは思ってますよ。光と闇――正反対の属性を使いこなしてるなんて、滅多にお目にかかれないですから」

「それで急きょ予定を変更したと?」

「イエス♪」


 またしても笑顔でウィンクするマリアンヌ。レスティはもはやツッコミ入れるまいと思った。

 調べるのが好きそうな彼女のことだ。きっと自分の実家のことも、それなりに突き止めているに違いない。

 微妙にモヤモヤは晴れないが、少なくとも盗賊たちに対する謎は解けた。今はそれで良しとしておこうと、レスティは思った。


「……アンタ、根っからの悪女みてぇだな」

「誉め言葉として受け取っておくわ」


 ルシアの皮肉を通り越した率直な意見を、マリアンヌはサラリと躱す。そして踵を返しながら告げた。


「では、そろそろ私はこれで失礼させていただきますね。今回は、色々と満足のいく結果でした♪」


 その言葉に返答を待つことなく、マリアンヌは風に包まれて消える。今まで利用して来たマルコのことは、もはや一瞥すらしなかった。


『また会いましょう。混沌の精霊魔導師――ルシア・レザークロス』


 どこからか彼女の声が聞こえてきた。茜色の空を見上げながら、厄介なヤツに出会ったもんだと言わんばかりに、ルシアは苦笑するのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ――ボオオオオォォォーーーーッ!!

 大きな汽笛とともに、ラキヤド王国直通の高速船が出港する。観光で訪れようとする旅行客、そして新天地を目指す冒険者グループ、その他多くの人々が、皆それぞれ楽しそうな表情で乗っていた。

 雲一つない青空に眩しい太陽。まさに絶好の船出日和であることも、人々の高いテンションを後押ししていると言えるだろう。

 そしてその中には、ルシアとリノン、そしてレスティの姿もあった。


「これでようやく帰れるな」

「良かったですよね。しばらくは足止めになるかと思ってたですよ」

「町のほうはまだ大騒ぎしてるけどね」


 甲板で海の景色を眺めながら、ルシアたちは回想する。

 やはりドラゴンが町に乱入したというショックはとても大きかった。人々がすぐに落ち着きを取り戻すのは、無理な話であった。

 そこに、マルコが女神の加護を失ったという事実が挿入されたことにより、その騒ぎ声は一段と大きくなったのである。

 ちなみにルシアたちはというと、現実を認められないマルコを放って、さっさとその場を離れた。哀れだとは思っていても、変な言いがかりをつけ、話をややこしくした者を助けるほど、彼らはお人よしでもなかった。

 去りゆくルシアたちと入れ替わるようにして、他の冒険者たちがマルコの元へ駆けつけてきた。そこでマルコが加護を失ったことが発覚した。

 マルコは酷く取り乱しており、まともな会話一つ成り立たない状態であった。

 その際に、妖精を連れた無能野郎のせいだ、と叫びまくっていたが、何のことであるかは遂に理解されることはなかった。

 きっとあのドラゴンが相当強く、相打ちに等しい形で力を失ったのだろう。

 そう解釈され、ルシアたちに疑いが向けられることもなく、あっという間に一晩が過ぎたのであった。

 朝になったらこうして船が出せる状態にまで回復していたのは、少しでもいつもどおりさを取り戻そうとする、人々の強い気持ちの表れなのかもしれない。


「船着き場で聞いたけど、今朝からギルドのほうも、てんやわんや状態だってな」


 その光景が容易に想像できてしまい、ルシアは思わず苦笑する。


「加護が消えちまったマルコを、ざまぁみろって言う声も多かったらしいぜ」

「それだけ裏で煙たがられていたってことね。無理もないけど」

「自業自得って感じはするですけど、見事な手のひら返しって感じもするですね」

「人間なんてそーゆーモノよ。珍しくもなんともないわ」


 レスティは目を閉じながら肩をすくめる。


「マルコに勇者の称号を与えた王国側も、当然黙ってはいないでしょうね。少なくとも王都から調査団は派遣されてくるでしょうし、あと数日もすれば、更なる大騒ぎに発展してるんじゃないかしら?」


 そう言われて試しに想像してみたルシアとリノンは、すぐさま物凄く嫌そうな表情を浮かべ出す。


「……さっさと船に乗って正解だったかもな」

「これ以上の面倒事はゴメンですよ」

「そうね。私も同感だわ」


 これからのマルコの処遇だけでなく、何か目ぼしいモノがあれば、注目してくる可能性は極めて高い。

 妖精を従えた精霊魔導師、そして光と闇の二つを操る魔導師。これらを見つけて逃すとは、少なくともレスティには到底思えなかった。

 出発日がズレるだけならまだマシだろう。下手をしたら王都へ連れていかれ、そこで更なる面倒な騒ぎに発展するかもしれない。というより、そっちの可能性のほうが高い気さえしていた。

 ――やはりルシアの言うとおり、さっさと船に乗って正解だったかもしれない。

 レスティは心の底からそう思った。


「ところで、ラキヤド王国へ着いてからなんだけど、しばらくはルシアたちと一緒に行動させてもらっていいかしら?」

「……へっ?」

「一緒にですか?」


 ルシアとリノンがポカンと呆けた反応を見せる。それに対してレスティは、良い意味で捉えられなかったのだと判断した。


「何か不都合があるみたいね。ゴメンなさい。今の話は忘れて……」

「あ、いや、別に断る理由はないんだ。いきなりでビックリしちまってよ」

「そう、なら良かったわ」


 慌てて手を振りながら弁解するルシアに、レスティは嬉しそうに笑う。


「あなたたちとは気が合いそうだからね。混沌の精霊魔導師と、光と闇の魔導師。組み合わせとしては、結構面白いんじゃないかしら?」

「まぁ、そう言われれば……そんな気もするっちゃあするかもだな。とにかく俺は構わないぞ」

「リノンもです。これからも仲良くやっていきたいですよ」


 肯定を込めた頷きに対し、レスティはニッコリ笑いながら手を差し出した。


「私もよ。これからよろしくね」

「こちらこそ、よろしくな」

「ヨロシクですー♪」


 リノンが小さな両手を広げる傍ら、二人はしっかりと握手を交わす。

 レスティは妙に不思議な気持ちを抱いた。

 ほんの軽い気持ちで言っただけのつもりであり、ルシアの返事も至って普通だ。こうして握手をするのも、ありふれた出会いの儀式に過ぎない。

 なのにどうして、この握手はとても強く感じるのか。まるで見えない何かを繋ぎ止めるような、そんな感じがしてならなかった。

 珍しい――いや、初めての感覚と言っても差し支えない。

 これが果たして何を意味するのか。残念ながら今のレスティには、皆目見当もつかないことであった。

 とはいえ、全く言葉が思い浮かばないワケでもない。

 やがてお互いに手を離し、レスティは甲板の手すりに背をもたれながら言う。


「なんか私たち、意外と長い付き合いになるかもしれないわね」

「……お前が言うと、マジでそうなりそうで怖いな」


 ルシアとリノンが笑い出し、それに釣られてレスティもクスクスと笑い出す。彼らを乗せた船が西へ向かって快調に進む中、大きな汽笛が鳴り響いた。



お読みいただき、ありがとうございました。

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