―第三話 ニュウガクジュンビ―
ボクはヒッコシてから少し経ったあと
かあさんとニュウガクジュンビをしにお店にいった。
入学式に着る服、筆箱、鉛筆、消しゴムに…
大事な大事なランドセル。
「かうものはたくさんある。
わすれないようにしなきゃ。」
ボクは青が好きだから、前々からランドセルはその色にしようと考えていた。
けど、当時のランドセルは赤と黒が主流だった為、青はいくら探しても見当たらなかった。
仕方なく、目の前に並ぶ黒のランドセルの中から気に入ったものを見つけ出し、かあさんに見せに行った。
「なんでくろにしたの?」
かあさんは眉間にシワを寄せてこちらを見てきた。
ボクは「あおがほしかったけどなかったから、くろにした。」とかあさんに言ったけど、「かえしてきなさい」と少しも分かってもらえなかった。
なんでかあさんは黒のランドセルを返してきなさいと言ったのか、当時のボクにはよく分からなかったな。
黒のランドセルを戻した後、かあさんに呼ばれたけれど姿が見当たらない。
とりあえず声のするコーナーに行った。
「ほら!みて!にあうわよ〜!」
ボクの目の前に広がったのは一面赤い景色。
そして、かあさんの手によって目の前に出された赤いランドセル。
ボクはぽかんとした。
「なんであかなの?なんでくろはだめなの?」
そう言う隙も与えないかのように、かあさんはボクに背を向けさせ、自分の体の半分もあるランドセルを背負わさせた。
「ほら、あのカガミみてらっしゃい!
きっとにあうわよ!」
ボクはランドセルを背負う違和感を感じながら、ゆっくりと大きな鏡の前に立った。
少しして、かあさんも鏡に映る。
「ステキね!これはどう?」
…鏡に映ったのはなんだと思う?
短髪の男の子が赤いランドセルを背負って立ち尽くしている姿。それをみて、ニコニコするかあさん。
これがボクの目に映った光景だよ。
何が言いたいかって?
黒のランドセルを買おうとしていたのに、赤いランドセルを背負わされている。
それに、返してきなさいと否定的な顔をされたのにボクが赤いランドセルを背負って鏡の前に立ったらニコニコしてる。
なんなんだ。
ボクは《おとこのこ》だ。
なぜ赤いランドセルなんだ。
なんで黒のランドセルじゃないの?
まるでおんなのこじゃないか。
そんな感情がぐるぐる頭の中を回っていた。
結局それから、色々なランドセルを見たけれど母さんは赤いランドセル売り場から動こうとはしなかった。
黒のランドセルなんて横を通ったぐらいだと思う。
ボクは耐えきれず、
「かあさん、なんでくろのランドセルじゃだめなの?べつにいいじゃん、かっこいいし!」とかあさんに強く言った。
かあさんは目を丸くして、動きが止まった。
その数秒後、動いたかと思えばため息をいてこう言った。
「あんた、おんなのこなのよ?
なんでおとこのこのランドセルかわなきゃいけないのよ。おじいちゃん、おばあちゃんからもらっただいじなおかねでかうのよ。ふざけないで。」
ああ、何で怒られたんだろう。
自分の好きなランドセルを選んだのに。
全然分からない。意味が分からない。
《………もういいや、女の子用で。》
諦めたボクはとりあえずデザイン的にもマシな赤いランドセルを選んだ。
かあさんは「そうね、そうこなくっちゃ!おカイケイはあとでするから!はやくしなさいよ!まだまだかうものはあるんだから!」と表情を明るくして僕に言った。
そして、「ブンボウグコーナーにいくよ!」と手を引かれたボクは向かいながらこう思っていた。
《ボクはキライだ。
すぐにかおがかわるひと。》
文房具コーナーにつくと、とりあえず女の子が使いそうなものを探した。
ランドセルの二の舞を防ぐため、当時流行っていた『ラブandベリー』という女の子2人組がプリントされた文房具を買うことにしたからだ。
鉛筆、消しゴム、筆箱、ノート…
全部…全部…女の子用で揃えたよ。
後でカイケイするって言われてたから
カゴに入れておいた。
ボクはいい子だ。
こうしていれば母さんは怒らない。
嫌いなかあさんは現れない。
最後に入学式に着る服を見に行った。
男の子も、女の子も今ほどの種類の多さではないけれど様々なデザインがあった。
もちろん。ボクが行くのは男の子コーナー。
「これ、かっこいい。
すぼんがチェックになってる。」
その時、「「あんた!!なにやってんの!!」」
…ボクの背中側から誰かが怒鳴った。
ゆっくりと振り向く…その先には女の子コーナーから僕を睨みつけるかあさんの姿があった。
かあさんは鬼みたいな顔でこちらに走ってきた。
《こわい…こわい…おこられる…たたかれる…いやだ…いやだ…たたかないで…おねがい………》
足音がどんどん近くなってこちらへ迫ってくる。
あまりの恐怖にしゃがみこみ、顔を両足のあいだに埋め頭を両手で抱え込んだ。
そしてら足音が止まった。
その瞬間、ボクに風が吹いた。
両腕を引っ張られ、強制的に暗闇の間から零れる光が広がっていく。
ボクはその光を眩しく思い、どんな顔をしているかも分からないかあさんに怯えながらも顔を見た。
ゆっくりと見上げると怖い顔のかあさんがいた。
怒っていた。
次の瞬間、かあさんの顔が映っていたボクの景色に、高く振り上げられる右手がうつった。
《ああ…たたかれる…いやだ…たたかないで…おねがい…たたかないで…》
ボクは必死に両腕で顔を覆おうとした。
けれどバレーボールのトクタイセイのかあさんの腕力には逆らえなかった。
《…むりだ……………》
目を瞑った瞬間、パチンという痛々しい音と同時に左頬に瞬間的な痛みが走った。まるで電気が走ったようなそんな痛み。
そして頭の中が大きく右に揺れた。
じん割りと左頬が痛む。頭が痛い。
ボクはあまりの痛さに泣いてしまった。
「あんた!おんなのこなんだからこっち!いいかげんにして!いつまでおとこのこのふくみてるの!まま、くらくなるからはやくかえりたいの!もう、はやくしなさい!」
かあさんは興奮気味にこういった。
《ああ、ぼくがいけなかったのか。
そうなのか。わかったよもう。
いうこときけばいいんでしょ。》
まだ叩かれた痛みが残る僕は泣きながらもかあさんに腕を引っ張られ、おんなのこコーナーに来た。
早く選びなさい、って言われたけど
選べなかった。
だって、可愛い服なんか着たくないし、
ボクは『おとこのこ』だし、スカート嫌いだし、
もう色々な意味で嫌だったし、着たくなかった。
《もう、はやくかえりたい》
「かあさんがえらんでよ、なんでもいい」と母さんに向かっていった。
泣き顔は見せたくなかったから顔は見ないまま、ぶっきらぼうに言った。
もうやけくそだった。
帰れればそれでいい。
「わかったわよ。じゃあ、ままがえらんでいるあいだに、あんたはさっきえらんだランドセルとぶんぼうぐをカートにいれてこっちまできて。すぐそこにカゴとカートがあるからわかるはずよ。」
ボクはかあさんの言いつけ通り、数メートル先にあるカートとカゴを取りに行きランドセル、文房具をいれて母さんの所へ向かった。
かあさんがいた辺りに着いたので探していると横から「これ!きっとにあうわ!かわいいレースつきよ!」と声がした。
声の方を見るともちろん、かあさんだ。
《うわ…レース…》
かあさんに近づくと思わず、
「ほかはないの?」が口に出た。
別に分けられた入学式用の服が目に入ったからだ。どうやら何着かに絞って迷っていたらしかった。
何着か見せられたうち、一番マシなチェックのスカートにした。
《スカート…》とは思ったが、かあさんはスカートのタイプばかりを選んでいたから渋々それにした。
面倒なことを避けるためだ。
カートにそれを入れてレジへ向かう。
《にゅうがくしき、みんなにあえるかな?
またあそびたいな。おにごっこや、きのぼり…》
そんなことを考えていた気がする。
カイケイにもボクは立ち会った。
最終確認でね。
みんなおんなのこの物ばかり。
おとこのこの物なんてひとつもない。
レジのお姉さんによって左から右へと移動し、袋に入れられていくのを見て、
《やっぱりぼくは『おんなのこ』なのかな。》
そう思ったけれど、おとこのこの洋服を来ていたからきっと違う。
ボクは『ボク』だ。
こうしてニュウガクジュンビは終わった。
何日か経てば、みんなに会える
「ニュウガクシキ」だ。