―第二話 「ヒッコシ」―
幼稚園を卒業する時、友達に「ショウガッコウでまたあおうね!ばいばい!」 と笑顔で手を振った記憶がある。
その時の友達の顔、嬉しそうだったな。
また会おう、その言葉を信じていたからだろうか。
ボクは小学校に入学する1ヶ月程前、今まで住んでいた家を出ることになった。あまりにも急なことだった。
嫌な予感はしていた。
家を出る一週間ぐらい前から家の中にダンボールが増え始め、知らないおにいさんが顔を出すようになったからだ。
ある時は何がどうなるか分からぬまま、母さんの挨拶回りに付き合わされたことがあった。
マンションの全部屋に挨拶をし、親しい人には「おせわになりました。ありがとうございました。またあそびにきます。」と声をかけていた。
状況が理解出来なかったボクはかあさんに「なにしてるの?」と聞いた。
その時「ヒッコシをするの。『あたらしいおうち』にすむんだよ。」と言われたのを覚えている。
「またあそびにきます」という言葉を聞いて、
「ヒッコシ」はもうひとつの遊び場が出来ることでそこに今住んでいる場所から行き来するのか、と思っていた。
そしてボクは、今まで見晴らしの良い高台にあったマンションから、緑が豊かが印象的な一軒家にヒッコシた。
家を出たその日の昼、『あたらしいおうち』にヒッコシのおにいさん達が家に続々と来た。
かあさんやとうさんが「それは1かいに!それは2かいに!」と忙しそうにしていたのを覚えている。
ボクといもうとは邪魔になるから、とワシツで遊んでいるように言われ、ワシツに通された。
そこはマンションにいた時とは違う匂い。
これは木の匂いだ、いや草の匂いかな?
ワシツに漂う少しツンとするような匂いにボクはワクワクした。
そっと声のする方の大きな引き戸を開ける。
父さんとヒッコシのおにいさんが話をしているようだ。
話の内容はよく分からなかったけれど、風にのせてやってきた木の匂いと春の匂いがした。
それになんだか不思議な感じがした。
ボクから見て左側の大きな窓から差すお日様の光が、うまく言えないけれど暖かくて、包まれるようなそんな感じがしたから。
「こっちに来ちゃいけないよ」と言われていたから行けなかったけれど、ボクはその光に包まれていたい気分になった。
そこでお昼寝をしたら、素敵な夢が見られる気がして。幼稚園の友達とまた会える夢を、なんてね。