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恋とすれ違いと水晶玉

戦士の急所

作者: 酢に 蓮根


『勇者の弱点』の続きですがあちらを読んでいなくても大丈夫なはず・・・たぶん。

戦闘はないけど残酷っぽい表現もありますのでご注意を。

お色気シーンはあるのかないのか・・・そういうのがダメな方は読まない方が無難かと思われます。


私はどうしてしまったのだろう。


この男・・・戦士と二人きりになってしまうと、私は勇者ではなくただの女になってしまう。

逃げる前に抱きしめられ、叫ぶ前に唇を唇でふさがれ、気が付けば頭の中がくらくらしている。

彼の指や舌の動きに『やめて』って思う自分と『やめないで』って思う自分。


昼間は拒否の方が強いけど、夜・・・特にベッドなんかがあったりすると、強請る力の方が強くなるそれは、戦士いわく『この状態でストップできるなんて俺の理性を褒めてほしい』ほどなんだそうだけど。


私は自分が自分でなくなるのが怖い。


頭の中が真っ白になって気が付けば朝なんて事も何度かあった。


たいてい戦士の腕の中で目覚めるはめになっているのだけれど、自分でそれが受け入れられない。


戦士は・・・魔王を倒す旅の間は伸び放題の赤い髪に同色の無精ひげ、前髪から覗く深紅の目が印象的な人だった。

優しくもあり、強くもあり、誰からも頼られるその明るい人柄を私は心の底から尊敬していた。

更に戦闘は目を見張るものがあり、私では到底倒せないような魔物も彼の手にかかればあっというまに撃沈。

初期の弱い私は何度も豪快豪放で無敵な彼に助けられた。

勇者は彼なんじゃないかと思ったほど。

だけど彼は戦士である事を崩す事なく私たちと一緒にパーティを組み旅を続けてくれた。


だけど魔王を倒し、凱旋を祝う宴が行われたあの日。


短く切った前髪を上げ後ろに流して額を見せ、髭を剃って顔の輪郭をはっきりとさせた彼は想像していた1.8倍男前だった。

背が高く鍛え抜かれた体に詰襟の軍服に近い赤の礼服がとても似合っていて、とても驚くと同時に理解してしまった。


あぁ、この人は王子様なんだって。


本当は私の仲間なんかでいちゃいけない人なんだって。


もうひとつの出来事も含めて夢から覚めた気分だった。


もうひとつの出来事。

それは賢者と聖女の仲睦まじい姿。


正直、私は賢者に憧れていた。

あんな風に愛される人は幸せだろうと思うほどに賢者は聖女を愛していた。


私はそんなふたりを見て胸がいっぱいになった。


素敵、なんて素敵。


心がはじけそうなほどに切なく、急にその場にいられなくなって、私はその場を逃げ出した。


おかしい。


もっと心穏やかに二人を祝福できるはずなのに。


だけど心の中は嵐のように荒れ狂っている。


私は思った。

彼らの姿を見る事が幸せすぎたのだって。

これは春の嵐なのだって。

勝手に流れる涙を止める事ができずうろたえる事もままならない。


でも、私を追いかけてきた戦士はそんな風に思う私抱きしめて囁いた。


『大丈夫、俺がついていますよ』


その一言で心の中が熱くなってまた泣いて。


人の温かさに心の底から感謝した。


自分では説明のつかないこの気持ちさえ許されるような、救われたようなそんな気持ち。


大切な宝物を失わなくて済んだような安心感。


心の底から賢者と聖者を祝福する気持ちだけが洗い出されて、私は心穏やかになる。

それでも涙は止まらなかったけど、私は彼らの幸せを願える立場で良かったと心の底から思った。


だけど。


戦士はなんとも言えない笑顔を浮かべたあと、私の手を引き、王宮の一室に私を連れ込んだ。


理由がわからなかった私。

でも直後に理解したのは彼の激情に触れたから。


涙なんて簡単に止まってしまった。


私は好きでもない人に唇を奪われた。


初めてだったのに。


いつか心の底から愛しあえる人と、と夢見ていたのに。


賢者と聖女のようにと憧れていたのに。


粉々に砕けた理想は欠片も残さず消え失せ、混乱だけが現実にまとわりつく。


戦士が、元王子が、私を、そういう意味で好き?


『俺が欲しいのは他の何でもない、貴女なんです。』


燃えるような赤い目で私の全てを焦がすように見つめながら彼は私に告げる。


『好きですよ。』


甘く噛まれた耳たぶの感触に背筋がぞくりと震えるけど嫌じゃない。

嫌じゃないから困った。


戸惑いが加速増加していろんな感情がマヒしてしまう。

奪われたキスにショックを受けたはずなのに不思議なほど痛みを感じなかったのは彼の言葉が麻薬のように沁みこんでしまったから?


どうしてっていう気持ちが強かったそれは、私の中で眠っていた何かを起こしてしまった気がする。

だって本当なら拒絶しなくちゃいけないそれを、心が追いつく前に私の体は受け入れたから。


そして現在、時々彼の逞しい腕の中で目覚める事が恥ずかしすぎてどうしようもないくせに、そのままでいる私がいる。

戦士の腕の中は居心地が良すぎた。

彼の筋肉質な腕に抱きとめられ、分厚い胸板に顔を埋めると凄く幸せな気持ちになる。


だけどこういう事は恋人同士がする事ってわかってた。

わかっているのに、最後まではしてない、からなんていいわけしてる。

いけない事をしている罪悪感はあるのに、引きずられてしまうのはどうしてなんだろう。


怖くて、凄く怖くて、何も考えられなくなっていく自分が怖くて、気が付けば魔物に八つ当たりしている事もしばしば。


「おいどうした?」


今日も私が切り刻んでしまった魔物の様子に神官がドン引きしている。

そう、ここまで細かく切る必要があったのか。

いやあるわけがない。

急所めがけて一撃必殺が私の戦闘スタイルなのにこんな肉片にしてしまうなんて、どう考えたっておかしい。


「ご、ごめんなさいっ!」


慌てて粉々になった骨も含めて肉片を意味なくかき集める私は不審者相当。


「もう勇者様がそんな事しなくて大丈夫ですよぉ。神官様がそのまま浄化してくれちゃいますから♪」


盗賊がそう言って笑って慰めてくれる。

神官も『まぁな』と言いながら浄化の呪文を唱えてくれて、魔物の残骸は見る間に姿を消してしまった。

有能な神官は本当に素晴らしい。


一方戦士は魔法使いのおじいさんとなにやら話し込んでいる。


「このあたりはもう大丈夫じゃと思うぞ。」


「そうですか、だったら次はこの森の道沿いに北へ向かってこっちの街に向かいましょう。」


「ふむ、そうじゃな。」


これから行く場所を決めていたらしい。

にこにこしながらもしっかりした意見に私たちは信頼を寄せ同意して、この国では彼の方針に従う事が多い。

彼の考えは的確で、こういうのを見ていると彼がこの国を良く知るこの国の王子様なんだって嫌でも理解してしまう。


まぁいつのまにかまた髭も髪も伸び放題のぼさぼさになっているけれど、このワイルドな外見も私は結構かっこいいと思っている。

うん、私はね。他の人は別かもしれないけれどね。

赤い鎧も、大きな盾も、磨き抜かれた大剣も彼によく似合っている。

心の底からそう思っている。


戦士は『お世辞でも嬉しいですよ』っていうけどね。


ホント、戦士は私の言葉を信じてくれない。

戦闘の時はもちろん、普段の言動は信頼されてるなぁって感じている。

背中を預けてもらえた時なんて最高に心が躍り上がる。

私はこの人を守っているんだと思うと心が満たされるのに、戦士は私を狂わせ続ける間、私を信じる事はない。


本当に自分が悔しい。

自分が快楽に流されない体だったら、彼は私を信じてくれるのかな?


でも、信じてもらえなくてほっとしている自分もいるから、そのあたりがダメダメなのかも。


いつか来る別れが迫っているのに、ほんの少しの時間でいいからお互いに愛し合ったという記憶が欲しいと思う私は相当甘えている。

自分の気持ちもちゃんとわからないくせに。


彼は王子様。


この荒れた国に必要な人。


彼の明るく前向きでみんなをまとめる力はきっと、この国が早く立ち直るのに必要。

彼の存在こそがこの国の太陽であり、生きる源となるのは間違いない。


私のこの気持ちは快楽に溺れた幻。


私には覚悟がない。


勇者のくせに情けない。


彼にしてもらった10分の1もきっと返していない。


彼の熱いまなざしにただ溶かされてドロドロになっている。


『好き』という言葉もきっと言葉遊び。


わかってもらえないって怒っている振りして、本音を理解してもらえない事に喜ぶ愚かさ。


心の天秤はその日によって傾きを変える気まぐれさ。


片方に乗っているのは『戦士』、もう片方には『自由な未来』。


私はどっちが大事?


答えが出ないままずるずるとここまで来ている。


わかってるの、本当は。


自分でちゃんと決めなくちゃいけないって。


だけど今の状況があまりにも居心地が良すぎて、これ以上先には進めない。


このままずっと旅を続ける事ができればいいのに。

誰かの役に立ちながらも戦士とずっと一緒にいられたらいいのに。


頭の中はいつのまにか戦士の事でいっぱい。


こんなの勇者じゃない。


悩んで、悩んで、悩んで。


どうしても答えが出ない。


いつのまにか私は、戦士を心の底から意味のないほどに好きになっていた。


賢者への憧れは遠い昔の記憶のような気がする。

あの頃の自分と今の自分は全然違う。


本当は凄く不安。


戦士の本当の気持ちがわからなくて。


大切にされてるんだって信じているけど、でも。


軽すぎる、最低すぎる自分。


わかってきている。


私は快感に弱すぎるのだ。


戦士が与えてくれる刺激が欲しくて、ただそれだけの最低な女なんだ。


彼に『貴女の好きと俺の好きはきっと違いますよ』って言われるだけの理由がある。


だって気が付けば私は彼の熱さを冷ます方法まで教えられていて、そしてそれを喜んでいる。

ご奉仕、という言い方を戦士はするけれど、そんな時、彼の目は心の底から嬉しそうに細められ、ある時は苦しそうに閉じられて、ある時は私を射抜くように見つめていて。


でも、どんな目も私をゾクゾクさせて、それだけで心も体も震える。何を言われても、何をされても、許してしまいそうになる。


行儀悪く枕を背当てクッション代わりにして腰掛け、私の前で足を開く堂々とした姿に王者としての風格すら感じてしまう私はもしかしたら病気なのかもしれない。


でもこんな事誰にも聞けない。


私はきっと勇者失格。


この上なく優しく甘い微笑みに飲みこまれて抜け出せない私は最低。


戦士になら何をされてもいいと思うほど溺れているのにそれを伝えられないもどかしさ。


でもきっと、伝わってしまえば引き返せない。


思い出にする事もできないまま苦しむ事になるのかもしれない。


もうどうすればいいのかわからない。



助けて。

誰か助けて。



こんなにも苦い思いは初めて。


抱きしめられる度にただ祈る。

この時間が少しでも長く続きますようにと。


恥ずかしすぎると思いながらも、受け入れられないと思いながらも、彼の腕の中が一番安心できる居場所だから。



そして、その日はやってきた。

戦士が王子様だった時の臣下たちが彼を遂に見つけたのだ。

どうやら旅をしながら臣下の皆さんから逃げ回っていたらしいです、うちの戦士。

国の為に戦いたいと思いながらも国に縛られたくないらしいです、この国の元第2王子様。


「王子!ご無事で何よりです!」


「魔王軍との戦いで王や王妃だけでなく王太子殿下やそのお子様までみんなお亡くなりになり・・・。」


「ご無事なのは第2王子、貴方様おひとりなのです!ぜひ城に戻って王として我らを導いてくだされ!」


「勇者を抱えた国より姫様を王妃にとのお話もすでに来てますぞ!」


臣下さんたちはみんな嬉しそうに興奮して戦士にそう告げていた。


戦士は困ったような顔をしている。


神官は難しい顔、盗賊はオロオロ、魔法使いのおじいさんはやれやれ、という感じ。


私は・・・私はわからない。

私は今どんな顔をしているんだろう。


でも自分では笑ってるつもりなの。


私は戦士の背中を押して、笑って送りださなくてはならない。


彼に詰め寄る彼の臣下さんたちを一度かき分け、私は彼の前で床に膝をつき、頭を下げた。


「王子、お戻りください。貴方は王子としての役割を果たすべきです。

それが貴方の願う、この国の平和と幸せの為でもあるのですから。」


大丈夫、勇者として威厳を持ってちゃんと言えたはず。

こんな日が来るとわかっていたから何度も心の中で何度も練習してきたのだもの。


彼はこの国がみんなでいろんな事を決める議会制になればいいって言ったけれど、

そうするにしてもそれらの仕組みを作ってみんなに理解してもらう為の指導者は必要なはず。


きっと戦士なら素晴らしい指導者になれる。


それがたまたま『王』と言う名の役職なだけ。


私には支える事ができない、重い重い冠。


私の言葉に押され、臣下さんたちは喜びの声をさらに上げた。


「ほら王子、勇者殿もこういっておられます!」


「そうですとも!さぁさぁ、今日、今すぐ!」


それはもうものすごい盛り上がり。


私は顔を上げない。


すると。


「すみません、ちょっと大事な話をしたいので勇者殿以外全員この部屋を出てもらえませんか?」


戦士が言った。

その場にいた人たちはややためらいつつ、部屋を出る。

ドアの外で待機しているみたい。

人のざわめきが壁一枚向こう側に感じられた。


それでも部屋の中は私と戦士・・・いいえ、王子とふたりきり。


「さて勇者殿、顔をあげてください。」


穏やかな声が私にかけられる。


「嫌です。」


即答した私はうつむいたまま。

笑っている『はず』の今のこの顔を、王子には見られたくない。


「そうですか。」


短い返事とつかつかと私に近寄る足音。

大きな影が私の目の前に。

その気配は私の前でしゃがみ込むとごつごつとした指で私のあごを掴み、私の顔を無理やり上げさせた。


「・・・泣いてるんですね。」


「こ、これは、泣いてるんじゃなくて、目に埃が入って・・・!」


なんて聞き苦しい言い分け。

嘘ばっかり。


あぁだめだ、こんな嘘じゃばれてしまう、私の本当の気持ちなんて。


「ごめんなさい、ごまかして意地張っちゃったかな?

仲間との別れは、ちょっと寂しいかなって思ったんです。」


取り繕う言葉に本音も混ぜる。

今度はうまくいったかな?


「一緒に来てくれるという選択肢はないんですか?」


その言葉には首を横に振る。

こんな私、王子のそばにいられるわけがない。

するとそれまで笑顔だった王子の顔が真顔になった。


「それよりも、貴女に取って俺はただの仲間ですか?」


そう言うなり王子は私の唇を奪う。


そのまま床に押し倒され、散々また指で遊ばれて。

私は危うく声を上げそうになりながらも必死で押し殺した。


「声、出せばいいのに。ここで何してるか外の人にわからせたほうが話は早いと思うんですけどね。」


何気に危険な事を王子は呟くけど、そんな事できるわけがない。

必死でバタバタもがきながらも与えられる快楽にくらくらして眩暈を覚える。


ただ王子は。


「こんな事、ただの仲間にさせるんですか?」


切なげな、苦し気な表情で私を見降ろした。


戦士の深紅の目は、たやすく私を射抜く。


私の目の端に口づけて涙を吸い取って。


「それならそれで別にいいんですよ?なんなら今ここで赤ちゃんを作っても。」


私の首筋をぺろりと舐め、心の底から浮かべた戦士の笑顔は本気なのにどこか暗い上、正気の欠片を失ったのが浮かんでいる。

凶悪とも呼べるその笑顔は私を絡め取り凍り付かせる。


私は必死で首を横に振った。


「ダメ、絶対、イヤ!!」


何をされてもいい、なんて昨日まで思っていた私はやはり甘いと思う。


こんな風にはされたくないって思ってる。


心のどこかでこの人は絶対に私の嫌がる事をしないという信頼にすがるだけ。


彼は一度強く目を閉じる。


次に開かれた時、彼は優しく微笑んでくれた。


「そうですよね。」


そう、失っていた正気は欠片だけ。


彼は変わらない。


「まぁアマリージョなら子どもができたってひとりで育てるって言いそうですし。

やっちゃっても俺なんて必要ないですよね。」


本当に、本当の本音がどこにあるのかわからない。

いつも勝手に自分で納得している人。


王子は私の上から退くと優しく抱き上げ椅子に座らせてくれた。


優しくて強い力で。


彼は笑う。


「俺、行きますね。勇者殿がそう言うなら、俺は自分ができる事、やってきます。」


ぽんぽんっと頭を軽くなでるように叩かれた。

小さな子供をあやすように。


「もし全てを捧げてもいいって思う人ができたら、ちゃんと捕まえるんですよ。

でも誰か他の人の男はダメです。アマリージョはそのあたり危なっかしいから心配なんですけどね。」


そんな風に私に言い聞かせる。

次の瞬間、強く抱きしめられた。


「アマリージョの全部俺が欲しかった。これからの人生も全部。一緒に行くって言ってほしかった。」


かすれたような、低い声。


ねぇもしも私が『それでもいい』と言っていたら貴方は私を求めていた?


「どうしたら俺の気持ちはアマリージョに伝わっていたんでしょうね。」


私はその問いに答えを出せない。


王子は・・・ロッホさんはしばらくそうしていたけれど、『王子、そろそろよろしいでしょうか?』なんて声に反応して私を解放した。


「アマリージョ・・・いつか迎えに行くから待っていてくれって言ってもいいですか?」


最後に彼は問う。


私はうつむいたまま首を横に振った。


ここまで来てまだ、私は私を信じられずにいる。


彼の言葉の本当の意味を飲みこめずにいる。


ロッホさんは『そうですか』と呟いた。


そして歩き出す。


ドアの半歩手前。


「さよなら、アマリージョ。幸せになってください。」


そう言い残して、彼は部屋の外へ出て、ドアを閉めた。


壁一枚、向こう側では歓喜の声。


私は部屋にひとり、取り残されその声をぼんやり聞いていた。



そして数日後、4人になった私たちは旅を続ける事にしたけれどそれはとても大変な事だった。

ロッホさんがいなくなって、今まで彼がやっていてくれた事を今度は私たち4人でしなくてはならなくなったから。

ロッホさんは野営も店や宿の交渉も得意で彼にほとんど任せって切りだった私たちは色々と苦労するはめになる。

世間知らずな神官のアスールさんやお調子者のプリマベラ嬢、お年よりのカリーさんは戦闘以外ではあまり役に立たない。

ううん、戦闘も、今までロッホさんがやってきた部分を私が引き受ける事になったのは当然だけど、

盾役と物理攻撃担当、それに今までどおりの多種攻撃というのは本当に大変で、私は背負うものが増えた分、

ロッホさんがいなくなった事を嫌でも今までロッホさんに甘えていたのだと痛感するばかり。


新しい戦士を入れた方がいいのかもしれない。


明るくて優しくてしっかりしていて何でもできて強くて男前でカッコよくて私を甘えさせてくれて安心させてくれる人。

魔法は使えなくてもいいかな、その分剣技と盾役は高いレベルがいい。

快楽に弱い私を許してくれる人ならなおいい。


「・・・そんな人ロッホさんしかいませんよ。」


プリマベラ嬢、貴女もそう思うのね。


何よりも埋められない寂しさが心の中で溢れかえっていた。


彼の腕の中で眠った事なんて数える程度しかなかったはずなのに、まるで毎日そうだったかのような錯覚に襲われる。


一人で眠るのが当たり前のベッド。

一人でくるまるのが当たり前の野営用毛布。

一人で見つめるのが当たり前の眠らずの番で焚くたき火。


それらの全部、ロッホさんと共有していた時間があって、そんな思い出が恋しくて辛くて、

だけど自分で決めた事だからそんな事誰にも言わない。


私は勇者。


人々の為に戦う。


それはきっと、ロッホさんの幸せにつながる。


そう思う事が今の私の支えだった。



そんなある日の事。


「このあたりに魔物はもういないようですな。

プリマベラ嬢の探査魔法にも引っかからないようですし、今日はこの老体に少々つきあってもらえませんかな?」


魔法使いのカリーさんに言われ、私たちは頷いた。


連れて行かれたのは魔族の進軍による被害が大きかったとある町。

人々が壊された橋を修理するため集まり、木材や石を運んだり積み上げたりしていた。


そんな中に、彼はいた。


「ロッホさん・・・?」


王子様なはずの彼は作業をしている人達と一緒に木材を運んでいた。


「あーこっちの長さの木材を土台に使うんで先でーす。そっちの木材は置いといてくださーい!」


そんな風に皆に指示を出しながら汗をかき、働く姿はどうみても王子様っぽくない。

さすがに髪は短く切られていたし、髭もきれいに剃られているけれど、深紅の目は相変わらずキラキラいきいきしている。


でもそれは、私がずっと長い間見ていたロッホさんそのもの。


「ロッホさん、王様やってるんじゃないんですか?」


私はここへ私たちを連れてきたカリーさんに尋ねた。


「ほっほっほ。この国は『立ってる者は王族でも使え』という言葉がありましてねぇ。

人手不足の中、ロッホさんのような働き手は現場で重要なのですよ。

もちろん、ロッホさんは王様のお仕事もやってますよ。ほら。」


カリーさんが示すその先、テントの中から何人かが出てきてロッホさんに駆け寄り何か書類を見せている。

ロッホさんはそれを見て頷いて、何か所かを指さして何か言ったあと、差し出されたペンで何か書いていた。

それを持ってきた人に返すとまたロッホさんは木材を担いで歩きだす。


「うっひゃぁ。肉体労働しながら頭脳労働ですかぁ?大変っ!」


プリマベラ嬢が同情の悲鳴を上げた。


「この国は男女を問わず働く事をいとわない国ですからなぁ。自分の事は自分でする文化もありますし。

今は力仕事を男性が中心に、女性は書類仕事や支援を中心に復興へ向かっておりますよ。」


カリーさんの言うとおり、この現場には何人もの女の人もいて、何かしら仕事をしているのも見て取れる。


中には救護テントもあり、ケガをした人はそこを利用しているよう。


他にもこの現場そのものが小さなひとつの集落のようで、活発に色んなものが動いている感じがした。


その中でもロッホさんはやっぱり中心。


「皆さぁぁん!それじゃぁ行きますよぉ!せぇのっ!」


彼の掛け声で大きな石が動き、川に転げ落ちていく。

ざばぁん、という大きな音。


「これで川の一部がせき止められたんで、水が引くと思います。そこに土台を作ります!皆さんで残った水を汲み取りましょう!」


ロッホさんはそう言うと自分が先陣を切って川の中に入り、バケツの中へ水を入れ始めた。

他の人達も水を汲む人、運ぶ人に分かれて動きだす。


私の心がわくわくしはじめた。


「あれを見てお前はどう思う?」


そのタイミングでアスールさんが私にそう尋ねる。


「え、手伝いにいかなくちゃ!」


そう、私の心はもう、手伝う気持ちで溢れてる。

ドキドキしている。


人手はちょっとでも多い方がいい。


ロッホさんの考えている事が凄くよくわかる。


ちょっとでも手伝いたい。

きっと頑丈で安全で使いやすい橋ができるはず。


ううん、きっと見た目もきれいな橋になるといいな。


水くみ程度なら私だってできるもの。


もし怪我人が出たら治癒魔法もちょっとなら使えるから手当てだってできる。

火魔法もそこそこできるから地面を乾燥させるのだってお手伝いできるわ。


私のできる事、なんだかありそうな気がする。


「私、手伝ってきますね!」


そう言って飛び出そうとした時。


「待て。」


アスールさんに呼び止められる。

振り返れば難しい顔のアスールさん。

でもカリーさんとプリマベラ嬢はニコニコしている。

何だか両極端。


そんな中、アスールさんはもう一度口を開いた。


「お前、ロッホを手伝うのか?」


「そうですよ、当たり前じゃないですか。」


「・・・あんな別れ方したのにか?」


・・・いや、別れ方というかなんというか、元よりそういう関係ではないので・・・。

・・・それより『あんな別れ方』のどこまでをアスールさんは知っているのかな?


「だってロッホさん頑張ってるんですよ。仲間なんだから手伝いましょうよ!ほら、アスールさんも!」


「それはお前がすべき事なのか?この国を荒らす魔族を追い払うのがお前の役割なんじゃないのか?」


「それはもちろんそうですよ!でもだからって今手伝わない理由にはなりませんよ?

それにカリーさんだって魔物はこのあたりにいないって言ってたし、それに・・・。」


私はそこまで言って口をつぐんだ。


そうだ、私の心なんてきっとバレバレなんだ。


「それに、何なんだ?」


アスールさんがたたみかけてくる。


あぁもうきっと、全部わかってるんだ。

だからカリーさんとプリマベラ嬢も笑ってるんだ。


私がどれだけロッホさんを恋しいと思っていたか、3人とも知ってるんだ。

彼を信じる信じないじゃない。

私は彼のそばにいたいと願う私を信じるしかない。


「・・・やっぱり、ロッホさんのそばにいたいです。」


私の言葉に3人は頷いた。


「ロッホさんもね、あきらめきれないそうですよ、アマリージョさんの事。」


ニコニコとプリマベラ嬢があっさり言う。盗賊専用魔法のひとつで遠方の人と連絡を取ることができるんだそう。

何その便利魔法。勇者魔法として使いたいから教えてほしい。無理なのかな?


「魔物討伐も王様の仕事、だそうだ。まわりもみんな納得したらしい。これからは時々俺たちと一緒に国内をまわるんだと。

とりあえずはこの橋が出来上がり次第って奴か。お前と一緒がいいらしい。

王しての仕事はプリマベラの盗賊魔法を使ってなんとかしながら必要な時は城に帰れば問題ないそうだ。」


いえいえいアスールさん、そんな相談いつしたんですか?


「妃、なんて難しく考える必要はないですよ。王があのような感じなのですからアマリージョさんもできる事をすればいいのです。

議会制になるまでの間のお飾りですから、それまでの間国民の為に頑張ってください。」


カリーさんまで・・・。


「行け。」


最後はアスールさんにそう言われた。


私は頷く。


思いっきり駈け出した。


驚く人達の目線なんて気にしない。


勢いをつけて大きくジャンプ!


思いっきり水しぶきを上げてロッソさんの前に。


彼に向かってとびきりの笑顔を。


「勇者参上。」


そう言ったらロッソさんはぽかん、としたけれど、大笑い。


「ホントにもう・・・派手な登場ですね。」


「勇者ですから。それともおしとやかに『王子様ぁ』なんて言いながら岸辺で手を振ってほしかったですか?」


「いいえ、こうやって俺の元に飛び込んでくる勇者アマリージョの方が好きですね。」


そう言うと彼は私を抱きしめた。


久しぶりのぬくもり。


やっぱり私はこの

ぬくもりが必要。

ただの甘えでもなんでもいい。

この人がいないのは耐えられない。


でも、ちゃんと伝えたい。


「私は、ちゃんと恋人から始めたいんです。」


手を繋ぎたい、キスだって触れるだけの優しいキスをしてほしい。

いつもみんなと一緒じゃなくてたまにはふたりでご飯を食べたい。

肩を寄せ合ってソファでおしゃべりをしているだけでいい。

一緒に笑って一緒に悩んで、とにかく一緒にいて、色んな事を共有したい。

ただ何もせず、抱き合って眠りたい。

ちゃんと心を通じ合わせたい。

すっ飛ばしてしまった大切な事を全部やってみたい。


世界中の人に自分たちは愛し合っているんだって叫びたい。


今回みたいにすれ違ったりしないように。


それらの全部、言ってみる。


周りの耳は気にしつつ、周りの目は気にしない。


「あぁそうか、そうです、よね。」


ロッホさんは顔を真っ赤にしながら頷いた。


私たちはもう一度始める。


私たちは水浸しの泥んこ。


だけど、そんな事関係ない。


冷やかされる中、私はロッホさんの腕の中で目を閉じる。


私が望むとおりの優しいキスが、私の唇に振ってきた。


きっと夜は会えなかった分、散々責められるんだけどそれを期待している私もいたりして、そのあたりどうしようもない。

だけどね。


「大好きです、ロッソさん。」


「俺も好きですよ、アマリージョ。」


それが真実。




・・・・・・・・・・・・・・・・・


「まさか勇者がドM属性だったなんて・・・。しかも放置系お預け系もオッケーだなんて・・・。」


聖女ベルデは頭を抱えた。


水晶玉での覗きがもはや日課の彼女。

本当にこの人が聖女でいいのか神様は色々再考した方がいいと思う、真面目に。


しかしベルデは自分の立ち位置をいろんな意味でしっかり確立しているのでもうどうしようもない。


少なくともロッホとアマリージョの関係で悩んでる必要はない、はずなのだが彼女は当たり前のようにふるまう。


ベルデはまーなんとなーく、戦士がドS属性なんじゃないかなー、とは思ってはいたのだ。

でもまさか、まさか勇者が・・・。


「ある意味お似合い・・・え、でもそういう解決方法でいいんじゃないのかしら?」


だからそんな事悩む必要があるのか。


「そうよ、戦士限定なんだし、お互い幸せならそれでいいじゃない。

ロッホ様あそこまでやっておいて史上最強のヘタレだし。ヘタレ攻めの女王様受けっていいわよね!」


ベルデは開き直った。

いっそすがすがしいほどに。


とにかく。


「祈るわ、ロッホ様アマリージョ様。」


魔物の力を遠くから弱め、ふたりが旅にでるよりも城でいちゃいちゃする時間を作るべく、ベルデは祈る。


この祈りの力が聖女であるゆえんだが・・・なんだかもうどうでもいいやと神様もきっと思っている。


ダメだよね、勇者様、それじゃぁ。流され過ぎですよ。

戦士殿もありえない男だと思うね。


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