薩摩道場にて。
「では、今日の稽古を始める」--
凛とした声が響く。
この道場、薩摩道場の主、薩摩吾郎の声である。
「「押忍!!」」
掛け声を合図に一斉に組手を始める若者たち。
その隅に遠賀の姿はあった。
「なんだあ?今日も気合入ってねえな、鷹通。」
鷹通より一回り体格の良い活発そうな若者が声を掛ける。
「そすか?いつも通り気合入れてますよ、センパイ。」
鷹通は気だるそうにいつも通りの返事を返す。
合気道による組手、乱取りと呼ばれるそれは、実践寄りであり、双方が自由に合気道の技を打ち合うというものだ。
センパイと呼ばれた男と鷹通は、いつも通りの流れで組手を始め、これまたいつも通りの流れで同じ技を打ち合い、その流れの中、道場主に気づかれぬように会話するのが日課であった。
「ところで鷹通、お前らのクラスに超かわいい転校生が来るって話だが、お前聞いたか?」
センパイと呼ばれた男が組手のさなか、ふと訪ねた。
「いや、聞いてないっす。自分黒髪ロングの美少女しか受け付けないっすよ?」
堂に入った動きで双方打ち合いながら会話を交わす。
「それがな、鷹通。黒髪ロングの超絶美少女って噂だぞ?」
「・・・えっ?」
鷹通が驚いたその一瞬、センパイは鷹通の肘を極め、床に倒した。
「はは、これで俺の117勝116敗だな。」
センパイはさも誇らしげに言う。
「センパイ、センパイに彼女が出来たとかいうほら話で何回か負けましたけど、今回のは冗談だと怒りますよ?」
鷹通は興奮気味にセンパイに手を借りながら起きる。
「任せろ、俺の情報網だぞ?」
そう言い、鷹通を助け起こした後、手をひらひらさせながらセンパイは更衣室に去っていった。
「マジかあ。超絶美少女かあ・・・」
鷹通の声は誰にも拾われることなく、だだっ広い道場の天井へと吸い込まれていった。