9話
「キュ〜!」
日が登り空が明るくなってくるころ、レイルが鳴きながらまだ寝ているシアの腹へと飛び込む。
「ぐっ……おはよ……」
「キュッ!」
朝から元気なレイルは起きたシアに満足そうに鳴くと、腹の上から猫のように降りていく。
起こされたシアは特に不機嫌になるわけでもなく、ベッドから出て装備を付けていく。
黒いインナー姿も僅か数秒、普段の装備に変わったシアは空腹感に気付いた。
「んじゃ、ご飯食べてくる」
レイルにそう言うとログアウトしていく。
─────
「さて、行こうか」
すぐにログインしたシアは肩に乗るレイルに声を掛け、宿を出る。
目指すは次の街、イナーシャだ。
もっとも、実は森や岩山の奥にイナーシャがあって、この草原の先には別の街があるという可能性もあるのだが。
シアはそのことは考えず、草原を進んでいく。
草原を進むシアには、やはりモンスターは襲いかかってこない。
全く無視しているわけではなく、近付けばシアの方を向いてくる。
シアが移動すればそれに合わせて体を動かすので、シアに反応していないということはないようだ。
今も30cm程度のトンボのようなモンスターの横を通っているが、モンスターは滞空してこちらを見るだけで攻撃してこない。
翅が薄い刃のようになっているので、おそらくこのモンスターがシアの薄羽武器の素材になっている刃羽虫なのだろう。
シアは別に虫が苦手なわけではないが、これだけ大きな虫に襲われるのは勘弁してほしい。
わざわざ倒して確かめるようなことはせず、そのまま無視している。
新しく見るモンスターはこのトンボと緑色の鱗の蛇の2種類だけだ。
ホーンラビットやグレーウルフと言った、アルヴィーンの周辺に出てくるモンスターも見かける。
ただし、アルヴィーン周辺では見かけなかった3匹以上の群れで居るようだ。
多いものでは7匹の群れも見かけた。
シアは負けるとは思わないが、他のプレイヤー達はどうなのか分からない。
そもそも、このエリアは何レベル辺りのプレイヤーが来るようなところなのかも分かっていないのだ。
まだまだ初期エリアに変わりはないが、LOはライトユーザー向けのゲームではない。
最近では珍しいゲーム初心者に優しくないゲームであり、初期エリアであっても死ぬときは簡単に死ぬ。
Lv1の初期装備であっても初期エリアの雑魚相手では何発も耐えれるようなゲームではなく、3発も受ければおそらく死ぬだろう。
少しのレベル差が大きな差になることも難しいゲームの特徴だ。
シアは苦にしていないが、冒険者組合からの強制脱退だって普通では考えられないくらいのデメリットなのだ。
そもそもそんなイベントを用意していること自体がおかしいくらいだ。
サービス開始からゲーム内で2日経過して2番目の街に到着など、よく考えてみれば笑ってしまうような遅さである。
その辺も考えると、このあたりは意外と適正レベルは高いのだろう。
たとえ適正レベルが高くても襲われないなら問題はない、とも考えれる。
シアは適当に考えながら、ほとんどプレイヤーのいない草原を歩き続ける。
─────
「キュ?」
1時間ほど歩いていると、不意にレイルが空を見て声を出す。
当然シアもそれに釣られて上を見る。
「ん〜?魔人、かな?」
『スキル「遠視」のレベルが上がりました』
遠視Ⅰ→Ⅱ
目を凝らせばかなり高い位置、黒い翼の生えた人影が飛んでいるのが見える。
位置が高いだけで、そこまで速い速度ではないようだ。
こちらに来るわけではなく、進行方向の先、草原の奥へと飛んでいく。
歩きながらしばらく見ていると、不意に地面へと降下を始める。
「なんだろ、プレイヤーかな」
飛んでいる魔人は見えていたが、降下した場所は草原の盛り上がるような地形の影響で見ることができない。
そこまで遠くではないことは分かっているので、気になったシアは走り出す。
2分程度でその姿を再び捉えることが出来た。
やはりプレイヤーと戦っているようで、翼を広げて滑空しながら攻撃をしている。
対するプレイヤーは5人組、パーティーを組んでいるのかは分からないが、状況から考えれば間違いなく組んでいるだろう。
後衛では魔法使いが2人、両者とも攻撃より前衛へバフやヒールをかけることを優先している。
前衛には大盾のみを持っているフルプレートが1人、片手剣を両手に握っているプレイヤーが1人、身の丈ほどの大きさのある大剣を持ったプレイヤーが1人だ。
前衛3人は間違いなく上位の武器術スキル持ちだろう。
初期スキルに大盾を使うようなスキルは無く、残りの2人に関しては二刀流と大剣術だと推測できる。
そのことから考えれば、後衛2人もおそらくは上位スキル持ちだろう。
もっとも、シアは魔法関連のスキルはどこで手に入れるかすら分からないのだが。
冒険者組合に売っているだろう、とは予測している。
魔人は魔法を使えないのか、空から降下しては飛び去るの繰り返しをしている。
なぜか後衛の魔法使いが狙われず前衛の大盾が狙われているのだが、それは何らかのスキルによる影響か。
大盾持ちを抜くことが出来ないようで、魔人は攻めあぐねているのが分かる。
一方のプレイヤー側も魔法は避けられ近接攻撃はそもそも届かず、降りてきても攻撃する前に素早く飛び去るおかげでダメージを与えられていない。
泥沼の様な戦闘になっているが、攻撃が当たってないプレイヤーよりは大盾持ちに攻撃出来ている魔人が有利か。
「キュ」
少し離れて見ていたシアは、レイルがまたしても空を見ているのに気付く。
「ん?あ、もう1体来た」
シアの言うとおり、まだ距離はあるものの確かにこちらに向かってくる魔人が見える。
「さて、と。中立だと攻撃されるみたいだし、後ろから狙いましょ」
出会った魔人の言葉を思い出し、道から外れてプレイヤー達の後ろに回るように動き出す。
もしプレイヤー達から見られても、戦闘に巻き込まれないように動いているようにしか見られないだろうから、移動は適当に歩いて動いている。
シアがパーティーの後ろに到着したタイミングでもう1体の魔人も戦闘に参加する。
プレイヤーはなんと前衛3人全員が大盾持ちになっており、後衛は支援する回数を減らして2人で攻撃をしている。
魔人1体であれだけ抑え込まれていたのだから、2体相手だとすぐに崩壊するだろうと思っていたシアは、むしろ先程よりも安定しているパーティーに舌を巻く。
「はぇ〜、魔法つっよ……確かにバランス取れてないわ」
攻撃に回った後衛2人の活躍には目を見張るものがある。
魔法を使う際、魔法陣が空中や地面などに出現する。
魔法陣は初めから全て書かれている状態で出てくるのではなく、その場に書き表されるのだ。
魔法陣が完成すれば魔法が発動し、魔法陣は消滅する。
現在、シアの目にはまとめて8つの魔法陣が作られていくのが見える。
後衛2人で魔法陣8つ、つまり1人4つの魔法を使っているのだろう。
魔人2人はヒョイヒョイと避けながら大盾3人に攻撃してはいるが、これは魔人だから出来ることだろう。
そこら辺のモンスターが相手ならば前衛3人が受け止めまでもなく、魔法の射的に入れば魔法を行使、相手が近付き切る前に止めをさせるはずだ。
「遠距離職最強はオンゲの常、ってね」
「キュイ?」
「なんでもないよ、んじゃ少し待っててね」
「キュ」
レイルは肩から飛び降りると、背を低くして草に隠れる。
「行きますかぁ」
長剣を腰から抜き、右手に持って走る。
距離を半分ほど詰めた辺りで魔法陣が完成、火球や水球が勢い良く魔人へ飛んでいく。
2体の魔人はそれを避け、お返しとばかりに前衛へ攻撃を仕掛ける。
後衛は途切れることなく続けて魔法陣を生み出す。
その魔法陣が完成するギリギリでシアが後衛の1人を間合いに捉える。
「ほい」
普段通り、迷いなく背後から斜めに斬り上げる。
こちらを向いていない魔法使いが避けられる道理もなく、右腰から左肩にかけてバッサリと両断、即死する。
が、流石はトッププレイヤーと思わしきパーティー。
もう1人の魔法使いがすぐさま気付き、迷うことなく魔法を魔人からシアへと向けてくる。
「後ろ!」
大きな声で前衛3人へと異常を知らせた男の魔法使いは、完成した魔法陣から水球を、少し遅れて完成した魔法陣からも水球をシアへと飛ばし、さらに2つの魔法陣を展開する。
魔人のように少し距離が離れているならシアにとって避けるのはそう難しくはないが、至近距離からとなれば話は別だ。
1発目の水球はギリギリ回避するも、2発目の水球は回避が間に合わない。
ならばと、シアは水球に向かって剣を振る。
不安定な体勢から振られた剣は、吸い込まれるように見事に水球へと向かう。
「え!?」
確かに水球に当たった剣は、しかし何事もなかったかのように水球を素通り、水球は破裂することなくシアへと直撃する。
「痛い!」
フィードバックされる感覚はそこまで強いものではないのだが、ダメージを食らうと痛いと言ってしまうのはゲーマーの性か。
ちらりとHPを確認すれば、水球の直撃で削られたのは2割程度。
水球の勢いの割には受けた衝撃は小さいものの、不安定な体勢で直撃を受けたシア当然、そのままバランスを崩し転倒する。
転倒したシアの視界に映るのは完成されかけている魔法陣。
「やばいやばい」
慌てて立ち上がろうとするも、魔法陣が完成される方が早い。
シアは立つのを諦め、そのまま転がるように横へ回避する。
先程までシアが居た場所で火球が爆ぜ、地面を少し傷付ける。
横へ回避したシアはその勢いのまま立ち上がり、シアから距離を取るように移動している魔法使いへと接近する。
魔法陣は1つが完成間近、3つはまだ半分程度だ。
この1つを避ければ、残りの魔法陣が完成する前にシアが攻撃できるだろう。
短い距離を駆けるが、やはり魔法陣の完成には間に合わない。
魔法陣が完成すると同時、シアは走りながら素早く右へズレるように移動する。
走るシアの左を魔法が通──らない。
「は?」
前を見て走るシアの視界にははっきりと、完成された状態で保持されている魔法陣が見て取れる。
任意のタイミングで撃てる、一瞬でそう理解し、しかし近付く速度は緩めない。
避けれなかったといっても、間に合う魔法がこれ1つだけなのに変わりは無いのだ。
またたく間に剣の間合いまで詰めたシアは急停止、剣を構えると同時に素早くその場でしゃがむ。
「ちっ!」
シアが剣を構える隙を狙って撃たれた魔法は空振りし、魔法使いは舌打ちをして更に後ろへ下がろうと足を動かす。
が、しゃがんでいるとはいえシアがその剣を振る方が早い。
「ふっ!」
「っ!」
ほとんど垂直に斬り上げられた剣が魔法使いへと迫るが、後ろへ跳躍して回避しようと動く。
しかし避けることは叶わず、宙で深々と斬り裂かれる。
空中で死亡した魔法使いに、倒せたと安堵すると同時、近くから声があがる。
「あ〜、これ無理じゃね」
「だな〜」
「あれ避けるんだ」
シアがそちらを向けば、余裕はあるのか大盾は構えているものの、顔はこちらを向いている3人の前衛と目が合う。
「よう、あんた掲示板でちょい有名なシアさんだろ」
始めから大盾を使っていたフルプレートのプレイヤーがシアへ問いかけてくる。
2体の魔人は攻撃を続けているのだが、3人ともそちらには目もくれない。
「そうだけど」
「見逃してくれね?」
「経験値欲しいから無理かな〜」
「やっぱり?」
「うん」
呑気に会話しているが、魔人の攻撃は止まっていない。
魔人の攻撃を防ぐために大盾だけは魔人の方へと向けているのだが、フルプレートの男はそれをシアへと向ける。
魔人へ背を向けた男を守るように残りの2人が動く。
「よっしゃ、こい」
「んじゃ、せい!」
シアは長剣を構えると、踏み込んだ勢いのまま大盾を斬り付ける。
が、大盾はビクともせずシアの攻撃を防いで見せる。
その後も何度も斬り付けるが、全く崩れる気配はない。
後ろには残りの2人が守っているので回り込むことは出来ず、横からの攻撃は防がれてしまっている。
「盾硬すぎ」
「いや、めっちゃHP削られてんだけど。むしろあんたの攻撃強すぎだろ」
「あ、盾上からでもHP削れるんだ」
「そりゃな」
攻撃しながらの呟きに律儀に返してくる。
「キュイ!」
「うお!!」
突如、聞き慣れた声と共に男が驚いたように隙を作る。
「よっ!」
その隙を逃さず、シアは横から鋭く突く。
男はフルプレートで守られているが、シアはフルプレートごと両断したこともある。
今回もフルプレートはその役目を果たすことはできず、シアはフルプレートごと男を刺す。
即死するような攻撃では無いが、ダメージが積み重なったのか男は死亡する。
「ほいっ!と」
そのまま流れるようにこちらに背を向け、魔人の攻撃を防いでいる2人も斬り殺す。
『スキル「一撃必殺」のレベルが上がりました』
一撃必殺Ⅰ→Ⅱ
『スキル「長剣術改」のレベルが上がりました』
長剣術改Ⅰ→Ⅱ
『スキル「気合い」のレベルが上がりました』
気合いⅦ→Ⅸ
『スキル「奇襲」のレベルが上がりました』
奇襲Ⅶ→Ⅷ
『スキル「背面攻撃」のレベルが上がりました』
背面攻撃Ⅳ→Ⅴ
『スキル「連撃」のレベルが上がりました』
連撃Ⅱ→Ⅲ
『スキル「踏込」のレベルが上がりました』
踏み込みⅠ→Ⅱ
「大収穫」
シアは満足そうに頷くと、魔人がこちらを見ているのに気付く。
少しの間、目と目が交差するものの、戦闘になることはなく2体の魔人は飛び去っていった。
「よし。それはそうと……レイル、何で来ちゃったの〜」
先程の声の犯人は勿論レイルだ。
透明化のまま男の前まで飛んでいき、男の目の前で透明化を解除したのだ。
レイルの透明化は完全な透明化だ。
その位置だけ少しボヤケていたり、薄く影が浮かんでいるなどといったことはなく、完全に透明になる。
その結果、男はいきなり目の前にレイルが現れたのだ。
驚くのは仕方ないと思うし、シアだってそんなことをされれば間違いなく驚く。
「キュ〜!キュイ!キュイ!」
当の本人、いや本竜はイタズラが成功したのを喜んでいるように、空中で宙返りしながら飛んでいる。
「んもう……レイルが倒されたらどうなるのか、分からないからあんまり前に出てこないでほしいんだけどな……」
シアはテイムしたモンスターが倒されたとき、どうなるのか知らないのだ。
可愛いペットをわざわざ殺してまで実験する必要はなく、どうせ戦わないならとレイルは戦闘に参加させていない。
「まぁ、死んでないから良いか」
クルクルと飛んでいるレイルを捕まえて、肩に乗せると再び歩き出す。
戦闘時間は10分も無かった程度だ、足を急がせる必要も無いと思いのんびりと草原の道を歩く。
今のスキルがどうなっているのか、次話で出します。把握し難くてすみません。




