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一面の灰色のコントラストが無機質な空間を演出しているのでしょうか。曇が敷き詰められた空の下で、高架道路が曲がっています。

助手席の車窓から眺めるそれらは、無表情のまま、果てしなく流れていくのでした。


「にしても、弁護士か。小夜(さよ)らしいな」


ハンドルをゆっくりと切りながら、喜多村(きたむら)さんが話題を振ってきました。


「そうですか? 必ず一発で受かって見せるので、心配しないでください!」


「そう言って何でもこなしちゃうんだから、すごいもんだ」


喜多村さんは今の私の保護者ですが、血縁関係はありません。父と母が他界して、身寄りのない私を喜多村さんとその奥さんとで引き取ってくれたのです。なんでも、父と同じ研究をしていた偉い先生らしいですが、何の研究なのか聞いても、詳しく教えてくれませんでした。


「喜多村さんにはいろいろ迷惑をお掛けしましたから。もうこれ以上お世話になるわけには!」


「そうか、司法試験に受かったら、自立したいって言ってたしな。小夜はしっかりしてるし、一人暮らしでも困ることはないと思うが……」


「心配しないでください。たまには顔を出すので!」


私がそう言って喜多村さんの横顔を除くと、なぜか彼は少し目を赤くしていました。また、唇を隠すように噛んでいます。


「……すまん。なんだか調子が悪いみたいだ。目がかゆい」


「花粉の多い季節ですので、気をつけてください!」


「……そうだな」


喜多村さんの声は、少し力がこもって震えています。さっきまでは普通だったのに何故でしょうか。心配です。


その時、ピロン、とカエルが鳴いたような可愛らしい音がしました。


喜多村さんの携帯電話にメッセージアプリの通知が一通届いたようです。喜多村さんはカーナビの横に携帯を取り付けて、すぐメッセージが見れるようにしていました。勝手に覗き見したところ、このような内容でした。


『楢崎:後ろの車、Fだ』


何がなんだか、さっぱりです。サイドミラーから後ろを除くと、さっきまではいなかった黒いセダンが走っていました。

しかし、喜多村さんはそのメッセージとバックミラーを交互に見て、血の気のない青ざめた表情になりました。


「喜多村さん……?」


「小夜。落ち着いて聞け。次の立体交差で止まるから、お前は車を降りて、東都北駅まで走れ。この連絡先の男と落ち合って保護して貰うんだ」


早口でそう言って、喜多村さんは自分の携帯電話を私に投げ渡します。


「ちょ、どういうことですか? 喜多村さ__」


喜多村さんが急にスピードを出したため、私の身体がガクンと前傾します。私が法定速度を守ってくださいよ、と口を開こうとすると、喜多村さんはさっきよりもさらに早口で、緊張感のある声調で話しました。


「今後ろにいる車にはテロリストが乗ってる。望月教授……小夜の両親を殺した連中が、わけあって小夜の命を狙ってんだ」


"小夜の両親を殺した連中"と聞いて、思わず背筋が疼きました。


「そんな、なんでですか!?」


「細かい説明をしてる余裕はない! その連絡先の男から聞いてくれ」


喜多村さんから渡された携帯に目を移すと、追加でメッセージが届いていました。


『楢崎:分かってると思うが、あの娘を東都北駅まで連れてこい』


『楢崎:甲斐(かい)古賀(こが)に向かわせた』


この楢崎さんという方は一体誰なのでしょうか。喜多村さんと同じく、父と関係があるのでしょうか。思えば、私は父や喜多村さんが関わっていた事について、ほとんど何も知らないのです。

状況が読み込めず混乱するばかりの私に、喜多村さんが申し訳なさそうに呟きます。


「クソ……なんて間が悪いんだ……よりによって小夜の試験の日に……」


それを聞くと、私は何も言えませんでした。

一方、サイドミラー越しに見える黒いセダンは、この猛スピードについてくるどころか徐々に距離を縮めてきています。喜多村さんの手元の速度計の針が開いていくにつれ、車は加速してはいるのですが、この調子では追いつかれるのも時間の問題でしょう。


しかし、彼らは"追いつく前"に攻撃をしてきたのです。


一瞬、進行方向とは真逆の方向に車が傾いたかと思うと、車体全体が大きく沈んだのです。何をされたのか分からないまま、身体が硬直しました。

ただ、何か"あの時"と同じような特異なものを感じたのです。


「地震……っ!?」


車はその上下の揺れのせいでコントロールが効かなくなり、怪物が爪で引っ掻くような大きな音をたてて、車は横転しました。


「小夜! 大丈夫か!?」


喜多村さんの声だけが聞こえます。彼は車のトランクの方まで何かを取りに行っているようでした。

私の体は車の隅の方まで投げ出されそうになりましたが、シートベルトのおかげで何とか無傷でしや。


「だ、大丈夫です!」


「まず、車を出るんだ。携帯電話でさっきの連絡先の奴と通話して指示を聞いてくれ!」


「喜多村さんは……?」


「俺は出来るだけ長く足止めする。ただ、いつまで持つか分からん。急げ!!」


私は言われた通りに携帯電話を持ち出して、運転席の窓から飛び出ます。同時に、車のトランクが開けられる音と共に、喜多村さんが外に出たのが分かりました。

周囲の状況を確認すると、喜多村さんが黒光りする銃器を構えていて、その先には黒いセダンが停車しており、二人の男性が降りてきます。

一人ははスーツを来た黒髪の真面目そうな青年で、もう一人は茶髪でサングラスをかけた危ない雰囲気の男性です。


「手を頭で組んで地面に伏せろ!!」


喜多村さんが二人に怒鳴ります。思わず私までビクッとしました。しかし、彼らは全く意に介さず、そのうち茶髪の方は嘲り笑う始末です。


「『Ctrl』の犬の分際で、俺に命令するのか?

プレート、お前は標的をさっさと処分してこい。この男は俺が殺す」


「はいはい。わかりました」


プレート、と呼ばれたのはスーツの人です。コードネームか何かでしょうか。

しかし、そんなことを考えている場合ではありません。私は喜多村さんの携帯電話から、先程の『楢崎(ならざき)』さんという方に電話をかけました。


「もしもし、望月と申します。喜多村さんから貴方に電話するよう言われたのですが」


「状況と位置は大体分かってる。今仲間を向かわせているから、立体交差の方向まで走って来るんだ」


全力で走れば、そう遠くはありません。私は不安な気持ちを抑えながら、喜多村さん達に背を向けて走り出しました。激しく銃声が飛び交うのが聞こえても、振り返らずに。

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