(6)
人形技師の恨み節説。それで終わりだと思っていた流華にとって、小枝の言葉は予想外のものだった。まだ終わっていない。小枝の頭の中ではどうやらメリーさんの電話がまだ鳴り続いているようだ。
「さえちゃん、どういう事なの?」
そんな流華の想いを代弁するかのように、香澄先生が疑問を投げかける。
「いやー、どうにもさっきの説はシンプルが過ぎるとは思ってたんだけどさ。」
「まああんたからしたらそうかもしれないけどさ。まだ続きがあるって事?」
小枝は人差指をちっちっと振ってみせた。どうやらそういうわけではないらしい。
「こういうのってさ、さっきも出たけど伝言ゲームなわけさ。不特定多数の人間に伝わっていく過程で、原型なんて留めている方が普通じゃないわけさ。この話の原型がこのままだったなんて、るー証明できる?」
「証明は、出来ない、ね。」
出来るわけがない。そもそも完成形の話として認識しているものが実は全く違うだなんて根拠もなしに言えるわけもない。
「そうね。都市伝説のルーツを探るなんてそう簡単な話じゃないものね。そうなると、さえちゃんの言わんとしている事は、この話はもともと全く違う話だったという事かしら?」
自分が知っているメリーさんは、実は全くの別物。ここに来て香澄先生の発言は話の根底を揺るがすものである。小枝には一体、どんな物語が見えているのだろうか。
「全くではないよ。大枠は同じだと思ってる。部分的な改変って感じかな。」
まあ結論からするとなんだけど、と小枝はさらりととんでもない事を言い出した。
「この話に、メリーさんなんて人形はそもそも出てきてないんじゃないかな。」
「え!?ちょっと待ってよ!それじゃ全然話変わってくるじゃん!さっきあんた大枠は同じだって言ったばっかじゃない!」
驚く流華に対して、小枝は事もなげに涼しげな顔を崩さない。
「まーまー。ちょっと落ち着きたまえよ、るー君。ちゃんと話しますから。」
どーどーと動物を鎮めるかのごとく両腕を流華に向けてゆらゆらと動かす。取り乱した事に少々恥ずかしさを覚え、ごほんと仰々しく改まった咳をつき姿勢を正した。
「人形という概念を一切取り払った上で、もっかいこの話を考えて欲しいの。」
「人形を抜きで考える。」
「話はそのままでね。」
となると、冒頭の人形のくだりは無視する事になる。そうすると話としては急に何の前触れもなく少女に電話がかかってくる形になる。そして、
あたしメリー。
待てよ。人形はいないのだ。って事は。
このセリフは、誰のものだ?
「あくまで仮説だけどさ、これ、メリーさんって人形じゃなくて、めりさんっていう人間の女性からの電話だとしたらって思ったんだよね。」
そうだ。人形じゃなければ、あのセリフは人間が発したものになる。そしてそれによって、めりさんという今まで見えていなかったもう一人の人物が浮かびあがってくる。
彼女は一体何者だ。
「きっかけはるーの言葉だったの。」
「私の?」
はてと自分の言葉を思い返すが何か小枝の脳に引っ掛けるような言葉があったとは思えなかった。
「そ。るー言ったじゃん。親が電話に出てくれてたらって。」
「あー、確かに言ったね。」
「女の子の視点でしか語られていない話だけど、もともと本来のターゲットは親だったんだよ。」
全く話の筋が見えてこない。混乱する頭を整理しようとするがどうにも上手く着地出来ない。香澄先生の方を見てみると、先生も珍しく頭の上にハテナマークを飛ばしていた。
そんな二人の様子を見かねたのか、小枝が言葉を付け足す。
「幼い時代に知らない女の人からさ、こんな電話かかってきたら、るーどう思う?」
「どうって、気味悪いなーって思うわよ。」
「親に言うでしょ?」
「言うね、まず。」
その瞬間、香澄先生がはっと微かに声をもらし目を見開いた。そしてその目は瞬く間に恐怖で満ち始めた。
「かすみんは分かったみたいだね。えぐいっしょ?」
「ええ、これは、怖いわね。」
にやっと意地悪な笑みを浮かべる小枝とは対照的に香澄先生の浮かべる笑みは良く言って苦笑レベルのひきつったものだった。
「あーもう私置いてけぼりだな。何が怖いかよく分かんないよ。」
「るかちゃん、なんでめりさんはこの家に電話を掛けてきたのかしらね。」
珍しく香澄先生が助け舟を寄こしてきた。ただそれは先に答えに行き着いた余裕ではなく、早くこんな話を終わらせてしまいたい、そんな思いから出た言葉のように流華には感じられた。材料を今一度並べてみる。
少女。めりさんからの電話。少女の親。
幼き日の自分が、両親に問いかける場面を想像する。
「今日ね、めりさんって女の人から変な電話があったよ。」
これって、これってもしかして…。
不可思議な表情を浮かべる母親。そして血の気が失せていく父親の顔。
「めりさんが電話をかけてきた理由。めりさんが望んだもの。それは家庭の崩壊だよ。」