(1)
「小枝。小枝ったら。」
「んなー。」
机の上に顔を突っ伏し、両腕をだらんと脱力させた小枝の肩を流華は遠慮なく揺さぶる。しかし返ってくる返事はこのような気の抜けた精力の欠片も感じさせない呻き声ばかりでどうにもならない。まあ気持ちは分かるのだが。
「あんたさー、ショックなのは分かるけど、いつまでそうしてるわけさ。」
「べやー。」
「返事になってないよ。」
「げりゃー。」
「元気出しなって。」
「ぬらー。」
「呻き声のバリエーションが豊富なのは分かったから。」
「めきょー。」
ダメだ。全く回復の兆しが見えない。次はどんな個性的な声が漏れるのか少し楽しみで声をかけ続けていたが、さすがにずっとこの調子で小枝の情けない声を聞いているのにも正直疲れてきた。
ただ小枝がこんなにダメダメになってしまった理由については流華にとっても十分に同意できるものだった。何せ片思いだった勇海君に彼女が出来てしまったのだ。恋する乙女にとっては手痛い現実だ。活力を失うのも分かる。でも、こんなのは小枝ではない。
「小枝、そろそろ先生のとこ行こ。ほら、香澄先生なら何かいいお言葉をもらえるかもしれないし。」
「むむむん。」
お?反応した?
流華の心に少し希望の光が差した。これは大人の女性、香澄先生にお任せするのがよさそうだ。
ようやく小枝はむくりと状態を起こした。流華は久しぶりに現れた小枝の顔を見て驚いた。目元が赤らんで少し腫れている。そんな様子はまるでなかったのだが。
「あんたまさか……泣いてたの?」
「うん。ずっと。」
「ずっと?じゃあ、あの変な呻き声は……。」
「悪かったわね。変な泣き声で。」
改めて机に顔面をくっつけ、独特な泣き声を上げていた小枝の顔を想像した。申し訳ないが、流華は耐えられそうになかった。くくっと肩が震え、腹の下からこみ上げてきた感情が喉元までせりあがり、口の隙間から零れ出た瞬間、流華は大声で笑いあげた。
「あははは!聞いたことないよ、あんなオリジナリティ溢れる泣き声!」
目の前で笑い転げる流華の姿に初め小枝はぽかんとあっけにとられたかのように口をあんぐりとさせていたが、自分の純粋な感情を笑われた事に腹を立てたのか頬をぷくーっと膨らませた。
「仕方ないじゃん、昔っからなんだから。」
「ごめんごめん。でもそれにしたって、ぬらーはないでしょうに。めきょーも。」
「んな事言われたってさー。っていうか、るー笑いすぎ!」
「仕方ないじゃん、おもしろいんだもん。」
「ひっどいなー。友が失恋で悲しんでいるというのにそれを肴に大笑いとは。とんだ友達持ったもんだよ。」
さすがに少し気分を害したかと心配した流華だったが、小枝の顔に笑みが戻っているのを確認し、心の中でほっと一息ついた。
「あー笑ったわー。ささ、そろそろ行くよ小枝。もういい時間だし。」
「ありゃ?ほんとだ。ちょいと泣きすぎたかね。あーでも泣いたら結構すっきりしたかもー。」
「そりゃあんだけ変な泣き声あげてりゃすっきりするわよ。めきょー!」
「ちょっ、るー!」
思いがけないきっかけではあったが、いつも通りの小枝にちゃんと戻ってくれそうだ。とはいえショックは決して小さくはないはずだ。そんなショックを和らげるのは他愛もない日常だ。だから私たちはいつも通りの日常を過ごす。そしてその為に香澄先生の待つ保健室で今日もオカルティックな話を聞くのだ。なんたってそれが私達の部活動でもあり日常だからだ。