宰相
亡き従兄の息子ローエンナ公爵ウォルフガングが、少女を保護したという。なんとも珍しいことがあるものだと思った記憶がある。
ウォルフガングは、15という若さで公爵家を継ぐはめになった。公爵家の実権を握ろうと娘を差し向ける親や玉の輿狙いの令嬢達に付きまとわれた結果、女性を避けるようになってしまい、銀の髪アイスブルーの瞳に端正な顔立ちと相まって、氷の公爵などと呼ばれている。
そのウォルフガングが少女とはいえ、女性を保護したとは。どういう風の吹きまわしか。
年長の親戚として、確かめるべきであろう。
そう思っていた矢先、別荘にとじ込もっていた母が、都へ出てきた。なんと、ウォルフガングに保護した少女の教育を任されたという。そこまで入れ込むとは…。お前も男だったか、ウォルフガングよ。
母から聞く話によると、少女エヴァンジェリン(!)は、漆黒の髪の美少女で、理知的かつ洗練された立ち居振る舞いは良家の子女に間違いないという。身元はまだわからず、手がかりは着ていた服のみ。とても珍しい生地だったと言う母の話に、引っ掛かりを覚えたが、公爵夫人にふさわしいレベルまで教育すると言う発言に、注意がそれた。
それもウォルフガングの指示かと問えば、まだだと言う。楽しそうに笑う母に、確信しているのだと悟る。父が亡くなってから気落ちしていたのがウソのようだ。彼の少女は、よい刺激になっているらしい。
やはり一度、会わなくては。
翌日、執務の合間に国王陛下に、エヴァンジェリンのことを報告する。ついでに、母から聞いたウォルフガングの溺愛ぶりも。
案の定、陛下は食いついた。腹を抱えて笑いながらも、嬉しそうな顔をする。なんだかんだ言って、陛下は5つ下の従弟のことが好きなのだ。
気になっていたエヴァンジェリンの着ていた服のことを告げると、陛下も眉をひそめた。おそらく同じことを考えておられるのだろう。急遽、ウォルフガングを呼ぶことに決まった。
エヴァンジェリンの着ていた服は、やはり聖国のものだった。それも王族にしか許されない禁色。エヴァンジェリンに相当する王族の姫がいないことから、秘された姫だと考えられる。お家騒動の被害者か。陛下と私の話にも、ウォルフガングは表情を変えない。私達では崩すことのできない壁を崩すことができるのなら、私達はエヴァンジェリンを歓迎しなければ。
公式には、身元は判明せず、調査は終了する。証拠の服は処分すること。
この決定に、ウォルフガングは、少し安堵したように見えた。さあ、ここからはお楽しみだ。陛下と2人で、母から聞いたエヴァンジェリンの話でからかう。氷の公爵が、ただの青年に戻った。うろたえ、憤慨する。ああ、楽しい。散々からかって、次はエヴァンジェリンを王妃がお呼びだと言えば、ウォルフガングはしぶしぶ了承した。エヴァンジェリンに会える日が楽しみだ。
母が、相談にやってきた。ウォルフガングが公爵夫人にふさわしい教育をと言ってきたのだと言う。身元は判明したけど証明できないと聞いたと、含んだ口調で私を見るので、口角を上げて見せた。
母は、私にエヴァンジェリンを養子にしろと言う。宰相の娘なら、誰も何も言えないでしょうと。妻に相談なしだが、了承しておく。妻は大喜びしそうだ。常々男の子ばかりでつまらないと言っていたからな。母と2人で念願の娘を手に入れるということか。八方丸く収まって、言うことない。さすが、我が母。
王妃に会いに来たエヴァンジェリンを見て、驚いた。確かに美少女だ。だが、それ以上に聡い。これは、公爵夫人にふさわしい女性になるだろう。身元不明と言う弱点は、彼女自信の素晴らしさによって、かき消すことができる。そう思い、早めのデビューを勧めたところ、国王夫妻からも賛成を得た。王妃様は、いたくエヴァンジェリンを気に入られたようだ。国外から1人で嫁がれた王妃は、エヴァンジェリンにご自分を重ねられているのかもしれない。
こうして、エヴァンジェリンは15歳でデビューすることが決まった。
エヴァンジェリンを養女にする件は、妻も喜び、王の後押しもあってあっさり決まった。あとは、書類を整えるだけだ。妻は公爵邸に日参する勢いで、母と共にエヴァンジェリンをかわいがっている。
養女になったら、うちに引き取ろうと考えていたら、ウォルフガングに却下された。ドンだけ余裕ないんだよ、お前。
エヴァンジェリンのデビューは大成功。娘(予定)の晴れの姿に、私も鼻が高い。ウォルフガングの独占には笑えた。
デビューから3年、エヴァンジェリンは押しも押されもしない社交界の華だ。自身の輝きによって、世間の口を封じた。まあ、ウォルフガングの激怒もあったか。
もうすぐくる18歳の誕生日にあわせて、婚約、結婚の運びとなる。ああ、せっかく養女にしたのに、お父さんと呼んでもらってない。何故まだ内緒にせねばならないんだ。
なんということだ!思い込みの激しい令嬢によって、エヴァンジェリンが危険な目にあってしまった。王宮の警備体制を見直さなくては。
それよりも!!我慢できなくなったウォルフガングが、計画前倒しにしおってからに!結婚式には絶対参加するという陛下のために、どれだけ大変なことになったと思う。
絶対「お義父さん」と、呼ばせてやる。奴の、いやそうな顔が楽しみだ。
その時は、陛下と2人、笑ってやる。