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エヴァンジェリン 1

似非ヒストリカルでございます。

雰囲気的にはリージェンシーあたりをご想像くださいませ。

 ヘイルローム王国 若き騎士隊長にしてローエンナ公爵 ウォルフガング・フォン・エルヴェルト様。

 わたくしの記憶はの方から始まりました。


 揺れる馬上で目覚めた私は、ウォルフ様に抱きかかえられておりました。

 目覚めたかと言って私を覗き込んだウォルフ様は、流れる銀の髪、すっとした眉、アイスブルーの切れ長の瞳。あまりにも整いすぎたそのお顔に、私は「天使さま」とつぶやいたのでした。

 ウォルフ様は、一瞬目をみはった後、ふっと目を細めて微笑まれました。

 残念ながら、ただの人間だよ、まだしばらく寝ていたほうがいいという言葉に、小さくうなずくと、私は眠りに落ちました。この方の腕の中なら、自分は安全だと本能的にわかったから。


 後から聴いた話によりますと、私は誘拐事件に巻き込まれたのだそうです。国中で人身売買目的の誘拐事件が頻発している中、ついに都でも誘拐事件がおきたのです。それも10人以上。騎士団の懸命な捜査により、都に程近い森の中の廃屋で、犯人逮捕、被害者の保護となりました。私以外の被害者は、身元も判明したのですが、私は森の中で気絶していたところをこれ幸いと連れて来られたらしく、一切手がかりなし。一向に目を覚まさないので、ウォルフ様預かりとなったと言う次第でございます。


 目を覚ました私が、名前も覚えていない記憶喪失だとわかっても、ウォルフ様は、そのまま保護してくださいました。

 何も分からずこわがってぼろぼろと泣き出した私の横に座り、大丈夫だと抱き締めて下さったのです。家族を探してくださると。それまでここにいなさいと。こうして、私はウォルフさまのお屋敷にお世話になるようになったのでした。


 あれから5年。私は、お屋敷で幸せに暮らしています。未だに身元は判りません。名前も思い出せなかった私に、ウォルフ様はエヴァンジェリンと言う名を与えてくださいました。今は亡きお祖母様のお名前だそうです。それに、建国の国王夫妻がウォルフガングとエヴァンジェリンなんだよ、と笑っておられました。だから思いついたんだと。お恥ずかしいことに、これはいまだに皆様の話題として、口にのぼるそうです。


 さて、ウォルフ様に名前をいただいた日を13歳の誕生日として、私も今では17歳、18歳の誕生日も間近です。保護されたときの上質な服と労働のあとがみられない身体に、身分があると判断された私は、家族が見つかるまで、お屋敷で教育を受けることとなりました。一度は辞退したのですが、ウォルフ様に押し切られたのです。さらにウォルフ様はかつて後見人でいらした大叔母様(御祖父様の末妹)を私の教育係として呼び寄せられたのです。ウォルフ様にほめられるのが嬉しくて、マナーや教養を一生懸命身につけたものでした。


 大叔母様、シュベリーン前伯爵夫人はご高齢ながら社交界の中心人物です。それほどのお方にびしばしと鍛えられた私は、デビューした年一番の淑女と讃えられました。そうです。身元のわからないまま、私はウォルフ様の後見で15歳で社交界デビューしたのです。以来、ウォルフ様のパートナーをつとめております。


 出会った時20歳であったウォルフ様も、もう結婚適齢期真っ只中の25歳。国内でも一、二を争う有力貴族であるウォルフ様は、舞踏会やらパーティーやらのお誘いがひっきりなしに来ます。お好きでないので基本的にはお断りになるのですが、中には出なくてはならないものも。

 前はお一人でお出になると独身のご令嬢やその親がまとわりつく!とご立腹でいらっしゃいました。私がデビューしてからは常に私をつれておりますので、ご令嬢達も近寄れません。なにしろ私の後ろには、シュベリーン前伯爵夫人がいらっしゃいますもの。良い虫除けになっていると自負しております。


 シュベリーン前伯爵夫人、おば様はなぜか私のことを気に入ってくださっています。お子様が皆息子なので、つまらなかったとおっしゃって、私を娘のようにかわいがってくださるのです。なくなられた旦那様と同じ黒髪で、おば様と同じ翡翠の瞳の私。もし娘が生まれていたらと思われるのでしょう。私も母のようにお慕いしております。どこの誰ともわからぬ私が、こんなに幸せでいいのだろうかと、時折胸が痛みます。


 お屋敷で勤める人たちも、皆優しくしてくれます。先代、先先代からおつかえしている人が多く、家族のようです。若い女性がいるのは華やかで嬉しいと言われます。ウォルフ様がご結婚すれば、もっとにぎやかになりますよと言えば、そうですねと微笑まれました。その時にはこのお屋敷を出ていこうと、密かに思っております。


 ウォルフ様と言えば、エヴァ、エヴァと私をかまわれて、一向にご結婚する気配はありません。エヴァがいればいいんだとおっしゃられて、それはそれで嬉しいのですが、お母さまが先の王妹というやんごとなき御身上であられるウォルフ様ですから、困ったものです。

 おば様にも、まだその気にならないかとせっつかれていらっしゃいます。もう少ししたらと笑っていらっしゃいますが、いつになることやら。良い方が見つかれば良いのですが。


何もない私に、全てを与えてくださったウォルフ様が幸せになること、それが私の願いなのです。

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