1話
「暑い。」
セミの声が耳にしみる午後2時のこと。
田舎町からトラックで3時間の長旅の終盤。
私は窓を横切る閑静な住宅街を眺めながらつぶやいた。
「しゃーねーよ。20年物なんだから。」
集落一の屈強な若者、てっちゃんが太い腕っ節で、エアコンをこついた。
「まあ、あのバーさんの家ん中は村より涼しいかもな。」
ビール讃美歌を口ずさみながら、ビールを一気飲みするしぐさを見せた。
「やめてよ。こっちはいい迷惑なんだから。」
エアコンバーさんこと、わが祖母、英貴子。
普通にしてればまあ、ただの気のいいバーさんなのだが、なぜだか教育には熱く、
私んトコ来る人間は総理大臣になる奴しか認めないよう?ええ?
というくらいの勢いのバーさんなので、父も相当苦労したらしい。
もちろん父は総理大臣にならず、母を避けて田舎に引っ込んだ。
そこでわが母、足立久子と出会って結婚。
村女総出の大出産騒ぎで生まれたのが私、
田舎者こと、英和である。
村にいたころの姓は母方の足立だった。
しかし保護管理責任者がバーさんになったことにより、残念な見栄えの名前になってしまった。
まんま辞書である。
和洋折衷のグローバルでいい名前じゃない、なんて言った祖母の年老いた口角が震えていたのを覚えている。
いっそ今度からは、翻訳辞書こと、英和です、と名乗ろうか。
「・・・・・・俺は良い名前だと思うよ、・・・・・・な?」
声に出ていたらしい。
窓からダイビングしたい気分だった。
信号待ちで、車が止まった。
こんなたくさんの車も、人も、もしかすると初めての光景かもしれない。
また不安が募る。
村を出て3時間。まだ一日の8分の1程しか過ごしていないというのに、全身が重い。
胸が締め付けられるように鼓動を打ち鳴らし、吐き気がしてくるようだ。
「まだかかる?」
本日何度めだろうか、てっちゃんは地図に目をやる。
「あと・・・・・・30分ってトコかな。」
ここまで来ると、長いのか短いのか分からない。
「・・・・・・時間は、進んでんだね。とりあえず。」
市境の看板が横切って行った。
わたしのこの町での記念すべき第一声は、この発言になった。
ここで2年間生活する、そのスタートの第一声であった。
初めての小説です。
温かく、見守ってやって下さい。