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宮城にて  作者:
6/8

第5話

今回まで、ヴィレッジ家に居ます。

結論から言えば、お母様は実に徹底した人間だった。


備え有れば憂い無しとでも思っていたのだろう、どんなに無学・無教養な人間が来ても対処できる、ありとあらゆる分野の凄腕講師を呼び集めていたのだ。


生まれも育ちも筋金入りの庶民をいったいどうしようと言うのだ…そう溜め息を吐いた謡子の前で、お母様は勢いよく檄を飛ばした。


「娘が後宮で胸を張れるかどうかは貴女方の手にかかっているのです。遠慮は要りません、全力で仕込みなさい!」


元々自分の腕に誇りを持つ者ばかりだ、加えて雇用主の許可も降りたとなれば情け容赦などあろう筈も無い。

竪琴を皮切りに、舞踏・歌謡・薬学・護身術、と教養の枠に入るもの入らないもの、片っ端から叩き込まれた。


おまけに、癒しの時間となるはずの食事も礼儀作法に塗り潰されて、それこそ食ったも飲んだもありゃしない。


もっとも、コルセットに締め上げられたまま腹一杯物を詰め込める人間がいたら是非ともお目にかかりたい。


最敬礼の後、力一杯その土手っ腹を蹴り飛ばして差し上げよう。


業を煮やした謡子はお母様に交渉を持ちかけた。


「七日間に一度、コルセット無しでお食事を頂きたくお願いに参りました。」


「コルセットは淑女のたしなみです、外すことが許されるのは湯浴みと就寝の時だけ。ましてやお前が出向くのは後宮、国中の女子の中で最も自分に厳しく美しく有る者が求められる場所です、それくらい慣れねばやっていけませんよ。」


取り付く島もない。


「慣れろと仰りますが何事にも限度と言うものがございますわ。近頃、パンも喉を通らず肌がくすんで参りました…」


「それは大変、薬師に申し付けておきましょう。大丈夫、すぐに元以上の白さと滑らかさになりますから楽しみになさい。」


…全く通用しない。


「それに、胸当てがひどく緩くなってまいりましたの…これでは殿下を誘惑する事も叶いませんわ…。」


何が何でも元の世に帰りたい謡子に、誘惑する気など端から無いのは言うまでもない。


言葉の綾だ。


「まぁ!腰回りが緩くなったですって!?なんとめでたき事!旦那様もさぞやお喜びになりましょう。」


ここまで来ればいっそ天晴れと讃えたくなる空耳である、いい加減にしろこのクソババア。


「えぇ、幾つか新調していただきたいドレスがございますの。侍女長に申し付けますからそのおつもりでいらしてくださいまし…」


取りつく島どころか立つ瀬も浮かぶ瀬も見つからず、謡子は早々に会話を終わらせることにした。


俗に言うアレだ、こいつに頼んだ私が馬鹿だった。


がっくりと肩を落としてお母様に背を向け、自室に戻る。


ドアを閉めて鍵を掛けると、天蓋付きの寝台に飛び込んだ。


なんだか、悲しくなってきた。


親しい人も、読み慣れた本も、パソコンも、携帯も無い。


食べることだけが唯一の気晴らしなのに。


「くたばれ糞ババァーーーーーっ!!!!!!!」


人気が無いのをいいことに、顔中涙と鼻水でべたべたにして思いっきり泣いてやった。


履きっぱなしだったハイヒールを足をばたつかせて脱ぎ棄て、ドレスとコルセットをひっぱがす。


もともと自宅では裸族直前の下着姿で過ごす習慣だったのだ(親兄弟から顰蹙を買っていたのはいうまでもない)、今まで体にまとわりつく布地を鬱陶しいと思わなかった方がおかしい。

すっきりと身軽になったところで、寝台の真ん中で思いっきり地団太を踏んで暴れる。


おまけとばかりに山と積んであったクッションを四方八方に投げ飛ばしてやった。


卓の上の花瓶に命中してひっくり返ったが、知ったことか。


明日、眼ぇ腫れるんだろうな…


そんなことが思えるようになった頃。


ようやく湧いてきた眠気に身を任せ、謡子は長い一日を終えたのである。


さて、どれだけ不貞腐れていようとも明けない夜は無い。


せっかくの天蓋付きベッドもカーテンを閉め忘れていては役目を果たさず、燦々と差し込む朝日が容赦なく腫れた瞼に攻撃を開始する。


刺すような痛みに耐えきれず、渋々起き上がった謡子の視界に入り込んできたのは一通の封書と柔らかな桃色のドレスだった。



『七日に一度、部屋から出ぬことを条件にこのドレスでの食事を許しましょう。より一層勉学に励むように。』


如何にもゆったりとしたそれは、元の世で言うところのマキシワンピースに近い。


ふんわりと膨らんだ両袖と腰に結ばれた大きなリボンは流石にドレスに相応しい上品さを醸し出していたがそれ以外に目立った装飾はない。


生来が庶民気質の謡子にとって、久々に気の休まる服だった。


「お嬢様、朝食のご用意が出来ました。」


すっかり顔馴染みになった、侍女が部屋の外で呼んでいる。


いい様に操作されているのが癪だが、そこは年の差から来る経験の差ということにしておこう。


さっそくワンピースに袖を通して簡単に身形を整えると、応えを返した。



『レイディ・ローザンヌ・ド・ヴィレッジ』が、王宮に上がるまであと半月のことだった。



こま切れですいません…

もうすぐ王太子殿下が登場する…はず。

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