第4話
「そういえばさっき、沢山の娘が後宮に上がるとか何とか言ってましたけど…結局何人くらい集められるんですかね?」
「言葉遣いも礼儀作法のうちですよ、レイディ。」
「申し訳ございませんお母様、後宮へ上がる女人は幾人程のものにございましょうか?」
「我が国には七つの州があり、各々其処に住む貴族が州長を務めているのはお前もよく知っているでしょう。」
どう見ても動き辛いはずの長い裾を高速で捌く夫人は、一刻も早く謡子への教育を始めたかったらしい。
呼びかけも、これから名乗るべき彼女の娘の名であることを考えれば、どうやら替え玉修行は既に始まっているようだ。
敬語に抵抗はないが慣れない呼び名はどうにもむず痒い、と背中を掻きながら頷いた。
「そのうち、未婚の女子が居るのが五家。筆頭貴族のイースト家、第三席のウエスト家、第四席のノース家、第六席の我がヴィレッジ家、第七席のリバー家です。」
ほうほう、ヴィレッジ家は第六席。
後宮での序列は下から二番目、あまり厚待遇は期待しない方が良さそうだ。
「私のお友達で後宮に上がる方はいらっしゃいますの?」
いるなら頼れるかもしれない半面、話を合わせる面倒くささや秘密を抱える危険も有る。
何にせよ、前もって知っておくべき事だ。
ところが、返事は意外なものだった。
「いいえ、皆様もう国中に嫁がれています。お前はずいぶん嫁ぐのを渋っていましたからね…」
「はぁ。」
それは、両親の元で暮らせる気楽な独身生活を少しでも長く続けたかっただけだろう。
舅姑の顔色を窺いながら夫を支える生活に納得がいかない。
ましてや彼女もまだ二十歳の娘、現代日本なら親に甘えてのんびり青春を謳歌していてもおかしくはないのだから。
「まさか、それが20も年上の男に…」
「甲斐性有るじゃないですか。」
20歳も上の殿方を引っかけられるなら、相当の性格美人だ。
何せ、不細工とは言わないが美人とも言えないこの顔。
出るところは出てるが、引っ込むべき所にも肉のついた身体。
面倒くさい性格も相まって、男性とはとんと縁の無い生活を送ってきたのだ。
外見は一緒でもずいぶん違うものだ。
後学のために、是非ともコツを伝授してもらいたいものである。
そんなこんなと物思いをしているうちに目的地に着いたらしい。
「これからこの部屋で暫く寝泊まりしてもらいます。殿下に失礼があっては我が家の面目は丸つぶれ、最低限の礼儀作法は身につけてもらわねばなりませんからそのつもりでいなさい。」
放り込まれた部屋には、天蓋付きの寝台に椅子、揃いの小卓、そして見事な装飾の施された竪琴が据えてあった。
ぼんやりと眺めているうちに、別室に移っていたはずの女性…そろそろお母様と呼ぶことにしよう…が別の人間を連れて戻ってきた。
「今日からお前の竪琴の師になるマーガレット。一月で人並みに弾けるように叩き込んでもらいます、覚悟なさい。」
自分の意思など丸無視で見知らぬ地に呼び出され、仕方ないから腹を括った。
現代日本にいても、絶対に与えられない教育を受けることができる。
そう自分を納得させた。
実際に楽しみでもあったのだ、とてもじゃないが幾ら金を積んだって出来る体験ではないから。
ヒラヒラのドレスも、フルコースでの食器の作法も、遠い遠い憧れだった。
けれども。
「やっぱり早まったかもしれない…」
これから与えられるであろう数々の課題に、げんなりした謡子なのだった。




