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宮城にて  作者:
4/8

第3話

だいぶ間が空いてしまいました、ごめんなさい。

心中駄々漏れ、屋敷中に響き渡るような叫び声を上げる謡子に、髭男は一転して物憂げな溜め息を吐いた。


「幸いそなたは我等が娘に瓜二つ、声も体格も、娘そのままじゃ。その物言いを聞く限り、鼻っ柱の強さもまたそっくりであろう、そこだけが心配でならぬが…。」


聞き捨てならない、と謡子は即座に反論した。


「人を勝手に呼び出しておいて、その言い草はないですね。」


鼻っ柱が強くて何が悪い、短いが反省を共にしてきた大切な自分の一部だ。


無闇に否定される筋合いはない。


言葉こそ丁寧なものの、らんらんと瞳を光らせるその様は毛を逆立てて唸る獣と相違ない。


けれども、そんなことは歯牙にも掛けずに言葉を継いだ淑女はやはり強かった。


「団子っ鼻だろうが二重顎だろうが、妃としての勤めが終わるまで、元の世界には帰しません。」


ざっくりと容姿を貶しつつ、決定事項として言い切られた言葉には一分の揺るぎもない。


「そんな理不尽な…!!!」


駄目だ、この人私の言うこと聞く気ない…


気分は正に、ネットスラングの『orz』。


実行してから、パンティが見えることに気付き、慌てて尻を押さえる。


見られるのは別に構わないが、見てしまった方が気の毒だからだ。


「ともかく、貴方には我が娘の代わりに後宮に上がっていただきます。お相手は御年20の王太子殿下です、年の釣り合いも取れるでしょう。」


「ちょっと待って下さい、私にだって好みはあるんですよ!」


恋人の1人や2人、自分にだって…と言おうとして、いない事を思い出した。


悔しい。


謡子が自己完結したのを見届けて、尚も女性は続けた。


「ただ、この国では一夫一妻が原則です。子を授からなければ側妃が娶られますが、それも最小限ですから無闇に手を出される心配は無いでしょう。集められる娘の数も多いですから、5年以内に寵を賜らなければ実家に戻される決まりになっております。そうなったら貴方を無事に元の世界に返して差し上げますわ。」


ほぅ、戻れる可能性は0では無いようだ。


しかし、


「帰れるにしても、私が5年分老けるのは避けられないんですね?」


こちとら若いと言っても5年経てば結婚適齢期。


未だ学生の身分なのだからそれから就職して素敵な男性に出会って嫁に行くのに10年で済んでもギリギリ。


なお、子どもは5人の予定だ。


…どう考えても間に合わない。


冗談じゃないぞ。


鼻の穴を広げて憤慨する謡子を宥めて目線を合わせた髭男は顔を引き締めて言った。


「記憶はそのままにして、身体は此処に来た瞬間の状態で返してやることもできる。だから安心して後宮に上がるといい。」


頼りない顔におどけた表情をのせていた男は、ふっ、と真面目な色を瞳に映した。


我々とて、鬼ではないよ。


ただ、娘を差し出さねば一家皆殺しだ、そうなっては今まで仕えてきてくれた者達に申し訳が立たないからね。


「皆殺し、ですか…」


「王家も必死なのだろう。王太子殿下は国王陛下の唯一の御子。王妃陛下は既に身罷られており、国王陛下自身も病で長らく公式の場に出ていらっしゃらない。」


「わぉ、何て危うい…」


言葉通りに受けとれば、王太子は唯一無二の王位継承者。


種を絞り出してでも、次代に繋いでもらわねばお家断絶だ。


「王家は生まれ持つ魔力故に御子が授かりにくい。だが何が何でも血統を次代に繋いで頂かなければ、この国の存亡に関わる。」


王家は、この国の礎なのだから。


そうは言われても、ここで甘い顔をしては向こうの思う壺だ。


とりあえずそれには触れずに自分の主張を言い終えることにした。


「私が拐われた瞬間に再び私を捩じ込むことはできないのですか?」


例え帰れても、家族全員お亡くなりになっておりました、では話にならない。


戻らない方がマシだ。


ただでさえ調子が悪くなってきていたのだ、祖父母にあれ以上老いられてもたまらない。


謡子にとって大切なのは、あの日の身体であの瞬間に帰ることなのである。


「それなら問題無い、身体は『扉』を潜る時に勝手に元に戻ろう。そしてそなたを召喚した瞬間には楔を打ち込んである。丈夫な楔だ、10年は保つだろう。」


だから安心して城に上がるがいい。


自信満々に腕を組んでふんぞり返る髭男は正しく胡散臭かったが、今の謡子に真偽を確かめるすべはない。


「…喚ばれてしまったものは仕方ありません。教育と生活の保証はして戴けるのですね?」


選択肢が無い以上愚図るだけ時間の無駄、それより少しでも良い待遇を引き出すべきである。


「その気になってくれたのか?」


「腹を括っただけです。」


ふん、と鼻を鳴らして謡子は立ち上がった。


恐らく人生最凶の悪人面で。

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