2.嘘から始まる
ある年の、4月1日。
「やられた・・・」
礼奈に、してやられた。と気付いた時には、もう外は土砂降りだった。
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日本にやってきてすぐに、俺と姉の礼奈は日本で本格的なフランス風サロン・ド・テを
開店すべく、物件探しを始めた。
俺はスウィーツを。礼奈が軽食を担当する。フランスでは別々の店で修行していたが、
日本では一緒にやろう。という事になったのだ。
店に対して持っているイメージも一緒だった。
郊外の、少し時間がのんびり流れているような場所で、緑も少しあった方が良い。
お店の多い賑やかな通りよりも、雰囲気の良い静かな…街に溶け込むような、
落ち着けるような店が良い。
少し時間はかかったが、理想の物件が見つかったと思う。
大きな街からは少し離れた街。
見つけた物件は、図書館と美術館、市が管理する温室のある大きな自然公園を
中心とした、並木道の美しい通りの一角にあった。
昨日、正式な契約を交わして鍵を受け取り、今日は店の掃除と室内のあらゆるサイズを
測って
店内に置くテーブルやソファの大きさを決めようと思っていた。
出かけようとした俺に、礼奈が声をかけた。
「今日は1日、お天気が良いわよ」
「そう。じゃあ、行ってくる」
ところが、だ。
作業が終わり、さて。帰ろうかと外を見たら、雨が降っていた。
店の中の細かいところをよく見る為に、ずっと明かりをつけて、しかもi-podで音楽を
聞きながら掃除していたから全然気がつかなかった。
「うそだろ!?だって礼奈が…」
と、ここで気付く。
今日は4月1日。エイプリルフールだ。
……「やられた…」
どうする?
この近くに家も借りたけれど、この雨では走ってもずぶ濡れになりそうだ。
でも、それしか方法は無い、か。
諦めて外に出る。
店の入り口は広く屋根がかかっているから、ここはまだ濡れない。
しっかりと鍵をかけて、振り向くと、一層雨脚が強くなった。
少し、待ったら落ち着くかな?
そのまま、少し様子を見る事にした。
何人か、店の前の通りを通っていく。全員が当然のように傘を差していた。
赤、水玉、花柄、青、カラフルな傘ばかり。急遽買ったようなビニール傘なんて誰も差していない。
て事は…今日は雨の予報だったんじゃないか。
礼奈、こんな嘘は勘弁してくれよ。
すると、少し前に見送った花柄の傘が戻ってきた。
俺はそれもなんとなく眺めてやり過ごした。
少しすると、また同じ花柄の傘がやって来た。
「?同じ人?なんで往復してんだ?」
すると、花柄の傘は店の敷地に入って来た。
「あのぅ」
「え?」
「傘、無いのでしょう?」
「あ、ハイ…」
花柄の傘が少し上がって持ち主の顔が見えた。
メガネをかけた真面目そうな女性だった。この通りを行ったり来たりしていたのは
やっぱり同一人物だったんだ。
それが分かる位、メガネには水滴がついていた。
「コレ、どうぞ。」
すっと、シンプルな明るいブルーの折りたたみ傘が差し出された。
「え?」
「職場に置いてたの思い出したものだから……。あ、でも返さなくて良いですよ。
私、折りたたみ傘苦手なので」
「あ、ありがとうございます」
有難く、傘を受け取り「でもちゃんと返しますよ」そう言おうと思ったら、もう
彼女は雨の中に駆け出していた。
通りに目をやると、バスがこちらに向かってきている。
あのバスに乗るのだろうか。時間が迫っているのに、わざわざ職場まで傘を取りに戻って…。
ぎゅ。と握った傘の柄についていた小さなネームプレートが街灯にキラリと光った。
目を凝らすと、そこには【Ako.TAKEMORI】とあった。
「あこ、さん。って言うんだ・・」
口にしたその名前は、すぅっと胸に心地よく馴染んだ。
2人の出会いの日でした。