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1.Last Christmas

ブログ限定で書いていたものです。季節が合いませんが、こちらでも少しずつアップしていきたいと思います。

これは、とある年のクリスマスのお話…。

私の趣味は、小説を書く事。


小さな頃から想像力が豊かで、頭の中には色々なキャラクターがいつも活動的に

動き回っている。


今日は……そうだ。もう12月だし、クリスマスの話にしよう。



------------------------------------------------------




またひとつ、お店の灯りが消えた。



華やかで賑やかだった街は、少しずつ静かに落ち着きを取り戻しつつある。



その様子を、あたしはじっと室内から見詰めていた。


あの灯りも、消えてしまったかしら……。



ふっとため息をついた瞬間、手にしていた携帯から明るいクリスマスソングが流れる。

あぁ。この曲にしていたのを忘れていた。今はとても、そんな状況じゃないのに。

胸に苦いものがこみ上げてきた。

メールは、私を1人この状況に置き去りにした親友からだった。


『亜子、今日はほんとにごめんね!桃花ちゃんのお母さん、もう来た?』




クリスマス・イヴの今日、職場である街の小さな図書館では冬休みに入った子供達の為に、

絵本の読み聞かせ会と、小さなクリスマス会が行われた。

毎年行われていたクリスマス会だったが、今年は町内の人形劇団の方々も

加わり、とても賑わった。


夕方5時。

閉館時間になっても、なかなか帰りたがらない子供達をなだめすかし、ようやく

図書館に従来の静けさが戻った頃、片付けをすませ、戸締りの為にもう一度

館内をチェックしていたら・・・これを見つけたのだ。



「亜子!トイレにバッグがあったんだけれど…どなたかの忘れ物じゃない?」


慌てた様子で、同僚で親友の美佳が小さな女性物のバッグを持って来た。


中を確認すると、お財布とハンカチ、そして携帯電話。


本来なら、保管しておくのだけれど、明日からこの図書館は一部改修工事を行うため

長めの年末年始の休館となるのだ。


「私、彼と約束が…」

「ごめん、亜子。私も……」


特に約束がないのは、28歳独身カレシなしの私だけだった。


「大丈夫よ。いつも来てくださる桃花ちゃんのお母さんのものみたい。連絡とってみるわ。

皆は行って。待たせちゃうよ?」


そう言って皆を送り出したのは5時30分。

運良く、その後すぐに携帯に着信があり、出たところ持ち主である桃花ちゃんの

ママからだった。

ご家族で少し離れたレストランに行ったそうだから少し時間はかかるが、

ディナーが済んだらすぐにこちらに向かってくれるとの事だった。



特に、約束はなかったが、今日はどうしても行きたい場所があった。



ふと、通りの向こうに目をやる。


並木に隠れて見えなくなっているが、図書館の通りの角にあるサロン・ド・テ。

本場フランスで修業してきたという評判のパティシエのお店だ。



週に1度、仕事帰りに必ず通っているそのお店に、今日はどうしても行きたかったのだ。


パティシエの藤城さんが作るケーキは、魔法のように美味しく、幸せな気分に

させてくれる。

しかも、彼は日仏のハーフという事もあって、日本人離れした容姿にスラリと

姿勢の良い優雅な身のこなし。

本格的なサロン・ド・テ。味も本格的。しかも美男パティシエ(オマケに独身)とも

あれば、人気が出るのは早かった。

最近では雑誌でも取り上げられ、行列が出来る日もある程だ。


でもなぜか、木曜日だけは席が空いていた。

私が行くのは、自然と休館日前日の木曜日になって、いつもなぜか空いている定位置と

なりつつあるソファ席で美味しいケーキと、美味しい紅茶をいただく。

1週間の疲れが取れ、休日前の良いリセットになっていた。


お店で見かけるだけの藤城さんにも、どんどん惹かれていった。

けれど、彼の周りにはいつもファッション雑誌から抜け出たような細くて小顔、

どこで習ったのか教えて欲しい位完璧なメイクを施した、イマドキの女性達で

いっぱいで。

とてもじゃないけど、そこに参加する自信も、勇気も無かった。


でも、彼の作るケーキが食べられるだけで良かった。

薫り高い紅茶を飲みながら、そっと盗み見る事が出来るだけで、良かった。



先週の木曜日。いつものようにお店に行くと、その日はなぜかお客さんがいなかった。

それでも彼に話しかける勇気が無かった私は、オススメケーキのオレンジタルトを

黙々と食べ、他にお客さんがいないと、彼を盗み見る事も出来ず…彼の姿を見る事なく

帰ろうとしたところに

「来週、クリスマスですね」

彼が話しかけてきた。

「イヴには、スペシャルケーキを作ります。必ず、来てくださいね」



……これは、約束といえば約束だろうか?

1人首を捻る。

宣伝だろうが何だろうが、話せた事が嬉しくて、いい年してこれ位の事で心臓

バクバクさせてるのが恥ずかしくて。



だから……今日はどうしても行きたかったのだ。



そこに、桃花ちゃんのママがやって来た。

ものすごい勢いで謝られ、感謝され、そして慌しく帰って行った。



時間はもう9時45分。



何度も確認はしたが、もう一度見回りをして、やっと図書館を出た。



お店の閉店は7時だったはず。

さすがに、もう無理だろうな……と思いつつ、少しの希望が捨てられずに足は

お店に向かった。

北風は頬が痛いくらいだったけれど、胸は熱く心臓はドキドキしていた。



お店の近くに来ると、ほんのりと暖かい灯りが見えた。


あれ?営業、してる?


半信半疑でもっとお店に近づくと……



「いらっしゃいませ」



内側からドアが開いた。



店内には、誰もいなかった。


「あのぅ…お店、終わったんじゃないんですか?」


「ええ。残念ながらまだケーキが残っていて。是非食べて行ってください」


残念ながら。と言いつつ藤城さんは満面の笑みで答えてくれた。



いつものソファ席に案内され、座ると、この席だけがキャンドルが灯され

テーブルセッティングされてる事に気付く。


不思議そうに彼を見ると、小さな丸いケーキを私の前に置いて、向かいの

ソファに座った。


「スペシャルケーキです」


ホールケーキをそのまま小さくしたようなケーキは、白いふわふわの生クリームに

真っ赤で大きな苺が瑞々しく、粉雪のようにお砂糖がかかっており、とっても

綺麗だった。


「今日のスペシャルケーキって、こんなに豪華なんですか?」


「ええ。これひとつだけですけどね」


「え?」


「今日は、亜子さんの貸切だから。」


「え???」


「週1じゃなく、毎日あなたと会いたいな」


「えええええええ?」


「メリークリスマス」


そう言って、驚いてるあたしに、そっとキスをした。


「来年も、その次も、ずっと一緒に過ごしたい。」





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「ただいま!亜子さん???」



遠くで、彼の声がする。



私の上に、大きな影がかぶさった気配がした。



「また小説書いてるの?」



うう……いいとこなのに…起こさないでよ…。



「想像力豊かって…これは去年のクリスマスに僕が実際にした事じゃない」



頭の上で、苦笑してる…ような気がする。


でもすぐに、彼の顔から苦さが消えて、甘い笑顔になった。


「亜子さん、起きて。亜子さんの好きなケーキ、作ってきたよ」


あ。それは起きなきゃ。あの甘い甘いスペシャルケーキが…。



そして彼はケーキよりも甘いキスを、あたしの頬に落とした。



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