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囚われの女戦士の命など虫から同然!

掲載日:2026/06/16

「殺すなら殺せ。」


鉄格子の向こうで、女戦士ヴァレリアは吐き捨てた。


王国最強と謳われた女騎士は敗れ、今は魔王軍の牢に繋がれた捕虜だった。


「拷問でも見せしめでも好きにしろ。どうせ貴様らにとって、人間の命など虫けら同然なのだろう。」


すると牢番兵は、木椀を置きながら言った。


「まあ、そんなもんだな。」


「……は?」


「お前の命は俺にとって虫の命と同じだ。」


あまりにもあっさりした答えに、ヴァレリアは目を見開いた。


「だが、命の重さで殺すかどうかを決めてるわけじゃない。」


牢番兵は指を折る。


「蚊は叩く。ゴキブリは潰す。蟻の行列は見逃す。カメムシは外へ逃がす。蜂ならこっちが逃げる。」


「……何の話だ。」


「人間ってのは、相手が敵か、侵入者か、放っておいていい奴か、危険な奴かを勝手に分類してるだけなんだよ。」


「だから?」


「お前はまだ分類できてない。」


それが、二人の出会いだった。


 ◇


牢番兵は変な男だった。


「飯は全部食え。」


「嫌だ。豆が嫌いだ。」


「子供か。」


「私は王国騎士だぞ!」


「じゃあ騎士らしく豆も食え。」


「意味が分からん!」


熱を出せば薬を持ってくる。


怪我をすれば手当てをする。


「捕虜に情けをかけるのか?」


「別に。」


「なら何故だ。」


「熱で死なれたら報告書が面倒だし。」


「……。」


「あと、放っとくと寝覚めが悪い。」


「……。」


「あと、お前、なんか猫っぽいし。」


「誰が猫だ!!」


ヴァレリアは怒鳴った。


だが、その声には以前ほどの棘はなかった。


 ◇


ある日。


いつもの牢番兵が別任務で持ち場を離れた。


代わりに来た男は、いかにも「普通の牢番兵」だった。


「立て。」


「何だ。」


「水汲みだ。」


鎖を乱暴に引かれた。


歩みが遅れれば棒で叩かれる。


「敵兵だぞ。捕虜なんだから当然だろ。」


飯は投げるように置かれた。


「食わないなら下げる。」


「……。」


「勘違いするな。お前の命なんざ、命令一つで終わりだ。」


ヴァレリアは何も言わなかった。


これが普通だ。


敵に情けなどない。


王国もそうだった。


必要なら苦痛を与えろ。


必要なら命を奪え。


それが戦争だ。


分かっている。


分かっていたはずなのに。


木椀を見つめながら、思ってしまった。


『全部食えよ。』


『薬飲んだか?』


『その顔だと飲んでないな。』


『熱あるだろ。』


「……。」


「何だ、その顔は。」


「……別に。」


だが、その日の飯は味がしなかった。


 ◇


数時間後。


「戻ったぞ。」


聞き慣れた声がした。


「飯、ちゃんと食ったか?」


「……全部食べた。」


「珍しいな。」


「……お前は。」


「ん?」


「甘い。」


牢番兵は目を丸くした。


「そうか?」


「そうだ。」


「捕虜に薬を持ってくる。」


「うん。」


「食事を残すなと言う。」


「うん。」


「熱があれば看病する。」


「まあ。」


「甘い。」


牢番兵は頭を掻いた。


「でも棒で叩くより、『ちゃんと歩け』って言った方が早いだろ。」


「……。」


「飯投げると掃除面倒だし。」


「……。」


「熱で死なれたら報告書も増える。」


「……。」


「だから合理的だ。」


ヴァレリアはしばらく黙ったあと、静かに言った。


「嘘をつけ。」


「何が。」


「合理だけなら、もっと冷たくできる。」


「……。」


「貴様は、わざわざ面倒な方を選んでいる。」


牢番兵は答えなかった。


沈黙のあと。


「……そうかもな。」


とだけ呟いた。


 ◇


「なあ。」


「何だ。」


「もし私が逃げようとしたら?」


「止める。」


「お前を殺そうとしたら?」


「抵抗する。」


「……そうか。」


「何だよ。」


ヴァレリアは、少しだけ笑った。


「安心した。」


「は?」


「貴様が、ただの甘い馬鹿ではなかったからだ。」


「なんだそれ。」


「だが。」


彼女は鉄格子越しに男を見た。


「もう少しだけ、甘くてもいい。」


「豆は食え。」


「嫌だ。」


「だから子供か。」


「誰のせいでそうなったと思っている。」


「知らん。」


「本当に、困った男だな。」


牢番兵は肩をすくめた。


「お前こそ、面倒な猫だ。」


「だから誰が猫だ!!」


牢獄に怒鳴り声が響く。


敵同士のはずなのに。


王国最強の女戦士は知ってしまった。


恐ろしい敵もいた。


残酷な敵もいた。


けれど。


自分を「女戦士」でも「哀れな捕虜」でもなく、ただの面倒くさい生き物として扱う男は、この世界で一人しかいなかった。


 ◇


「……なあ。」


「ん?」


「私は、貴様にとって何なのだ。」


牢番兵は少し考えてから答えた。


「まだ分類できてない。」


「またそれか。」


「でも。」


男は困ったように笑った。


「昨日よりは、ちょっと特別だな。」


ヴァレリアはしばらく黙り込み、やがて顔を背けて小さく呟いた。


「……私もだ。」


「何か言ったか?」


「何でもない。」


「そうか。」


「……だから豆は嫌いだ。」


「話戻すな。食え。」


「嫌だ。」


今日も牢獄には、くだらない言い争いが響く。


戦場では決して生まれなかった関係。


それは恋と呼ぶにはまだ曖昧で。


友情と呼ぶには少し照れくさく。


ただ一つ確かなのは。


かつて「お前の命は虫と同じだ」と言った男は、もう彼女をその他大勢には分類できなくなっていたこと。


そして女戦士もまた。


明日もその声が聞こえることを、少しだけ楽しみにしているのだった。

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