囚われの女戦士の命など虫から同然!
「殺すなら殺せ。」
鉄格子の向こうで、女戦士ヴァレリアは吐き捨てた。
王国最強と謳われた女騎士は敗れ、今は魔王軍の牢に繋がれた捕虜だった。
「拷問でも見せしめでも好きにしろ。どうせ貴様らにとって、人間の命など虫けら同然なのだろう。」
すると牢番兵は、木椀を置きながら言った。
「まあ、そんなもんだな。」
「……は?」
「お前の命は俺にとって虫の命と同じだ。」
あまりにもあっさりした答えに、ヴァレリアは目を見開いた。
「だが、命の重さで殺すかどうかを決めてるわけじゃない。」
牢番兵は指を折る。
「蚊は叩く。ゴキブリは潰す。蟻の行列は見逃す。カメムシは外へ逃がす。蜂ならこっちが逃げる。」
「……何の話だ。」
「人間ってのは、相手が敵か、侵入者か、放っておいていい奴か、危険な奴かを勝手に分類してるだけなんだよ。」
「だから?」
「お前はまだ分類できてない。」
それが、二人の出会いだった。
◇
牢番兵は変な男だった。
「飯は全部食え。」
「嫌だ。豆が嫌いだ。」
「子供か。」
「私は王国騎士だぞ!」
「じゃあ騎士らしく豆も食え。」
「意味が分からん!」
熱を出せば薬を持ってくる。
怪我をすれば手当てをする。
「捕虜に情けをかけるのか?」
「別に。」
「なら何故だ。」
「熱で死なれたら報告書が面倒だし。」
「……。」
「あと、放っとくと寝覚めが悪い。」
「……。」
「あと、お前、なんか猫っぽいし。」
「誰が猫だ!!」
ヴァレリアは怒鳴った。
だが、その声には以前ほどの棘はなかった。
◇
ある日。
いつもの牢番兵が別任務で持ち場を離れた。
代わりに来た男は、いかにも「普通の牢番兵」だった。
「立て。」
「何だ。」
「水汲みだ。」
鎖を乱暴に引かれた。
歩みが遅れれば棒で叩かれる。
「敵兵だぞ。捕虜なんだから当然だろ。」
飯は投げるように置かれた。
「食わないなら下げる。」
「……。」
「勘違いするな。お前の命なんざ、命令一つで終わりだ。」
ヴァレリアは何も言わなかった。
これが普通だ。
敵に情けなどない。
王国もそうだった。
必要なら苦痛を与えろ。
必要なら命を奪え。
それが戦争だ。
分かっている。
分かっていたはずなのに。
木椀を見つめながら、思ってしまった。
『全部食えよ。』
『薬飲んだか?』
『その顔だと飲んでないな。』
『熱あるだろ。』
「……。」
「何だ、その顔は。」
「……別に。」
だが、その日の飯は味がしなかった。
◇
数時間後。
「戻ったぞ。」
聞き慣れた声がした。
「飯、ちゃんと食ったか?」
「……全部食べた。」
「珍しいな。」
「……お前は。」
「ん?」
「甘い。」
牢番兵は目を丸くした。
「そうか?」
「そうだ。」
「捕虜に薬を持ってくる。」
「うん。」
「食事を残すなと言う。」
「うん。」
「熱があれば看病する。」
「まあ。」
「甘い。」
牢番兵は頭を掻いた。
「でも棒で叩くより、『ちゃんと歩け』って言った方が早いだろ。」
「……。」
「飯投げると掃除面倒だし。」
「……。」
「熱で死なれたら報告書も増える。」
「……。」
「だから合理的だ。」
ヴァレリアはしばらく黙ったあと、静かに言った。
「嘘をつけ。」
「何が。」
「合理だけなら、もっと冷たくできる。」
「……。」
「貴様は、わざわざ面倒な方を選んでいる。」
牢番兵は答えなかった。
沈黙のあと。
「……そうかもな。」
とだけ呟いた。
◇
「なあ。」
「何だ。」
「もし私が逃げようとしたら?」
「止める。」
「お前を殺そうとしたら?」
「抵抗する。」
「……そうか。」
「何だよ。」
ヴァレリアは、少しだけ笑った。
「安心した。」
「は?」
「貴様が、ただの甘い馬鹿ではなかったからだ。」
「なんだそれ。」
「だが。」
彼女は鉄格子越しに男を見た。
「もう少しだけ、甘くてもいい。」
「豆は食え。」
「嫌だ。」
「だから子供か。」
「誰のせいでそうなったと思っている。」
「知らん。」
「本当に、困った男だな。」
牢番兵は肩をすくめた。
「お前こそ、面倒な猫だ。」
「だから誰が猫だ!!」
牢獄に怒鳴り声が響く。
敵同士のはずなのに。
王国最強の女戦士は知ってしまった。
恐ろしい敵もいた。
残酷な敵もいた。
けれど。
自分を「女戦士」でも「哀れな捕虜」でもなく、ただの面倒くさい生き物として扱う男は、この世界で一人しかいなかった。
◇
「……なあ。」
「ん?」
「私は、貴様にとって何なのだ。」
牢番兵は少し考えてから答えた。
「まだ分類できてない。」
「またそれか。」
「でも。」
男は困ったように笑った。
「昨日よりは、ちょっと特別だな。」
ヴァレリアはしばらく黙り込み、やがて顔を背けて小さく呟いた。
「……私もだ。」
「何か言ったか?」
「何でもない。」
「そうか。」
「……だから豆は嫌いだ。」
「話戻すな。食え。」
「嫌だ。」
今日も牢獄には、くだらない言い争いが響く。
戦場では決して生まれなかった関係。
それは恋と呼ぶにはまだ曖昧で。
友情と呼ぶには少し照れくさく。
ただ一つ確かなのは。
かつて「お前の命は虫と同じだ」と言った男は、もう彼女をその他大勢には分類できなくなっていたこと。
そして女戦士もまた。
明日もその声が聞こえることを、少しだけ楽しみにしているのだった。




