チート転生者桜の下に眠る
私の名前はリアン。
生まれつきの男娼だ。
そんな私を買ったのは、妙な男だった。
「藤原健太郎……いや、セレスティアン。好きに呼べばいいよ」
そう言われたので、私は少し考えてから言った。
「では、ご主人様」
セレスティアンは露骨に不満そうな顔をした。
だが、好きに呼べと言ったのは本人だ。文句はないだろう。
私は男娼として主人に奉仕するつもりだった。
それが仕事だし、それ以外の生き方を知らない。
だが、この主人は妙だった。
まず、何もさせてくれない。
朝起きて食事を作ろうとすれば、もう出来ている。
水を汲みに行こうとすれば、魔法で水を出す。
掃除をしようとすれば、「いいよいいよ」と止められる。
蝶よ花よという扱いだった。
私は奴隷だ。
こんな扱いをされたことはない。
夜になると風呂に誘われる。
裸で湯に浸かる主人は、健康そのものだった。
むしろ元気すぎるくらいだ。
私は職務として、口で奉仕しようとした。
「だめだめ」
セレスティアンは笑って拒否した。
「僕のことを好きになってからにしよう」
意味がわからない。
まあ、仕事をしなくていいなら、それでもいい。
寝るときには個室が与えられた。
奴隷にしては贅沢すぎる部屋だった。
しかも寝室には小剣まで置かれていた。
「それ、いい剣なんだ。僕も殺せるよ」
そう言って笑っていた。
この主人なら、そんなことにもならなそうだと思った。
そもそも奴隷契約がある。私が主人を殺そうとすれば魔法が発動するはずだ。
最悪でも、死ぬことにはならないだろう。
だが。
セレスティアンとの日々は地獄だった。
食事中、彼はよく喋る。
食べながら喋る。
そして自分で言ったことに自分でウケて大笑いする。
そのたびに、口の中の咀嚼物が見える。
奴隷にもこんなやつはいなかった。
さらに毎日、風呂場で見せつけるように元気な姿を見せてくる。
奉仕する必要がないなら、私はしない。
そんな日が毎日続いた。
こいつと飯を食うくらいなら、尻でも舐めていた方がまだマシだ。
本気でそう思った。
そんなある日。
セレスティアンが突然言った。
「奴隷契約、解除しておいたよ」
私は黙っていた。
「君は自由だ」
笑顔で言う。
「夜も遅いし、街に行くのは明日の朝にしようか」
こんな化け物と一緒にいたくない。
私は寝室に戻り、小剣を握った。
そして家を飛び出した。
森をどれだけ走ったのかわからない。
気づけば石畳のある獣道に出ていた。
そのときだった。
「リアン?」
後ろから声がした。
「街まで送ろうか?」
振り返る。
そこにいたのはセレスティアンだった。
暗闇の中で、彼はまるで化け物のように見えた。
気づけば私は駆け寄っていた。
小剣を突き刺す。
喉元。
心臓。
えぐるように。
セレスティアンは倒れた。
血が広がる。
奴隷が主人を殺したのだ。
契約の魔法が発動するはずだった。
だが、何も起きない。
そのとき理解した。
この人は。
契約を解除していたのか。
化け物みたいな男だったが、少しだけ同情した。
そのとき。
「びっくりさせちゃったね」
声がした。
「街に行くのは明日にしよう」
私はゆっくり振り返った。
そこにセレスティアンが立っていた。
そして地面には、死体のセレスティアン。
「死体はこのままでもいいけど、誰か通るかもしれないし」
彼は軽く言った。
「桜の木の下に埋めよう」
私は何も言えなかった。
言われるまま、彼についていった。
その後のことはよく覚えていない。
気づけば、私とセレスティアンでセレスティアンを桜の木の下に埋めていた。
緊張の糸が切れたのだろう。
私は眠くなって、部屋に戻って寝た。
朝。
目を開けると。
セレスティアンが顔を覗き込んでいた。
「おはよう」
私は挨拶をした。
彼は満面の笑みで言った。
「今日から八時間労働だよ」
意味がわからない。
いつも通りの地獄が続いた。
ある日。
私は毒を使うことにした。
隠していた毒薬を食事に入れる。
自分の分にも入れた。
こいつを殺すなら、自分の命も賭けないといけない。
セレスティアンは、私の皿も食べた。
数分後。
彼は血を吐いて倒れた。
動かない。
死んだ。
そのとき。
「美味しすぎて死んじゃった」
キッチンのドアが開いた。
セレスティアンが帰ってきた。
私は何も言えなかった。
そのまま庭に連れて行かれた。
そこには巨大な装置があった。
「ロケットだよ」
ダンジョンから出土したものらしい。
セレスティアンは中に入り、私の手を引いた。
「これならどこまでも一緒に行ける」
彼は楽しそうに言った。
「例え銀河の果てまでも」
装置の表示に文字が出た。
銀河の果て
その瞬間。
私は外に飛び出した。
そして力いっぱい扉を閉めた。
装置が起動する。
轟音。
炎。
ロケットは空へ飛び上がった。
闇の星空へ。
地上の星が、尾を引きながら遠ざかっていく。
銀河の果てまで。
私はそれを最後まで見送った。
そのとき。
「リアにも見せたかったな、銀河の果て」
声がした。
振り向く。
セレスティアンがいた。
私は自由だと言われている。
身体も自由だ。
なのに。
こんなにも不自由だ。
そんな日が続いた。
ある日。
いつものようにセレスティアンが私の食事を作ろうとしていた。
そのとき。
ドガン
聞いたことのない音がした。
台所に行く。
セレスティアンが倒れていた。
豆腐の角に頭をぶつけていた。
血溜まりが広がっていく。
私はそれを見ながら思った。
ああ。
たぶん。
この人は。
二度と現れない。
私は一人で穴を掘った。
桜の木の下に。
一人で埋めた。
土をかぶせ終わる。
桜が舞っていた。
世界はどこまでも広がっている。
銀河の果てまで、一歩で行けそうな気がする。
私はまだここから動かないでいるけれど。
こんなにも自由だ。
めでたしめでたし。
おしまい。




