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国起こしの六神子(むくにおこしのろくみこ)  作者: 文月(あやつき)


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第9話「鎮魂の音」

主要人物

六神子ろくみこ

天候あまさふの神子 澪依みおり 12歳 風と天気を読む 海守の血筋

火降ひふりの神子 咲耶さくや 13歳 剣の達人 「火鷲ひわし」の末裔で荒ぶる血を持つ

結道ゆいみちの神子 羽津はづ 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在

森祝もりはふりの神子 若名わかな 12歳 動物や植物の声を聴く

音鎮おとしずめの神子 小依こより 11歳 最年少 笛で魂を鎮める

土開つちひらきの神子 紫乃しの 13歳 土を操る 小依の姉のような存在

 宮を発って二日。


 六神子は和邑(わむら)へと近づいていた。


「小依の故郷やな」


 澪依が言った。


「覚えとること、ある?」


「あんまり〜……」


 小依は首を傾げた。


「笛の音は覚えとう〜。誰かが吹いてくれとった〜」


「誰か?」


「わからへん〜。でも、優しい音やった〜」


 小依の目が、少し遠くなった。


「その音聴くと、安心して眠れたんや〜」


 紫乃が小依の隣に並んだ。


「お前の母親かもしれへんな」


「母〜?」


「子守唄代わりに吹いてくれとったんやろ」


 小依は少し考えて、頷いた。


「……そうかも〜」


  ◇


 和邑は、山あいの小さな里だった。


 静かな場所。川のせせらぎと、鳥の声だけが聞こえる。


「ええとこやね」


 若名が言った。


「空気が澄んどる」


「和邑は、古くから鎮魂を司る一族が暮らす里や」


 羽津が説明した。


「亡くなった人の魂を送る儀式を、代々受け継いできた」


「小依の家系も?」


「そうやえ。小依の笛の力は、この里の血筋から来とる」


 小依は黙って里を見ていた。


 紫乃がそっと小依の手を握った。


「緊張しとうか」


「ちょっとだけ〜……」


「大丈夫や。うちがおる」


 小依は紫乃の手を握り返した。


「……おおきに、紫乃姉」


「姉やないて」


「今日は姉でええやん〜」


 紫乃は何も言わず、ただ手を握ったままでいた。


  ◇


 里に入ると、人々が出てきた。


 しかし、どこか様子がおかしい。


 顔色が悪く、目に生気がない。


「また来た……」


「今度は何人連れていかれる……」


 怯えた声が聞こえる。


「何かあったんですか」


 羽津が丁寧に問うた。


「あんたら、旅の人か? この里には関わらん方がええ」


 老人が言った。


「呪われとるんや。この里は」


「呪い?」


「夜になると、鳴くんや。山から」


 老人は震えていた。


「泣き声が聞こえる。それを聞いた者は、魂を抜かれて、二度と目を覚まさん」


 六神子は顔を見合わせた。


「いつ頃からですか」


「もうふた月ほど前から」


 六神子が旅を始めてひと月が過ぎている。異変はやはり他の里と同じ頃だ。


「詳しい話を聞かせてもらえますか」


「……里長のところへ行きなさい。あの人が、一番詳しい」


  ◇


 里長の家は、里の奥にあった。


 古い家だが、手入れは行き届いている。


 戸を叩くと、中から声がした。


「……誰や」


「六神子です。お話を聞かせてください」


 しばらくして、戸が開いた。


 老人が立っていた。白髪で痩せているが、目には力がある。


「六神子……宮の神子さまか」


「はい」


 老人の目が、小依を見た。


 じっと見つめる。


「……お前、名は」


「小依です〜」


「小依……」


 老人の目が、大きく見開かれた。


鈴音(すずの)の娘か」


「鈴音〜?」


「お前の母の名や」


 小依は息を呑んだ。


「母を……知っとうんですか〜」


「知っとうよ。儂がこの里で一番よう知っとう」


 老人は目を細めた。


「お前、母親にそっくりやな。目元なんか、瓜二つや」


  ◇


 六人は里長の家に招かれた。


 囲炉裏を囲んで座る。


「お前の母、鈴音はな」


 里長が語り始めた。


「この里で一番の鎮魂の使い手やった。どんな荒ぶる魂も、あいつの笛にかかれば静まった」


「……」


「けど、体は弱かった。鎮魂の力が強すぎてな。この里の女は皆そうや。力が強いほど、体に負担がかかるでな」


 小依は黙って聞いていた。紫乃が隣で、小依の背中にそっと手を当てている。


「鈴音はお前を身籠った時、皆に止められた。産んだら命がもたんと。けど、あいつは聞かなんだ」


「なんで……」


「『この子は特別な子や』と言いよった。『この国を救う子や。うちの命と引き換えにしても、産む価値がある』と」


 小依の目から、涙がこぼれた。


「お前が生まれた日、鈴音は笛を吹いたんや。生まれたばかりのお前に、子守唄を」


「……それ、覚えとう〜」


「そうか」


 里長は頷いた。


「あれが最期の演奏やった。吹き終わって、そのまま逝きよった。笑ろうてたわ、最期まで」


 小依は声を上げて泣いた。


 紫乃が小依を抱き寄せた。


「泣き。思い切り泣いたらええ」


「紫乃姉ぇ……」


「うちがおる。ずっとおるから」


 小依は紫乃の胸で泣いた。


 五人は静かに見守っていた。


  ◇


 しばらくして、小依は落ち着いた。


「里長さん、聞きたいことがあるんや〜」


「呪いのことやろ」


 里長は頷いた。


「ひと月前から、山で泣き声がする。聞いた者は魂を抜かれる」


「何が泣いとうん〜?」


「鎮まれなんだ魂や」


 里長は囲炉裏の火を見つめた。


「この里は何百年も鎮魂を続けてきた。けど、鎮めきれなんだ魂もおる。そういうのが、山に溜まっとった」


「溜まっとった……」


「今までは、里の結界で抑えとった。けど、ふた月ほど前から結界が弱うなって……」


「封印が緩んどうから、か」


 紫乃が言った。


「この里の結界も、地脈と繋がっとう。地脈が乱れたら、結界も弱まる」


「そうやろな」


 里長は頷いた。


「このままやと、里は滅びる。皆、魂を抜かれて死ぬ」


「——うちが、鎮める〜」


 小依が立ち上がった。


「うちの笛で、鎮めてみせる〜」


「小依……」


 里長が言った。


「お前の力で、あれを鎮められるか? 何百年分もの怨念やで」


「やってみなわからへん〜」


 小依は笛を握りしめた。


「うち、鎮めることしかできへん〜。でも、それがうちの力なら、使わなあかん〜」


「——待ち」


 紫乃が立ち上がった。


「一人で気負うな。うちらがおる」


「紫乃姉……」


「お前の笛が届くように、うちが道を作ったる。土を起こして、結界を張り直す。それでお前を守る」


「紫乃……」


 咲耶も立った。


「うちも守る。お前が笛を吹く間、何も近づけさせへん」


 澪依が頷く。羽津が微笑む。若名が手を握る。


「皆〜……」


「行くで、小依」


 紫乃が手を差し出した。


「お前の母親が守ってきた里や。お前が継ぐ番やろ」


 小依は紫乃の手を取った。


「……うん〜」


  ◇


 夜を待った。


 日が暮れると、山から泣き声が聞こえ始めた。


 低く、悲しく、怨みに満ちた声。


「——来る」


 若名が呟いた。


「たくさんおる。数えきれへんくらい」


「結界の外に出てきたんやな」


 澪依が空を見上げた。


「風が荒れてきた。急がなあかん」


 六人は里の外れに立っていた。


 山から、黒い靄が降りてくる。


 瘴気ではない。怨霊の群れだった。


「紫乃、頼む」


 咲耶が言った。


「おう」


 紫乃が地面に手をついた。


 土開の神子の御業。


 地面が盛り上がり、小依を囲む円形の壁ができた。


「これで少しは防げる。小依、この中で吹き」


「おおきに、紫乃姉〜」


「集中せえ。うちらが守る」


 紫乃は壁の外に出た。


 咲耶が剣を抜く。澪依が風を読む。若名が声を聴く。羽津が道を結ぶ。


 五人が小依を守る形になった。


「——行くで」


 咲耶が怨霊の群れに斬り込んだ。


  ◇


 小依は土の壁の中で、笛を構えた。


 外では戦いの音が聞こえる。


 咲耶の剣が閃く音。紫乃が土を操る音。澪依の指示する声。


 皆が、自分を守ってくれている。


「——吹くで〜」


 小依は笛を唇に当てた。


 深呼吸。


 そして——吹いた。


  ◇


 静かな音色が、夜に響いた。


 鎮魂の調べ。


 悲しみを受け止め、怒りを鎮め、魂を安らかにする音。


 小依は吹きながら、怨霊たちの声を聴いていた。


 ——苦しい。


 ——悲しい。


 ——帰りたい。


 ——眠りたい。


 皆、同じことを言っていた。


 何百年も、鎮まれずにここにいた。苦しくて、悲しくて、でも誰も助けてくれなかった。


「……わかった〜」


 小依は笛を吹きながら、心の中で語りかけた。


「苦しかったんやな〜。悲しかったんやな〜。ずっと一人で、辛かったんやな〜」


 笛の音が、変わった。


 悲しみに寄り添う音。


 一人じゃないと伝える音。


 母から受け継いだ音。


「もう大丈夫や〜。うちがおる〜」


 怨霊たちが、動きを止めた。


「眠ってええよ〜。もう、苦しまんでええ〜」


 笛の音が、高く澄んでいく。


「安らかに、眠り〜」


  ◇


 光が、溢れた。


 笛の音と共に、温かい光が広がっていく。


 怨霊たちが、その光に包まれた。


 黒い靄が、少しずつ薄れていく。


 土の壁の外で、紫乃が見上げていた。


「——すごいな」


 光が空へ昇っていく。


 怨霊たちが、還っていく。


 小依の笛が、何百年分の悲しみを鎮めていく。


「あいつの母親も、こないな光を出しとったんやろな」


 紫乃は呟いた。


 血は、繋がっている。


 力も、想いも。


  ◇


 夜明け前。


 小依は笛を下ろした。


「——終わった〜」


 膝から崩れ落ちそうになった。


 土の壁が崩れ、紫乃が駆け寄った。


「小依!」


「紫乃姉〜……」


「よう頑張った。よう頑張ったな」


 紫乃は小依を抱きしめた。


「すごかったで。お前の笛」


「ほんま〜?」


「ほんまや。何百年分の怨念、全部鎮めた。お前にしかできへんことや」


「……」


 小依の目から、涙がこぼれた。


「うち、母みたいにできた〜?」


「できた。絶対できた」


「うちの力、意味あった〜?」


「あったに決まっとう」


 紫乃は小依の頭を撫でた。


「お前がおらんかったら、この里は滅んどった。お前の笛が、皆を救ったんや」


「紫乃姉ぇ……」


「もう姉でええわ。今日だけやなくて、ずっと」


 小依は紫乃の胸で泣いた。


 嬉しくて。安心して。


 自分の力の意味が、ようやくわかった気がした。


  ◇


 朝日が昇った。


 里の人々が、恐る恐る外に出てきた。


「泣き声が……止んだ」


「静かや……山が静かや……」


 里長が六神子の元へ来た。


「やってくれたか」


「うん〜。皆、還っていったよ〜」


 小依は疲れた顔で、でも晴れやかに笑った。


「もう大丈夫〜。この里、呪われてへん〜」


 里長は深く頭を下げた。


「ありがとう。鈴音の娘……いや、小依」


「……」


「お前の母も喜んどるわ。立派な娘に育ったと」


「おおきに〜……」


 里長は懐から何かを取り出した。


「これを渡さなあかん」


「これは……」


 古い笛だった。小依が持っているものより、少し大きい。


「お前の母の笛や。鈴音が最期に使うた笛」


 小依は息を呑んだ。


「母が……」


「『いつかこの子が戻ってきたら、渡してくれ』と言い残しとった。十一年、預かっとった」


 小依は震える手で笛を受け取った。


 温かかった。


 母の想いが、まだ残っているようだった。


「大事にしぃ。いつか、この笛が必要になる時が来る」


「……おおきに〜」


 小依は笛を胸に抱いた。


 涙が止まらなかった。


 紫乃がそっと背中を支えていた。


  ◇


 和邑を発つ前、小依は紫乃と二人で山へ向かった。


 母の墓があるという。


「ここや」


 里長に教えられた場所に、小さな墓石があった。


 「鈴音」と刻まれている。


「……母」


 小依は墓の前に座った。


 紫乃も隣に座った。


「話しかけたらええ。聴いとってくれるやろ」


「……うん〜」


 小依は墓に手を合わせた。


「母、初めまして〜。小依です〜」


 風が、そよいだ。


「うち、母の笛もろた〜。大事にするな〜」


「……」


「うち、鎮魂の力、ちゃんと使えたよ〜。母みたいに、皆を救えたよ〜」


 涙がこぼれた。


「おおきに〜。うちを産んでくれて〜。うちに、力をくれて〜」


 風が、また吹いた。


 優しい風だった。


 紫乃が小依の肩を抱いた。


「母親、喜んどうよ」


「わかる〜?」


「わかる。うちも土の声聴けるからな。土が言うとう。『ここに眠っとう人は、今笑ろうとう』て」


「……ほんま〜?」


「ほんまや」


 小依は笑った。泣きながら。


「よかった〜」


 二人はしばらく、墓の前に座っていた。


 朝日が、二人を照らしていた。


  ◇


 和邑を発つ日。


 里長が見送りに来た。


「気ぃつけてな。小依」


「おおきに〜。里長さんも元気でな〜」


「ああ。また来い。お前の里やからな」


「うん〜。絶対また来る〜」


 六人は歩き出した。


 次は、潮津。


 そして、禁域へ。


 小依は母の笛を胸に抱いていた。


「紫乃姉」


「なんや」


「おおきに〜。ずっと傍におってくれて〜」


「当たり前やろ。妹みたいなもんやからな」


「妹〜?」


「嫌か」


「嫌やない〜。嬉しい〜」


 小依は紫乃の腕に抱きついた。


「ほな、これからもよろしくな〜、紫乃姉〜」


「……おう」


 紫乃は照れくさそうに顔を背けた。


 耳が赤い。


 咲耶がにやにやしながら見ていた。


「なんや、咲耶」


「いや、ええもん見たなあ思て」


「うるさいわ」


 六人の間に、笑いが起きた。


 旅は続く。


 最後の戦いへ向けて。


用語解説

・むくに

 本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。


天津御座あまつみくら

 神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。


御業みわざ

 六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。


瘴気しょうき

 根津日神ねつひのかみから漏れ出る穢れた気。土地を枯らし、生き物を狂わせる。


鎮魂ちんこん

 魂を鎮め、安らかにする行為。小依の御業「音鎮」の本質。


火鷲ひわし

 高鷲たかわしに伝わる戦士の一族。かつて根津日神と戦った者たちの末裔。咲耶はこの血を引く。


・荒ぶる血

 火鷲一族が持つ戦闘時に目覚める血。強大な力を得るが、自我を失う危険がある。


訪れた土地

拓土ひらきつち 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る

・樹ノきのくに 深い森に囲まれた里 若名の故郷。森の精霊が住む

文月ふづき 学問の里 羽津の故郷 古い文献が残る

潮津しおつ 海辺の里 澪依の故郷 海守の一族が暮らす

高鷲たかわし 山間の里 咲耶の故郷 火鷲一族の古戦場がある

和邑わむら山あいの里 小依の故郷 鎮魂を司る一族が暮らす

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