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国起こしの六神子(むくにおこしのろくみこ)  作者: 文月(あやつき)


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第8話「結ばれる糸」

主要人物

六神子ろくみこ

天候あまさふの神子 澪依みおり 12歳 風と天気を読む 海守の血筋

火降ひふりの神子 咲耶さくや 13歳 剣の達人 「火鷲ひわし」の末裔で荒ぶる血を持つ

結道ゆいみちの神子 羽津はづ 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在

森祝もりはふりの神子 若名わかな 12歳 動物や植物の声を聴く

音鎮おとしずめの神子 小依こより 11歳 最年少 笛で魂を鎮める

土開つちひらきの神子 紫乃しの 13歳 土を操る 小依の姉のような存在 

 宮の門が見えた時、六人は足を止めた。


「……帰ってきたな」


 澪依が呟いた。


「ああ」


 咲耶が頷いた。


「長かったような、短かったような」


「ひと月以上やね」


 羽津が空を見上げた。


「色んなことがあったえ」


「おおきみさま、待っとってくれてはるやろか〜」


 小依が不安そうに言った。


「待っとってくれてはるわ」


 紫乃が言った。


「うちらを信じて送り出してくれはったんやから」


 六人は門をくぐった。


  ◇


 宮の中は、静かだった。


 以前より、さらに質素になっている気がする。


「おおきみさま……」


 若名が心配そうに呟いた。


 奥殿へ向かう途中、見知った顔に出会った。


「——お帰り」


 雲見(くもみ)の翁だった。澪依の師。


「師匠……」


「よう戻った、澪依」


 翁は穏やかに微笑んだ。


「おおきみさまがお待ちや。皆、奥殿へ」


  ◇


 奥殿の前に、六人の師が揃っていた。


 雲見の翁、焔守(ほむらもり)の翁、文読(ふみよみ)(おうな)杜守(もりもり)の媼、音聴(おときく)の媼、土祀(つちまつり)の媼。


 六人の神子を育てた六人の師。


「皆、無事で何よりや」


 文読の媼が言った。羽津の師だ。


「各地の報せは届いとる。よう働いてくれた」


「師匠……」


 羽津が頭を下げた。


「まだ、何も終わってへん。これからが本番や」


「わかってますえ。そのために帰ってきたんどす」


 媼は頷いた。


「おおきみさまが待っとってや。行きなさい」


 六人は奥殿へ入った。


  ◇


 おおきみは、玉座に座っていた。


 六人は息を呑んだ。


 痩せていた。頬がこけ、目の下に隈がある。しかし、その目は澄んでいた。


「——戻ったか」


 おおきみの声は、変わらず静かだった。


「六神子よ。よくぞ戻った」


「おおきみさま……」


 澪依が進み出た。


「ご報告申し上げます」


「聞こう」


  ◇


 澪依が代表して、旅の報告をした。


 拓土(ひらきつち)の枯れた土地。山神の衰弱。


 樹ノ国(きのくに)の沈黙した森。精霊の怯え。妖の出現。


 文月(ふづき)の古文書。根津日神(ねつひのかみ)の記述。


 潮津(しおつ)の荒れた海。海神の言葉。禁域への道。


 高鷲(たかわし)の古戦場。怨霊の鎮魂。


 そして——すべての異変が、おおよそひと月前から始まっていること。


 おおきみは黙って聞いていた。


 報告が終わると、しばらく沈黙があった。


「……そうか」


 おおきみは目を閉じた。


「やはり、緩んでおるのだな。封印が」


「おおきみさまは、ご存知やったんですか」


 咲耶が問うた。


「知っておった」


 おおきみは目を開けた。


「吾が即位する前、先代から聞いた。初代おおきみが封じた神のこと。その封印が、おおきみの霊力で保たれていること」


「ほな、なんで——」


「なぜ税を取らぬ誓いを立てたか、と問うか」


 おおきみは静かに笑った。


「民が苦しんでおった。民の竈から夕餉の煙が上がらぬ、そして、飢え、死んでいく者がおった。吾は、それを見ておられなかった」


「……」


「封印のことは知っておった。吾の霊力が弱まれば、封印も弱まると。されど——」


 おおきみは六神子を見た。


「民を見捨てて、己の力を保つことが、正しいとは思えなかった」


「おおきみさま……」


「愚かだったかもしれぬ。結果として、封印は緩み、国に災いが広がった。吾の誓いが、民を苦しめることになった」


 おおきみの声が、かすかに震えた。


「されど——後悔はしておらぬ。あの時、あの誓いを立てねば、吾は吾でなくなっておった」


 六人は黙って聞いていた。


「そなたらに、託してもよいか」


 おおきみが言った。


「吾にはもはや、封印を保つ力がない。根津日神を討つ力もない。されど——」


 六神子を見つめた。


「そなたらには、ある。六つの御業が一つになれば、根津日神にも対抗できよう」


「おおきみさま」


 澪依が跪いた。


「お任せください。うちらが必ず、根津日神を討ちます」


「討つだけではない」


 おおきみは首を振った。


「祀れ。根津日神を討った後、丁重に祀るのだ」


「祀る……?」


「あれは元々、悪しき神ではなかった。土地を休ませる役を担っておった。長い封印の間に心が壊れ、今の姿になった」


 おおきみは悲しげに言った。


「討つことは避けられぬ。されど、討った後は祀り、その教えを忘れるな。土地には休みが要るという、根津日神の教えを」


「……承知しました」


 六人が頭を下げた。


  ◇


 報告の後、六神子は師たちの元へ集められた。


「さて」


 焔守の翁が言った。咲耶の師だ。


「禁域へ行く前に、やることがある」


「やること?」


「お前たちの御業を、一つにすることや」


 土祀の媼が続けた。紫乃の師だ。


「海神さまが言うたやろ。六つの力が一つにならなあかん、て」


「それは——」


「今から教える」


 六人の師が、六人の神子を囲んだ。


「一人一人の御業は、お前たちは十分に修めとう。問題は、それを一つにすることや」


 雲見の翁が言った。


「六人が揃うて初めて、真の力が出る。それを、これから学ぶんや」


  ◇


 宮の庭で、特訓が始まった。


「まず、己の御業を、他の五人に開け」


 文読の媼が言った。


「開く?」


「心を開くんや。自分の力を、仲間に委ねる。逆に、仲間の力を、自分の中に受け入れる」


 六人は輪になって座った。


「目を閉じて。己の御業を、心の中で思い描け」


 澪依は空を思った。雲の流れ、風の匂い、雨の気配。


 咲耶は炎を思った。燃える力、祓う力、守る力。


 羽津は道を思った。言葉の繋がり、人の縁、知恵の糸。


 若名は森を思った。木々の声、獣の息遣い、精霊の囁き。


 小依は音を思った。笛の音色、心の震え、魂の安らぎ。


 紫乃は土を思った。大地の脈動、水の流れ、命を育む力。


「それを、隣へ渡せ」


 媼の声が響いた。


「己の力を、仲間に分け与えるんや」


 六人は、心の中で手を伸ばした。


 自分の力を、隣の仲間へ。


「——あ」


 小依が声を上げた。


「何か、来た……」


「わかる……」


 若名も頷いた。


「皆の力が、流れ込んでくる……」


 六人の心が、繋がり始めた。


  ◇


 どれほど時間が経っただろう。


 目を開けると、六人は変わっていた。


 言葉にはできない。けれど、何かが違う。


「これが——六つの御業が一つになる、いうことか」


 紫乃が呟いた。


「皆のことが、前よりわかる気ぃする」


「うん……」


 小依が頷いた。


「咲耶の剣の重さとか、若名の聴いとる声とか、なんとなくわかる〜」


「まだ入口や」


 杜守の媼が言った。若名の師だ。


「これから毎日、鍛錬を続けるんや。禁域へ行くまでに、もっと深く繋がれるようになる」


「はい」


 六人は頷いた。


  ◇


 その夜。


 六人は久しぶりに、宮の自分たちの部屋で休んだ。


「疲れたなあ……」


 澪依が大の字になった。


「せやな。けど、ええ疲れや」


 咲耶も横になった。


「皆と繋がれた気ぃする。前より、ずっと」


「うちも〜」


 小依が澪依の隣に転がった。


「皆のこと、もっと好きになった〜」


「何やそれ」


 紫乃が笑った。


「前から好きやったやろ」


「もっと好きになったんや〜」


 六人は笑い合った。


 久しぶりの、穏やかな夜だった。


  ◇


 数日後。


 鍛錬は続いていた。


 六人の連携は、日に日に深まっていく。


 しかし、小依だけが、どこか浮かない顔をしていた。


「小依、どうしたん?」


 羽津が声をかけた。


「え……? 何もないよ〜」


「嘘やね。顔に出とうえ」


 羽津は優しく笑った。


「何か気になることがあるんやろ。言うてみ」


「……」


 小依は黙っていた。


 やがて、ぽつりと言った。


「うちの御業、皆の役に立っとうんかな〜……」


「何言うてるん。小依の笛がなかったら、山神さまとも精霊とも話せへんかったえ」


「それは、そうやけど〜……」


 小依は膝を抱えた。


「咲耶は剣で戦える。紫乃は土を起こせる。澪依は空を読める。羽津は道を結べる。若名は声を聴ける。皆、はっきりした力があるやん〜」


「小依にもあるやろ」


「うちは、笛を吹くだけや〜。それも、鎮めるだけ〜。何かを倒したり、作ったりはできへん〜」


 羽津は小依の隣に座った。


「小依」


「なに〜?」


「鎮める力は、一番大事な力かもしれへんえ」


「……どういうこと〜?」


「斬る力、起こす力、読む力、結ぶ力、聴く力。全部大事や。けど、それだけやったら、荒ぶるだけになることもある」


 羽津は小依の手を取った。


「鎮める力があるから、他の力が正しく使える。小依がおるから、咲耶は剣を振るえる。そうやろ?」


「……」


 小依は黙っていた。


 わかる。頭では、わかる。


 けれど——


「うちの故郷、まだ行ってへんな〜」


 小依がぽつりと言った。


「皆は故郷に行った〜。うちだけ、まだや〜」


「和邑か」


「うん〜。うちも、自分の根っこ、知りたいな〜って〜……」


 羽津は頷いた。


「禁域への道中、和邑を通るはずやえ」


「ほんま〜?」


「ほんまや。その時、寄ろうな」


「……うん〜」


 小依は少しだけ、笑った。


  ◇


 十日後。


 六人の連携は、見違えるほど深まっていた。


 師たちも満足げに頷いた。


「よし。もうええやろ」


 焔守の翁が言った。


「禁域へ行く準備は整った」


「おおきみさまに、報告してこい」


 六人は奥殿へ向かった。


  ◇


 おおきみは、以前より少し顔色が良くなっていた。


「おおきみさま、お加減は」


「案ずるな。そなたらが戻ってから、少し楽になった」


 おおきみは微笑んだ。


「六つの力が一つになりつつある。その気配が、吾にも伝わっておる」


「おおきみさま」


 澪依が跪いた。


「禁域へ参ります」


「うむ」


 おおきみは頷いた。


「潮津へ戻り、海神の加護を得て、海の底へ降りよ。そして——根津日神を討て」


「承知しました」


「その前に」


 おおきみが立ち上がった。


「一つ、渡すものがある」


 おおきみは六人の前に歩み出た。


 手には、小さな勾玉があった。


「これは、初代おおきみより伝わる宝や。六つの御業を束ねる力がある」


「これを、うちらに……」


「持っていけ。いざという時、助けになるはずだ」


 おおきみは勾玉を澪依に渡した。


「澪依。そなたが預かれ」


「……はい」


 澪依は勾玉を受け取った。


 温かかった。おおきみの想いが、込められているようだった。


「六神子よ」


 おおきみは六人を見渡した。


「この国を、頼んだぞ。そして——必ず、戻ってこい」


「はい」


 六人は深く頭を下げた。


「必ず戻ります。おおきみさま」


  ◇


 翌朝。


 六人は宮を発った。


 師たちが、門まで見送りに来ていた。


「気ぃつけてな」


「死ぬんやないで」


「お前らなら、できる。信じとう」


 口々に声をかける師たち。


「行ってきます」


 六人は歩き出した。


 禁域へ。


 最後の戦いへ。


 その道中には、小依の故郷・和邑がある。


 小依は空を見上げた。


 自分の根っこ。自分の力の源。


 それを知れば、もっと皆の役に立てるだろうか。


「小依、何見とん〜?」


 若名が声をかけた。


「空〜。晴れとうなあ思て〜」


「ほんまや。ええ天気やね」


「うん〜」


 小依は笑った。


 不安は、まだある。


 けれど、仲間がいる。


 それだけで、歩いていける気がした。

用語解説

・むくに

 本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。


天津御座あまつみくら

 神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。


御業みわざ

 六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。


瘴気しょうき

 根津日神ねつひのかみから漏れ出る穢れた気。土地を枯らし、生き物を狂わせる。


鎮魂ちんこん

 魂を鎮め、安らかにする行為。小依の御業「音鎮」の本質。


火鷲ひわし

 高鷲たかわしに伝わる戦士の一族。かつて根津日神と戦った者たちの末裔。咲耶はこの血を引く。


・荒ぶる血

 火鷲一族が持つ戦闘時に目覚める血。強大な力を得るが、自我を失う危険がある。


訪れた土地

拓土ひらきつち 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る

・樹ノきのくに 深い森に囲まれた里。若名の故郷。森の精霊が住む

文月ふづき 学問の里。羽津の故郷。古い文献が残る

潮津しおつ 海辺の里。澪依の故郷。海守の一族が暮らす

高鷲たかわし 山間の里。咲耶の故郷。火鷲一族の古戦場がある

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