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国起こしの六神子(むくにおこしのろくみこ)  作者: 文月(あやつき)


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第7話「古戦場」

主要人物

六神子ろくみこ

天候あまさふの神子 澪依みおり 12歳 風と天気を読む 海守の血筋

火降ひふりの神子 咲耶さくや 13歳 剣の達人 「火鷲ひわし」の末裔で荒ぶる血を持つ

結道ゆいみちの神子 羽津はづ 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在

森祝もりはふりの神子 若名わかな 12歳 動物や植物の声を聴く

音鎮おとしずめの神子 小依こより 11歳 最年少 笛で魂を鎮める

土開つちひらきの神子 紫乃しの 13歳 土を操る 小依の姉のような存在

 潮津(しおつ)を発って三日。


 六神子は高鷲(たかわし)へと近づいていた。


「咲耶、覚えとることある?」


 澪依が聞いた。


「……火や」


 咲耶は遠くを見つめながら答えた。


「火の記憶だけ、ある。何が燃えとったんかは、わからへん」


「火……」


「それと、誰かに抱かれて走っとった。それだけや」


 咲耶の声は淡々としていた。けれど、その目には複雑な光があった。


「高鷲は、山と平野の境の土地や」


 羽津が言った。


「古くから武の気風がある土地やえ。戦が多かった」


「戦か……」


 咲耶は剣に手を当てた。


「うちの血は、そこから来とるんやな」


  ◇


 高鷲に着いた。


 山の麓に広がる平野。田畑が広がり、遠くに集落が見える。


 穏やかな風景だった。けれど、どこか張り詰めた空気がある。


「ここにも、何かあるな」


 若名が呟いた。


「土地が……緊張しとる」


「緊張?」


「うまく言えやん。けど、何かを待っとるみたいな」


 六人は集落へ向かった。


 村人たちは六神子を見て、驚いた顔をした。


「神子さま方が、こないな田舎まで……」


「この辺りで、何か変わったことはありませんか」


 羽津が丁寧に問うた。


「変わったこと……」


 村人たちは顔を見合わせた。


「古戦場に、出るんです」


「出る?」


「怨霊が。夜になると、古戦場から声が聞こえる。剣がぶつかる音、馬のいななき、人の悲鳴……」


 村人は震えていた。


「近づいた者は、皆おかしゅうなって戻ってきます。うわ言のように『斬れ、斬れ』と繰り返して……」


 六神子は顔を見合わせた。


「いつ頃からですか」


「ひと月半ほど前から」


 やはり、だ。


「古戦場は、どこにありますか」


「北の山の麓です。けど、行かんほうがええ。危険や」


「大丈夫です」


 咲耶が答えた。


「うちらが、鎮めます」


  ◇


 古戦場へ向かう道すがら、六人は話し合った。


「怨霊か……」


 澪依が言った。


「瘴気の影響で、鎮まっとった魂が騒ぎ出したんやろな」


「小依の笛で鎮められるやろか」


「やってみなわからへんけど……」


 小依は不安そうだった。


「戦で死んだ人らの魂やろ〜? 恨みが深そうで〜……」


「恨みだけやないと思う」


 若名が言った。


「悲しみとか、無念とか。色んなもんが混じっとる」


「いずれにせよ、行かなわからへん」


 咲耶が前を歩いた。


「うちの故郷や。うちが先頭に立つ」


  ◇


 古戦場は、山の麓の広い野原だった。


 草が生い茂り、一見すると穏やかな場所に見える。


 しかし、足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


「——重い」


 紫乃が顔をしかめた。


「土が、血を吸っとう。何百年分もの血を」


「ここで、どれだけの人が死んだんやろ」


 羽津が悲しげに言った。


 咲耶は黙って歩いた。


 何かに導かれるように、野原の中央へ向かう。


「咲耶、どこ行くん」


「わからへん。けど、呼ばれとる気がする」


 野原の中央に、古い石碑があった。


 苔むして、文字はほとんど読めない。


 咲耶はその前に立った。


「——ここや」


 その瞬間、風が止んだ。


 空気が凍りついたように静まり返る。


 そして——声が聞こえた。


『——来たか』


 低い、重い声。


 男の声だった。いや、男たちの声が重なっているようにも聞こえる。


『我らを鎮めに来たか。それとも——』


 声が笑った。


『我らの仲間になりに来たか』


「仲間?」


『お前の血は、我らと同じ。斬って斬って斬りまくった血。戦場を駆け、敵を屠り、血に染まった血』


 咲耶の体が震えた。


『お前も知っておろう。剣を振るう快感を。血を浴びる歓喜を』


「——黙れ」


 咲耶が叫んだ。


「うちは、お前らとは違う」


『違わぬ。同じ血が流れておる。お前の中にも、我らがおる』


 黒い靄が、地面から湧き上がってきた。


 瘴気だ。しかし、拓土や樹ノ国で見たものより、はるかに濃い。


『さあ、解き放て。お前の中の(おぬ)を。我らと共に、永遠に戦い続けよう』


「咲耶!」


 小依が笛を取り出した。


 吹こうとした。


 しかし——


「吹くな」


 咲耶が言った。


「え……?」


「小依、吹くな。これは、うちの戦いや」


 咲耶は剣を抜いた。


 刃が、黒い光を帯びた。


  ◇


「咲耶、何する気や!」


 紫乃が叫んだ。


「笛なしで戦うたら、お前——」


「わかっとる」


 咲耶の目が、異様な光を帯びていた。


「けど、逃げたらあかんねん。こいつらと、うちの中のこいつと、向き合わなあかん」


『そうだ。向き合え。受け入れろ。お前は我らの末裔。斬ることでしか生きられぬ血』


「うるさい言うとるやろ」


 咲耶が剣を構えた。


「うちの血が斬る血やいうんは、否定せえへん。けどな——」


 一歩踏み出す。


「うちは、斬りたいから斬るんやない。守りたいから斬るんや」


『守る? 笑わせる。斬る者に守ることなどできぬ』


「できる」


 咲耶の声が、澄んでいった。


「うちには、守りたいもんがある。おおきみさま。この国。そして——」


 振り返らずに言った。


「——こいつらや」


 五人が息を呑んだ。


「うちの剣は、こいつらを守るためにある。お前らみたいに、斬ることが目的やない」


『戯言を——』


「戯言やない」


 咲耶が跳んだ。


 黒い靄に向かって、剣を振り下ろす。


 しかし、ただ斬るのではなかった。


 祓う。浄める。鎮める。


 焔守(ほむらもり)の翁に教わった、火降(ひふり)の神子の本当の御業。


「——鎮まれ」


 剣が閃いた。


 黒い靄が、悲鳴を上げて散っていく。


『ぐ……おおおお……』


「お前らの無念は、わかる。戦で死んで、鎮まることもできんで、ずっとここにおったんやろ」


 咲耶は剣を振るいながら語りかけた。


「けど、もうええやろ。もう休んでええんや」


『休む……だと……』


「そうや。お前らの戦いは終わった。何百年も前に終わったんや」


 咲耶の剣が、光を帯び始めた。


 黒い光ではない。白い、温かい光。


「うちが、終わらせたる。お前らの戦いを」


  ◇


 小依は見ていた。


 笛を握りしめたまま、咲耶の戦いを見ていた。


 いつでも吹けるように。咲耶が荒ぶったら、すぐに鎮められるように。


 けれど——


「咲耶、荒ぶってへん……」


 小依は呟いた。


「笛なしでも、咲耶のままや……」


 紫乃が小依の肩に手を置いた。


「ああ。あいつ、乗り越えよるで」


 咲耶の剣が、最後の一閃を放った。


 白い光が、古戦場全体を包んだ。


  ◇


 光が収まると、そこには静寂があった。


 黒い靄は消えていた。


 代わりに、淡い光の粒が舞っていた。


 怨霊たちの魂だった。


 穏やかな顔をしていた。


『——ありがとう』


 声が聞こえた。


 さっきまでの重い声ではない。穏やかな、安らいだ声。


『お前の言う通りだった。我らの戦いは、とうに終わっていた』


「……」


『斬る血は、守る血にもなれるのだな。お前が教えてくれた』


「うちも、お前らに教えてもろた」


 咲耶は剣を収めた。


「うちの中にも、お前らと同じもんがおる。それは否定せえへん。けど、それだけやないんや」


『ああ。お前は我らとは違う道を行け。斬ることで守る道を』


「そうする」


『お前の仲間を大切にせよ。あの笛の娘、お前の命綱だぞ』


 咲耶は振り返った。


 小依が泣いていた。


「小依」


「咲耶ぁ……よかったぁ……」


 小依が走ってきて、咲耶に抱きついた。


「笛吹けへんで、どうしよう思て……でも咲耶、ちゃんと咲耶のままで……」


「おおきに、小依」


 咲耶は小依を抱きしめ返した。


「お前がおってくれたから、踏ん張れた。いつでも吹ける思たら、怖ないかった」


「咲耶……」


「これからも頼むで。うちの命綱」


 小依は泣きながら頷いた。


  ◇


 古戦場を後にする時、光の粒が空へ昇っていくのが見えた。


 怨霊たちが、御霊(みたま)となりようやく還っていく。


「おつかれさん、咲耶」


 澪依が言った。


「大したもんやで」


「いや、まだまだや」


 咲耶は首を振った。


「今回はなんとかなったけど、もっと強い敵にはどうなるかわからへん」


「その時は、皆でなんとかするえ」


 羽津が微笑んだ。


「せやな」


 咲耶も笑った。


 心なしか、その顔は軽くなっていた。


 長年抱えていた重荷を、少しだけ降ろせたような。


  ◇


 高鷲を発つ前、村人たちが見送りに来た。


「古戦場が静かになりました。ありがとうございます」


「これで安心して暮らせます」


 口々に礼を言う村人たち。


「咲耶さま、いうんですか。あなたの剣、見事でした」


 老人が咲耶に言った。


火鷲(ひわし)の血を引く者やと、一目でわかりました」


「火鷲?」


「この地を守った武家です。百年以上前に絶えたと聞いておりましたが……血は残っておったんですな」


 咲耶は黙って聞いていた。


「火鷲の家訓を、ご存知ですか」


「いいえ」


「『剣は(まが)にあらず。剣は盾なり』」


 咲耶の目が見開かれた。


「斬ることで守る。それが火鷲の剣やったそうです。あなたは、その剣を継いでおられる」


「……おおきに」


 咲耶は深く頭を下げた。


「うちの血の源が、ようわかりました」


  ◇


 高鷲を発ち、六人は宮へ向かった。


「次は、おおきみさまへの報告やな」


 澪依が言った。


「各地で調べたこと、全部伝えなあかん」


根津日神(ねつひのかみ)のこと、封印のこと、禁域のこと」


 羽津が指を折った。


「おおきみさまは、全部知ってはるんやろか」


「どうやろな」


 紫乃が腕を組んだ。


「知ってはるかもしれんし、知らんかもしれん。いずれにせよ、報告して、指示を仰がなあかん」


「おおきみさま、お元気やろか〜」


 小依が心配そうに言った。


「うちら出発してから、だいぶ経つし〜」


「そうやね」


 若名も頷いた。


「早う戻ろ。おおきみさま、待っとってくれてはるはずや」


 六人は歩を速めた。


 宮へ。


 おおきみの元へ。


 旅の報告と、最後の戦いへの備えのために。

用語解説

・むくに

 本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。


天津御座あまつみくら

 神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。


御業みわざ

 六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。


瘴気しょうき

 根津日神ねつひのかみから漏れ出る穢れた気。土地を枯らし、生き物を狂わせる。


鎮魂ちんこん

 魂を鎮め、安らかにする行為。小依の御業「音鎮」の本質。


火鷲ひわし

 高鷲たかわしに伝わる戦士の一族。かつて根津日神と戦った者たちの末裔。咲耶はこの血を引く。


・荒ぶる血

 火鷲一族が持つ戦闘時に目覚める血。強大な力を得るが、自我を失う危険がある。


訪れた土地

拓土ひらきつち 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る

・樹ノきのくに 深い森に囲まれた里。若名の故郷。森の精霊が住む

文月ふづき 学問の里。羽津の故郷。古い文献が残る

潮津しおつ 海辺の里。澪依の故郷。海守の一族が暮らす

高鷲たかわし 山間の里。咲耶の故郷。火鷲一族の古戦場がある

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