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国起こしの六神子(むくにおこしのろくみこ)  作者: 文月(あやつき)


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第6話「海淵の声」

主要人物

六神子ろくみこ

天候あまさふの神子 澪依みおり 12歳 風と天気を読む 海守の血筋

火降ひふりの神子 咲耶さくや 13歳 剣の達人 「火鷲ひわし」の末裔で荒ぶる血を持つ

結道ゆいみちの神子 羽津はづ 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在

森祝もりはふりの神子 若名わかな 12歳 動物や植物の声を聴く

音鎮おとしずめの神子 小依こより 11歳 最年少 笛で魂を鎮める

土開つちひらきの神子 紫乃しの 13歳 土を操る 小依の姉のような存在

 文月(ふづき)を発って四日。


 六神子は潮津(しおつ)に着いた。


 潮の匂いが濃い。波の音が絶え間なく響く。


「ここが澪依の故郷か」


 咲耶が海を見渡した。


「あの、あちこちにある丸太を削ったのはなんや?」


「丸木舟や。あれで海の沖へ魚を捕りにいくんや。この里は漁師が多い」


 澪依は静かに答えた。


 その目は、どこか遠くを見ていた。


「澪依、大丈夫か?」


 紫乃が声をかけた。


「……ああ」


 澪依は頷いた。けれど、その声には力がなかった。


「正直に言うわ。怖い」


「怖い?」


「海の底に何かがおる。それはわかっとった。けど、それがこの国を滅ぼすかもしれへんもんやなんて——」


 澪依は拳を握った。


「うちの故郷の海に、そないなもんが眠っとう。それが怖い」


「澪依」


 羽津が穏やかに言った。


「怖いのは当たり前やえ。けど、一人やないよ」


「せやで」


 小依が澪依の手を取った。


「うちらがおるから〜」


 澪依は小依の顔を見て、少し笑った。


「……おおきに」


  ◇


 臨海の集落に降りると、漁師たちが網を繕っていた。


 しかし、どこか元気がない。顔色も悪い。


「様子がおかしいな」


 若名が呟いた。


「海が……荒れとる」


「荒れとる?」


「今は静かやろ。けど、海の奥が騒がしい。何かが暴れとるみたいや」


 漁師の一人が六神子に気づいた。


「あんたら、旅の人か? 悪いこと言わん、ここには長居せんほうがええ」


「何かあったんですか」


 羽津が丁寧に問うた。


「海が荒れるんや。急に」


 漁師は疲れた顔で言った。


「朝は穏やかでも、昼には大波が来る。船が何隻も沈んだ。漁にも出られへん」


「いつ頃からですか」


「ひと月半ほど前から。それまでは、こないなことなかったんやけどな……」


 六神子は顔を見合わせた。これまで半月は歩いた。それを差し引いてもやはり、ひと月前だ。


「この町に、海のことに詳しい人はおりますか」


 澪依が聞いた。


「海のこと……? ああ、そうやな。浜の外れに、海守の婆さんがおる。昔から海神さまに仕えてきた家系や。何か知っとるかもしれん」


「ありがとうございます」


 六人は浜の外れへと向かった。


  ◇


 海守の家は、岩場の上に建っていた。


 小さな家だが、どこか神聖な空気が漂っている。


 戸を叩くと、中から声がした。


「……誰や」


「六神子です。海のことでお聞きしたいことが」


 しばらく沈黙があった。


 やがて、戸が開いた。


 白髪の老婆が立っていた。背は曲がっているが、目は鋭い。


「六神子……宮の神子さまか」


「はい」


「入りぃ」


 老婆は六人を招き入れた。


  ◇


 囲炉裏を囲んで座った。


 老婆は六人を見回した。


「天候の神子はどの子や」


「うちです」


 澪依が名乗り出た。


「澪依……」


 老婆の目が細くなった。


「そうか。あの子ぉが……」


「うちを知っとるんですか」


「知っとるでぇ。お前が生まれた日ぃ、海が光ったんや。海神さまが祝福してはる、て皆言うたわ」


 澪依は息を呑んだ。


「お前の母親は、わしの娘やったんや」


「——え」


 六人が驚いた。


「お前はわしの孫やんけ、澪依」


  ◇


 澪依は言葉を失っていた。


「母は……どうなったんですか」


「死んだわ。お前産んで、すぐにな」


 老婆——祖母は静かに言った。


「体が弱かった。けんど、お前を産むこと選びよった。海神さまに選ばれた子ぉを、この世に送り出すためにな」


「海神さまに選ばれた……」


「天候の神子は、海と空を繋ぐ者や。海神さまがお前を選びはったんや。母親はそれ知っとった」


 澪依の目から、涙がこぼれた。


「なんで……なんで会いに来てくれへんかったん」


「会えるわけないやろが」


 祖母は首を振った。


「お前は宮の神子やんけ。わしみたいな浜の婆が会いに行けるかいな。けんど、ずっと見守っとったんやで。海を通じてな」


「海を通じて……」


「海神さまが教えてくれはるんや。孫は元気にしとる、立派に育っとる、てな」


 祖母の目にも、涙が光っていた。


「大きゅうなったなあ、澪依。母親に似てきたわ」


 澪依は泣きながら祖母に抱きついた。


「婆ちゃん……」


「よしよし。よう来てくれた。よう来てくれたなあ……」


 五人は静かに見守った。


  ◇


 しばらくして、澪依は落ち着きを取り戻した。


「婆ちゃん、聞きたいことがあるんや」


「わかっとるわ。海のことやろ」


 祖母は頷いた。


「ひと月半ほど前から、海が荒れとること。その原因や」


「知っとるん?」


「知っとるでぇ。いや、海神さまが教えてくれはったんや」


 祖母は囲炉裏の火を見つめた。


「封印が緩んどる」


「やっぱり……」


「海の底の、そのまた下や。初代おおきみが封じはったもんが、目覚めよう思とる」


「根津日神」


 羽津が言った。祖母は頷いた。


「そうや。死と眠りの神や。あれが暴れとるさかい、海も荒れるんや」


「禁域への入り口は、この海にあるんですか」


 咲耶が問うた。


「ある。けんど——」


 祖母は首を振った。


「今のお前らでは、行かれへん」


「なんでですか」


「海の底へ降りるには、海神さまの加護がいるんや。人の身では、海の底は歩かれへん」


「海神さまの加護……」


「それにな、禁域に至るには六つの力が揃わなあかん」


 祖母は六人を見回した。


「お前ら六人の御業や。それが一つになって初めて、禁域への道が開くんやで」


「六つの力……」


 若名が首を傾げた。


「うちら、もう揃っとるよ?」


「揃っとるだけやあかんねん。一つにならなあかん」


 祖母は言った。


「お前ら、まだ自分の力を十分に知らんやろ。己の御業の、本当の深さをな」


 六人は顔を見合わせた。


「どうすればええんですか」


「まず、己を知ることや」


 祖母は咲耶を見た。


「火降の神子。お前はまだ、己の故郷を訪ねてへんな」


「……うちの故郷は、覚えてへん」


「覚えてへんでも、血は覚えとるんや。お前の剣の源を知らなあかん」


 咲耶の顔が強張った。


「それから——」


 祖母は続けた。


「おおきみさまに会え。すべてを報告し、託されよ。おおきみさまの言葉が、お前らの力を一つにする鍵になるんや」


「宮に戻れ、いうことですか」


「そうや。急がば回れ、言うやろ。禁域に挑むんやったら、万全の備えがいるんやで」


  ◇


 祖母は六人を海辺に連れ出した。


「海神さまに会わせたる」


「会わせる……?」


「澪依、海に手ぇ浸けてみぃ」


 澪依は言われるまま、波打ち際にしゃがんだ。


 手を海に浸ける。


 冷たい。けれど、どこか懐かしい。


「目ぇ閉じぃ。海の声を聴くんや」


 澪依は目を閉じた。


 波の音。潮の匂い。水の感触。


 そして——声が聞こえた。


『——澪依』


 深く、穏やかな声。


『よう来た。待っておったぞ』


「海神さま……」


『お前の母を覚えておる。優しい娘だった』


 澪依の目から、また涙がこぼれた。


「母のこと、見守ってくれとったんですか」


『ああ。そしてお前のことも。生まれた時から、ずっと』


「海神さま、教えてください。禁域へは、どうすれば——」


『焦るな』


 海神の声は穏やかだが、重みがあった。


『根津日神は、もはや話の通じる相手ではない。長い封印の間に、心が壊れた。お前たちが挑むなら、覚悟がいる』


「覚悟……」


『討つか、討たれるか。それしかない』


 澪依は息を呑んだ。


『だが、今のお前たちでは勝てぬ。力が足りぬのではない。心が、まだ一つになっておらぬ』


「心が一つに……」


『火降の神子は、己の血を恐れておる。己の力を、十分に解き放てておらぬ』


 澪依は振り返った。咲耶が立っている。その顔は、硬かった。


『まず、己を知れ。己の根を知り、受け入れよ。そうすれば、六つの力は一つになる』


「わかりました」


『その時が来たら、また呼べ。我が加護を与え、海の底への道を開こう』


「おおきに……ございます」


『母によう似てきたな、澪依。誇らしいぞ』


 声が遠ざかっていった。


 澪依は海から手を上げた。


 振り返ると、五人が待っていた。


「聞こえた?」


「聞こえたえ」


 羽津が頷いた。


「海神さまの声、うちらにも届いた」


「咲耶」


 澪依は咲耶を見た。


「次は、咲耶の番やな」


 咲耶は黙って頷いた。


  ◇


 その夜、六人は祖母の家に泊まった。


 夕餉の後、澪依は祖母と二人で話した。


「婆ちゃん、母のこと、もっと教えて」


「ええでぇ。何でも聞きぃ」


 祖母は懐かしそうに語った。


 母の幼い頃のこと。海が好きだったこと。笑顔が可愛かったこと。


 澪依を身籠った時、嬉しそうだったこと。


「この子は特別な子や、て言うとったわ。海神さまに選ばれた子ぉや。この国を救う子ぉや、てな」


「母は……うちのこと、どう思うとったん」


「愛しとったでぇ。誰よりもな」


 祖母は澪依の手を握った。


「名前もな、母親がつけたんやで。澪依。水の道を依り代にする子ぉ。海と空を繋ぐ子ぉや」


「澪依……」


「ええ名前やろ。お前にぴったりやんけ」


 澪依は泣いた。


 母の顔は覚えていない。声も覚えていない。


 けれど、愛されていたことは、わかった。


「婆ちゃん」


「なんや」


「うち、頑張るわ。母が命をかけて産んでくれたんやもん。この国を、守ってみせる」


「ああ。頼んだで、澪依」


 祖母は孫を抱きしめた。


「婆ちゃんも、海から見守っとるさかいな」


  ◇


 翌朝。


 六人は潮津を発った。


「次は高鷲やな」


 澪依が言った。


「咲耶の故郷」


「故郷いうても……覚えてへんからな」


 咲耶は複雑な顔をしていた。


「海神さまが言うてはった。己の血を恐れとる、て」


「……否定せえへん」


 咲耶は剣に手を当てた。


「うちの血は、人を斬ってきた血や。戦で、敵を斬って斬って斬りまくってきた血や」


「それが怖いんか」


「怖い。うちも、いつかそうなるんやないかて」


 咲耶は目を伏せた。


「剣を振るうと、血が騒ぐんや。もっと斬れ、もっと斬れ、て。小依の笛がなかったら、どうなるかわからへん」


「咲耶」


 小依が咲耶の袖を引いた。


「うちがおるやろ〜」


「わかっとる。けど——」


「けど、やない」


 紫乃が言った。


「お前の血がどないなもんでも、お前はお前や。うちらの咲耶や」


「紫乃……」


「高鷲に行って、自分の血の源を知ってこい。怖いもんも含めて、全部受け入れろ。ほしたら、お前はもっと強うなれる」


 咲耶は皆の顔を見回した。


 澪依が頷く。羽津が微笑む。若名が手を振る。小依が袖を握ったまま離さない。紫乃が腕を組んで立っている。


「……おおきに」


 咲耶は小さく笑った。


「ほな、行こか。うちの血の源、探しに」


 六人は歩き出した。


 次の目的地は、高鷲。


 咲耶の故郷。


 そして、宮への帰還へ。


 旅は、佳境に入ろうとしていた。

用語解説

・むくに

 本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。


天津御座あまつみくら

 神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。


御業みわざ

 六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。


瘴気しょうき

 根津日神ねつひのかみから漏れ出る穢れた気。土地を枯らし、生き物を狂わせる。


鎮魂ちんこん

 魂を鎮め、安らかにする行為。小依の御業「音鎮」の本質。


訪れた土地

拓土ひらきつち 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る

・樹ノきのくに 深い森に囲まれた里。若名の故郷。森の精霊が住む

文月ふづき 学問の里。羽津の故郷。古い文献が残る

潮津しおつ 海辺の里。澪依の故郷。海守の一族が暮らす

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