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国起こしの六神子(むくにおこしのろくみこ)  作者: 文月(あやつき)


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第4話「黙する森」

主要人物

六神子ろくみこ

天候あまさふの神子 澪依みおり 12歳 風と天気を読む 海守の血筋

火降ひふりの神子 咲耶さくや 13歳 剣の達人 「火鷲ひわし」の末裔で荒ぶる血を持つ

結道ゆいみちの神子 羽津はづ 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在

森祝もりはふりの神子 若名わかな 12歳 動物や植物の声を聴く

音鎮おとしずめの神子 小依こより 11歳 最年少 笛で魂を鎮める

土開つちひらきの神子 紫乃しの 13歳 土を操る 小依の姉のような存在

 拓土(ひらきつち)を発って五日。


 六神子は樹ノ国(きのくに)へと足を踏み入れた。


「若名の故郷やな」


 澪依が言った。


「覚えとる?」


「……わからん」


 若名は首を傾げた。


「小ちゃすぎて覚えてへん。けど——」


 森を見つめる。


「この森は、覚えてくれとるかもしれん」


  ◇


 樹ノ国は、深い森に覆われた土地だった。


 木々は高く、陽光は葉の間からわずかに漏れるだけ。緑の匂いが濃い。


「すごいなあ……」


 小依が見上げた。


「こないな大きい木、見たことないわ〜」


「樹ノ国は森と共に生きる土地や」


 羽津が説明した。


「木を切りすぎず、森を敬い、精霊と共存してきた」


「精霊?」


「森には精霊がおる。木の精、水の精、獣の精。若名が話せるのは、そういう存在や」


 若名は黙って森を見ていた。


 何かを聴こうとしている。


「——おかしい」


 若名が呟いた。


「静かすぎる」


「拓土の山と同じか」


 咲耶が剣に手をかけた。


「いや、違う」


 若名は首を振った。


「あの山は苦しんどった。ここは——怯えとる」


「怯えとる?」


「皆、息を潜めとる。何かから隠れるみたいに」


 六人は顔を見合わせた。


「進もう」


 澪依が言った。


「里に行って話を聞かな」


  ◇


 森の中の道を進む。


 道と言っても、獣道に近い細い筋だ。紫乃が先頭で枝を払い、道を確保する。


「人の気配がせえへんな」


「この辺に里があるはずやねんけど……」


 羽津が古い地図を見ながら言った。


 その時、若名が足を止めた。


「——誰かおる」


「どこや」


「右。木の陰に」


 咲耶が身構えた。


「出てきてくれへんか。うちらは怪しい者やない」


 しばらく沈黙があった。


 やがて、木の陰から小さな影が現れた。


 子供だった。七つか八つか。痩せて、目だけが大きい。


「あ、あんたら……誰や……」


 震える声だった。


「うちらは六神子。おおきみさまのみことのりで、この地を調べに来た」


 澪依が穏やかに答えた。


「神子さま……?」


 子供の目に、わずかな希望が灯った。


「ほんまに……? 助けに来てくれたん……?」


「何があったん?」


 小依が子供の目線に合わせてしゃがんだ。


「教えてくれる?」


 子供は小依を見て、少し安心したようだった。


「……化け物が出るんや」


「化け物?」


「森から来る。夜になると里に降りてきて……人を襲う」


 六神子は息を呑んだ。


「里の皆は?」


「奥に逃げとる。けど、食べ物がのうなってきて……」


 子供の目から涙がこぼれた。


「お父もお母も、化け物に……」


 小依が子供を抱きしめた。


「大丈夫や。うちらが来たから。もう大丈夫やから」


  ◇


 子供に案内され、六人は里に着いた。


 小さな集落だった。家々は傷み、人々は怯えた目をしている。


 里長(さとおさ)が出てきた。老婆だった。


「神子さま方……よう来てくださいました」


 深く頭を下げる。


「化け物とは、何ですか」


 羽津が問うた。


「わかりませぬ。ひと月ほど前から現れるようになりました」


 里長は震える声で語った。


「黒い獣のような……されど獣ではない。目が赤く光り、爪は木を裂く。何人もやられました」


「森の精霊は?」


 若名が問うた。


「精霊さまは……お姿を見せてくださらなくなりました。森が静かになって……それから化け物が」


「精霊がおらんようになってから、化け物が出た」


 澪依が呟いた。


「順番からすると、精霊が怯えて隠れたから、化け物が出たんやない。何かが精霊を追いやって、その後に化け物が現れた」


「根っこは同じいうことか」


 紫乃が腕を組んだ。


「拓土の山神さまと同じや。何かに力を奪われとう」


「今夜、化け物が出るんやな」


 咲耶が里長に確認した。


「は、はい。毎晩のように……」


「わかった」


 咲耶が頷いた。


「今夜、うちらが迎え撃つ」


  ◇


 日が暮れるまで、六人は準備をした。


 里の中心に焚き火を焚き、周囲に紫乃が土で防壁を作る。


「完璧やないけど、ないよりマシや」


「おおきに、紫乃」


 咲耶が剣の手入れをしている。


 小依がその傍らに座り、笛を手にしていた。


「小依、頼むで」


 咲耶が言った。


「今夜は斬らなあかんかもしれん」


「うん」


 小依は頷いた。


 咲耶の剣。古戦場で敵を斬った血筋の剣。


 その剣を振るうとき、咲耶の中の何かが騒ぐ。荒ぶる血が目を覚ます。


 小依の笛は、妖を鎮めるだけではない。咲耶の心をも鎮める。剣と共に荒ぶりかける咲耶を、人として繋ぎ止める。


 朝の鍛錬で小依が傍にいるのは、そのためだった。


「大丈夫や」


 小依が言った。


「うちがおるから。咲耶は咲耶のままでおれる」


「……おおきに」


 咲耶は小さく笑った。


 その目に、かすかな不安と、それを上回る信頼があった。


  ◇


 夜が更けた。


 月は雲に隠れ、闇が濃い。


 六人は焚き火を囲んで待った。


「——来る」


 若名が呟いた。


「森から……三つ」


 闇の中から、赤い光が近づいてきた。


 目だった。赤く光る目。


 そして、姿が見えた。


 黒い獣。狼に似ているが、はるかに大きい。体から黒い靄が立ち上っている。


「瘴気を纏っとる」


 羽津が言った。


「あれも土地の病から生まれた妖や」


「三匹か」


 咲耶が立ち上がった。


「やれる」


 剣を抜く。


 その瞬間、小依が笛を唇に当てた。


 静かな音色が響く。咲耶を包み込む。


 咲耶の目が、一瞬揺らいだ。しかし、すぐに澄んだ光を取り戻した。


「——行くで」


 咲耶が駆け出した。


 黒い獣が咆哮する。


 一匹目が跳びかかってきた。咲耶の剣が閃く。


 斬。


 獣が悲鳴を上げて倒れた。体が黒い靄となって散っていく。


 二匹目。横から来る。


「させへん」


 紫乃が地面を踏んだ。土が盛り上がり、獣の足を絡め取る。


「今や!」


 咲耶が斬る。二匹目も散った。


 三匹目は慎重だった。距離を取り、隙を窺っている。


「若名」


 澪依が言った。


「あの妖、何か言うとるか」


 若名は目を閉じた。


「……痛い、て言うとる。苦しい、て。帰りたい、て」


「帰りたい?」


「森に帰りたい。けど、帰れへん。何かに追い出されて、行くとこがない」


 若名の目から涙がこぼれた。


「可哀想に。この子ら、元は森の獣やったんや。瘴気に呑まれて、こないなってしもた」


「……」


 咲耶の剣が、わずかに下がった。


「斬るしかないんか」


「今の状態では、救えへん」


 羽津が苦しげに言った。


「瘴気に呑まれた魂は、斬って解放するしかない。それが鎮魂や」


「わかっとる。わかっとるけど——」


 咲耶の手が震えた。


 その時、三匹目が跳んだ。


「咲耶!」


 小依の笛の音が高まった。


 咲耶の目が定まる。


 迷いを振り切り、剣を振るった。


 斬。


 三匹目が散った。


 黒い靄が消えていく中、かすかに獣の——元の獣の姿が見えた気がした。


 穏やかな顔だった。


  ◇


 夜が明けた。


 里の人々が恐る恐る外に出てきた。


「化け物は……?」


「祓った。もう出えへん」


 咲耶が答えた。その声は疲れていた。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 里長が何度も頭を下げた。


 しかし、六神子の表情は晴れなかった。


「まだ終わってへん」


 澪依が言った。


「あの妖は、森の異変の結果や。原因を突き止めな、また出る」


「森の奥に行かなあかん」


 若名が言った。


「精霊に会って、話を聞く」


「危険やないか」


 里長が心配そうに言った。


「大丈夫や」


 若名は静かに笑った。


「森は、うちの故郷やから」


  ◇


 六人は森の奥へと進んだ。


 若名が先頭を歩く。


「こっちや。精霊の気配がする」


 道なき道を進む。木々は太く、苔むしている。


 やがて、開けた場所に出た。


 大きな古木があった。幹は何人もの人が手を繋いでやっと囲めるほど太い。


「ここや」


 若名が古木に近づいた。


 手を幹に当てる。目を閉じる。


「——おるんやろ。出てきて」


 沈黙。


 やがて、古木がかすかに光った。


 光の中から、小さな姿が現れた。


 精霊だった。人の子供のような姿。しかし、体は半透明で、光を纏っている。


『……誰や』


 弱々しい声だった。


『人が来るんは……久しぶりやな……』


「うちは若名。森祝(もりはふり)の神子や。ここで生まれた」


『……若名……?』


 精霊の目が見開かれた。


『あの子か……! あの泣き虫の赤子が……!』


「覚えてくれとったん?」


『忘れるかいな。お前が生まれた日、森中の木が祝福したんやで』


 精霊の目から、光の粒がこぼれた。涙のようだった。


『大きゅうなって……戻ってきてくれたんか……』


「うん。助けに来た」


 若名も泣いていた。


「何があったん? 教えて」


 精霊は震えながら語った。


『ひと月ほど前からや……地の底から、黒いもんが這い上がってきた……』


「黒いもん?」


『瘴気や。森の力を吸い取っていく。わしらは抗えん。隠れるしかなかった……』


「その瘴気は、どこから来とる?」


『わからん……ただ……古い古い封印が……緩んどる気がする……』


 六神子は顔を見合わせた。


 拓土の山神と同じだ。


「封印て、何のことかわかる?」


『わからん……ただ、言い伝えがある……』


 精霊は震えながら続けた。


『遥か昔、初代のおおきみが、恐ろしいものを封じた。海の底の、そのまた下に。あれが目覚めれば、この国は滅ぶ、と……』


「海の底……」


 澪依が呟いた。


「山でも森でもない。海か」


『すまん……わしらにはこれ以上のことはわからん……』


「ええよ。おおきに」


 若名が精霊の手を取った。


「もう隠れんでええ。瘴気は、うちらがなんとかする」


『……ほんまか』


「ほんまや。約束する」


 精霊は若名の顔をじっと見た。


 やがて、小さく笑った。


『……お前の目、昔と変わらんな。まっすぐで、嘘がない』


「森に教えてもろたんや」


 若名も笑った。


「森はな、ちゃんと話聞いたら、応えてくれる。うちも、ちゃんと応えたい」


 精霊は頷いた。


『待っとる。この森を……頼んだで』


 光が消え、精霊の姿も消えた。


 しかし、森の空気が少し変わった気がした。


 かすかに、風が吹いた。


  ◇


 森を出ると、里の人々が待っていた。


「精霊さまは……?」


「大丈夫や。また出てきてくれるようになる」


 若名が答えた。


「時間はかかるかもしれへんけど、森は死んでへん。待っとってな」


 里長が深く頭を下げた。


「ありがとうございます……若名さま」


「さま、はええよ」


 若名は照れくさそうに笑った。


「うち、この森で生まれたんや。里の子と一緒やで」


 里の人々の目に、光が戻った。


  ◇


 翌朝、六神子は樹ノ国を発った。


「次は文月(ふづき)やな」


 澪依が言った。


「羽津の故郷。古文書で、封印のこと調べな」


「海の底、いうんが気になるなあ」


 紫乃が腕を組んだ。


「山でも森でもない。海となると、澪依の故郷やな」


潮津(しおつ)か……」


 澪依の目が、少し曇った。


「何かあるんか?」


「いや……」


 澪依は首を振った。


「行けばわかる。まず、文月や」


 六人は歩き出した。


 空は晴れていた。


 されど、澪依の心には小さな雲がかかっていた。


 海の底。


 故郷の海に、何かがある。


 その予感が、澪依の胸を締め付けていた。

用語解説

・むくに

 本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。


天津御座あまつみくら

 神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。


御業みわざ

 六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。


瘴気しょうき

 漏れ出る穢れた気。土地を枯らし、生き物を狂わせる。


鎮魂ちんこん

 魂を鎮め、安らかにする行為。小依の御業「音鎮」の本質。


訪れた土地

拓土ひらきつち 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る

・樹ノきのくに 深い森に囲まれた里。若名の故郷。森の精霊が住む

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