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国起こしの六神子(むくにおこしのろくみこ)  作者: 文月(あやつき)


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第3話「山神の涙」

主要人物

六神子ろくみこ

天候あまさふの神子 澪依みおり 12歳 風と天気を読む 海守の血筋

火降ひふりの神子 咲耶さくや 13歳 剣の達人 「火鷲ひわし」の末裔で荒ぶる血を持つ

結道ゆいみちの神子 羽津はづ 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在

森祝もりはふりの神子 若名わかな 12歳 動物や植物の声を聴く

音鎮おとしずめの神子 小依こより 11歳 最年少 笛で魂を鎮める

土開つちひらきの神子 紫乃しの 13歳 土を操る 小依の姉のような存在

 朝靄の中、六神子は北の山へ向かった。


「紫乃、道わかるんか?」


 澪依が問う。


「ああ。子供の頃、よう遊んだ山や」


「今も子供やろ」


「うるさいわ。小ちゃい頃や、小ちゃい頃」


 紫乃が先頭を歩く。その背中を、五人が追う。


「遊んだて……山で何して遊ぶん?」


 小依が首を傾げた。


「木登りとか、川遊びとか。あと、山菜採り」


「婆ちゃんに怒られながら、やろ」


 羽津がくすりと笑った。昨夜、紫乃が少しだけ話してくれたのだ。


「……うるさいわ」


 紫乃が照れくさそうに顔を背けた。


「紫乃にもそんな時代があったんやなあ」


 咲耶がからかう。


「お前かて似たようなもんやろ」


「うちは覚えてへんから、ええねん」


「何がええねん」


 六人の間に、笑いが起きた。


 しかし、山道に入ると空気が変わった。


  ◇


「——静かすぎる」


 若名が足を止めた。


「声が聞こえやん。木も、草も、虫も。皆黙っとる」


「鳥もおらへんな」


 澪依が空を見上げた。


「この山、生きとるはずやのに……息してへんみたいや」


「嫌な感じやね」


 羽津が眉をひそめた。


「村の者が『山が怒っとう』言うてたん、わかる気ぃするわ」


 咲耶が剣の柄に手をかけた。


「気ぃ引き締めていこ。何があってもおかしない」


 六人は慎重に歩を進めた。


 道は次第に険しくなる。紫乃の記憶にある道とは、様子が違っていた。


「おかしいな……」


 紫乃が立ち止まった。


「この辺、もっと木が茂っとったはずや。それが——」


 見渡すと、木々の葉が茶色く枯れている。幹には生気がない。


「枯れとる」


 若名が木に手を触れた。目を閉じる。


「……苦しい、て言うとる。根から何か吸い取られとる、て」


「地脈か」


 紫乃が地面に手を当てた。


「ここでも感じる。力が、下へ下へと引っ張られとう」


 その時だった。


  ◇


 地面が、揺れた。


「——っ!」


 六人が身構える。


 揺れはすぐに収まった。しかし、山の奥から何かが近づいてくる気配がした。


「来る」


 咲耶が剣を抜いた。


 木々の間から、黒い靄のようなものが滲み出てきた。


 形がない。ただ、黒い。重い。冷たい。


「何やあれ……」


 小依が後ずさる。


「瘴気や」


 羽津の声が硬い。


「古い文献にあった。土地が病むと、こういうもんが湧くことがある」


 黒い靄が、じわじわと六人を囲み始めた。


「まずい。囲まれる」


 澪依が叫んだ。


「退路確保せな——」


「遅い」


 咲耶が前に出た。


「道は、斬って開く」


 剣を構える。刃が淡く光を帯びた。


 火降(ひふり)の神子の御業。災厄を断つ剣。


「——はっ!」


 咲耶が斬り込んだ。


 剣が黒い靄を切り裂く。靄は悲鳴のような音を立てて散った。


「今や! 走れ!」


 六人が駆け出す。


 しかし、散った靄がすぐに集まり直す。


「切りがないで、これ」


 紫乃が舌打ちした。


「若名、この瘴気どこから来とる?」


「上! 山の上から流れてきとる!」


「ほな、上へ行くしかない。元を断たな」


 澪依が判断を下した。


「咲耶、道開いて。紫乃、足場頼む」


「任せとき」


「おう」


 咲耶が前を斬り開き、紫乃が崩れかけた地面を踏み固める。


 羽津が小依の手を引き、若名が方向を示す。澪依が全体を見渡し、指示を飛ばす。


 六人が一つになって、山を駆け上がった。


  ◇


 どれほど走っただろう。


 黒い靄が薄くなり、やがて消えた。


 六人は開けた場所に出た。山の中腹、古い祠がある広場だった。


「はあ……はあ……」


 小依が膝に手をついた。しかし、すぐに顔を上げた。


「咲耶——」


「大丈夫や」


 咲耶が小依を見て、小さく笑った。


「まだ、うちはうちのままや」


 小依の目に、安堵が浮かんだ。


 走りながら斬った。笛の音なしで。それが何を意味するか、二人にはわかっていた。


「……おおきに、小依。心配してくれて」


「当たり前やろ〜」


 小依が泣きそうな顔で笑った。紫乃が小依の背中をさすった。


「よう走ったな、小依」


「平気や。あの靄、斬れるけど……嫌な感触やった」


 咲耶が剣を見つめた。


「生きてるみたいやった。苦しんでるみたいな」


「瘴気は土地の病や」


 羽津が言った。


「怒りやない。苦しみが形になったもんや」


「ほな、山を治さな消えへんいうことか」


 澪依が祠を見た。


 古い石造りの祠。苔むして、長く人の手が入っていない様子だった。


「ここが、この山の中心やな」


 紫乃が地面に手を当てた。


「地脈が集まっとう。ここから山全体に力が流れとった……はずや」


「はずや?」


「今は、逆流しとう。ここから、もっと深いどこかへ——」


 その時。


 祠が、光った。


  ◇


 淡い光が祠を包み、やがて声が響いた。


 低く、重く、苦しげな声。


『——誰ぞ』


 山神の声だった。


『我が地を……踏む者は……誰ぞ……』


「山神さま」


 澪依が進み出ようとした。羽津が止める。


「待ち。まだ荒ぶっとる。小依」


「——うん」


 小依が笛を取り出した。


 深呼吸をして、唇を当てる。


 音鎮(おとしずめ)の神子の御業。心と音を鎮める力。


 静かな音色が、山に響いた。


 鎮魂の調べ。荒ぶる心を穏やかにし、対話の道を開く音。


 祠の光が、柔らかくなっていく。


『——神子か』


 山神の声から、険が取れた。


『久しく……人は来なんだ……』


「山神さま」


 澪依が改めて進み出た。


「うちらは六神子。おおきみさまのみことのりで、この地の異変を調べに参りました」


『六神子……そうか……おおきみの……』


 声に、深い疲労が滲んでいた。


『許せ……客人を……瘴気で迎えるなど……我の本意ではない……』


「あの瘴気は、山神さまの?」


 咲耶が問うた。


『我の苦しみが……形を成したもの……止められぬのだ……』


「何があったのですか」


 羽津が静かに問う。


『我が力が……奪われておる』


 山神の声が震えた。


『根より深き処から……引きずり込まれる……我の……命が……』


「根より深き処?」


『地の底……いや……もっと下……この世とあの世の境……』


 紫乃が息を呑んだ。


「やっぱり。地脈が吸い取られとう。この山だけやない、もっと大きな何かが——」


『止められぬ……我には……もはや……力が……』


「何が、山神さまの力を奪っとるのですか」


 咲耶が問うた。


 山神は答えなかった。


 いや、答えられなかったのかもしれない。


『知らぬ……ただ……古き封印が……緩んでおる……』


「封印?」


『遥か昔……初代のおおきみが封じた……あれが……目覚めようとしておる……』


 六神子は息を呑んだ。


 初代おおきみ。封印。目覚めようとしている何か。


『我に残された力は僅か……されど……』


 祠から、小さな光の玉が浮かび上がった。


『これを……持っていけ……山の記憶……いつか……役に立とう……』


 光の玉が、若名の手のひらに降りた。温かかった。


「山神さま……」


『行け……六神子よ……真相を……突き止めよ……』


 声が途切れた。


『我は……もう少しだけ……耐える……この地の民のために……』


 祠の光が消えた。


 山は、再び静まり返った。


  ◇


 下山の道すがら、六人は言葉少なだった。


 瘴気はもう現れなかった。山神が最後の力で抑えているのだろう。


「初代おおきみの封印……」


 澪依が呟いた。


「何を封じたんやろ」


「古文書に何かあるかもしれへん」


 羽津が言った。


「うちの故郷、文月(ふづき)に寄ろう。父の書庫に、古い記録があるはずや」


「せやな。次は文月か」


 しかし、と咲耶が言った。


「その前に、他の土地も見た方がええんちゃうか。同じことが起きとるか確かめな」


樹ノ国(きのくに)の森も気になる」


 若名が手の中の光の玉を見つめながら言った。


「この子が言うとる。森も苦しんどる、て」


 六人は足を止め、顔を見合わせた。


「順番に回ろう」


 澪依が言った。


「まず近い順や。樹ノ国、文月、潮津(しおつ)高鷲(たかわし)。各地で情報集めて、それから考える」


「ほな、まず紫乃の里に戻って、報告やな」


 紫乃が頷いた。


「山神さまが耐えてくれとう間に、うちらがなんとかせな」


 六人は拓土(ひらきつち)の里に戻り、村長(むらおさ)に報告した。


 すぐには解決できないこと。けれど、山神がまだ戦っていること。そして、必ず戻ること。


 村長は深く頭を下げた。


「待っとります。どうか、この地をお救いください」


「任せとき」


 紫乃が答えた。


「土はな、手ぇ入れた分だけ、返してくる。うちが必ず、この土地を起こしたる」


 翌朝、六神子は拓土を発った。


 次の目的地、樹ノ国へ。


 真相を求めて、旅は続く。

用語解説

・むくに

 本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。


天津御座あまつみくら

 神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。


御業みわざ

 六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。


瘴気しょうき

 漏れ出る穢れた気。土地を枯らし、生き物を狂わせる。


鎮魂ちんこん

 魂を鎮め、安らかにする行為。小依の御業「音鎮」の本質。


訪れた土地

拓土ひらきつち 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る

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