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国起こしの六神子(むくにおこしのろくみこ)  作者: 文月(あやつき)


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第2話「枯れ井戸の里」

主要人物

六神子ろくみこ

天候あまさふの神子 澪依みおり 12歳 風と天気を読む 海守の血筋

火降ひふりの神子 咲耶さくや 13歳 剣の達人 「火鷲ひわし」の末裔で荒ぶる血を持つ

結道ゆいみちの神子 羽津はづ 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在

森祝もりはふりの神子 若名わかな 12歳 動物や植物の声を聴く

音鎮おとしずめの神子 小依こより 11歳 最年少 笛で魂を鎮める

土開つちひらきの神子 紫乃しの 13歳 土を操る 小依の姉のような存在

 街道を歩き始めて、三日が過ぎた。


「なあ、澪依」


 咲耶が前を歩く背中に声をかけた。


「今日中に着くんか?」


「着く。夕暮れ前には」


 澪依は空を見上げながら答えた。


「風向きも変わらへん。雨の心配もない」


「よっしゃ」


 咲耶が拳を握る。その後ろで、小依が足を引きずっていた。


「小依、大丈夫か〜?」


 紫乃が振り返る。


「だ、大丈夫〜……」


 明らかに大丈夫ではない声だった。


「ほら、荷物貸しぃ」


「ええよ〜、うち持てる〜」


「遠慮すんな。こういうときは頼るもんや」


 紫乃が小依の背負い袋を取り上げる。小依は申し訳なさそうに頭を下げた。


「おおきに、紫乃姉……」


「姉やないって。同い年みたいなもんやろ」


「二つも違うやん〜」


「二つくらい誤差や誤差」


 羽津がくすりと笑った。


「紫乃は小依に甘いなあ」


「甘ないわ。当然のことしとうだけや」


 紫乃はそっぽを向いた。耳が少し赤い。


  ◇


 昼過ぎ、街道脇の木陰で休憩を取った。


 羽津が握り飯を配る。宮を出る前に作っておいたものだ。


「そろそろ食材も考えなあかんね」


「せやな。拓土(ひらきつち)に着いても、凶作やったら食べ物分けてもらえへんかもしれん」


 澪依が頷く。


「咲耶、狩り頼むわ」


「任せとき。紫乃と若名も来るか?」


「行く行く」


 若名が手を挙げた。


「この辺の森、兎がおるて言うてる」


「誰が言うてるん……」


 咲耶が苦笑する。


「木ぃが」


「……ああ、うん。ほな、案内頼むわ」


 咲耶はもう慣れたものだった。若名の言う「声」は、大抵正しいのだ。


「うちも行く〜」


 小依が立ち上がりかけた。紫乃が肩を押さえる。


「お前は休んどき」


「でも〜」


「洗い物とか後片付け、頼むで。それも大事な仕事や」


 小依は少し唇を尖らせたが、やがて頷いた。


「……わかった〜」


「よし。ほな行こか」


 咲耶、紫乃、若名の三人が森へ消えていく。


 残された澪依と羽津と小依は、木陰でのんびりと過ごした。


「澪依、また荷物失くしたん?」


 羽津が呆れた声を出した。


「え? いや、あるで……あれ?」


 澪依が自分の荷を探る。


「水筒がない」


「さっき川で水汲んだとき、置いてきたんちゃう?」


「……あ」


 澪依が頭を抱えた。


「取ってくるわ〜」


 小依が立ち上がる。


「小依、休んどきって」


「これくらいええよ〜。すぐそこやし〜」


 小依が駆けていく。澪依は羽津に頭を下げた。


「すまん……」


「ほんま、澪依は自分のことになると抜けてるなあ」


「……返す言葉もない」


 空を読む力は誰より優れているのに、足元のことはさっぱり。それが澪依だった。


  ◇


 日が傾く頃、六人は拓土の里に着いた。


 紫乃の足が、止まった。


「——なんや、これ」


 声が震えていた。


 田畑は干からびていた。用水路には水がない。井戸の傍には、空の桶を持った人々が力なく座り込んでいる。


 かつて豊かだった土地の面影は、どこにもなかった。


「紫乃……」


 咲耶が声をかけようとした。紫乃は首を振った。


「大丈夫や。わかっとった。わかっとったけど——」


 言葉が続かない。


「行こう」


 澪依が静かに言った。


「まず、村長(むらおさ)に会わな」


 紫乃は深く息を吸い、頷いた。


「……ああ」


 六人は、枯れた里へと足を踏み入れた。


  ◇


 村長の家は、里の中央にあった。


 六神子が名乗ると、村長は驚いた顔をした。老いた男だが、背筋は伸びている。


「神子さま方が、こないな田舎まで……」


「おおきみさまのみことのりや。この国で何が起きとうか、調べに来た」


 紫乃が答えた。村長の目が、紫乃を見た。


「その声……まさか、紫乃か?」


「——久しぶりやな、長」


 紫乃が小さく笑った。


「大きゅうなったな……」


 村長の目に、涙が浮かんだ。


「すまんな、こないな姿を見せることになって。お前の両親や若い世代は、ほかの土地へ開拓へ行ったきり戻っとらんでな」


「わかっとう。謝らんでええ。話を聞かせてくれ」


 村長は頷き、六神子を屋内へ招いた。


  ◇


 囲炉裏を囲んで、村長が語った。


「水が枯れたんは、ひと月ほど前からです」


「急に?」


 澪依が問う。


「ええ。最初は井戸の水位が下がって……そのうち、川の流れも細うなりました」


「山からの水やな」


 紫乃が腕を組んだ。


「水源は、北の山。あそこから流れてくる川が、この里を潤しとった」


「山に何かあったんやろか」


 若名が首を傾げた。


「わかりませぬ。ただ——」


 村長が言葉を切った。


「村の者が何人か、山へ様子を見に行きました。けど、皆戻ってきて言うんです。『山が怒っとう』と」


「怒っとう?」


「近づくと、なんや嫌な気配がするんやと。獣もおらん、鳥も鳴かん。ただ、重い空気が満ちとうと」


 六神子は顔を見合わせた。


「——調べよう」


 咲耶が立ち上がった。


「今日はもう遅い。明日、山へ行く」


「ああ」


 澪依が頷いた。


「紫乃。その前に、やることあるやろ」


「……わかっとう」


 紫乃は静かに立ち上がった。


「ちょっと、出てくるわ」


  ◇


 紫乃は一人、里を歩いた。


 見覚えのある道。井戸端で遊んだ記憶。田植えを手伝った思い出。


 すべてが枯れていた。


 足が、ある家の前で止まった。


 土壁の小さな家。戸は閉まっている。


 紫乃は深呼吸をして、戸を叩いた。


「——誰や」


 しわがれた声がした。


「……紫乃や」


 沈黙。


 やがて、戸が開いた。


 老いた女が立っていた。髪は白く、腰は曲がっている。けれど、その目は紫乃をまっすぐに見た。


「紫乃……」


「久しぶりやな、婆ちゃん」


 祖母の手が伸びてきた。


 紫乃の頬に触れる。


「大きゅうなって……」


「ああ。もう十三や」


「そうか……そうか……」


 祖母の目から、涙がこぼれた。


「よう来てくれた。よう来てくれたなあ……よう来てくれたのに、お前の親はまだ……」


 紫乃は祖母を抱きしめた。


「わかっとうって、長に聞いとう」


 小さな体だった。こんなに小さかったろうか。


「婆ちゃん、待っとってな」


 紫乃は言った。


「うちが、この土地を起こしたる。絶対に」


  ◇


 夜、六神子は村長の家で休んだ。


 紫乃が戻ってきたとき、誰も何も聞かなかった。ただ、小依が黙って紫乃の隣に座った。


「——おおきに」


 紫乃がぽつりと言った。


「何も言うてへんよ〜」


「それが、おおきにや」


 小依は少し笑った。


 羽津が皆に汁物を配った。昼に咲耶たちが獲った兎と、若名が採った山菜で作ったものだ。村長が遠慮するのを、紫乃が押し切った。


「うちらの分はある。長も食べてくれ」


「明日、山や」


 澪依が言った。


「村の者が近づけへんかった山。何があるかわからへん」


「怖いなあ」


 若名がぽつりと呟いた。けれど、その目は怯えてはいなかった。


「山が怒っとるんやったら、話聞かなあかんね」


「若名らしいな」


 咲耶が笑った。


「怒っとるなら、なだめる。暴れとるなら、鎮める。それがうちらの仕事や」


「咲耶は強いなあ」


 小依が感心したように言った。


「強ないよ」


 咲耶は首を振った。


「ただ、やらなあかんことがあるだけや」


 六人は囲炉裏を囲み、静かに夜を過ごした。


 明日に備えて。


 外では、風の音だけが響いていた。

・むくに

 本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。


天津御座あまつみくら

 神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。


御業みわざ

 六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。


訪れた土地

拓土ひらきつち 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る

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