第14話「高き屋にて」
主要人物
六神子
・天候の神子 澪依 12歳 風と天気を読む 海守の血筋
・火降の神子 咲耶 13歳 剣の達人 「火鷲」の末裔で荒ぶる血を持つ
・結道の神子 羽津 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在
・森祝の神子 若名 12歳 動物や植物の声を聴く
・音鎮の神子 小依 11歳 最年少 笛で魂を鎮める
・土開の神子 紫乃 13歳 土を操る 小依の姉のような存在
宮の門をくぐると、空気が違っていた。
静かだった。以前にも増して、静か。
「なんや、この感じ……」
咲耶が眉をひそめた。
「人の気配が薄い」
「おおきみさま……」
澪依が奥殿へ向かって歩き出した。
五人も続いた。
◇
奥殿の前に、師たちが集まっていた。
六人の顔を見て、安堵の表情を浮かべた。
「——戻ったか」
雲見の翁が言った。
「無事で何よりや」
「師匠、おおきみさまは——」
「……中におられる」
翁の顔が曇った。
「会うてやってくれ。お前らの帰りを、ずっと待っておられた」
六人は顔を見合わせた。
嫌な予感がした。
◇
奥殿に入ると、おおきみは床に伏せていた。
以前より、さらに痩せていた。顔色は土気色で、息も浅い。
「——おおきみさま!」
澪依が駆け寄った。
「どうしたんですか、こないな——」
「……戻ったか」
おおきみが目を開けた。
弱々しいが、温かい目。
「六神子よ……よくぞ……戻った……」
「おおきみさま、お体が——」
「案ずるな……これは……吾が望んだことだ……」
おおきみは微かに笑った。
「お前たちが禁域へ向かった後……吾は祈り続けた……この国のために……お前たちの無事のために……」
「祈り……」
「吾の霊力を……すべて注いで……祈った……」
澪依は息を呑んだ。
おおきみの霊力は、封印を保つ力でもあった。それをすべて注いで祈ったということは——
「身を削られたんですか……うちらのために……」
「お前たちだけではない……この国のためだ……」
おおきみは目を閉じた。
「吾の祈りが……初代に届いた……そう感じた……」
「初代おおきみさま……」
咲耶が声を上げた。
「初代おおきみさまは、うちを助けてくれはりました。黄泉に引きずり込まれそうになった時——」
「……そうか」
おおきみの目に、涙が浮かんだ。
「届いたのだな……吾の祈りが……」
「おおきみさま……」
「よかった……お前たちを……送り出した甲斐が……あった……」
◇
六人は、報告を始めた。
根津日神との戦い。
黄泉の闇の後押し。
初代おおきみの魂による救出。
小依の笛による鎮魂。
祀りの丘での儀式。
おおきみは、黙って聞いていた。
時折、頷きながら。
「……よくやった」
報告が終わると、おおきみは言った。
「お前たちは……この国を……救った……」
「おおきみさまのおかげです」
澪依が言った。
「勾玉がなければ、力を一つにできませんでした」
「勾玉は……道具に過ぎぬ……使ったのは……お前たちだ……」
おおきみは咳き込んだ。
「おおきみさま!」
「大丈夫だ……少し……疲れただけだ……」
しかし、大丈夫には見えなかった。
おおきみの命が、消えかけているように見えた。
◇
六人は奥殿を出た。
師たちが待っていた。
「おおきみさまは……」
「……あかんかもしれへん」
焔守の翁が言った。咲耶の師。
「霊力を使い果たしはった。命の灯が、消えかけとる」
「そんな……」
「お前らが禁域へ行った後、毎日祈っておられた。食事も睡眠もほとんど取らず、ただ祈り続けて……」
「なんで止めへんかったんですか!」
咲耶が叫んだ。
「止められるわけないやろ」
翁は首を振った。
「おおきみさまの決意は固かった。『六神子が命をかけて戦うのに、吾だけ何もせぬわけにはいかぬ』と」
「……」
「お前らを信じてはった。けど、信じるだけやのうて、自分も何かしたかったんやろ」
六人は黙り込んだ。
おおきみは、待っていただけではなかった。
自分の命を削りながら、六人を支えていたのだ。
◇
その夜。
六人は宮に泊まった。
眠れなかった。
「おおきみさま、助からへんのやろか」
小依が呟いた。
「わからへん〜……」
「うちらが根津日神を討ったのに……おおきみさまがお隠れになったら……意味ないやん……」
「意味がないことはない」
澪依が言った。
「この国は救われた。土地は回復し始めとる。民も元気になっとる」
「けど——」
「けど、おおきみさまにも生きてほしい。それは……そうや」
六人は黙り込んだ。
何もできない自分たちが、もどかしかった。
◇
翌朝。
門の外が騒がしかった。
「何や?」
六人が外に出ると、人だかりができていた。
農民、漁師、職人、奉公の者たち。
様々な人々が、宮の門前に集まっていた。
「何事や」
咲耶が人々に近づいた。
「あの、六神子さまですか」
農民の一人が頭を下げた。
「うちらは、おおきみさまにお礼を言いに来たんです」
「お礼?」
「はい。おおきみさまは、税を取らへん誓いを立ててくれはりました。おかげで、うちらは飢えずに済みました」
「それに、六神子さまを遣わしてくれはりました」
漁師が続けた。
「海の荒れが収まりました。また漁に出られます」
「土地も元気になってきました」
別の農民が言った。
「来年は、豊作になりそうです」
「せやから——」
人々が、荷物を掲げた。
米、野菜、魚、布、様々なもの。
「これを、おおきみさまに」
「税やありません。お礼です。感謝の気持ちです」
「おおきみさまに、届けてもらえますか」
六人は言葉を失った。
民が、自分たちの意志で、おおきみに贈り物を持ってきたのだ。
「……届けます」
澪依が答えた。
「必ず、届けます」
◇
六人は、民の贈り物を奥殿へ運んだ。
「おおきみさま」
澪依が呼びかけた。
「民が来ています。おおきみさまにお礼を言いに」
「……民が……?」
おおきみが目を開けた。
「はい。税やなくて、感謝の贈り物を持ってきてくれはりました」
「……」
おおきみの目に、涙が浮かんだ。
「見せてくれ……」
「はい」
六人は、贈り物を並べた。
米。野菜。干し魚。反物。
民の感謝が、形になっていた。
「これは……」
「おおきみさまのおかげや、て皆言うてはります」
「税を取らへん誓いのおかげで、生き延びられた、て」
「六神子を遣わしてくれたおかげで、国が救われた、て」
おおきみは、贈り物を見つめていた。
涙が、頬を伝っていた。
「……吾は……間違っていなかったのだな……」
「おおきみさま……」
「税を取らぬ誓いは……民を苦しめると思っていた……封印が緩み……災いが広がると……」
「けど、民は感謝しとります」
「ああ……」
おおきみの顔に、笑みが浮かんだ。
久しぶりに見る、穏やかな笑み。
「ありがたい……まことに……ありがたい……」
◇
その日から、民が次々と宮を訪れるようになった。
贈り物を持って。
感謝の言葉を伝えに。
おおきみの容態は、少しずつ回復していった。
「民の心が、おおきみさまを支えとる」
雲見の翁が言った。
「霊力だけやない。人の心も、力になるんや」
「民の感謝が、おおきみさまの命を繋いどるんですか」
澪依が聞いた。
「そうかもしれへんな」
翁は微笑んだ。
「おおきみさまは、民のために身を削った。今度は、民がおおきみさまを支える番や」
六人は、宮の門前に集まる人々を見た。
老若男女、様々な人々。
皆が、おおきみのために何かをしたいと集まっていた。
「これが……国か」
澪依が呟いた。
「おおきみさまと、民と。支え合うて、国になるんやな」
「せやな」
咲耶が頷いた。
「うちらは、その橋渡しができたんかもしれへん」
「橋渡し〜?」
小依が首を傾げた。
「おおきみさまの想いを、民に届けた。民の想いを、おおきみさまに届けた。それが、うちらの役目やったんかもな」
「なるほど〜」
小依は笑った。
「ええ役目や〜」
用語解説
・むくに
本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。
・天津御座
神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。
・御業
六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。
・瘴気
根津日神から漏れ出る穢れた気。土地を枯らし、生き物を狂わせる。
・鎮魂
魂を鎮め、安らかにする行為。小依の御業「音鎮」の本質。
・火鷲
高鷲に伝わる戦士の一族。かつて根津日神と戦った者たちの末裔。咲耶はこの血を引く。
・荒ぶる血
火鷲一族が持つ戦闘時に目覚める血。強大な力を得るが、自我を失う危険がある。
・黄泉の闇
死者の国・黄泉から這い上がる闇。根津日神に力を与えた。
訪れた土地
・拓土 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る
・樹ノ国 深い森に囲まれた里。若名の故郷。森の精霊が住む
・文月 学問の里 羽津の故郷 古い文献が残る
・潮津 海辺の里 澪依の故郷 海守の一族が暮らす
・高鷲 山間の里 咲耶の故郷 火鷲一族の古戦場がある
・和邑 山あいの里 小依の故郷 鎮魂を司る一族が暮らす
・祀りの丘 古い聖地 根津日神を祀った場所




