第13話「祀りの丘」
主要人物
六神子
・天候の神子 澪依 12歳 風と天気を読む 海守の血筋
・火降の神子 咲耶 13歳 剣の達人 「火鷲」の末裔で荒ぶる血を持つ
・結道の神子 羽津 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在
・森祝の神子 若名 12歳 動物や植物の声を聴く
・音鎮の神子 小依 11歳 最年少 笛で魂を鎮める
・土開の神子 紫乃 13歳 土を操る 小依の姉のような存在
潮津を発って三日。
六人は宮へ向かう道を歩いていた。
しかし、まだやるべきことが残っている。
「この先に、丘がある」
羽津が言った。
「古い聖地や。神を祀るのに相応しい場所やえ」
「根津日神を祀る場所か」
澪依が頷いた。
「おおきみさまに言われたもんな。討った後は、丁重に祀れと」
「せやな」
咲耶が空を見上げた。
「あいつは、悪い神やなかった。ただ、壊れてしもただけや」
「最期は穏やかな顔しとったな〜」
小依が言った。腕はまだ包帯を巻いているが、顔色は戻っていた。
「ちゃんと祀ったげなあかん〜」
◇
丘は、緩やかな斜面の上にあった。
草が茂り、風が吹き抜ける。
頂上には、古い石の台座があった。
「ここや」
羽津が言った。
「昔、神を祀るために作られた場所。今は誰も使うてへんけど」
「ここに、根津日神を祀るんか」
「そうやえ。皆で、儀式をする」
六人は丘を登った。
頂上に立つと、遠くまで見渡せた。
山が見える。海が見える。田畑が見える。
この国の姿が、一望できた。
「ええ場所やな」
紫乃が呟いた。
「根津日神も、ここなら安らかに眠れるやろ」
◇
六人は台座を囲んで立った。
「どないして祀るん?」
若名が聞いた。
「うちが調べた古い作法がある」
羽津が答えた。
「まず、土を清める。それから、祈りを捧げる。最後に、名を刻む」
「土を清めるんは、うちの役目やな」
紫乃が膝をついた。
土開の神子の御業。
地面に手を当てると、土が淡く光った。
瘴気の残滓が消えていく。
「よし。清まった」
「次は祈りや」
羽津が目を閉じた。
「皆、心を一つにして」
六人は目を閉じた。
勾玉が、淡く光る。
六つの心が、繋がる。
◇
羽津が祝詞を唱え始めた。
「掛けまくも畏き、根津日神の御霊よ」
古い言葉。道結の神子が受け継いできた、祈りの言葉。
「汝は土地を休ませし神。命を巡らせし神。この国の礎を築きし神なり」
風が、吹いた。
優しい風だった。
「長き封印の間、汝は苦しみたまいき。心を壊し、荒ぶりたまいき。されど、今こそ安らかに眠りたまえ」
小依が笛を取り出した。
母の笛。
静かに、鎮魂の調べを吹き始めた。
「我ら六神子、汝をここに祀り奉る。汝の教えを忘れず、土地を休ませることを誓う」
笛の音が、丘に響いた。
空に昇っていく。
「安らかに眠りたまえ、根津日神よ。この国を、見守りたまえ」
羽津が祝詞を終えた。
◇
風が、止んだ。
静寂が訪れた。
そして——
『——ありがとう』
声が聞こえた。
根津日神の声だった。
穏やかな、安らいだ声。
『汝らに討たれ、祀られて、我は救われた』
「根津日神……」
『我の過ちを、繰り返すな。土地を休ませよ。命を巡らせよ。それが、我の最後の願いだ』
「——承知しました」
澪依が答えた。
「必ず、伝えます。おおきみさまに。この国の皆に」
『頼んだぞ……六神子よ……』
声が、消えていった。
風が、また吹き始めた。
優しい、穏やかな風。
◇
「終わったな」
咲耶が言った。
「ああ」
紫乃が頷いた。
「これで、ほんまに終わりや」
「最後に、名を刻まなあかん」
羽津が言った。
「紫乃、頼める?」
「おう」
紫乃が台座に手を当てた。
土開の御業。
石の表面に、文字が浮かび上がった。
「根津日神」
そして、その下に——
「土地を休ませし神 命を巡らせし神 ここに眠る」
「これでええか」
「ええよ」
羽津が微笑んだ。
「立派な墓標やえ」
◇
六人は丘を降りた。
振り返ると、台座が夕日に照らされていた。
「また来ような」
若名が言った。
「根津日神さまに、会いに」
「そうやね」
小依が頷いた。
「お供え持ってきたげよ〜」
「何がええやろな」
「土地の実りがええんやないか」
紫乃が言った。
「根津日神は土地の神やったんやから。米とか、野菜とか」
「せやな」
六人は歩き出した。
宮へ向かって。
◇
還り道は、穏やかだった。
行きとは違う。急ぐ必要がない。
六人はゆっくりと歩いた。
「なあ」
澪依が言った。
「うちら、変わったな」
「変わった?」
「旅に出る前と、今と。全然ちゃう気がする」
「そうかもしれへんな」
咲耶が頷いた。
「うちは、自分の血が怖かった。荒ぶる血が。けど、今は違う」
「どう違うん?」
「怖いのは変わらへん。けど、受け入れられた。これがうちや、て」
咲耶は剣に手を当てた。
「斬る血やけど、守る血でもある。それがわかった」
「咲耶……」
「皆のおかげや」
◇
「うちも変わった」
小依が言った。
「前は、自分の力に自信なかった〜。鎮めるだけで、何もできへん思とった〜」
「今は?」
「今は、わかる〜。鎮める力は、大事な力や〜。うちにしかできへんことがある〜」
小依は母の笛を握りしめた。
「母が教えてくれた〜。この笛を通して〜」
「小依の笛、ほんまにすごかったな」
紫乃が言った。
「あの根津日神を鎮めたんやで。お前の母親も、きっと喜んどう」
「……おおきに、紫乃姉」
「姉言うな、照れる」
「もう遅いで〜。ずっと姉や〜」
紫乃は顔を赤くして、そっぽを向いた。
◇
「うちは、故郷に帰れてよかったえ」
羽津が言った。
「父の部屋で、泣けた。ずっと我慢しとったから」
「羽津姉……」
「皆がおったから、泣けた。一人やったら、まだ我慢しとったかもしれへん」
「そういう時は、泣いたらええんよ」
若名が言った。
「森の生き物も、悲しい時は鳴くよ。我慢せんでええ」
「若名……」
「うちも、故郷に帰れてよかった。森の精霊に会えた。生まれた時のこと、覚えてくれとった」
若名は嬉しそうに笑った。
「森はな、ちゃんと見守ってくれとるんよ。うちらのこと」
◇
「うちは——」
澪依が空を見上げた。
「婆ちゃんに会えたんが、一番やったな」
「お前の婆ちゃん、かっこよかったな」
咲耶が言った。
「あの歳で、海神さまと話せるんやから」
「血筋やな。うちの母も、海神さまに選ばれた人やったらしい」
澪依は懐に手を当てた。
母の貝殻は、もう光を失っている。けれど、あの時——皆を救ってくれた。
「母のこと、もっと知りたいな。婆ちゃんに聞きに行かな」
「また行けばええやん」
「せやな」
澪依は笑った。
「旅が終わっても、故郷には帰れるもんな」
◇
「紫乃は?」
若名が聞いた。
「紫乃は、故郷どうやった?」
「うちか」
紫乃は少し考えた。
「うちの故郷は、特に何もなかったな。けど——」
「けど?」
「土が喜んどった。うちが帰ってきて、嬉しい言うて」
「土が喜ぶん?」
「うちは土の声が聞こえるからな。故郷の土は、うちのこと覚えとった。『大きゅうなったな』言うてくれた」
紫乃は照れくさそうに笑った。
「土に褒められても、あんまり嬉しないけどな」
「嬉しいくせに〜」
小依がからかった。
「うるさい」
六人は笑い合った。
◇
歩きながら、景色が変わっていった。
潮津の海辺から、山道を越え、平野に出る。
田畑が広がり、人々が働いている。
「あ」
若名が声を上げた。
「土地が元気になっとう」
「ほんまや」
紫乃も頷いた。
「前より、土の声が明るい」
「根津日神を鎮めたからやな」
澪依が言った。
「瘴気が消えて、土地が回復し始めとう」
「よかったな〜」
小依が笑った。
「うちらの旅、意味あったんや〜」
「当たり前やろ」
咲耶が言った。
「この国を救うために旅したんやから。意味なかったら困る」
「せやな〜」
六人は笑った。
◇
道中、人々に声をかけられることがあった。
「六神子さまやろ?」
農夫が頭を下げた。
「噂は聞いとります。この国を救ってくれはったんやろ?」
「噂?」
「ああ。海の底で神さまを討って、祀ったと。海の荒れも収まって、皆喜んどります」
「もう広まっとるんか」
澪依が驚いた。
「海神さまが教えてくれはったんやと思います。海辺の里から、どんどん噂が広がって」
「海神さま……」
「ありがとうございました。ほんまに、ありがとうございました」
農夫は深く頭を下げた。
六人は顔を見合わせた。
「礼を言われるの、照れるな」
紫乃が呟いた。
「せやな」
咲耶も頷いた。
「けど、悪い気はせえへん」
「せやね〜」
小依が笑った。
「うちら、頑張ったもんな〜」
◇
宮が近づいてきた。
門が見えてきた。
「——着いたな」
澪依が言った。
「ああ」
咲耶が頷いた。
「おおきみさまに、報告せな」
「根津日神を討ったこと。祀ったこと。初代おおきみさまのこと」
羽津が指を折った。
「伝えることは、たくさんあるえ」
「おおきみさま、元気にしてはるかな〜」
小依が心配そうに言った。
「元気やといいな」
若名も頷いた。
六人は門をくぐった。
宮へ。
おおきみの元へ。
旅の終わりを、報告するために。
用語解説
・むくに
本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。
・天津御座
神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。
・御業
六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。
・瘴気
根津日神から漏れ出る穢れた気。土地を枯らし、生き物を狂わせる。
・鎮魂
魂を鎮め、安らかにする行為。小依の御業「音鎮」の本質。
・火鷲
高鷲に伝わる戦士の一族。かつて根津日神と戦った者たちの末裔。咲耶はこの血を引く。
・荒ぶる血
火鷲一族が持つ戦闘時に目覚める血。強大な力を得るが、自我を失う危険がある。
・黄泉の闇
死者の国・黄泉から這い上がる闇。根津日神に力を与えた。
訪れた土地
・拓土 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る
・樹ノ国 深い森に囲まれた里。若名の故郷。森の精霊が住む
・文月 学問の里 羽津の故郷 古い文献が残る
・潮津 海辺の里 澪依の故郷 海守の一族が暮らす
・高鷲 山間の里 咲耶の故郷 火鷲一族の古戦場がある
・和邑 山あいの里 小依の故郷 鎮魂を司る一族が暮らす
・祀りの丘 古い聖地 根津日神を祀った場所




