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国起こしの六神子(むくにおこしのろくみこ)  作者: 文月(あやつき)


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第12話「六つの御業」

主要人物

六神子ろくみこ

天候あまさふの神子 澪依みおり 12歳 風と天気を読む 海守の血筋

火降ひふりの神子 咲耶さくや 13歳 剣の達人 「火鷲ひわし」の末裔で荒ぶる血を持つ

結道ゆいみちの神子 羽津はづ 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在

森祝もりはふりの神子 若名わかな 12歳 動物や植物の声を聴く

音鎮おとしずめの神子 小依こより 11歳 最年少 笛で魂を鎮める

土開つちひらきの神子 紫乃しの 13歳 土を操る 小依の姉のような存在

 咲耶は、変わっていた。


 目は赤く燃え、剣は黒い光を帯びている。


 動きが、別人のように速い。


『——ほう』


 根津日神が、初めて感心したような声を出した。


『火鷲の血か。懐かしいな。かつて我と戦った者たちの血だ』


「黙れ」


 咲耶の声は、低く、冷たかった。


「お前を、斬る」


 咲耶が跳んだ。


 黒い剣が、弧を描く。


 根津日神の靄を切り裂き、その身に届く。


『——ぐ……!』


 根津日神が後退した。


 咲耶は追撃する。


 斬る。斬る。斬る。


 止まらない。止められない。


「咲耶——!」


 澪依が叫んだ。


「あかん、あのままやと咲耶が——!」


「わかっとう! けど、止められへん!」


 紫乃が歯を食いしばった。


「あいつ、完全に荒ぶっとう。うちらの声、届いてへん」


  ◇


 咲耶の中では、嵐が吹き荒れていた。


 血が叫んでいる。


 斬れ。斬れ。斬れ。


 もっと斬れ。もっと速く。もっと強く。


 敵を滅ぼせ。


 仲間を守れ。


 そのためなら、何を捨ててもいい。


 自分を捨ててもいい。


「——おおおおお!」


 咲耶が吼えた。


 剣が閃く。


 根津日神の体に、深い傷が刻まれる。


『——やるな、火鷲の末裔』


 根津日神が呻いた。


『だが、それでは我は倒せぬ。お前が荒ぶれば荒ぶるほど、お前は我に近づく』


「知るか」


『我も、かつてはお前のようだった。守るために力を振るい、気づけば壊れておった』


「黙れ言うとるやろ——!」


 咲耶が最後の一撃を放った。


 渾身の力を込めた、斬撃。


 剣が、根津日神の胸を貫いた。


『——ぐ、あああああ……!』


 根津日神が、悲鳴を上げた。


 黒い靄が、散っていく。


 巨大な体が、崩れ始める。


「——やった」


 澪依が呟いた。


「咲耶が、討った——」


  ◇


 しかし。


 根津日神の体が崩れると同時に、黄泉の闇が動いた。


 咲耶の足元から、黒い手が伸びてきた。


「——なっ……!」


 咲耶の体が、引きずり込まれる。


 黄泉の国へ。


 死者の国へ。


「咲耶——!」


 五人が叫んだ。


 しかし、近づけない。黒い闇が、壁のように立ちはだかっている。


「咲耶! 咲耶!」


 紫乃が土を操り、道を作ろうとした。


 しかし、闇に呑まれて消えてしまう。


「あかん……届かへん……!」


 咲耶の体が、半分まで沈んでいた。


 赤かった目が、元に戻りつつある。


 正気に戻りつつある。


「——皆」


 咲耶が、仲間を見た。


「ごめん。うち、戻られへんかも」


「何言うてんや!」


「約束、破ってごめん」


 咲耶が笑った。


 悲しげに、けれど穏やかに。


「——皆で帰る、言うたのにな」


「咲耶——!」


 咲耶の体が、肩まで沈んだ。


  ◇


 その時。


 禁域の奥から、光が生まれた。


 淡い、温かい光。


『——待て』


 声が聞こえた。


 低いが、優しい声。


『その者を、連れていくな』


 光が、黒い闇を押し返し始めた。


「何や……この光……」


 若名が目を見開いた。


「声が聞こえる……古い、古い声……」


『吾は、この地に留まりし者』


 光の中から、人の姿が現れた。


 威厳ある姿。しかし、優しい目をしている。


『初代おおきみ——この国を興し、根津日神を封じた者だ』


「初代おおきみ……」


『吾の過ちが、この事態を招いた。根津日神を封じ、その心を壊したのは吾だ』


 光が、咲耶に向かって伸びた。


『せめてもの償い。この娘は、吾が救う』


 光が咲耶を包んだ。


 黒い手が、弾かれる。


 咲耶の体が、浮き上がった。


「——あ」


 咲耶は、自分の体が光に包まれているのを感じた。


 温かい。


 懐かしい。


 おおきみさまの光に、似ている。


『行け、火鷲の末裔』


 初代おおきみの声が、咲耶に語りかけた。


『お前の剣は、守るための剣だ。その心を、忘れるな』


「……はい」


『仲間の元へ戻れ。そして——』


 初代おおきみは、崩れゆく根津日神を見た。


『あの者を、鎮めてやってくれ。吾にはもう、その力がない』


「——わかりました」


 光が咲耶を押し出した。


 咲耶の体が、仲間たちの元へ飛んでいく。


  ◇


「咲耶——!」


 紫乃が咲耶を受け止めた。


「無事か! 怪我は!」


「大丈夫や……」


 咲耶は紫乃の腕の中で、息をついた。


「初代おおきみさまが、助けてくれはった」


「初代おおきみ……」


 皆が光を見た。


 初代おおきみの姿が、薄れていく。


『六神子よ』


 初代おおきみの声が響いた。


『根津日神を、鎮めてくれ。あの者は、長い間苦しんできた。もう、休ませてやってくれ』


「——はい」


 澪依が答えた。


「必ず」


『頼んだぞ。そして——この国を、よろしく頼む』


 初代おおきみの姿が、消えた。


 光が、散っていった。


  ◇


 根津日神は、崩れかけていた。


 黒い靄は消え、本来の姿が見えている。


 痩せ細った神。


 苦しみ続けた神。


『——終わるのか』


 根津日神が呟いた。


『我は、やっと……終われるのか……』


「終わらせたる」


 咲耶が立ち上がった。


 足元がふらつく。紫乃が支えた。


「うちらが、終わらせたる。安らかに眠れるように」


『鎮魂か……我に、鎮魂が効くのか……』


「効かせる」


 声がした。


 小依だった。


「小依——!」


 紫乃が振り返った。


 小依が、壁にもたれながら立っていた。


 片腕は動かない。顔は蒼白。


 しかし、もう片方の手に、笛を握っていた。


「小依、お前——」


「母の笛〜……」


 小依は微笑んだ。


「これなら、届くかも〜」


 小依が持っているのは、自分の笛ではなかった。


 母から受け継いだ笛。


 和邑で里長から渡された、鈴音の笛。


「母は、何百人もの魂を鎮めた〜。この笛で〜」


 小依は笛を唇に当てた。


「うちにも、できるはず〜」


「小依、体が——」


「大丈夫〜」


 小依は笑った。


「皆がおるから〜。皆が支えてくれるから〜」


 小依が笛を吹いた。


  ◇


 音色が、禁域に響いた。


 今までとは違う音。


 深く、優しく、すべてを包み込むような音。


 母から娘へ受け継がれた、鎮魂の調べ。


『——ああ……』


 根津日神が、目を閉じた。


『これは……懐かしい……』


 黒い靄が、完全に消えた。


 根津日神の本来の姿が、現れた。


 穏やかな顔をした神。


 土地を休ませ、命を巡らせる神。


「皆、力を貸して〜」


 小依が、心の中で呼びかけた。


 五人が応えた。


 勾玉が光る。


 六つの力が、一つになる。


 小依の笛を通じて、鎮魂の力が増幅される。


『——ああ……』


 根津日神の体が、光に包まれた。


『眠れる……のか……』


「眠れるよ〜」


 小依が、笛を吹きながら心の中で答えた。


「もう、苦しまんでええ〜。ゆっくり休み〜」


『……ありがとう……』


 根津日神が、微笑んだ。


 初めて見る、穏やかな笑み。


『お前たちに……討たれてよかった……』


「……」


『この国を……頼む……土地を……休ませることを……忘れるな……』


「忘れへん〜。約束する〜」


『……ああ……』


 根津日神の体が、光の粒になって散っていった。


 一つ一つが、空へ昇っていく。


 還っていく。


 本来の場所へ。


  ◇


 静寂が、訪れた。


 禁域から、瘴気が消えていた。


 黄泉の闇も、引いていた。


「——終わった」


 澪依が呟いた。


「終わったんや……」


 六人は、しばらく動けなかった。


 疲労と、安堵と、様々な感情が入り混じって。


「……皆、無事か」


 咲耶が声をかけた。


「無事やえ」


「何とかな」


「うん」


「大丈夫〜」


「おう」


 五人が答えた。


「ほな——帰ろか」


 咲耶が立ち上がった。


「約束したやろ。皆で帰る、て」


「せやな」


 澪依が笑った。


「帰ろ。日が暮れる前に」


  ◇


 六人は、禁域を後にした。


 来た道を戻る。


 亡者たちは、もういなかった。


 黄泉の闘も、消えていた。


 海底の道を歩く。


 海蛇の亡骸を越え、岩場を越え、砂地を歩く。


「光が見えてきた」


 若名が言った。


「海面や。もうすぐやよ」


「急ごう」


 澪依が空を——海面を見上げた。


「夕日が沈みかけとう。加護が切れる前に——」


 その時。


 澪依の体を包んでいた光が、ちらついた。


「——っ!」


「澪依!」


「加護が……切れかけとう……!」


 六人の体を包む光が、次々と揺らぎ始めた。


 息が、少しずつ苦しくなる。


「走れ!」


 咲耶が叫んだ。


 六人は海面に向かって駆け出した。


 しかし——


「紫乃!」


 小依を背負っている紫乃が遅れていた。


 体は戦いで重く、速く走れない。


「紫乃姉、先に行き〜……うちのことは——」


「阿呆か!」


 紫乃が小依を背負ったまま、残った力を振り絞る。


「置いていくわけないやろ!」


「紫乃姉……」


 羽津の足も遅い。瘴気の傷が響いている。


「羽津!」


 咲耶が羽津の腕を掴んだ。


「引っ張る! 足動かせ!」


「おおきに……咲耶……」


 六人は必死に走った。


 海面が近づく。


 光が薄れる。


 そして——光が、消えた。


 六人の体から、海神の加護が完全に消えた。


 水が、肺に流れ込む。


「——っ!」


 溺れる。このままでは——


 澪依は咄嗟に、懐の貝殻を握りしめた。


 母の貝殻。海神の力を、もう一度だけ借りられる。


「母!海神さま——助けて——!」


 貝殻が、光った。


 六人の体が、光に包まれた。


 浮力が生まれる。体が、海面に向かって押し上げられていく。


  ◇


 六人の頭が、海面を突き破った。


「ぷはっ!」


 空気を吸い込む。


 夕日が、目に飛び込んできた。


「間に合うた……」


 澪依が息を切らしながら言った。


 手の中の貝殻は、光を失っていた。役目を終えたのだ。


「婆ちゃん……母……おおきに……」


「浜まで泳ぐで!」


 咲耶が叫んだ。


「皆、泳げるか!」


「うちは大丈夫や」


 紫乃が答えた。小依を片腕で抱えている。


「小依は任せとき」


「羽津は!」


「……すまん、うち、泳ぎが……」


 羽津の顔が青い。傷のせいもあるが、水への恐怖もあるようだった。


「若名!」


「わかった!」


 若名が羽津の脇に潜り込んだ。


「羽津姉、うちに掴まって。沈まんように支えるから」


「おおきに……若名……」


 六人は浜へ向かって泳ぎ始めた。


 紫乃が小依を、若名が羽津を支えながら。


 咲耶と澪依が周りを警戒しながら。


 夕日が、水平線に沈んでいく。


  ◇


 浜に足がついた時、日はほとんど沈んでいた。


 赤い光が、空の端に残っている。


「——着いた」


 紫乃が膝をついた。


 小依を砂の上に降ろす。


「着いたで……小依……」


「おおきに〜……紫乃姉〜……」


 小依が力なく笑った。


 若名も羽津を砂浜に座らせた。


「羽津姉、大丈夫?」


「ああ……おおきに、若名……溺れるかと思った……」


「溺れさせるわけないやん」


 六人は浜に倒れ込んだ。


 息が荒い。


 体中が痛い。


 けれど——生きている。


「——きれいやな」


 咲耶が空を見上げて呟いた。


 夕日の残照が、空を赤く染めている。


「ああ」


 澪依が頷いた。


「生きて見れてよかった」


  ◇


「——帰ってきたか」


 声がした。


 祖母が、浜に立っていた。


「婆ちゃん……」


「ずっと待っとったんやで。日が暮れるまでに帰ってこんかったら、どないしよう思て」


 祖母の目に、涙が浮かんでいた。


「ただいま、婆ちゃん」


「おかえり。よう頑張ったな」


 祖母が澪依を抱きしめた。


「海神さまから聞いた。根津日神を討って、鎮めたと」


「うん。やっと、終わった」


「ほんまによう頑張った……」


 祖母の目から、涙がこぼれた。


「ありがとうな。この国を、救ってくれて」


「……」


 澪依も、泣いた。


 皆、泣いた。


 長い旅が、終わったのだ。


  ◇


 その夜。


 六人は祖母の家で休んだ。


 傷の手当てを受け、温かい食事をもらい、久しぶりに安らかな眠りについた。


 翌朝。


 六人は潮津を発った。


「また来るな、婆ちゃん」


「ああ。待っとるさかいな」


 祖母が手を振った。


「おおきみさまによろしゅうな」


「うん。伝える」


 六人は歩き出した。


 宮へ。


 おおきみの元へ。


 旅の終わりを、報告するために。


  ◇


 歩きながら、咲耶が言った。


「なあ」


「なんや」


「うち、荒ぶってしもた」


「……ああ」


「けど、戻ってこれた。皆のおかげで」


 咲耶は仲間を見回した。


「初代おおきみさまが助けてくれはった。小依の笛が、鎮めてくれた。皆が、繋いでくれた」


「……」


「おおきに。ほんまに、おおきに」


 咲耶が頭を下げた。


「咲耶」


 紫乃に背負われた小依が咲耶の袖を引いた。


 包帯を巻いた腕で。


「おおきに言うんはうちの方や〜。咲耶が討ってくれたから、鎮められたんやで〜」


「小依……」


「うちら、一人やったら何もできへん〜。けど、六人おるから、何でもできる〜」


 小依は笑った。背負っている紫乃も笑っている。


「せやろ〜?」


「——せやな」


 咲耶も笑った。


「六人やから、できたんや」


「それが六神子やえ」


 羽津が言った。


「六つの力が一つになる。それが、うちらの強さや」


 六人は顔を見合わせた。


 そして、笑い合った。


 旅は終わる。


 しかし、六人の絆は、これからも続いていく。

用語解説

・むくに

 本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。


天津御座あまつみくら

 神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。


御業みわざ

 六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。


瘴気しょうき

 根津日神ねつひのかみから漏れ出る穢れた気。土地を枯らし、生き物を狂わせる。


鎮魂ちんこん

 魂を鎮め、安らかにする行為。小依の御業「音鎮」の本質。


火鷲ひわし

 高鷲たかわしに伝わる戦士の一族。かつて根津日神と戦った者たちの末裔。咲耶はこの血を引く。


・荒ぶる血

 火鷲一族が持つ戦闘時に目覚める血。強大な力を得るが、自我を失う危険がある。


・黄泉の闇

 死者の国・黄泉から這い上がる闇。根津日神に力を与えた。


訪れた土地

拓土ひらきつち 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る

・樹ノきのくに 深い森に囲まれた里。若名の故郷。森の精霊が住む

文月ふづき 学問の里 羽津の故郷 古い文献が残る

潮津しおつ 海辺の里 澪依の故郷 海守の一族が暮らす

高鷲たかわし 山間の里 咲耶の故郷 火鷲一族の古戦場がある

和邑わむら 山あいの里 小依の故郷 鎮魂を司る一族が暮らす

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