表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国起こしの六神子(むくにおこしのろくみこ)  作者: 文月(あやつき)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

第10話「海底への道」

主要人物

六神子ろくみこ

天候あまさふの神子 澪依みおり 12歳 風と天気を読む 海守の血筋

火降ひふりの神子 咲耶さくや 13歳 剣の達人 「火鷲ひわし」の末裔で荒ぶる血を持つ

結道ゆいみちの神子 羽津はづ 13歳 人と人、道と道を結ぶ 皆の母親的存在

森祝もりはふりの神子 若名わかな 12歳 動物や植物の声を聴く

音鎮おとしずめの神子 小依こより 11歳 最年少 笛で魂を鎮める

土開つちひらきの神子 紫乃しの 13歳 土を操る 小依の姉のような存在 

 和邑(わむら)を発って三日。


 六神子は再び潮津(しおつ)に着いた。


「戻ってきたな」


 澪依が海を見つめた。


 前に来た時より、波が高い。空も曇っている。


「海、荒れとるな」


 咲耶が眉をひそめた。


「前より酷うなっとらへんか」


「封印が、さらに緩んどるんやろ」


 紫乃が言った。


「急がなあかんな」


  ◇


 浜の外れ、海守の家へ向かった。


 戸を叩くと、すぐに開いた。


「——来たか」


 澪依の祖母が立っていた。


「待っとったで。海神さまも待っとってや」


「婆ちゃん、元気やった?」


「元気も何も、こないな海見とったら気ぃ休まらんわ」


 祖母は海を見た。


「日に日に荒れよる。もう一刻を争うで」


「わかっとる。今日、禁域へ行く」


「せやろな。準備はできとるか」


 澪依は仲間を見回した。


 皆が頷いた。


「できとる」


「ほな、海神さまのところへ行こか」


  ◇


 六人は祖母と共に、海辺に降りた。


 波が足元を洗う。冷たい。


「澪依、前と同じや。手ぇ浸けて、海神さまを呼び」


 澪依は波打ち際にしゃがみ、手を海に浸けた。


 目を閉じる。


 心を海に開く。


『——来たか』


 海神の声が響いた。


『待っておったぞ、六神子』


「海神さま。禁域への道を、開いてください」


『その前に、問う』


 海神の声が重くなった。


『お前たちは、根津日神(ねつひのかみ)を討つ覚悟があるか』


「あります」


『討った後、祀る覚悟は』


「あります。おおきみさまに託されました」


『……そうか』


 海神はしばらく黙った。


『根津日神は、かつて我らと共に国を守った神だった。土地を休ませ、命を巡らせる役を担っておった』


「……」


『初代おおきみとの争いで封じられ、長い年月の間に心を壊した。今のあれは、かつての根津日神ではない。荒ぶる怨念の塊だ』


「それでも、討たなあかんのですか」


『討たねばならぬ。あれを放てば、この国は滅ぶ』


 海神の声が、悲しげになった。


『だが、忘れるな。あれは元々、悪しき神ではなかった。討った後は、丁重に祀れ。それが、我らにできる最後の敬意だ』


「わかりました」


『よかろう。加護を与える』


 海が光った。


 六人の体が、淡い光に包まれる。


『この加護がある限り、お前たちは海の底でも息ができる。水圧にも耐えられる。ただし——』


「ただし?」


『加護は永遠ではない。日が暮れるまでに戻らねば、お前たちは海の底で溺れる』


「日暮れまで……」


『急げ。そして、生きて戻れ』


「おおきに、ございます」


 光が収まった。


 澪依は立ち上がり、皆を見た。


「聞こえた?」


「聞こえたえ」


 羽津が頷いた。


「日暮れまでに戻らなあかん」


「猶予はないいうことやな」


 咲耶が剣に手を当てた。


「ぐずぐずしとられへん」


  ◇


 祖母が澪依を呼んだ。


「澪依、ちょっとこっち来い」


「なに、婆ちゃん」


 祖母は澪依を少し離れた場所に連れて行った。


「これ、持っていき」


 小さな貝殻を渡された。


「これは……」


「お前の母親が持っとった貝殻や。海神さまからもろたもんや」


「母の……」


「いざという時、これを握れ。海神さまの力が、もう一度だけ借りられる」


 澪依は貝殻を見つめた。


 淡い光を帯びている。母の想いが、込められているようだった。


「おおきに、婆ちゃん」


「礼はええ。無事に帰ってこい。それだけや」


「うん。絶対帰る」


「約束やで」


「約束や」


 澪依は祖母を抱きしめた。


「行ってくる」


「気ぃつけてな」


  ◇


 六人は海辺に並んだ。


「ほな、行くで」


 澪依が言った。


「海の中を、歩いていく。禁域への入り口は、沖の海底にある」


「どれくらいの距離や」


「海神さまが教えてくれはった。まっすぐ沖へ向かって、半刻ほど」


「半刻か」


 咲耶が頷いた。


「行って、戦って、帰る。日暮れまでには十分やな」


「何もなければ、な」


 紫乃が言った。


「何かある前提で動いた方がええ」


「せやな」


 六人は顔を見合わせた。


「皆、準備はええか」


 澪依が問うた。


「ええ」


「おう」


「大丈夫やえ」


「うん」


「ええで〜」


 五人が答えた。


「ほな——行こか」


 澪依が海に足を踏み入れた。


 膝まで、腰まで、胸まで。


 そして、頭まで海に沈んだ。


  ◇


 海の中は、静かだった。


 不思議な感覚だった。水の中にいるのに、息ができる。体も軽い。


「すごいな……」


 咲耶が呟いた。声がちゃんと聞こえる。


「海神さまの加護や」


 澪依が言った。


「さあ、行くで。猶予はない」


 六人は海底を歩き始めた。


 砂地の上を、沖へ向かって。


  ◇


 しばらく歩くと、景色が変わってきた。


 海藻が茂り、魚が泳ぐ。岩が増え、地形が複雑になる。


「きれいやな〜」


 小依が見回した。


「海の中って、こないな感じなんや〜」


「うちも初めて見る」


 若名が言った。


「魚の声、聞こえるよ。『なんや、あいつら』て言うとる」


「魚にも声あるんやね」


「あるよ。小さいけど」


 六人は歩き続けた。


 次第に、海が暗くなっていく。


 深くなっているのだ。


「光が届かんようになってきたな」


 紫乃が言った。


「大丈夫や」


 澪依が手をかざした。


 天候の神子の御業。


 澪依の手から、淡い光が生まれた。


「うちが照らす。皆、離れんといてな」


「おおきに、澪依」


 六人は光を頼りに、さらに深く進んだ。


  ◇


 どれほど歩いただろう。


 突然、若名が足を止めた。


「——待って」


「どうした」


「何か、おる」


 若名の顔が強張っていた。


「大きい。すごく大きい。こっちに来る」


 六人は身構えた。


 闇の向こうから、何かが近づいてくる。


 巨大な影。


「——海蛇や」


 澪依が息を呑んだ。


 全長は二十間以上。鱗が黒く光り、目が赤く燃えている。


「瘴気に当てられとう」


 紫乃が言った。


「禁域から漏れた瘴気で、狂っとるんや」


「どうする」


「戦うしかないやろ」


 咲耶が剣を抜いた。


「一刻も猶予はないんや。さっさと片付ける」


「咲耶、無茶すんな」


「無茶やない。皆でやる」


 咲耶が前に出た。


「澪依、あいつの動きを読め。紫乃、足場を作れ。若名、弱点を探せ。羽津、皆を繋げ。小依——」


「わかっとう〜」


 小依が笛を構えた。


「鎮めてみせる〜」


「頼むで」


 海蛇が咆哮を上げた。


 戦いが始まった。


  ◇


 海蛇は速かった。


 巨体に似合わず、素早く動く。


「左から来る!」


 澪依が叫んだ。


 咲耶が剣で受け止める。衝撃で体が押される。


「重い——!」


「咲耶!」


 紫乃が海底から岩を盛り上げた。


 咲耶の後ろに壁ができ、押し返す力になる。


「おおきに、紫乃!」


「礼は後や!」


 海蛇が再び襲いかかる。


 若名が叫んだ。


「首の付け根! そこが弱い!」


「わかった!」


 咲耶が跳んだ。


 海の中でも、体は軽い。海神の加護のおかげだ。


 剣を振り上げ、首の付け根を狙う。


 しかし、海蛇も馬鹿ではない。体をひねって避けた。


「くそ——!」


「咲耶、もう一回!」


 羽津が叫んだ。


「うちが道を結ぶ!」


 道結の神子の御業。


 羽津の声が、六人を繋いだ。


 心が一つになる感覚。


 咲耶は仲間の力を感じた。澪依の風、紫乃の土、若名の声、羽津の結び、小依の鎮め。


 六つの力が、一つになる。


「——行くで!」


 咲耶が跳んだ。


 今度は違った。仲間の力が、咲耶を後押しする。


 速く、強く、正確に。


 剣が、海蛇の首の付け根に突き刺さった。


「——っ!」


 海蛇が悲鳴を上げた。


 しかし、まだ動いている。


「小依!」


「うん〜!」


 小依が笛を吹いた。


 鎮魂の調べ。


 海蛇の動きが、止まった。


『——苦しい』


 声が聞こえた。


 海蛇の声だった。


『瘴気が……苦しい……助けて……』


「……」


 小依は笛を吹き続けた。


 心の中で語りかける。


「もう大丈夫や〜。楽になり〜」


 海蛇の目から、光が消えていった。


 赤い狂気の光ではなく、穏やかな、安らぎの光。


『——ありがとう』


 海蛇の体が、ゆっくりと海底に沈んでいった。


 動かなくなった。


  ◇


「終わったか」


 咲耶が剣を収めた。


「ああ。けど、手間取った」


 紫乃が空を——海面を見上げた。


「光が届かんけど、日がだいぶ傾いとうはずや。急がなあかん」


「禁域は、もうすぐのはずや」


 澪依が前を指差した。


「あそこ、見て」


 闇の向こうに、光が見えた。


 黒い光。禍々しい光。


「あれが、禁域か」


「せやろな」


 六人は歩を速めた。


 禁域へ。


 根津日神が眠る場所へ。


  ◇


 禁域の入り口は、巨大な岩の裂け目だった。


 そこから、黒い光が漏れている。


 瘴気の匂いがする。


「ここから先は、この世とあの世の境界や」


 羽津が言った。


「古い文献にあった。禁域は、黄泉の国に最も近い場所やと」


「黄泉の国……」


「死者の国や。根津日神が封じられたのは、そこに近い場所やった」


 六人は裂け目の前に立った。


「行くで」


 澪依が言った。


「何があっても、皆で戻る。約束や」


「約束やな」


 咲耶が頷いた。


「絶対、皆で帰る」


 六人は裂け目に足を踏み入れた。


  ◇


 中は、暗かった。


 澪依の光も、ここではぼんやりとしか照らせない。


「重い、重い雰囲気や」


 紫乃が言った。


「土の声が聞こえへん。ここは、生きとる場所やない」


「気ぃつけて」


 若名が警告した。


「何かおる。たくさん」


 闇の中から、影が現れた。


 人の形をしている。しかし、顔がない。


「——亡者や」


 羽津が息を呑んだ。


「黄泉の国から漏れ出た、死者の魂」


「来るで!」


 咲耶が剣を構えた。


 亡者たちが、六人に襲いかかった。


  ◇


 戦いは、長くは続かなかった。


 亡者たちは弱い。咲耶の剣で簡単に祓える。


 しかし、数が多い。


「きりがないな……」


「前に進むで」


 澪依が言った。


「戦いながら進む。立ち止まったらあかん」


 六人は戦いながら、禁域の奥へと進んだ。


 亡者を祓い、瘴気を払い、一歩一歩。


 そして——


「——見えた」


 若名が声を上げた。


 通路の先に、広い空間があった。


 その中央に、何かがいた。


 巨大な影。


 黒い靄に包まれた、神の姿。


「あれが——」


 澪依が息を呑んだ。


「根津日神」


 神が、ゆっくりと顔を上げた。


 目が開く。


 赤い、狂気に満ちた目。


『——来たか』


 低い、重い声が響いた。


『我を討ちに来たか。六神子よ』


 六人は、根津日神と対峙した。


 最後の戦いが、始まろうとしていた。

用語解説

・むくに

 本作における「国」の読み。生まれつつある国、人の営みから立ち上がる国、完成していない国を意味する造語。国家・政治・支配といった概念が存在しない、形成途上にある共同体を表す。


天津御座あまつみくら

 神々の座す場所。国土は天津御座からお預かりしている。


御業みわざ

 六神子が持つ特殊な力。それぞれの属性に応じた能力を発揮する。


瘴気しょうき

 根津日神ねつひのかみから漏れ出る穢れた気。土地を枯らし、生き物を狂わせる。


鎮魂ちんこん

 魂を鎮め、安らかにする行為。小依の御業「音鎮」の本質。


火鷲ひわし

 高鷲たかわしに伝わる戦士の一族。かつて根津日神と戦った者たちの末裔。咲耶はこの血を引く。


・荒ぶる血

 火鷲一族が持つ戦闘時に目覚める血。強大な力を得るが、自我を失う危険がある。


・黄泉の闇

 死者の国・黄泉から這い上がる闇。根津日神に力を与えた。


訪れた土地

拓土ひらきつち 農耕の里 紫乃の故郷 山神を祀る

・樹ノきのくに 深い森に囲まれた里。若名の故郷。森の精霊が住む

文月ふづき 学問の里。羽津の故郷。古い文献が残る

潮津しおつ 海辺の里。澪依の故郷。海守の一族が暮らす

高鷲たかわし 山間の里。咲耶の故郷。火鷲一族の古戦場がある

和邑わむら山あいの里。小依の故郷。鎮魂を司る一族が暮らす

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ