第27話 崩壊、中岸家
中岸家の大黒柱、中岸マサシは頭を抱えていた。
彼にとっての次男、中岸蓮司の事に対してでは無い。
勿論あの愚息の仕出かしたことは目に余る愚行であり許せる規模を超えている。
しかし今回の事柄に関して言えば次男の愚行、それが可愛く思える程の物であり、もはや文字通りに思考が追いつかない状態であった。
目の前にはとある請求書が自宅のポストに複数枚投函されていた。
請求金額は1万とか2万なんて物ではない。
100万単位の額が複数枚投函されていた。
請求している企業の詐欺かと考えネットで調べたりそれが信じられなければ直接電話にて確認したがどうも詐欺の類では無いようだ。
そして電話した事で改めて認めざる終えない事柄が浮上した。
それは請求書の宛名が中岸智也となっている事だ。
あの子は聡明な子の筈だ。
これだけの請求書が届くような馬鹿げた買い物をするとは考えにくい。
そうマサシは自分に言い聞かせるがその馬鹿げた買い物をなんの躊躇もなくやってしまえるのが智也という人間の正体なのだ。
親馬鹿故に彼はその実態に気付けずにいた。
しかしどれだけ見直しても請求書の金額は変わらないし無くなることもない。
しかし今最も危惧すべきは目の前に般若の如き形相の女性がいる事だった。
「アナタ…これは何なの?この馬鹿げた請求金額はいったいなんなの!?貴方の子供達はなぜ立て続けにこんな訳もわからない事ばかり引き起こすの!?ようやく謝罪回りも一段落して来たと思ってたらなんなの!?ねえ?何なのよ!!?」
「落ち着け!落ち着くんだ!」
「落ち着け?……何を落ち着けというの!?アナタにはこれが見えないの?この請求書の額…こんなのどう考えても異常よ!?」
「わかってる…わかってる!恐らく何かの間違いだ!こんなの…」
「間違いって…請求書を送りつけてる企業は全部正規のしっかりした所よ?こんなのおかしいでしょ!!」
「怒鳴るな!!怒鳴った所で何もかわらんだろ!冷静にならないか!この馬鹿者が!」
「馬鹿者?馬鹿な子供しか育てられないくせに偉そうに!」
「なんだと!誰のお陰で裕福な暮らしが出来ると思ってるんだ!全て俺のお陰だろうが!!」
「何が裕福よ!!これじゃ裕福どころか借金まみれじゃない!どうするのよコレ!ねぇどうするのよ!」
中岸家両親はとある請求書の件で揉めに揉めていた。
勿論請求書は智也の物だ。
彼は馬鹿正直に契約書等に自宅の住所を書き込んでいたのだ。
ならば請求書は自宅に送られてきて当然。
借金の件はいとも容易く親にバレる事となった。
そんな事など露知らず智也は自宅へと帰って来た。しかも明音を伴って…。
最近はいつ親に借金の事がバレるかわからない、だからなるべく家には居たくないので明音の家に泊めてもらおうとしたがその願いは叶わず親から門前払いされ、ならばと彼女を自宅に連れてきたのだ。
久々に明音を抱いて嫌な事を忘れたかったのだがそんな彼の前に両親が般若の如き形相で詰め寄ると父マサシは智也の胸ぐらを掴み引きずる様にリビングへと連れて行く。
そのまま智也を叩きつけるように床に投げ出すと開口一番でこう言った。
「智也!コレは何だ!貴様この多額の借金はどうなっているのだ!」
「智也君?これは冗談よね?何かのサプライズとかそういう物よね?ね?そうだと言って?」
「は?なんだよ…」
「この請求書は何だと聞いてるのだ!」
マサシは智也の眼前に請求書をこれでもかと近づける。
智也の方は突然の事で頭が混乱していて認識が追いついてないが父親の借金というワードにようやく理解が追いつくつとみるみる顔が青ざめていく。
「智也…お前…!その反応心当たりがあるのか!」
「智也君…ウソ…嘘よね?ねぇ!嘘よね?」
「は……はは…たかが数百万借金しただけじゃないか…そんなに慄く事じゃないだろ?借金なんて少し株や投資をやれば直ぐにリターンが来る…借金なんて有って無いような物さ!!」
あまりの両親の取り乱しように戦慄した智也は咄嗟に数百万とサバを読んだ。
実際は一千万超えているのにだ。
まぁこの発言の余りの危機感の無さや理解の乏しさに流石のマサシも冷静さを失うのには十分だった。
「馬鹿を言うな!!この請求書には合わせて600万と言う多額の請求が来ているんだぞ!お前これがどれだけ高額の金か理解できないのか?それとも本当にギャンブルで巻き返せると呆けた事を抜かしているのか!?」
「ギャンブルじゃないよ…父さん…俺は投資で…」
「同じだろうが!?投資や株は必ず金が稼げる魔法では無いのだぞ?そんな事もわからないのか…?」
「あぁ〜っ!!どうして?どうしてこんな馬鹿なの?もっとまともだと思ってたのに……」
「なっ!?誰が馬鹿だとこのクソババァぁ!!?言わせておけば言いたい放題言いやがって!たかが600万が何だってんだ!ガタガタ抜かしやがって!!」
「クソババァ!!?こいつ私の事をババァって…」
「落ち着け…はぁ……それより智也…お前にとっては600万は端金と言うわけか?」
「そんな事言ってないだろ…そうだ!父さん…父さんなら600万くらい直ぐに支払えるだろ…?だったら…」
「私は支払わんぞ?」
「へ?」
「智也お前は勘当だ…600万もの大金を端金と見下すような愚か者を養うつもりは無い…それにお前ももう成人だしこれからは自分の尻は自分でふくんだな?社会に出て自分の愚かさを理解しろ!この愚息が!」
「ハァ!?待ってくれよ!?そんなのいきなり無理だよ父さん!大体住む所はどうなるんだよ!?俺の借金はどうなるんだよ!!?」
「智也君…貴方…まだそんな事を言ってるの!?この疫病神!早く出で行きなさいよ!私はお前みたいな出来損ないをもう息子だなんて思わないわよ!これじゃ琢磨の方がマシ…いえ、琢磨はずっと物事をまともに考えられる子だったわ…なんで…こんな…こんな…」
「はぁ!?俺より琢磨の方がマシ?巫山戯んなよ!巫山戯んなよクソババァ!!」
「アナタコイツまた私の事をババァってコイツ!コイツ!」
「落ち着けといってるだろ!」
「もう嫌よこんなの離婚した方が……」
「離婚…な…何を言って……」
「……ふざける!?……私は…!、」
「…!…」
「……。」
、
、
何だこれは…
明音はこの惨状の一部始終を見ていた。
見させられていた。
明音が見ている事など…いや、明音の存在そのものに中岸家の面々は気付いていない。
それどころでは無いからだ。
そもそも明音は智也の家になど来たく無かった…。
しかしいつになく必死な智也に半ば強引に連れてこられそしてこの惨状を見させられている。
お母さんはもう智也に…中岸家に関わるなと言って来て智也の家の中への侵入を絶対に許さなかった。
その理由は知っている。
良く…知っている。
世間に…外に露見しているのだ…中岸家の悪評は。
高校生の息子を…琢磨を追い出した鬼畜夫婦と。
琢磨はお母さんにとってもう一人の子供みたいな存在で琢磨が幼い頃から良く見てきていたのだ。
その琢磨を追い出したのだから町内での中岸家の印象は既に悪くなっていた。
もっとも当時外面の良かった中岸の男達は言葉巧みに近所の人達の信頼も得ていて心象も良く誰もが今のような評価じゃ無かった。
だから琢磨がウチのお母さんに何を言ってもお母さんは信じなかったし私も智也さんの事を悪く言う琢磨に悪感情を抱いていたからお母さんに琢磨は嘘つきだと言っていた。
そして蓮司君への体罰と評した虐待行為も既に町内には知れ渡っていた。
いまや蓮司君は学校では女を性欲処理の道具としかみなさない性欲猿モンスターと蔑まされていて彼に居場所は無い。
家の中でもおじさんとおばさんと兄から体罰を受け今は部屋に引きこもっている。
それ等一連の事柄が町内には既に知れ渡ってるのだ。
お母さんにも散々言われた。
もうあの家には関わるなと、
私だってもうあの男には関わりたく無い。
何かを隠しているこの男に付き添えば私は自滅する。
あの日沙流秋菜に言われた言葉は私の中に大きな棘として引っ掛かり続けていた。
そして私はその何かを今日知る事となった。
借金…
それも数百…数千…………数万とかじゃない…。
百万単位の額だ。
私達学生の理解を軽く超える金額だ。
それを中岸家の両親が言うように彼は端金と言ってのけている。
もはや頭がわいているとしか思えない。
こんなに…彼はこんなにも…馬鹿だったのか。
私のなかでの智也さんへの…この馬鹿男への評価が一変する。
沙流秋菜のいっていた事は何も間違いじゃ無かった…
この男の自滅の道へと向かう能力はもはや才能だ。
近くにいれば私まで巻き込まれる。
私は怖くなってそっと中岸家を後にした。
部屋に帰り着きスマホを取り出すと中岸智也をブロックした。
こんなのなんの気休めにもならない。
アイツは直ぐ隣に住んでいるのだ。
何が大人の男性だ。
何が余裕ある男性だ。
何が貫禄ある男性だ。
全て嘘じゃないか!
子供以下じゃないか!
余裕も貫禄なんてモノもない、取り乱すだけのガキじゃないか!
何なんだ…あれは…何なんだ…あれは…アレじゃ…アレじゃ……。
「よく言えたもんだな…頭の中までペ◯スで出来てそうな奴に靡いて散々こっちをコケにして来た奴が今更幼馴染みヅラして来てもウザいだけなんだよ」
琢磨の言っていた言葉がフラッシュバックする。
頭の中ペ◯スで出来てそうな奴か…
琢磨の言ったとおりだ。
アイツは常に下半身に準じて動いていた。
性欲の化け物だ。
弟に体罰なんてかけれる立場じゃない…ただの同類なんだ……。
「はは…そりゃそうよね…猿にお金の計算なんて出来る訳ないもんね…なんなの…これ…これじゃ…私は何なの…」
私はもうあの男には関わらないつもりでいた。
でもそれはあの男が私を見逃す事とは関係ない。
私は琢磨を裏切りあの男についたことをこんなに強く後悔する日が来ることをまるで予想していなかった。
いなかったんだ…。




