第23話 尾行
日曜日。
学生も社会人も別け隔てなく疲れた体と心を休める事が出来る日。
琢磨は深いため息を付きそれをテレビを何と無しに見ていた秋菜が流し見ていた。
「まさか蓮司の奴が退学になるとはな…」
「あの公開告白からあそこまで落ちぶれるとは私も予測できなかったわね?」
「こっ…告白…」
目まぐるしく変わる日々、移り行く日常の中で琢磨は頭を抱える事が多くなった。
蓮司が退学になった事……では勿論ない。
とゆーより正直そんな事はどうでもいい。
さしてまともに会話も交わした事もないしそんな間柄でもない。
弟だとは認識していても血の繋がりもない契約上の家族、言ってしまえば赤の他人だ。
愛着もなければ憐れんでやる程に親睦も深めていない。
むしろ妹の件や秋菜の件とかで不快感しかない。
つまるところ同情すらしてやる義理もない。
人は義務感だけで動ける程に情深くなれたりはしないのだ。
そんな事よりも秋菜さんに公開告白された事の方が遥かに大事だ。
あの…エリート街道をひた走る高嶺の花、冷嬢こと季空秋菜から多くの生徒の前で告白されてしまったのだ。
もはや蓮司の悪行なみに学校内で広まっている。
そりゃそうだ。
蓮司の悪行と秋菜さんの公開告白はセットで広まったのだ。
公開告白の件だけ広まってないとかそんな都合のいい話はない。
お陰で校内で男子の俺を見る目が凄い怖いしタケルなんかは何かと「ひゅーあっついねぇ!」とか言ってからかって来る始末だ。
早く返事をした方が良い。
良いのだが…
「別に急かすつもりは無いわ…貴方の気持ちに整理が付いてからでもいい、私はいつまでも待つわ。」
と余裕の態度だ。
いや余裕なんか無いのだろう、そう取り繕っているのは頬を赤らめもじもじしながら答えている態度からも明らかだ。
てかあの秋菜さんがそんな乙女みたいな態度とるとか反則だろ?
普通に可愛いから止めてもらいたい。
心臓に悪い。
そもそも彼女は勘違いしている。
彼女は俺の事を強いと言った。
それは間違いだ。
俺は何も強くなんて無い。
基本的に俺は立ち向かうより逃げ出す事の方が多い。
でなければ明音も愛莉も失わず今でも昔のような関係が続いていたかも知れないのだ。
それを思うと俺が強いなんてそんな事あり得る訳がないのだ。
でもその事を秋菜さんに言うのが怖い。
彼女に失望され見捨てられたら俺は今度こそ駄目になる。
それが彼女の告白に未だ答えられない理由になってしまっていた。
しかしそんなのは俺の一方的な理由であって彼女の告白を無下に扱って良い訳がない。
しかしどうしても思ってしまうのだ。
こんな俺が彼女の恋人なんて務まるのか…本当に相応しいのかと…。
「ねぇ琢磨…」
「え?どうしたの…?」
「…琢磨は実家に帰りたいとか思う?」
「はぁ!?思う訳ないだろ!あんな所」
「そうよね…」
「…もしかして…秋菜さんは帰りたいのか?」
「それこそまさかよ…頼まれたってごめんだわ…」
「だよな…ならどうして?」
「え?うーんと…もし妹さんや例の幼馴染みが帰って来て欲しいって言って来たらどうする?」
「どうもこうもない…俺は俺の意志であそこから出て来た…金輪際あそことは関わる気はないよ」
「でも私達はまだ子供だよ?親の力は必ず必要になる…」
「その時は祖父母に頼るよ」
「祖父母か…おじいさんとかおばあさんとは仲いいの?」
「実を言うとここの家賃とかも祖父母に半分以上出してもらってる…流石に大学とかの入学金まではもらうのは気を使うから高校を卒業したら働こうと思ってるよ」
「そっか…でも祖父母にちゃんと恩返ししたいなら今は甘えられるだけ甘えてちゃんと自立したら少しずつ返して行けば良いと私は思うわよ。中途半端に気を使われて孫の将来が半端な物になる事の方が祖父母の方々にとっては嫌でしょうから…」
「そういう物かな?」
「そういう物よ…それに祖父母は多分だけど父方よね?」
「え?あぁ。」
「なら絶対そうよ。ちゃんと相談しときなさいな。」
「そうだな…そうするよ…」
「それがいいわ」
彼女は俺の悩み事にこうまで親身に付き合ってくれる。
でもこれは彼女が俺の事を好いてくれてるからと言うだけじゃない気がする。
もともと誰かの悩み事を聞いてあげるのが得意なんだ。
優しいから…そういう風に出来るんだろうと思う。
こんな彼女に相応しい男にならないと……。
しっかりしないとなってそう思わされる。
「そうだ…琢磨…そろそろ買い出し行かない?卵と調味料が切れているの、荷物運びお願いしたいわ。」
「了解だ。」
俺達は連れ立って外に出る。
季節は冬。
外の暴力的なまでの寒さに身が縮こまりそうになる。
秋菜は自然な流れで俺と手を繋ぎ、そのまま俺のコートに互いの繋ぎ合った手を突っ込んだ。
あったかいがそれよりも色々と急展開で頭が破裂しそうになる。
秋菜は頬に赤みがさしていて自分でやっておいてかなり恥ずかしいのか照れているみたいだ。
細くしなやかで男の俺と比べて小さい手。
それなのに暖かくて…。
ずっと触れていたくなる。
これじゃただの変態だ…。
そうして2人で手を繋ぎながら近くのスーパー目指して歩いていると突然秋菜が急に方向転換して物陰に俺を連れ込んだ。
物陰!?
秋菜さん!?まさか!?いくら何でも大胆が過ぎるのでは!?
そんな混乱と期待が入り混じった思考を打ち壊すかの如く秋菜から声をかけられた。
「琢磨…あれ。」
「へ!?あれ?」
秋菜が指を指した方角に視線を向けるとその先には一人の美少女がいた。
身長は150センチあるかないかって程の小柄な体躯。
所謂地雷系ファッションとでも言えばいいのか妙に男受けしそうな黒とピンクで揃えた服装でこの季節なのにも関わらずミニスカートをはいている。
胸と尻が大きく腰が細く括れていて、そのせいか尚更スタイルの良さが引き出されている。
薄茶色の髪色をしたツインテールに童顔の美少女。
中岸愛莉がいた。
愛莉はキョロキョロと何かを探す様に辺りを見回しながらフラフラと歩いている。
あの様子から特定の目的地がある様には見えない。
「何故こんな所にアイツが!?」
「多分…貴方を探してるんじゃない?」
「俺を?何故?」
「知らないわよ…。」
「アイツには蓮司がいるだろ…今更俺なんかを探す意味がない。」
「忘れたの?蓮司はいまコレでもかと落ちぶれている…あの娘にとって依存するだけの価値が無くなったんじゃない?」
「そんなことは…」
有るかも知れない。
愛莉は誰かに自分の理想をおしつけ、追い求める癖があった。
アイツの理想に俺は届かなかった。
だからアイツは俺を捨てて蓮司を選んだ。
そして当時の俺はそんな現実…その事実から逃げた。
蓮司によって変えられていく愛莉を見捨てて逃げたんだ。その愛莉が今度は蓮司を捨て依存先を俺に再び求めているのだとしたら俺はアイツを…。
「琢磨…勘違いしないでほしいの…。」
「勘違い…?」
「貴方があの娘を見捨てたんじゃない…あの娘が…あの連中が貴方を見捨てたの。貴方が責任を感じる必要は無いわ。」
「そう…なのかな…?」
「少なくとも私はそう思う。身勝手に人をゴミの様に捨てて…また欲しくなったらゴミ箱を漁って再利用なんて虫が良すぎる。反吐が出るわ。」
「……、秋菜さんは凄いな…。」
「え?」
「何でもお見通しだ…。」
「そんな事は無いわ…」
「でも…」
「無いわよ…」
「何故…」
「以前貴方の幼馴染み…夏芽明音に絡まれたわ。」
「え?明音に!?」
「彼女に言われたの…貴方は琢磨の事を何も理解してないねって…」
「アイツが…」
「まるで自分のほうが私より琢磨を知ってる、私なんかよりもずっと沢山を知ってる…そう言われたみたいで不愉快だった。…悔しかった…」
「秋菜さん…」
「そんな私が貴女の事を知ってるなんて…」
「俺は…秋菜さんに俺の事をもっと知ってもらいたい…」
「琢磨…?」
「とりあえず早く買い物終わらせて帰ろう…色々と話さなきゃならない事が出来たから…」
「…?まぁそうね…こんな所に長居してあの子に見つかっても面白くないしね…」
そう言って俺達はこことは別のスーパーに向かった。
愛莉は未だに見当違いな場所を探しているようだ。
しかし今更俺なんかを依存対象になどしないだろう。
あそこには頼れる年上の男が二人いる。
そいつ等にすがれば良いんだ。
だからきっとアイツがあそこにいるのは別の目的。
俺はそう思いその場所を後にした。
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琢磨の思惑とは違い秋菜の推測どおり愛莉は琢磨が一人暮らしをしている家を探していた。
この前はこの辺りまで尾行出来たのだが琢磨は帰りに食材の買い出しやら日用品の買い出しやらアルバイトやらで思っていた以上に寄り道が多く断念したのだ。
今日は日曜日で1日休みのため家にいてもやる事も無いため駄目元で尾行を止めたあたりから琢磨の家を探してみる事にした。
しかしやはりそんなに簡単に見つかる物でも無いらしく空振りだ。
近隣の家の表札を順番にみてまわり中岸あるいは立儀の名前を見て回るが今のところ当りは引いてない。
それどころか立儀姓の家を見つけ「やった!」と思ってその家のインターホンを押し出て来たのが冴えない浪人生で「なになに?俺と良い事してくれるの!?」とウザいダル絡をみされたため急いで逃げた。
今度からは迂闊にインターホンを押すのは止めておこうと考え直していた。
普段は良いがこういう時男好きする自分の外見を疎ましく思う。
「はぁ~やっぱり駄目だなぁ〜琢兄何処に住んでるんだろ〜?」
このまま闇雲に歩き回ってもラチがあかないのでどうしたものかと路頭に迷う。
こんな事なら住所くらい聞いておけば良かったなと後悔した。
。
というより義父はともかくお母さんまで息子の一人暮らし先を知らないとかどうなんだそれは。
聞いても知らないと興味無さげだった。
というより今はそれどころでは無いのだろう。
蓮司がやらかした問題は愛莉が思っていたよりヤバい事らしく両親は四方への謝罪でてんてこ舞いだ。
妊娠していた子もいたらしく慰謝料とか言うのを請求されているみたいで親の機嫌がすこぶる悪い。
蓮司に対する両親の扱いもそれに比例して酷く当時の琢磨以上の冷遇ぶりだ。
愛莉も蓮司に対してもうなんの興味もなく縋り付いてきてウザかったので
「ウザい…纏わりつくな雑魚ナルシスト」
と言ったら
「お前まで俺を馬鹿にするのか!メス猿の分際でぇ!」
と襲って来たのだがお義父さんが平手打ちして黙らせてくれた。
それ以来部屋に閉じ込もって出てこない。
まぁそれはいいのだけど一番上の義兄も最近家に帰って来ないし両親はギスギスしてるし雑魚ナルシストはいつ襲ってくるかわからない。
愛莉はもうあんな家に居たくなかった。
そんな中でふと思い出したのはお兄ちゃんと一緒にいたあの楽しかった頃。
あの頃は楽しかった。
琢磨お兄ちゃんも楽しそうだった。
愛莉と琢兄と明音お姉ちゃんとで良く遊んだ。
楽しかった日々。
琢兄はああ言っていたけどお兄ちゃんは優しいから愛莉が必死に謝れば許してくれる。
だって琢兄は理想のお兄ちゃんで愛莉のお兄ちゃんなんだから。
「そうだ!明日学校で琢兄に会って何処に住んでるか聞けば良いんだ!そしたら愛莉も琢兄の所に住ませてもらお!うん!それがいい!どうして今までこんな簡単な事に気付かなかったんだろ、ふふ!」
何処までも自分本位な考え。
兄から避けられている。
それが解っているのにこの思考にたどり着くのは彼女の心が見た目以上に幼く、また兄を求めるが故の逃避行動とも言える。
しかし彼女自身は何処かで理解しているのだ。
自分は絶対に兄に受け入れられることは無いと。
ならば何故彼女は解っているのに自分がかつて捨てた兄にこうまでして縋ろうとしているのか。
コレもまた解っている。
中岸家は徐々にではあるが家族崩壊の道を辿っている。
だから無自覚にではあるが自分だけでも安全に過ごせる場所を探しているのだと。
幼い頃に父を失い、仕事に追われていた母。
新たにやって来た義理家族によって未発達な精神のまま曲解した常識を植え付けられた彼女は何処までも幼かった。




