第20話 恩義
秋菜はここ最近よく考える事がある。
それは琢磨の家族の事だ。
自分の問題は粗方解決したと言っていいだろう。
琢磨があの義父に首輪をかけてくれた。
コレでアイツは下手な行動に出れ無い。
全部琢磨のお陰だ。
私は琢磨に大きな恩義がある。
彼の見返りを求めない強さに触れ彼に片思いしている。
今だ彼の気持ちは聞いていない。
聞くのが怖いしなにより私自身今の距離感を気に入っている。
壊したくない。
何より彼には女性への興味関心が他の男子より薄い様に感じられる。
全く無いわけではないと思う。
顔を近づければ赤面するし手を繋いでも赤面する。
でもそれだけで彼から私を求めてくるだとかはない。
元来そういう質だったのかあるいは…、
例の幼馴染みと家族に歪められたのか。
何にしても私が彼と本当の意味で前に進むにはこの問題を何とかしなければならない。
手はいくらかある。
児童相談所に訴えかけるとか
彼の親戚を頼るとか…。
でもそのどれもが現実的ではない。
児童相談所は早い話が親から虐待等を受けている児童を保護する施設だけど琢磨は外傷があるわけではない。
目に見えた外傷が無ければああいった施設は基本動いてはくれない。
心的虐待なんてそれこそ証拠が無いとどうしょうもなくそれを私が得るには色々と無理がある。
あとは親戚に頼るとかだけど親戚とはいうが所詮は他人だ。
手間を惜しんでまで他人を助けるメリットがあるかわからないしあれ程に爛れた連中と関わりたいと思う者なんていないだろう。
結局どうすれば良いのか私にはわからない。
しかしそんな私の逡巡は思わぬ形で解決することとなる
「こんにちは…沙流さん」
「?貴方は?」
「あれ?私の事知らない?夏芽明音よ。」
「…?」
「そ〜ね〜琢磨の幼馴染みで元カノって言えばわかるかな?」
「っ!!?」
「あはは、やっと合点がいったって顔ね?」
「まさか貴方の方から来てくれるなんてね?手間が省けたわ」
「え〜手間?私に興味でもあったの?」
「ええ勿論よ、琢磨みたいな素敵な彼氏を持っていながらあんな酷い振り方が平気で出来る精神性を持った人間がどんな奴なのかは純粋に興味あったからね」
「ふふふ…」
「何がおかしいの?」
「だって貴方琢磨の事なんにもわかって無いでしょ?」
「は?」
「怖い怖い…あの冷嬢様をここまで本気にさせるなんて琢磨もやるもんね♪でも貴方一つ勘違いしてるわよ?」
「勘違い?」
「私は琢磨をふった気はないわよ?琢磨が勝手に出て行っただけ♪」
「それはどういう意味かしら?」
「あの家では私達が普通…馴染めなかった琢磨がオカシイのよ?」
「今得心したわ…琢磨は貴方達と縁を切って正解だった…狂人の巣なんかに彼がいる道理なんて無いもの…」
「貴方も直ぐにわかるわよ?人は本能に従っておけば良いんだよ?快楽に身を委ねるのが一番の幸せだよ?」
「御託はいいわ、貴方は私に何か用があるから接触してきたんでしょ?」
「そうだね♪貴方に会わせたい人がいるの」
「会わせたい人?」
「ええ、今の私の彼氏で琢磨の義兄…」
「へぇ~面白そうね?」
「ふふ、そう言ってくれると思った。」
まさか向こうから出向いてくれるとは思わなかった。
琢磨の義兄。
あの蓮司とかいう軟弱な義弟の兄…
つまり琢磨からこの女を寝取った張本人だ。
まぁ今話してみて思ったのは琢磨には悪いけどこんな地雷女と離れられてむしろ僥倖であったとしか思えない所だが…。
情緒が完全に壊れているし人としてのモラルとかが破綻している。
元よりこんな性格では無かったのかもしれないがそれでも琢磨はこの女から逃げ出して正解だったのだろう。
そしてこの女を変えた元凶。
義兄との接触は私にとって急務と言えるだろう。
後日私は琢磨に急用があるからと別行動し向かった先はとある喫茶店だった。
店に入ると中岸の名で予約されていたので店員に案内されるまま付いていくととある二人の男女ペアが迎えてくれた。
「やあ、お会い出来て光栄だよ、沙流さん、お噂通りとてもお美しい。」
「はじめまして中岸さん、それで?私に如何様な要件が?」
「ははは、そんなに急がなくても僕は逃げないよ?せっかくこうして出会えた幸運を噛み締め合おうよ?」
「失礼ながら単刀直入に申し上げれば私は貴方に好意的感情を一切持ち合わせていません、ハッキリと言えば貴方の様なタイプは私が最も忌避する対象です。」
「あはは、いやはや正直な方だ、でもそんな君だからこそ俺はとっても興味あるな?」
「そうですか。」
「しかし琢磨も隅に置けない、こんな綺麗な女性と懇意にしていただなんてね?少しやけちゃうかな?」
「貴方にも相手がいるでしょう?そこの拓真から寝取った相手が?」
「いやはや手厳しい、俺としてはそんな気はなかったんだけどね?」
「よく言えたものですね?人間性を疑います」
「人間は常に快楽を求めて生きている、君も人間であるなら本能がそれを望んでいる筈だよ?どうかな?俺にはその手伝いが出来ると思うけど?」
「呆れて言葉も出ないとはこの事ですね、それに乗るとおもっているのですか?そんな事より私にどの様なご要件があって接触を図ったのか是非お聞かせ願いたいですね?」
この男の思惑なんてしってもどうせ碌な物ではないだろう事は容易に想像できる。
何せあの蓮司の兄なのだ。
しかし彼との接触は拓真の楔を断ち切る糸口になるかもしれない。
出来るだけなにか有益な情報を引き出せればと秋菜は目を光らせる。
「ははは、いやはや返す言葉もない。俺にとっては本能のまま快楽のまま生きる生き方を君に伝えたかったのもまた俺の混じり気の無い本心だけど要件は他にある。」
「…。」
「じゃ単刀直入に行くね…沙流さん、君、義父にセクハラされてるね?」
「っ!!?」
「え…セクハラ?」
横から明音の本当に驚いた声が聞こえて来る。
「どうしてそれを?」
「俺にはそれなりに広い人脈があってね?そこに頼んで君の身辺を調査してもらったのさ。」
「相変わらず良いご趣味ですね?」
「ふふ、そこで提案がある。俺は大学を卒業後起業し会社を立ち上げるつもりだ。そこに君を雇い入れたい。君の通う進学校の特進科は高い高学歴卒業生を輩出しているし優良起業への就職率も備えている、君はそんな特進科で1位の学力を備えたエリートだ。加えてその美しい容姿、俺としては是非とも迎え入れたい訳だね。」
「成る程…。私はその新事業における見世物ですか」
「ただの見世物じゃない、君は優秀だ、きっと俺の力になってくれるだろうと確信している。もし頷いてくれるなら安全な住処を用意するし君の大学進学の手助けもする用意だってある。」
「至れり尽くせりですね…ですがそれだけの蓄えがその若さであるとも思えませんが?」
「ははは、株を趣味でやっていてね、これはその趣味で出来た金だよ、それを会社経営の足掛かりとして先行投資しただけのこと。俺は未来の若社長だ、金なら近い未来に湯水の様に溢れてくる事になる。どうかな?俺と手を組まないか?」
「成る程…しかし起業とは言っても色々とお金がいりますよ?スポンサーや人脈も。」
「問題ないよ、俺の人脈は確かなものだし大きな山への先行投資もしてある。全て俺の計画に狂いわない。
それに投資先には君の父上の会社とも懇意にしているんだ。うまくやれば君の父上を失脚させる事も出来るかもしれないよ?」
「それは…魅力的ですね。しばらく考えさせて貰っても…」
「ふふ、色よい返事を期待しているよ。」
義兄と明音は話は終わりだと喫茶店を出て行った。
あの男は社会を舐めている。
投資したからといって必ずリターンがあるわけではないのにもう自分が成功したつもりでいる。
愚かこの上ない。
小さな成功が連続した結果があの様な愚かな勘違いを生み出すのだろうか。
まぁ良い、
秋菜は鞄からスマホを取り出し何かを操作していた。
するとそこからとある音声が流れ出す。
秋菜はイヤホンをスマホに挿してそれを確認する。
「やあ、お会い出来て光栄だよ、沙流さん、お噂通りとてもお美しい。」
「はじめまして中岸さん、それで?私に如何様な要件が?」
それは先程の会話内容を録音したものだ。
あの男との会話で面白い物を取れないかと密かに録音していたが予想以上に面白い物がとれた。
「ちゃんと録れてるわね、使ったこと無い機能だから不安だったけどこれなら問題ないわね。」
秋菜は口角を釣り上げ歪に笑った。




