第18話 中岸愛莉
義弟、中岸蓮司はイケメン台無しの泣き顔を周囲に晒しながら屋上から逃げる様に走り去っていった。
アイツのあんな顔ははじめて見たがそれは正直どうでもいい。
そんな事よりもだ…!
今、彼女…季空秋菜さんは俺に好きって言ったんだよな?
告白…で間違いないのか?
所謂難聴系主人公みたいな難聴スキルで「え?なんだって?」と聞き返したい衝動に駆られるが俺はハッキリと聞いている。
難聴系主人公みたいな一部分だけ都合よく聞き逃すなんて御都合展開は望まれていないのだ。
そして彼女は俺が昨日あの義父とやり合った事もどうやら知っているようだ…。
なんか色々とあり過ぎて頭が混乱してくる。
「逃げたわね、全く何処までも情けない男ね、あんなのに良いようにされている子がいると思うと不憫でならないわね」
「あ…あの…秋菜さん?」
「あら何かしら?琢磨」
「さっき言ってたことってその冗談とかその場のハッタリ…とか?」
「ハッタリでも嘘でも冗談でもない私の嘘偽りない純粋な本心よ?」
「ほ…本心って事は…」
「ええ、どうやら私…琢磨…貴方に恋してしまったみたいだわ」
「え…えらく懐疑的だな?」
「自分でもこの気持ちに整理がついてないのよ…でも昨日から貴方の顔を見てると自分でもワケのわからない気持ちが濁流の様に押し寄せてくるのよ。ふふふ…不思議ね?」
「………マジかよ…秋菜さんが俺の事を…」
「あ…あの…」
「え?」
「……。」
おずおずと俺達に話しかけてきたのは実妹の愛莉だった…。
「なんだお前…まだいたのか?早くアイツを追いかけろよ?」
「た…琢兄…愛莉は…」
「いまさら琢兄とか気持ち悪い呼び方するな、俺はお前にそんな呼ばれ方される筋合いはない」
「で…でも…愛莉…」
「いい加減にしてくれるかしら?」
「ひぃ…?」
「貴方は琢磨を兄と慕う資格なんてもうないのよ?それを今更何?貴方は琢磨ではなくあの脆弱ナルシストを選んだ、その過程で琢磨を沢山傷つけた…その貴方が今更どの面下げて琢磨を兄と呼ぶのかしら?」
「なっ…なによ!今愛莉は琢兄と話してるの!貴方は関係無いじゃない…!」
「関係あるわ、私は琢磨の相棒なのだから。」
「あ…相棒?」
「そうよ?私と琢磨は互いに支え合い助け合って生きていく仲なのよ?お互い家族から見捨てられた私達はお互いが助け合って生きていく…必要とし合う仲なのよ!貴方みたいにあんな脆弱ナルシストの甘言に惑わされて揺らぐ緩い関係ではないの」
「な…なによなによ!そもそも貴方さえ!貴方さえいなければ貴方さえ出てこなければ!蓮兄もあんな風にならなかった!お前がいなければ!」
「愛莉!」
「ひっ…琢…兄…」
「コレ以上秋菜さんを侮辱するのは許さない……蓮司が大事なら早く迎えに行ってやれよ?今アイツに優しくしてやればお前の思う通りになるだろ?」
「愛莉は……もういいっ…!」
そう言って愛莉は屋上から出て行った。
秋菜さんも俺もそれを黙って見ているだけ。
いまさらアイツに俺が何を言う事もない。
アイツに対する愛情なんて既に俺には1ミリもないのだから…。
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琢磨と秋菜がいる屋上から出てきた愛莉だが彼女はそこに立ち止まった…。
蓮司…蓮兄を今追いかけて優しい言葉をかけてやれば確かに蓮兄…いや蓮司の株は上がるだろう。
しかしそれになんの意味があるのか…
愛莉はもう蓮司に媚をうる有用性が見いだせなかった。
理想のお兄ちゃんになってくれると思っていた。
理想のお兄ちゃんになってくれなかった琢兄に代わり愛莉の本当のお兄ちゃん。理想のお兄ちゃんになってくれると思えたから一緒にいた。
エッチな事もいっぱいされたけどそれが理想のお兄ちゃんからの物だと思えば受け入れられた。
それに気持ちもよかった。
大好きな蓮司お兄ちゃんから愛されていると思っていたから愛莉は幸せでいられた。
満たされていられた。
でも今はあの男になんの魅力も感じない。
あんな女に好き勝手言われて反論もろくに出来ず言い負かされて泣いて逃げ出す様な奴が愛莉の理想のお兄ちゃんな訳が無いんだ。
そう思うとこの1年半愛莉は今まで何をしていたんだ。
偽物のお兄ちゃん相手にヒイヒイ腰を馬鹿みたいにふって媚を売るだけの哀れなメスじゃないか…。
でも愛莉には血の繋がった本物のお兄ちゃんがいる。
アレも理想のお兄ちゃんには程遠いけど愛莉にとっては本物のお兄ちゃんである事に変わりはない。
なのにまたあの女に邪魔される。
愛莉のお兄ちゃんなのにあの女が独占して愛莉の邪魔をする。
あの女が出てきてから全ておかしくなった!
あの女がいなければ琢兄は直ぐに愛莉の所に来てくれたしそもそもあんなみっともない蓮兄を見なくて済んだ。
蓮兄を理想のお兄ちゃんと信じていられたのに。
今は蓮司から完全に理想のお兄ちゃんとしてのメッキが剥がれ落ちてただの自分大好きな軟弱男に成り下がった。
そう言えばあの女が言ってたな…
脆弱ナルシストって…。
その通りだ…あんな見た目だけのハリボテが愛莉が求めて止まない理想のお兄ちゃんである筈がなかったんだ
愛莉はなんて無駄な時間を送っていたんだろう…。
その日はそのまま1日が過ぎ放課後となった。
いつもなら蓮司を迎えに行くがそんな気力は起きずはじめて愛莉は1人で帰路につく。
しかし彼女は一年のなかでは誰もが恋焦がれる美少女。
どうしたの愛莉ちゃん今日は1人?
1人なら俺達と帰ろ?
良かったらこの後どう?美味しいお店知ってるんだ
って感じで我こそはと男子達が絡んでくる。
正直鬱陶しい。
同年代に興味はないのだ。
愛莉の理想とするお兄ちゃんは2個歳上であることが大前提だ。
コイツ等は2個上どころか歳上ですら無い。
お兄ちゃんの前提条件すら満たしてないのだ。
そんなのと一緒にいても愛莉の心は満たされない。
愛莉はごめんね?今日は急ぎの用事があるの
そう言ってその場を後にする。
用事ってなに?手伝うよ?と諦められずに絡んでくる男子には辟易とさせられる。
1人で帰り道を歩いているとある女生徒から声をかけられた。
「珍しいね?愛莉が1人で帰ってるなんて?」
「あっ、明音お姉ちゃん」
声をかけてきたのは幼稚園時代からの知り合い。
所謂幼馴染みの明音お姉ちゃんだった。
「どしたの?いつもなら蓮司君と一緒なのに?」
「愛莉…蓮兄は理想のお兄ちゃんじゃないって気付いたんです、そんなのと一緒にいてもしょーがないじゃないですか?」
「あらら〜いったい何があったのかな?」
「あの人は愛莉がいるのにエッチの時もずっと別の女の事ばかり考えているんですよ?愛莉はその女の代用品じゃないのに…それでも一緒にいてあげたのにその女に言い負かされて泣いて逃げ出したんです…愛莉をおいて…。あんな弱い男が愛莉の理想のお兄ちゃんな訳ないですもん!」
「へぇ~、それってさ…もしかして…沙流秋菜さんの事?」
「うんそうだよ?良く知ってるね?」
「そりゃ知ってるよ?有名人だからね彼女、特進科所属で成績はそのなかでもトップレベル。超が付く程の美人、男を寄せ付けないきっつい性格で高嶺の花扱いされてるからね?有名だよ?」
「そうなんだね〜」
「そして琢磨と良く一緒にいる。」
「ホントに良く知ってますね?」
「ええ、琢磨の事なら何でも知ってるからね?私、何せ幼馴染みだし♪」
「琢兄はそんな風には思ってないかもですよ?」
「琢磨がどう思ってるかはそんなに重要じゃないのよね♪幼馴染みだって事実は変わらないし。」
「でも琢兄、愛莉のことなんか知らないって…」
「大丈夫だよ愛莉ちゃん…アイツは何処までも他人に甘い女々しい男なのよ?それに蓮司君にもアイツは口喧嘩で勝てないんだよ。蓮司君は沙流さんには言い負かされたみたいだけど琢磨に負けてなかったんでしょ?」
「う〜ん…そういえばそうかも…」
「ふふ、琢磨はね軟弱で女々しい奴なの!私が智也さんに寝取られても何も出来ず泣きべそをさらす弱虫なのよ♪」
「じゃやっぱり琢兄も愛莉の理想のお兄ちゃんじゃないんだね…」
「そうだよ?智也さんの方が強くてカッコ良いんだしよっぽど愛莉ちゃんの理想なんじゃないの?」
「う〜ん…そうなのかな〜」
そうなのかな…そんな言葉を使っておきながら愛莉は智也を理想のお兄ちゃんとはまるで思っていなかった。
たしかに話していて楽しいし色々な事を知ってるし物知りさんだ。
自信に満ちあふれていてカッコいいしエッチも上手くとっても気持ち良い。
でもそれらは愛莉の言う理想のお兄ちゃんとは関係がない。
身も蓋もない事を言えば愛莉がよく言う理想のお兄ちゃんなる存在のベースは琢磨である。
愛莉は元々兄である琢磨にべったりだった。
何処に行くにも琢磨の後をついて回っていた。
あの頃の愛莉にとって琢磨は世界の中心だった。
その頃に琢磨に抱いた憧憬。
それこそが愛莉が求めてやまない理想のお兄ちゃんの形なのだ。
しかし父が他界し琢磨は日々青ざめた顔をして項垂れ生気がまるで感じられない人間になった。
愛莉もお父さんは大好きだった。
だからお兄ちゃんにいっぱい甘えてこの悲しみを癒やして欲しかった。
しかしお兄ちゃんは愛莉を慰めてはくれなかった。
何処までも女々しく塞ぎ込んで泣くだけ。
終いには目の前の明音ちゃんに甘える始末。
こんなのが…
こんなモノが愛莉が好きだったお兄ちゃんの正体だったのか?
お父さんが死んだ悲しみすら凌駕して愛莉の心のなかに現れた感情は一つ。
愛莉はこの時琢磨に明確な失望を感じた。
当時中学生になったばかりの彼女には縋るべき対象が必要だった。
母は縋れなかった。
父親が死んで…それでも毎日自分達を養うために必死に働くその姿は鬼気迫る物があって遠慮というよりも単純に怖かった。
そしてそんな母の再婚。
新しく出来た一つ上の義兄を愛莉は理想のお兄ちゃんと新たに定めた。
最初は否定した。
しかし蓮司は言葉巧みに愛莉の心を誘導し琢磨を貶め彼女の理想のお兄ちゃんとなることに成功した。
欲していた兄の姿を離すまいと彼女はその義兄の言葉を信じて言われるままに琢磨を否定し貶め罵倒した。
しかし今回の事で彼女は義兄すらも理想の…いや本当のお兄ちゃんなどでは無かったと理解させられた。
あんな…あんなみっともない奴が愛莉のお兄ちゃんな訳がない…!
言われたい放題言われて泣いて逃げ出す滑稽な姿。
あれでは琢磨の方が全然ましだ。
しかし琢磨は愛莉を見ようともしなかった。
わかってる…。
それがわからない程馬鹿じゃない。
愛莉が琢兄を理想のお兄ちゃんではないと切り捨てたように琢兄もまた愛莉を理想の妹ではないと切り捨てたのだ。
自業自得だ。
あの偽者を信じた愛莉の自業自得
でも…愛莉は求めて止まない…
お兄ちゃんなる存在を…。




