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Scene#4 防府北基地・営門

 営門までは、帰宅する職員が、途切れ途切れの列を作っていた。

 もう、辺りは日没前後の薄暗さに包まれている。

 手提げバッグを左手に持った私服姿の水野亜美も、そのなかにいる。

 営門を出たところで、彼女の脇に4WDが停車した。足を止めた水野に対して、助手席のガラスが下がってその奥から、

「乗って行かんか。送るぞ」

 という声がかけられた。

「区隊長」

 聞き覚えのある声に、水野は反応した。

「いいんですの?」

「構わんよ。方向は概ね同じだ」

 水野がドアを開けて乗り込むと、4WDは防府市の街中を走りだした。

 窓の外を飛び去って行く暗い風景を見つめている彼女に、ドライバーは語りかけた。

「明日は月命日だ。何年になったかな。郷が逝ってから」

 水野は反応しなかった。

 郷――郷聡は、今から五年前、千歳救難隊で加藤とバディを組んでいた。

 そして、当時、千歳気象隊にいた水野亜美の婚約者でもあった。

 一月の悪天候時、急患輸送で飛んだ救難隊のUH―60Jが、奥尻島の中腹に墜落する事故が起きるまでは。

 数日前からインフルエンザを発症し、寝込んでいた加藤を置いてのミッションだった。

 なんとか熱が下がった状態で、佐藤も捜索に加わった。

 そして、山中で残骸と化したヘリのところへとたどり着いた。

 黒焦げの機体の前で、佐藤たちは膝を折った。

 千歳基地に戻った佐藤は、上司への報告の次に、気象隊に足を向けた。

 墜落以来、一縷の望みをつないで待っていた水野に、残酷な情報を届けるためだった。

「すまん。郷を助けられなかった」

 一週間後に結婚式を控えていた水野は、夫となる男性を永遠に失ったことを聞いて取り乱したりはしなかった。

 泣き声をこらえていた。泣くことを、知られたくないようにしていた。

 次の定期異動で、水野は千歳基地を逃げるように去った。

 この防府北基地で、部下と上司として再開するとは、運命の皮肉としかいいようがなかった。

「俺は、人の死を忘れることがいいことだとは思わん。――だが、その死に囚われ続けるのも、いいことだとは思わん」

 少しして、水野は反応した。

「忘れようと思ったことはあります。でも――私のなかでは、あの人は死んでいないんです。私がそう思ったら、誰もがあの人のことを忘れてしまうような気がして。それで忘れようと思うことを止めよう、と」

 今度は、佐藤が沈黙する番だった。

 ――やはり忘れられないのか。時間が経てば、どうこうなるものでもないということか。

「そうか……ところで、女子学生たちの状況はどうだ。同性の目から見て」

 さりげなく、佐藤は上司としての顔に戻り、話題を変えた。

「天辺と山之内も、少しづつですが、形にはまって来ましたわ。少なくとも、根性のない人間ではないようです」

 当初、生意気視されていたのがケイであり、体力不足から不安視されていたのが星華だった。

 だが、問題は山積しつつも、懸命に教育には着いて来ている――それが水野の観察だった。

「そうか、今後もよろしく頼む」

 4WDは、水野の借りているアパートの前で停車した。

「ありがとうございました」

 そういう礼を聞き届けてから、加藤は車を出した。

 自分の住む官舎に向かう前に、いつものコンビニに寄り、夕食の弁当と発泡酒を二缶購入した。

 自室に戻り、弁当がレンジで温まるのを待つ間、発泡酒を一缶空けた。

 ――やはり、忘れていなかったか。あいつは、三回忌にも顔を出さなかったしな。

 窓から外を眺めながら、加藤は、改めて人の死の重さを実感した。

 ――郷。お前の死は、今も人を縛り続けている。俺のお前に対する済まなさと、水野のお前に対する気持ちと、そして俺の水野に対する想いと。

 水野と再会することがなければ、こんな感情に陥らずに済んだはずである。

 これから先も、この解けない気持ちを、自分も抱えて生きて行かねばならない。

 そう思うと、やり切れなくなる気分になった。

 温まった弁当を平らげながら、今日は発泡酒を二缶購入したことを、正解だと感じた。

 一本だけでは、素面から抜けきれないからである。

 週末には、下関の猫カフェに出かけて、お気に入りのエキゾチックのヒンデンブルクに、たっぷりささみを与えようと決めた。

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