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Scene#3 学生隊舎

 小銃は雨を被ったので、分解整備しなければならない。

 疲れた体では辛い作業だが、これは最優先で行うべき作業だった。

 玲子の銃は、星華とケイで分担して部品を磨いた。

 ケイは比較的アバウトな性格なためか、細かい作業が苦手だった。

 ねじやスプリングをしょっちゅう落とすので、

「あー、もういや!」

 と、不平を正直に口に出した。この点で、星華はまだ慣れるのが早かった。

 銃を格納し、背嚢を抱えて内務班に戻ると、次は洗濯機に放り込む物と、手洗いが必要な物に区分して、整備の準備をする。

 だが、その前にケイは迷彩服のままベッドにひっくり返り、

()れたぁ!……面倒じゃっで、るのは明日明日」

 と、手を伸ばして声を挙げた。

 それは星華も同じだったが、彼女は「今日できることは、明日にしてはいけません」という、母親流CA修行の一つを記憶していた。

「でも、ケイ。明日は土曜日で外出するんだし、今日の内に片づけた方がよくない?」

 湿気をたっぷり含んだ迷彩服を脱いで、体育服装に着替えた星華は、ベッドの上に腰を下ろして靴下も脱いだ。

 痛みの続いていた足の裏を見ると、両足とも揃って親指から薬指まで黄色く膨らんだ肉刺ができていた。見ている間も、痛みは続いた。

「わたし、衛生隊に行ってきます。藤堂さんの様子も見てきたいし」

「うん、じゃ、よろしくね。あたし、まだちっと動きたくない」

 多分、ケイは夕食までの短い時間だけでも休息をむさぼりたいのだろう。

 それは星華も同じだったが、自分の足の痛みを取り除きたい気持ちと、同期への気遣いはそれに勝った。

 衛生隊の診療室では、「石井」という名札を付けた白衣姿の若い医官が、メガネの奥の細い目をさらに細めて星華の両足を見た。

「合計八つか。痛かったでしょうね。――じゃ、ちょっと沁みるけど」

 手にした注射器を、肉刺の一つ一つに刺して、溜まった水分を抜いた。

 まだ、そこまでは痛くもなんともなかった。

 しかし、次に医官は注射器に紫色の薬液を取り、それを今、水を抜いたばかりの右足の親指に突き刺した。

「いっ、たぁーーーーい!」

 星華は、生まれて初めての絶叫を挙げてしまった。

 それほど、この治療は沁みた。信じられない程の痛さである。

「うーん、もう少し我慢して下さいね」

 他人事のように医官はいったが、残りの七連発が終わる時には、星華は本当に泣き出した(涙は少しだったが)。

「男でも、ウギャー! と絶叫する者がいるんだけどね」と、最後に付け加えた。

「……ありがとうございました」

 治療が終わり、なんとか星華は礼を口にした。

 死ぬかと思うほどの手荒い治療だった。

 だが、診察用の椅子を立って、廊下に出ると、これまた信じられないことに両足の痛みは雲散霧消していた。

 驚く程の即効ぶりだった。

 窓口で、受付の隊員に、

「後送されてきた藤堂学生は、どこでしょうか?」

 と尋ねた。

 返答は、

「病室ですよ。もうすぐ戻れるはずですけれど」

 そして、病室の位置も教えてくれた。

 星華は礼をいうと、その足で病室に直行した。

「藤堂さん、天辺です」

「どうぞ」

 そう返事があったのを確認して、入室した。玲子は体調を回復させており、ベッドの上に腰かけていた。

 傍らの看護師が、

「じゃあ、もう戻って大丈夫です」

 と声をかけた。

 看護師が部屋の外に姿を消すと、玲子は、

「天辺、心配かけたわね」

 そういって立ち上がった。

 どうやら大事はなかったようである。

 星華は、一安心だった。

「藤堂さんの背嚢と銃は、わたしとケイとで片づけておきました」

 迷彩服に袖を通すと、玲子は改めて礼を述べた。

「ありがとう。お礼をいわなきゃ」

 ――そういえば、初めて。藤堂さんからお礼をいわれるの。

 星華は気が付いた。

 今までは、営内の生活要領から、座学でも野外課目でも、常に藤堂が星華やケイを助けてばかりだった――だからといって、上目遣いになることもなく、恩を着せることもないのが玲子である。

「私としたことが、不覚だった。昨日から、ちょっと体調が悪かったのを、甘く見たので」

 自分の心身両面に十分な自信があるはずだった。それが、初めて少しだけ崩れた玲子だった。

「銃と背嚢も、最初は区隊長にいわれて、わたしたち二人で背負いました。でも、途中から、区隊みんなで、交代で運んでくれたんです」

 並んで廊下に出ると、そのあとの経過を星華は玲子に告げた。

「そう。じゃあ、区隊の全員に、お礼をしなきゃならないな」

「それがいいです。なにになさいます?」

「明日、外出の時に選ぶから、手伝って下さる?」

 玲子の、やや気を落としたようなトーンでの答えを聞いて、星華は思った。

 ――わたしでも、人を助けることができるんだ。

 今まで助けられることが圧倒的に多かった入隊以来の毎日で、初めてのことだった。区隊長の、「お前たちは同期だ」という台詞の意味が、少しは分かったような気がする。

 翌日の外出では、玲子は市街地の洋菓子店で区隊の人数分の少し高価なトリュフを購入した。月曜日、教場に入ると、教官が来るまでの時間を使って玲子は同期の男子たちに礼を述べ、一人づつトリュフの箱を手渡した。笑みを浮かべた「女王」の心遣いに、男子学生たちが興奮に沸き返ったのはいうまでもない。なかには「一生の宝だぁぁぁ!」と、声にならない絶叫を上げ、当分中身を食べまいと決心した者もいた。

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