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Scene#5 太平洋上・L空域再び

「キック・ザ・アース!」

 地球を蹴飛ばせ――それが、編隊長機の後部座席に座った教官操縦士、三橋三佐の号令だった。

 四機編隊フライトは、二機一組のエレメントに分離した。

 これから、2対2の空中戦闘機動訓練が開始される。

 高度25,000フィートで、実戦を想定した模擬空中戦に入るのである。

 ブレイクした各エレメントは、一度大きく相互の距離を取る。

 星華のアレスシックスエイトジロは、エレメントリーダーと、5000フィートの間隔を保ちながら、コンバットスプレッドを組み、右に旋回していた。

 イーグルの機首レドーム内に搭載されたAPG―63パルスドップラーレーダーは、楽に60キロメートル以上の前方空域をカバーする。

 だが、現代のジェットファイターにとっては、指呼の間に過ぎない。

 レーダーにブリップを確認したら、その時から死闘が始まるのである。

 星華は、左手薬指でレーダーコーンを最大限度の120度に設定した。

 ――計器盤上のレーダースコープに、ブリップが浮かんだ。敵だ、と思った瞬間、

『ボギー、トゥエンティスリー・オクロック』

 と、エレメントリーダーから無線が入った。

 23時方向に、敵味方不明機を発見したということである。

 ――これだ。ロックオン。

 星華は、続けて左手中指で、スロットル前面のボタンを操作した。

 スコープ上をマーカーが動き、ブリップを挟んだ。

 これでレーダーが、目標のロックオンを完了した。

 当然、「敵」も、ロックオンしているはずである。

 計器盤の最上部にあるヘッドアップディスプレイは、敵の状況をリアルタイムで教えてくれる。

 ――速度0・9マック、高度24,400フィート、方向変化なし……

 IFFオン。目標情報に変化なし。

 よって、「敵」である、と星華は判断した。

 自分たちも速度は約0・9マック(秒速約300メートル)。

 従って、毎秒600メートルの速度で相対距離は縮まっている。

 会敵まで100秒もない。

『リリィ。チャーリー、行くぞ』

「ブリッジ。リリィ、ラジャー」

 ブリッジ――エレメントリーダー役の橋本候補生が、作戦を選択し、命じて来た。

 チャーリーが意味するのはオフェンシブ・スプリット、つまり二機が隊形を解いて分離し、一番機が先に出て囮となり、敵の注意を引く。

 敵のエレメントが囮となったリーダー機を追いかけると、二番機、つまり星華が敵の背後から攻撃を仕掛けるのである。

 ヘッドアップディスプレイ上のデータは、刻々と縮小している敵との距離を示している。

 星華は、自分の体が極度に固くなっていることを自覚した。

 ――負けない。わたしは、負けない。

 なんども、星華は自らにいい聞かせた。

 ファイターパイロットになるからには、負けては意味がない。

 そう、小福田から教えられた。

「俺たちは、民航機のパイロットじゃない。飛行クラブでもない。勝つため、敵を撃墜することが仕事だ」と。

 そう教えた教官操縦士は、後部座席で星華の操縦を見守っていた。

「敵の動きを見ろ。相手にも、自由意思はある」

「ラジャー」

 教官の指導を、星華は聞き取った。

『リリィ、前に出る』

 ブリッジは、通信が終わると同時に増速した。

 一番機は、敵を肉眼で捉えられる距離まで接近しなくてはならない。

 星華は、スティックを押して、高度を大きく下げた。

 敵も、レーダーコーンを絞っているはずである。

 その裏をかくには、一度は一番機と距離を取らなければならない。

 離れつつも、連携を保たなくてはならない場面であり、チームワークが要求される。

 星華は、自分の心臓の鼓動が速くなっているのを感じていた。

 ――敵も、自由意思を持っている。

 星華の脳裏を、教官の言葉がかすめた。

 自分が背後を突こうとする動きに、敵のエレメントはどう反応するのか? ヤマは張れない。

 敵の動きを即座に判断して、次の一手を打たなければならないのが、パイロットの仕事なのだった。

 ――

 同じことは、「敵」も考えていた。

 アートミス――エレメントリーダー役の玲子は、レーダースコープ上の敵が一機のみであることに気づいた時点で、もう一機が罠を仕掛けていると察知した。

 正面の敵をレーダーで捉えつつ、頭脳を巡らせる。

 ――可能性の第一は、オフェンシブ・スプリット。

 それが、最もオーソドックスな攻撃法だったからである。

 そして、玲子の洞察は正しかった。

 だが、いつ、どこから撃たれるかは、まだ分からない。

 今やるべきことは、目の前の敵機に神経を集中することだった。

 玲子は、左手親指でスロットルに装着されているスイッチの一つを操作した。

 それから、彼女はヘッドアップディスプレイ上に目を移す。

 四角形で示される敵影が、機首方向のやや右斜め下に表示されていた。

 それは、左上方へ動いていた。

 敵機は、腹をこちらに見せている。

 敵は、露骨に釣ろうとしているのが分かった。

 だが、この局面では、敢えて目前の目標を狙うしかない。

 レーダー波が、敵機をロックオンしている。

 選択するのは、AAM。

 もちろん、本当に発射するのではない。

 スティックとラダーの操作で、玲子は敵を追尾して自分の機体を左上方に上昇させる。

 Gが体を押さえつけてきた。

 スティックを握っている玲子の右手の親指が、武器の発射を掌るシュートキーを押さえた。

 目標とシュートキューを一致させようとして、スティックを動かし、逃げようとする敵機を照準線上に捉えようとする。

 その瞬間、警報が鳴った。その意味を、玲子は瞬時に理解した。

 ――ロックオンされた。

「ヘリオス、ロックオンされた。ブレイク」

『ヘリオス、ラジャー』

 二番機も了解した。玲子は右に、二番機は左へ旋回する。

 通常、このように一時敵から目を離す場合、戦闘空域から全速力で離脱して、態勢を立て直すのが空戦の基本である。

 だが、玲子はそれを選ばなかった。

 自分をロックオンした敵機を迎え撃つことを選んだ。

 急旋回し、敵の方向に機首を向ける。

 格闘戦が始まろうとしていた。

 ――ほう、面白い。

 アートミスの後部座席で、三橋三佐は基本に外れた玲子の決心を見て、

 そう思った。同じことを、リリィの背後で小福田一尉も考えていた。

 ――やってみろ、天辺。

 玲子は、スティックを最大限手前に引き、スロットルは逆に前方へと押し出す。

 Gスーツがその威力を発揮し、足元方向への急激な血液の下降を最小限に抑えた。

 それでも、体を襲うGは、大変なものだった。

 玲子も星華も、動きが鈍くなる両腕を必死に維持して、スティックとスロットルを保持していた。

 視界が狭まってきた。

 ――敵は頭上方向のはず。

 自分を下方から狙った敵は、現在、自分が背後に回っているはずだった。

 ここで機動を緩めたら、背後を取られる。

 玲子は、Gを緩めることはできなかった。

 左手親指でスロットル右側面にあるノブを触った。

 そして、機関砲モードを選択する。

 まだロックオンしていないが、これで照準次第、いつでも自分は射撃できるのである。

 ――敵は? 敵はどこ?

 重い頭部を巡らして、玲子はキャノピーの外に視線を向けた。

 音速の世界である現代の空中戦でも、目視によるルックアラウンドは、必須の索敵手段である。

 だが、急速・高Gで旋回している間は、敵も簡単には射撃できないはずだった。

 ブレイクターンは、追われる側が敵の前進方向上で高いGのかかる急旋回を行い、敵のオーバーシュートを狙う機動である。

 通常、これで敵の背後を取り、攻撃に転ずる。

 だが、敵のオーバーシュートを確認するまで、Gを緩めてはならない。

 そして、背後を取られた敵は、次は自らがブレイクターンを仕掛けて、背後を取り戻そうとするのが定石である。

 ロックオンを告げるブザーが止まった。

 敵は、Gに耐え切れず、自分をオーバーシュートした、と玲子は判断した。

 今度は、敵がブレイクターンを挑んでくるなら、次はシザーズと、玲子は打つ手を考えていた。

 ルックアラウンドが功を奏して、玲子の視野には一点の機影が捉えられた。

 一時緩めたスロットルを、再び前に押し出す。

 玲子は機体の速度を上げて、高エネルギー状態を維持した。

 高高度と高エネルギー状態は、空戦で勝つための基本である。

 今度は、自分が狩る番だった。

 ヘッドアップディスプレイに、四角い敵影を見た。

「ターゲットインサイト」

見たはずだった。

 その瞬間、目標が消えた。

 ――そんな!

 だが、間違いではなかった。

 この時、リリィ・星華は、玲子が予期したよりも早く、玲子の進路上方にブレイクターンしたのだった。

 それも、急激に最大限度の9Gで。

 玲子は、自分がオーバーシュートする番になった。

 ――やった!

 星華は、自分の作戦が的中したことを感じた。

 敵機、つまり玲子のアートミスの進行方向、正面を下から上へと通過し、さらにハイGターンで大きく上昇した。

 そのまま星華は、高高度、高エネルギー状態を維持して、最大角度でループし、オーバーシュートした玲子の背後に回った。

「くっ、やらせない!」

 玲子は、つい声を出し、敵の次の手を予想しようとした。

 だが、今の彼女は、まず背後の敵を振り切らなければならなかった。

 今度は、玲子は左方向にターンを試みた。

 敵を、オーバーシュートで、横方向に振り切るつもりだった。

 だが、星華はこれを待っていた。

 機体を左に捻ったバンク状態から、さらに加速し、一気に高度を引き上げた。

 高度は30,000フィートに達する。

 玲子はまだ左バンクを続けていた。

 ――ナウ。

 次は、星華は一気に高度を下げて、玲子の旋回機動の内側に降下した。

 この間、高Gに負けず、視界に敵機を捉えたままである。

 機体が高度を下げるエネルギーを速度に変えて、星華は急速に敵機との距離を詰めた。

 この機動を、ハイスピード・ヨーヨーと呼ぶ。

 機体のエネルギーが高い状態をフルに生かす機動だった。

「タリホー」

 星華は、声に出して目標の視認を確認した。

 ――ロックオン。

 ヘッドアップディスプレイ上で捉えられた敵影が、ロックオンされた。兵装は、機関砲を選択してある。

「ファイア」

 星華は、呟くと同時にスティックの全面に設けられた茶色いトリガーを引いた。

「撃墜」を意味するブザーが鳴り響く。

「スプラッシュ。ブリッジ。リリィ、スプラッシュ」

『ブリッジ、ラジャー。こちらもやった』


 ――やられた!

 同じ瞬間、玲子は敗北を知った。

 信じられない思いだった。玲子は、自分の手の内を読まれたことを認識していた。

 物心ついて以来、初めての敗北だった。

 それも、まさか空の上でやられるとは……

『コンプリート・ミッション。タイガーフライト、リジョイン。異状ないか』

 三橋三佐からの無線に対して、まずタイガーワン、つまりクイーンとヘリオスからは直ぐに異状のない旨、報告があり、続いてブリッジとアートミス、つまりタイガーツー・エレメントからも、

「タイガーツー、オーケー」

 と無線が入った。

 ――やるじゃないか。これまでの候補生にいなかったレベルだ。

 編隊集合までの間に、アートミスの後部座席で小福田は、訓練の一部始終を観察した感想を心のなかで述べていた。

 最初のフライトで、星華が十分な資質を持っていることは理解した。

 しかし、同期のなかでもトップレベルにある藤堂玲子を「撃墜キル」したことは、十分驚きに値した。

 ――下川、お前から預かったこいつは、やはりただものじゃなかったな。

 これは、教官冥利に尽きることかも知れなかった。

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