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Scene#11 浜松基地

 この日、卒業を迎える飛行幹部候補生は、合計五名だった。

 基本操縦課程は、最終試験に合格し、かつ国土交通省の航空従事者試験に合格した者から順に卒業が認められる。

 一等空曹の階級章も真新しい五名のなかには、星華と玲子も名を連ねていた。

「色々、まだまだ反省事項はあるが……」

 と、試験終了後のデブリーフィングで、もったいぶって前置きしたのち、小田桐一尉は星華に合格を告げた。

 デブリーフィングが終わって一人になってから、星華は嬉し涙がこぼれた。


 課業開始のラッパが基地内に鳴り響く。

 そして、第一航空団の営庭で、団基幹隊員と他の学生が見守るなか、卒業式は始まった。

 招待者席には、卒業生たちの家族も座っていた。

 星華の母も、そのなかにいる。

 娘は父も誘ったのだが、少しへそを曲げて来なかったのである。

「駆け足、前へ進め」

 先任者の玲子の号令で、五人は朝礼台の前に進んだ。

「ただ今から、卒業式を行います。団司令登壇」

 第一航空団司令・桧木将補がゆっくりした足取りで朝礼台の上に上った。

 檀上の団司令に敬礼したのち、一名づつ名を呼ばれる。

「航空教育集団司令部、一等空曹藤堂玲子」

「はい」

 台上に進んだ候補生に、団司令から修了証書が読み上げられ、手渡される。二人置いて、四番目が星華だった。

「修了証書。一等空曹天辺星華。右の者は、航空自衛隊基本操縦課程を修了したことを証する」

 星華は、事前に予行したとおりの動作で、証書を受け取った。

 そして、その場でパイロットの証である航空徽章を授与される。

 夢は叶った。

 この瞬間、星華は正式にパイロットとなった。

 五人全員が授与の儀式を終り、朝礼台の前に戻って、再度団司令に敬礼した。

「以上をもちまして、卒業式を終了します。団司令降壇」

 司会が、卒業式の終わりを宣言した。

「円陣組むぞ。円陣」

 男子学生の一人が、声を挙げた。

 五人は、証書を片手に肩を組んで、コールを口にした。

「✖✖期、ファイトオー、ファイトオー、ファイトオー!」

 後方に並んでいる団職員と学生たちから、拍手が沸き上がった。

 儀式は終わり、人々は解散する。

「お母さん!」

 呼ばれた真由里は、明るい服装で来賓席にいた。

 娘から呼ばれて、母は立ち上がり、娘に駆け寄った。

「来てくれて、ありがとう。見て、修了証書」

「おめでとう」

 明るい声で今渡されたばかりの薄黄色の紙を見せられた母は、娘を祝福した。

「お母さんのおかげよ」

「私は心配していなかったわ、あなたが途中で挫けるなんて。あの電話の時も」

「ううん、それだけじゃないの」

 それは単に、教官の殉職により、訓練で行き詰った時、帰ることを禁じられたからではなかった。

 中学生の頃からのCA修行が、多くの場面で自分に力を与えてくれたことを、娘は実感していた。

「小さなことを疎かにしていては、CAになれません」

 ことあるごとに、母が娘にいい聞かせていたことは、パイロットへの道でも生きた。

 操縦系統を初め、多くの計器と機外の状況、地上との交信等、パイロットは多くの動作を同時並行的に行わなければならない。

 毎日、多くの掃除や料理といった家事の手伝いをさせられるなかで、自然と今、なにを優先して、どうやれば最も合理的に行えるかを考えるようになっていた。

 そういう考えを持ち、行動に結びつけることが、パイロットとして操縦を行う上で、大きな助けとなったのである。

 二人で並んで、格納庫の辺りを歩き、星華は自分が乗ったT―4を初め、母にとっては初めてとなる空自の基地内を具に説明して回った。

「サイズは違うけど、エアラインと同じようなところね、格納庫は」

「入っているのは、同じ飛行機だもの」

 本日卒業した他の候補生も、同じように招待者を案内している。

 なかには、既に妻子のいる者までいた。

 三十分ばかり、浜松基地内を見て回った母は、帰路につくことにした。

「お父さんは、まだ……?」

「相変わらず、ご機嫌はあまりよくないわ。暫く、放ってしておくしかないわね」

 父は、娘が初心貫徹したことを、実は喜んでいないようだった。

 本当のところ、父は娘をパイロットどころかCAにすらしたくはなく、できれば経済学部か商学部に進学させて、自分と同じ道を歩ませることを夢見ていたからである。

 営門で、親子は笑って別れた。

 その日の午後、星華には、一つしなければならないことがあった。

 ――もう、税理士試験は、終わっているはず。

 それは、もう確かめてあることだった。今は、もう相手にショックを与えないで済むと、星華は思った。

 スマホでメールの宛先を、土肥原信彦に選んだ。

『今までありがとうございました。でも、わたしは、もう空を捨てられません。どうか、立派な税理士になって下さい』

 そうメールを送り、そして連絡先から信彦の名を削除した。

 それから少しの間、星華は気分が落ち込んだ。

 返事は、送られて来なかった。

 引き続き、浜松基地で約八週間の戦闘機操縦基礎課程を修了し、星華たちは戦闘機の種類ごとにF―15JとF―2Bに別れ、前者のグループは宮崎県新田原基地、後者のグループは宮城県松島基地に赴任することとなった。

 F―15Jの希望が通った星華は、新田原基地の教育飛行隊に赴任を命ぜられた。

 でも、その前に、彼女には行くところがあった。

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