Scene#6 習志野駐屯地・空挺教育隊舎前
「飛行幹部候補生の諸君、本日までまことにご苦労様でありました!」
教育隊長への申告も終わり、出発する朝、主任教官だった速水二尉が助教たちを引き連れて、あいさつに立った。
「本日までの諸君の健闘を讃え、最後に我々から一曲、隊歌を送ります。助教、前へ」
「前へ、進め」
先頭の号令に従って、助教たちが小走りに候補生たちの列の前に走り出た。
「隊歌、空の神兵。隊歌用意!」
指揮する一曹が、右手を一直線に空へと伸ばし、それを左右に振りながら、音頭を取る。
それは、旧陸海軍落下傘部隊の時代から歌い継がれてきた歌だった。
「隊歌止め!」
歌が終わる頃には、少なからず飛行幹部候補生たちの頬を、涙が下っていた。
星華も、その一人だった。
――
候補生たちは、それぞれ手荷物をトラックの荷台に積み込んだ。
これから、来た道を帰り、入間基地経由で、空路帰隊するのである。
バスの前では、心が通じるようになった空挺関係者と、飛行幹部候補生たちが別れを惜しむ光景が見られた。
「角田くん、ありがとう、お世話になりました」
本来の、育ちのよさを感じさせる令嬢の雰囲気を出して、星華は最後の礼をいった。
礼をいわれた側にとっては、内心はウキウキだった。
「小学校の時のお礼さ。天辺、必ずパイロットになれよ。おれは、特殊作戦群を目指すから」
「特殊作戦群?――この駐屯地のなかにある?」
それだけしか、星華は知らなかった。
実は、陸自の隊員でも、それは同じことである。
「ああ。おれの目標だ」
それは、カッコいい所を見せておかなければ、という計算の産物だったが、傍で聞き耳を立てている厄介な人物がいたのである。
治は、それにまだ気が付いていない。
バスが発車する時が来た。
相互に手を振りながら、別れを迎えた彼らだった。
「おい、おめえ、特戦群に行きたいってなぁ?」
バスが角を曲がり、見えなくなってから、治の隣にいる小松二曹が、ヘビのような意地の悪い笑顔を見せていった。
――やべえ! 聞かれた……
治は、背中の体温が急速に低下するのを感じた。
不覚だった。
一番聞かれてはいけない相手に聞かれてしまったのである。
習志野の若手陸曹のなかでは「小松の親分」と呼ばれる顔役に、である。
「それには、まず空挺レンジャー課程だよなぁ、たっぷりかわいがってやるから、楽しみにしておけよ」
空挺レンジャー課程は、全陸自でも一、二を争う厳しい教育である。
担任するのは、この空挺教育隊であり、小松二曹も、その助教を務める可能性があるのだ。
「大林一曹と梅木一曹の御両人も声をかけておくからな。楽しみだなぁ、いひひひひ」
習志野でも要注意人物の双璧の名を告げられて、治は足がすくむ思いだった。
よりによって、父親が陸曹教育隊助教の時にしごき抜き、その時のお礼を、息子に対してやってやろうと考えているかも知れないのが、大林・梅木の二人だったのである。
だが、もう治には引き下がるという選択肢はないのだった。
星華に、口先だけの軟弱者と見られないためには。




