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Wing Ladies——わたしたちは、今日も大空にいる。  作者: 土門康平
第3章 我が行軍は空を征く
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Scene#4 東京駅

「ああ、痛たたたたた!」

 宿舎の割り当てられた居室内で、ケイは騒いでいた。

「ここの辺り?」

「そう、そこ、まちっと下まで」

 腰の痛む部分に湿布薬を星華に貼らせながら、ケイは相変わらず顔をしかめていた。

 航空学生一年目も、体力づくりでランニングやら腕立て伏せやら腹筋やらをたっぷりごちそうされて、毎晩入浴後にケアしなければならなかった。

 なお、ケアにも好みが出ていて、ケイは湿布薬、星華はスプレー、玲子は塗り薬を好んだ。

 そして、玲子もファッション雑誌を眺めながら、ふくらはぎに薬を塗り込んでいた。

 表には出さないが、玲子も筋肉痛を負っていたのは同じだった。

 追いかけられることはあっても、追いかけることのない立場では、痛みも表に出すことができない。

 それが、玲子の辛いところだった。


 翌日、土曜日の朝は、航空学生たちも外出を許される。

 学生たちは、陸自の隊員に交じり、それぞれ私服に着替えて営門を出て行く。

 前日の夕食時、治は「千葉の街を案内する」と提案して来たのだが、それは「同期と出かける約束があるから」と、星華は遠慮していた。

 治にとっては、「ちっ、最初だから仕方ないか」と、自分を納得させたところだった。

 私鉄とJRを乗り継いで、三人は東京駅に着いた。

 玲子は、都内の自宅に帰るという。

 ケイは、伊東の温泉に出かけるために東海道新幹線の改札口へと消えた。

「さて、少し時間がある、か」

 と、一人になった星華は、独り言を口にした。

 約束の時間までは、東京駅に隣接する高層ホテルのティールームで過ごすことにした。

 コンサバなワンピース姿の星華の姿は、習志野駐屯地内では人目を惹くものがあったが、ここでは自然に雰囲気に溶け込んでいた。

 飛行幹部候補生から、セレブ育ちの令嬢に戻っていた。

 東京駅を見下ろす窓際に席を選ぶと、彼女はカフェラテを注文して、発着する列車を眺めていた。

 ふと、考えてスマホを取り出して、これから会う約束の相手に、自分の居場所をSMSで送った。

 ――お父さんとお母さんに会うのも、しばらくぶり。

 今夜は、鎌倉の実家に戻る予定である。

 星華は、自分が立派にパイロットを目指してやっていると示して、安心させてやりたかった。

 暫くして、ショートメールで返事が入った。

「もう直ぐフリーになります。ぼくも、あと30分くらいでそこへ行きます」

 というのが、返事の内容だった。

 返事の主・土肥原信彦は、きっかり、三〇分後に現れた。

 ランチタイムまではそれぞれの前に飲み物を置いて、近況を報告し合い、二人はそのあとで皇居近くのホテルのレストランに移って、昼食という運びになった。

「へえ、今落下傘で飛び降りる訓練の最中なんですか」

「ええ。降下、右、とか降下、左とか……」

 ――なかなか分かって貰えないだろうな。

 と思いつつ、できるだけ分かり易くしようと、星華は身振り手振りを加えて、昨日までの訓練の内容を話した。

 注文したカレーセットが来ると、それも中断して、食事に移った。

 今度は逆に、信彦が近況について語った。

 ――

「前回、君のご両親と一緒に、僕と両親とで、食事したの、覚えている?」

 食べ終わったカレーセットの食器が下げられ、代わりに出された食後のコーヒーを前に、信彦は星華に訊いた。

「ええ。横浜のレストランでしたわね」

 飛行準備課程が始まって最初の休暇で帰省した星華は、父親から「新しい仕事が決まった」と聞かされ、「友達の会計事務所だ。

 お父さんの就職祝いをしてくれるというから、お母さんと一緒に、星華も来なさい」といわれ、山下公園と道路を隔てて反対側にある横浜でも最も格式を有するホテルの一階のレストランに三人で赴いた。

 待っていたのは、信彦と、会計事務所を営むその両親だった。

 星華は、父が生き生きしている様子を見て、安堵していた。

 父が、勤め先で行き詰っていたことは知っていた。

 フルコースが、デザートまで終わると、父親たちは、

「大人はこれから二次会だ。若い人たちは、自由にやりなさい」

 といって、信彦と星華を残してバーに消えた。

「父を雇って下さって、本当にありがとうございます」

 星華は、父親の新しい雇用主の息子に、感謝の言葉を述べて、頭を下げた。

「いや、僕が礼をいわれることじゃないから」

 信彦は、照れ気味にいって、頭をかいた。

 ――

「あれ、半分、僕たちのお見合いだったんだよ」

 信彦の口から出たセリフは、星華にとって余りに意外なものだった。

「え? お見合い、ですか……?」

「そう。親父たちは、僕と君を罠にかけたのさ」

 信彦は、面白そうにいった。

 実際、前日に、父親同士のメールで送られて来た星華の画像を見て、信彦は父親に「可愛い人だね」と感想を告げると、

「そう思うか。なら、上手く行くといいな」

 と思わせぶりに父は語った。

 一方の星華は、そんなことはつゆとも知らなかった。

 というより、パイロットになるための訓練途上にある自分が、見合いをするという発想それ自体ができなかった。

 当然、星華は信彦から、そのように聞かされてまったく驚いてしまった。

「お見合いって、そんな、わたし……」

 水野二曹の教育を、まだ星華は覚えている。

「恋愛こそ、最大の敵だと思いなさい」

 これに従わなかったケイは、一時、挫折しかけた。

 玲子は、今も防衛線が固い(実は、彼女の理想のレベルの男が現れないだけなのだが)。

 恋愛で挫折しないよう、努めて同期三人で固まって行動するようにしてきた。

 先任期や同期の男子学生をブロックするために、敢えてそのようにしてきた。

 星華にとって、父親の再就職先の息子であるから、粗略にはできないし、一方で好感を抱いたのも事実だった。

 でなければ、星華としても、連絡を取ることもなかったし、こうして上京した際に、誘われて会うこともしないだろう。

 信彦は、続けていった。

「分かっていますよ。君はまだ、パイロットになる前だって。僕も、税理士試験の受験中だしね」

 その日は、ランチ場所をあとにすると、星華は信彦に送ってもらって東京駅に向かい、そしてJR横須賀線に乗った。

 ホームで軽く手を振る信彦に、星華も窓ガラスの内側から手を振って応えた。

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