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Wing Ladies——わたしたちは、今日も大空にいる。  作者: 土門康平
第3章 我が行軍は空を征く
19/44

Scene#3 陸上自衛隊習志野駐屯地

「ケイ、起きて。よくて? もうすぐ営門通過だから」

「――あぁ、よく寝たわあー」

 星華がケイを起こして数分後、バスは習志野駐屯地の正門前を曲がった。

 習志野駐屯地は、外からもなかの高い樹木がよく見える。

 松のような針葉樹が中心だった。

「気を付け!」

 勤務学生が号令をかけた。

 全員が、座席の上で姿勢を正す。

 警衛所で立哨中の歩哨が敬礼する脇を通過して、バスとトラックは駐屯地の敷地内に入った。樹が多い駐屯地だという感じがする。

 トラックとバスは、宿舎前に到着した。

 山積みになった手荷物を、陸の隊員の案内でそれぞれの居室に運び込んだ。

 それから直ぐ、飛行幹部候補生たちは整列して空挺教育隊の隊舎前に前進する。

 本部前には、申告予定時刻の五分前に到着した。

「気を付け。短間隔で整頓する。右へならえ!――直れ」

 空挺教育隊側の人員も整列し、定刻通り隊舎玄関から現れた教育隊長を前に、学生長の玲子が号令を発する。

「敬礼。直れ。――申告します。航空自衛隊飛行準備課程・飛行幹部候補生三等空曹藤堂玲子以下七十四名、陸上自衛隊空挺教育隊における落下傘降下訓練に参加を命ぜられました。――敬礼、直れ」

 形通りの申告が実施された。

 かたわらの空挺教育隊側の男たちは、

「あの学生長は、空幕長のご令嬢だってよ」

「女で航学の学生長か。えっれえ美人だな」

「合計三人か。きれえなんばっかり揃ってるもんだ」

 と、男の欲求に忠実な内容のひそひそ話を交わしていた。

「遠路はるばるご苦労。自分は、空挺教育隊長堀内一佐です。諸君はこれから十日間に亘って落下傘降下訓練を受ける。危険も伴う内容であるが、安全には十分注意し—―」

 と、一通り常識的事項を訓示してから、

「では、諸君の訓練を担当する教官・助教を紹介する。前へ」

 迷彩服姿で走り出たのは、速水以下、五名だった。

「主任教官、二等陸尉速水健太、愛媛県出身」

「助教、二等陸曹小松正春、栃木県出身」

 そして、数人のあと、最後が一番背の低い三曹だった。

 紹介が終わり、管理事項が伝達されたあと、解散が示された。

 これから、教場内で、最初の座学が行われる。

 星華も、その流れに乗って玄関に向かおうとした。その時である。

「天辺! 天辺星華だろ!」

 まったく予期されない場所で、フルネームで呼ばれた。

 これまで、姓のみ、あるいは姓+候補生で呼ばれることに慣れていたので、星華にとっては奇襲になり、驚きを感じることになった。

 近寄って来たのは、自分より少し背が低いくらいの陸の隊員だった。

 ――誰なの、この人?

 というのが、この時点の星華の胸の内である。

 少なくとも、陸自に(というより、自衛隊内に)知人はいないはずだった。

 階級章は、同じ三曹だった。

「そうですけど、あなたは?」

 声をかけた男にとって、これは想定内の反応だった。

「鎌倉五小六年一組だった、天辺だろう」

 知る者のいない個人情報を口に出されて、星華は尚更警戒の心を抱いた。

 だが、次の瞬間、相手の口から出た言葉で、警戒心は驚きに変わった。

「坂西先生のクラスで、隣の席だった角田(かくた)(おさむ)だ。覚えていないか?」

 一〇代前半の記憶が、大急ぎで呼び起こされた。そういえば、隣の席のちょっと背の小さい男の子が角田くんといって、と思い出しかけた……

「角田くん? ほんとうに、角田くん?」

 星華は目を文字通り丸くして、天然さ丸出しの驚き方を示した。

 上品さが表に出ていて、天然混じり、そしておっとりとしていた少女の頃の星華と、変わらないように感じられた。

「信じられないなぁ、お前とこんなところで会えるなんて!」

 少々大げさな答えだった。

 そして、これも事前に練ったシナリオ通りである。

 できるだけ反応を大きくして、星華にアピールするためだった。

 ――

 午後の訓練が終了し、学生たちは隊員食堂に案内された。

 出された副食を何皿か盆に乗せ、それから飯を丼に盛る。

 この二年の教育で、星華もすっかり周りと同じ量の食事に慣れた。

「――へー、二年間の航空学生課程が終わったところか」

「ええ、でね、この飛行準備課程が終わったら、わたしたち、いよいよ練習機に乗るの」

 夕食を取りつつテーブルで向かい合って親しげに会話する二人に、他の飛行幹部候補生のなかには「なんだ、あの陸の野郎は」的に、恐ろしく非好意的な視線を向ける者たちもいた。

 いずれも、これまでに星華に攻撃を仕掛けようとして回避された同期男子である。

 そんなこととは露しらず、思わぬところで旧知の人物との再会によって、星華はなんとなく気安さを覚えていた。

「角田くんは、なぜ自衛隊に?」

「俺んちは、爺さんの代からこの仕事なんだ」

 治の曾祖父は、第二次世界大戦中、埼玉県の山奥から召集されて、フィリピン戦線に出征した一兵卒である。

 同期入営者で生還した者は、ほとんどいなかった。

 そして、その息子、つまり治の祖父は創成期の陸上自衛隊に入隊し、関東と北海道を往復する人生を送った。

 鎌倉に居を定めたのは、治の父親の代である。

 治の父、准陸尉角田慶次郎は、現在富士山麓、静岡県の板妻駐屯地にある第三陸曹教育隊で最先任上級曹長を務めていた。

 最下級の隊員から叩き上げた終着駅のポストであり、独自の執務室を与えられ、「兵隊元帥」(「指揮官のカバン持ち」的な冷めた見方をする者もいないではないが)として部隊内からはそれなりの敬意を払われる立場である。

 なお、第三陸曹教育隊のモットーは「俺を見よ 俺に続け」であるが、過去の入校学生のなかには、「俺に構うな 先に行け」と背中に書き込んだ記念のTシャツを作って同期たちでシェアした例があった。

 慶次郎は三曹昇任以来、人生の大半を普通科部隊あるいは教育部隊で教育訓練畑を歩み、各地の部隊に教え子は多い。

 治をその息子だと知ると「おお、角田一曹は元気か?」と、親愛の情を示す者もいれば、逆に「なにぃ? あのカクケイの息子だとぉ!」と、露骨に江戸の敵を長崎で討つ機会を得た喜びの表情を浮かべる者もいた(この習志野でも。後者の方が圧倒的に多かった)。

 去年の銃剣道集合訓練で絞り上げてくれた一曹が、その一人だった。

「ふうん。陸では最先任上級曹長というのね。空自では、各部隊の准曹士先任というのだけど」

 星華は、自分の所属する第12飛行教育団の本部にいる准曹士先任の姿を思い出していた。

 別の意味で、団司令より存在感のある人物だったが、「そんなタイプなのかな」と思った。

「それで、地元の中学を卒業したら、武山の高等工科学校に入った」

 治は、少し経緯を省略した。

 本当は、高等工科学校に進むつもりはなかったのだ。

 別に自衛隊が嫌いなわけではなかったが、しつこく勧める父親にはややうっとうしさを覚えた。

 少なくとも、高校くらいは気楽な普通の学校生活を送りたいと思っていた。

 実際、五歳年上の兄、さとるは自衛隊が好きではなく、一般の大学に進んでいた。――今所属しているのは、東京消防庁である。現在は立川の第八消防方面本部消防救助機動部隊・ハイパーレスキューにいる。

 それが一変したのは、中学三年の一学期だった。

 進路志望を担任に提出する際、志望校の一つに父親へのお義理のつもりで「陸上自衛隊高等工科学校」と書き込んだところ、翌日に担任を飛び越えて校長室に呼び出されたのだ。

 定年を直前にした女性校長は、治に向かってヒステリックにまくし立てた。

「高等工科学校というところは、人殺しを教える学校です!」

「学校とはいっても、戦争のための訓練をするところじゃないですか!」

「私の祖父も、戦争に行って死にました。国に殺されたのです。平和憲法主義者である私の学校から、生徒を戦争に行かせることは決してできません!」

 絶叫を聞かされ続ける治の腹は、徐々に立ち始めていた。

 ――なにがいいたいんだ、このばばあ。

 たっぷり三十分間、絶叫にも似た校長の演説を聞かされた治は、決心を固めた。

「逆のことをやってやる」と。

 帰宅した彼が、最初に父に告げたのは「おれ、高等工科学校を受験する」の一言だった。

 慶次郎は、当然大喜びした。

 自分の教育が通じたと思ったのだ。

 高ぶった感情に駆られて、次男が短気を起こしたと考えなかったのは、無理もなかっただろう。

 この時、慶次郎は神奈川地方協力本部で広報官、つまり募集係だったので、それは自分の点数になるということでもあった(隊員が、自分の子女を入隊させる自主募集は、推奨されていることでもある)。

 駐屯地出入りの保険会社で、今も外交員として働いている母も、同じだった。

 こうして、治の人生の大きな選択は決定された。

 ――

「三組の山本平八、覚えているか?あの、背のでかかったやつ」

 治は、話題を小学校時代の同級生に切り替えた。

 山本平八の名を、星華は「背の大きな男の子」として記憶していた。それほど、山本は小学生離れした身長と体格を有していた。

 当時、既に身長一六〇センチを超えていたのである。

「あいつは、サガワンを卒業して海自に入隊したんだ。今は横須賀で護衛艦はるかぜに乗っている。給養員だ」

 鎌倉市内にある県立相模湾高校は、バスケットボールには全然関心のなかった星華も地元神奈川県そして全国でも屈指のバスケ強豪校だと知っていた。

 山本はサガワンの男子バスケ部キャプテンを務めていたが、卒業後はバスケを捨てて海の男になっていたのである。

 給養員は、空自と同じく、要するに調理員であり、護衛艦乗組員の胃袋を預かるのである。

 小学生の頃の記憶からは、余りにも意外な進路に目を丸くして聞いた。

「それから、四組の上原勇策、こいつは俺と同じ陸。朝霞の施設大隊勤務だ」

 上原は逆に男子でも一番のチビだったが、すばしっこさでは目立つ存在だった(特にいたずらの際には)。

 当時から地元の少年サッカーチームで活躍していたが、高校を卒業してもサッカーを続けられる職場を選ぼうとして、社会人チームを各所で抱えている自衛隊を選んだのだった。

 現在は、埼玉県朝霞駐屯地の第一施設大隊で勤務しながら、アフター5をサッカーに費やしている。

「たくさんいるのね、わたしたちだけじゃなくて」

 わたしたち――という星華のいい方に、治は作戦がうまく運んでいる喜びを感じていた。

 実のところ、総勢二十四万人の自衛隊は、単独の職業集団としては日本最大級なのである。

 入ってみたら、のちに旧友や親類に顔を合わせるという例が、ないわけでもないのである。

 高等工科学校入校、そして三年間の武山暮らし、卒業後の第三陸曹教育隊、富士学校特科部での教育を経て、今に至っていると治は語った。

 そして、

「高工校に入ってから、『親父のやつ、いってたことと違うじゃねえか』と思って、嫌になったこともあったけどな、区隊長からこういわれた。『お前たちの合格の陰には、落ちた十人以上の者がいる。ここに入りたくても入れなかった者がいる。お前たちは、そういった者たちの夢を代表しているんだ』って。で、結局続いちゃったよ」

 この部分は本音の吐露である。

 やはり普通の高校に行っておけばよかった。

 朝六時から当直幹部に叩き起こされないでも済んだはずだ、と思うことは何度もあったが、選ばれたなかの一人だという気持ちがこれまで耐えて来れた大きな理由であることは事実である。

「夢を代表している、そうよね。わたしもそう思った」

 事前に練った作戦より、この本音こそが一番効果的だったかも知れない。

 加藤二尉もかつて朝礼の際に口にしたのだ。

「航空学生になりたい者のなかから、お前たちは選び抜かれた。夢の代表選手なんだ」と。

 ――

 空挺降下の訓練は、最初から落下傘を装着して行うわけではない。

 まず、まずは着地動作の訓練からである。

「ただいまより、五接地転回着地を教育する。これは、落下傘降下における基本の第一歩である」

 速水二尉が、前置きを述べてから、傍らに立つ助教の小松と治が展示、つまり見本を見せる。

「降下、右!」

 と、小松が声を挙げると、治が台から飛び降りて、地面に着地する。

「まず、この時点で両足を揃えて、着地する。両足の裏で、地面に接――次に、右のスネ、ヒザではなく、スネの横を着地させる。なお、今回は右のスネで着地するが、地形上自然な落ち方になるなら、左のスネの横を着地させる」

 続いて、治は小松の声に合わせて、太もも、臀部、そして着地した足とは反対の肩の順で着地する、と各段階を区切って動作を見せた。

「次は、左からの着地。逆に、両足の裏の次は、左スネの横を着地させる」

 左右両方、後方に着地する方法の次は、前方に着地する方法を見せて、展示は終わった。

 次は、学生の側が実際にやってみる番である。

 平坦な地面の上で、全員が左右前後に間隔を取り、両手を逆ハの字開いた姿勢から、実際の演練は始まる。

「降下、右!」

 一度上に跳び上がった学生たちが、両足を揃えて着地し、教育されたとおりに右のスネの横、太もも、臀部、そしてうしろに倒れて反対側の肩の順で着地の一連の流れを行う。

 一見、簡単で退屈そうな動きであるが、実際にやってみると体力の消耗はそれなりに厳しいし、体を着地させる時には痛みを伴う。

 柔道の経験のある学生にとっては受け身の復習のような感覚であったが、そうでない者にとっては――つまり、星華たちにとっては、全身で苦痛を感じる動作となった。

「降下、左!」

 航空学生たちの苦難は、終日、そして翌日以後も続く。

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