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Wing Ladies——わたしたちは、今日も大空にいる。  作者: 土門康平
第3章 我が行軍は空を征く
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Scene#2 航空自衛隊入間基地

 小牧基地を離陸したC―130H(ずんぐり)には、七十四名の飛行幹部候補生が搭乗していた。イラク派遣時代の水色塗装の大型の四発輸送機は、富士山を左翼の下に見る航路を飛んで関東上空に入り、やがて高度を落として武蔵野台地の上空を通過し、入間基地への着陸態勢に入った。

 速度を落としているのが、騒音に満ちた機内でも分かった。

 やがて、強い衝撃と共にタイヤが着地した音を発し、強い逆Gが乗客の体を襲う。

 滑走路上で速度を落としたC―130Hは、誘導路に入り、誘導員の手信号に従ってエプロン上で停止した。

 初号機就役から半世紀が経過した機体ながら、その完成度は恐ろしく高い。機体の改修は、僅かな部分に限られている。

 現在も、世界約五十か国で約二千機が運用されていた。候補生たちには、これが二度目の搭乗経験である。

 防府北基地から春日基地までヘリ、そこでC―130Hに乗り換え、小牧基地を経て、定期便の旅は終わった。

 四発のプロペラが停止すると、ロードマスターの指示により、機体側面のハッチがコンクリートの地面に卸され、その上を渡って飛行幹部候補生たちは地面に降り立つ。

 フォークリフトが荷物を梱包したパレットを機体内から卸した。

 荷物の梱包を解いて、基地業務群に所属するトラックに荷物を積み込む。

 航空学生となった当初は、「重い……」と、正直に口に出してしまった星華だが、二年目に入る前には口に出してはならないことは、口に出さないようになった。

「わたしも、航空学生だから」

 と思うようになったからだった。

 むしろケイは、未だにきついことはきついと正直に言葉にしてしまう状態だった。

 玲子は、最初から愚痴らしいことは全然いわない。


 訓練で関東にやって来るのは、二度目だった。

 前回は、この入間基地の航空医学実験隊四部で航空生理訓練を受けた時である。

 航空生理訓練とは、簡単にいえば低圧訓練装置チャンバーという機器により、高空における低圧・低酸素分圧状態を体験することである。

 意識が低下したり、思考能力落ちたりするのが一般的な反応だが、星華(玲子もケイも、実は同じだったが)には耐え難い状況が起きた。

 低圧のため体内の空気が膨張し、それが漏れそうになったのである。

 チャンバー内には男子学生が何人もいるため、女子にとって一生の恥になりかねかった。――昔流にいえば、「わたし、一生お嫁に行けない!」状態に陥りかけたのである。

 訓練終了後、玲子もケイも同じ思いをしたことを知って、苦笑したのだった(ケイだけは、少々声を大にして笑った)。

 トラックと同行するバスが、学生たちを入間基地から千葉県の陸上自衛隊習志野駐屯地まで輸送する。

 基地を出たバスとトラックは、国道十六号から関越自動車道、外環、首都高五号を経て都心に入った。

 玲子は、座席で携帯音楽プレーヤーを聞き入っている(今の曲は、石原裕次郎の「黎明」だった)。ケイは、アイマスクをかけて睡眠不足を補っている。

 久々のビル群を観ながら、星華は、

 ――土肥原(どいばる)さん、どうしているかしら。

 と考えていた。

 航空学生修了後の休暇で神奈川に帰った時、横浜のレストランで家族同士の会食をした時に初対面となった土肥原信彦の名を思い出していた。

 信彦は、千代田区の税理士法人に勤務しているといっていた。

 千代田区は今走っている首都高から、それほど遠くない。


 星華の父、伸夫と信彦の父・賢志は古い友人同士だった。

 まだ二十代になりたての頃、資格試験の専門学校で知り合ったのである。

 一方は会計学の大家を父に持つ一流商大の学生で、もう一方は母子家庭に育ち、道路工事のガードマンをしながらの税理士試験受験生だった。

 奇妙で不釣り合いな友人関係だったが、高卒で税理士に這い上がった賢志を、伸夫は高く評価していた。

 賢志は一科目合格の時点で横浜の会計事務所に入り、五科目合格で官報告示されると所長から女子大を出たばかりの一人娘を紹介され、そして婿に納まった。

 先代所長も叩き上げの税理士で、学歴よりも能力と根性を重視する主義だった。

 先代は、名目上現在も代表税理士だが、実務は婿に任せて、現在は趣味の鉄道写真と海釣りに出歩く悠々自適の毎日である。

 ――

 伸夫は、久しぶりに友人に誘われたゴルフの場で、愚痴をこぼした。

「もう帝都で、おれの将来はなくなっちまったよ」

 彼は国内最大級、そして世界でも指折りの大手である帝都・ウイリアムズ監査法人に勤務する公認会計士で、中堅より上、経営幹部(パートナー)まで秒読みの地位にあった。

 だが、帝都で、新人時代からのライバル、いや宿敵が先にパートナーになったのである。

 当然のように、露骨なまでの冷や飯攻勢が伸夫に加えられるようになった。

 やり場のない不満が、友人の前ではつい口に出た。

 賢志はそれを聞いていて、なんでもないような口調で、

「じゃあ、うちに来いよ。帝都のような高給は出せないが、できる限りのことはさせてもらう」

 と、アプローチしてきた。

「実は、コンサル部門を任せていた中堅が、独立するといい出したんだ。引き留めても辞めるといい張るから、ちょうど後釜を探していたところだ」

 話は、アウトを終わった昼食の場に移された。

「ありがたい話だが、おれでいいのか?」

「構わんよ。二カ月もあれば、退職の準備には十分だろう。だが、断っておくが、うちの事務所はブラックの一歩手前だ。申告の時期は、二週間泊まり込みになる。血反吐を吐くまでこき使ってやるから、覚悟しておけ」

 なにやら意地の悪そうな笑いを浮かべた。

 契約は成立した。

 話はそれから、プライベートな方向に移った。

 賢志は、三男が都内の大学を卒業し、現在税理士試験を受験しながら、都心の税理士法人に勤務していると語った。

 税理士試験は五科目制で、一科目単位で合格して行けばいいのである。

 二四歳の三男、信彦は既に三科目に合格していた。

 なお、長男と次男は、父親の仕事にまったく興味を見せなかった。

 長男は元甲子園球児で、地方の高校で教師をしながら野球部の監督を務め、甲子園出場を目指している。

 次男は水泳一筋で、現在は川崎市内のスイミングスクールでコーチをしていた。

「あと二年もあれば最終合格するだろう。いずれは事務所を継がせたいと思っているんだ」

 そういって、賢志は目を細めた。伸夫は内心、羨ましい限りだった。

 実は、彼は娘に自衛官どころかCAにすらしたくはなく、できることなら大学で経済学か商学を学ばせ、自分と同じく会計人の道に進ませて、行く行くは自分の勤務する監査法人の有望な若手を婿に迎えよう……と考えていたのである。

「そういえば、お前のところにも、近い歳の娘さんがいたんじゃないか?」

 賢志はなにげなくいったつもりだった。

 だが、伸夫にとっては、そうは受け取れなかった。

 星華が航空学生課程を修了する少し前の出来事だった。

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