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Wing Ladies——わたしたちは、今日も大空にいる。  作者: 土門康平
第3章 我が行軍は空を征く
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Scene#1 陸上自衛隊習志野駐屯地・空挺教育隊

「くそー、だりー!」

 助教室のドアが開いて、何人もの男たちがなだれ込んでくる。

 全員、迷彩の作業服姿だった。

 そのまま冷蔵庫前に直行すると、手に手にペットボトルを取り出し、よく冷えた液体をのどに流し込んだ。

「たまらんぜ。競技会マニアの次は、環境整備オタクなんだからなー。なんでこう、最近はユニークな団長ばっかり来るんだよ、習志野ここには!」

 ドカッと椅子に腰を下ろした小松二曹が、コーラのボトルから口を離して叫んだ。

 彼らが所属する陸上自衛隊空挺教育隊は、同じ習志野駐屯地に所在する第一空挺団の隷下部隊であり、空挺団長は駐屯地司令を兼務している。

 現在の空挺団長久保陸将補は、普段の執務の手が空くと、しばしば駐屯地内の見回りに出ては、「何号隊舎の前の芝生に、タンポポ(あるいはクローバー)が生えている!」と見つけると、目を爛々と輝かせて当該区域を受け持つ部隊の指揮官を呼び出し、「お前は何日に一回の割合で除草を命じているのか?」から始まって、「部下の報告を聞くだけでなく、自分の目で状況を確認しているか?」と、熱のこもった指導を繰り広げる人物だった。

 なにしろ空挺団に着任当日、着任行事が終わった直後に、整列した各部隊をそのまま待たせ、小型車に乗って駐屯地内を一周し、戻ると、「外柵沿いの除草が極めて不十分。直ちに、駐屯地全員で除草作業にかかれ」と命じて、実行させた人物である。

 勢い、空挺団ばかりか、業務隊やら基地通信隊やら、各部隊は連日のように受け持ち区域の除草やら落ち葉掃きに、情熱を注いでいるのである。

「競技会マニアも、たまりませんでしたけどね……」

 空挺団特科大隊から臨時勤務に来ている治も、愚痴交じりの回顧を口にした。

 治は、高等工科学校、つまり中卒で入隊する技術陸曹養成校出身で、卒業後、第三陸曹教育隊、そして富士学校特科部の教育を修了して三曹に昇任し、去年特科大隊に配置になったばかりだったが、着隊早々に銃剣道の集合訓練に放り込まれ、死ぬかという思いをしたのだった。

 前任の鬼怒川団長は、銃剣道といい、持続走かけあしといい、競技会の成績こそが部隊の精強度のバロメーターと信じているような人物だった。

 そして、本日も忙しいなか、除草作業を終えた彼らは、課業終了前のひと時、冷たいドリンクで水分を補給していたのである。

 その直後、ドアが開いて、教官の速水二尉が図板を手にして入って来た。

「小松に角田、おるか。――来月に来る、空自さんの落下傘降下訓練な、お前たちにも手伝ってもらうからな。そのことでだ」

 毎年恒例の訓練である。

 全自衛隊で唯一、落下傘降下訓練が可能な習志野であるので、航空自衛隊のパイロット要員の落下傘降下訓練も引き受けているのである。

 防衛大学校や一般大学を卒業し、幹部候補生学校を修了した幹部パイロットと、航空学生から上がって来る飛行幹部候補生も、航空学生課程の次の段階である飛行準備課程で、落下傘降下を体験する。

「基本的には、去年と同じですかね」

「うん」と、小松の質問に速水は肯定した。「訓練内容は変わらん。訓練計画の案と、学生名簿を置いておくから、目を通しておいてくれ」

 書類を挟んだ図板を残して、速水は姿を部屋の外に隠した。

「ちょっといいですか」

 といって、治は隣から書類に手を伸ばした。

 小松は助教三年目なので経験済みだったが、臨時勤務で来ている治は、もちろん、最初である。

 パワーポイントで作成された訓練計画に一通り目を走らせ、次に学生名簿を見た。

 知る人間がいるとは思わなかったが、どんな年代かも分からなかったから、一応知りたいと思ったのである。

 だが、その先入観は、ある人物の氏名の所で裏切られた。

「あまべ……せいか?――えっ、あの、天辺か」

 最初、自分の目を疑った。

 次に、同姓同名の他人ではないかと考えた。

 だが、

「出身地は、神奈川県。歳も同じだ。まさか……」

 彼にとって、余りにも信じられない奇襲攻撃だった。

 小学六年生の時の同じクラス、しかも机が隣だった天辺星華が、飛行幹部候補生となって落下傘降下訓練にやってくるのだ。

「嘘だろー!」

 余りの驚きに、治は声を挙げてしまった。

「ん? なんだ。うるさい奴だな」

 と、小松二曹に横目で睨まれて、思わず顔を逸らした。

 治の記憶のなかでは、星華はお姫様を思わせる育ちのよい、上品で可愛らしい女の子で、クラスでも男子の人気の的だった。

 一度同じ班の仲間と一緒に自宅に招待された時には、その家の広さと立派さに驚き、これまた上品な母親の手で供された上等な飲み物とお菓子に、再び驚かされたものだった。

 これが小学生の頃では最良の思い出であり、そして治が振り返って思うに、あの時星華に抱いた感情こそは自分の初恋だったのじゃないか、と。

 治は、分からないわけでもない授業の内容を、分からないふりをして星華に教えて貰ったり、旅行の土産を余分に買って帰ったりと、言葉を交わす機会を増やすため、あの手この手を尽くしたのである。

 だが、彼女は中学から私立に進学し、その時点で治とは縁が切れた。

 以来、諦めるもなにもなく、自然消滅した感情だった。

 ――でも、なんであんな、いいとこのお嬢様だったあいつが、飛行幹部候補生なんだ? パイロットどころか、自衛隊にすら関係ないはずだろう。分からん……

 国語の授業でも、作文で「わたしの将来の夢は、お母さんと同じ、客室乗務員になることです」と読み上げていたもんな……

 だが、少しして治は考えを改めた。

「これって、もしかしてどえらいチャンスなんじゃないか……」

 そして、その日から、治はこの空前絶後の機会を生かすべく、作戦を練り始めたのである。

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