Scene#11 防府北基地・助教室
ケイの苦難は、その日の夕方、防府北基地に戻ったあとで訪れた。
内務班に戻ったケイを、魔女が呼び出したのである。
助教室に入ったケイに、魔女は、外で誰も聞いていないことを確認した上で、
「いったはずです。恋愛は敵だと!」
と早速極太の釘をケイの胸に打ち込んだ。
ゴジラと化した魔女の口からは、毒に満ちた(とケイには感じられる)台詞が次々と吐き出された。
既に、魔女はケイと飛田が男女の仲になっているという情報を掴んでいたのである(なお、区隊長にも報告されている)。
「――でも班長、恋愛は、個人の自由だと思います」
ケイは標準語に戻り、なんとか反撃に出ようとしたが、一般論しか口にできない。
魔女の口調は、既になにもかもお見通しという自信にあふれていたからである。
「恋愛は自由……ふーん。確かにそうよね。やるべきことをやっていたら。――でも、最近の山之内は、明らかに成績が落ちています。これをどう説明するの?」
これには反論する方法がなかった。
当人が認めざるを得ない客観的事実だった。
実際、授業の最中も、夜間の自習時間も、省吾のことが頭から離れないようになっていた。
ケイは典型的な罠にはまりつつあった。
「このまま成績が落ちて行ったら、……分かるわよね」
魔女は、最後に刃を突き付けた。
学生の本分を犠牲にした恋愛は許されない。
その肝心な部分は、ケイにもいわずとも分かっていた。
「帰ります」
強引に、ケイは助教室を出た。下を向いたまま居室に戻り、ベッドに伏せて声を押し殺して泣いた。
近く、自分は航空学生の道か、飛田省吾のどちらかを選ばざるを得なくなる。
飛田の「一緒に民航機に乗ろう」という言葉が、退職と求婚を意味することは明らかだった。
既に、ケイにとって省吾の存在は、かつてのニクラウス以上に大きなものとなっている。別れること、別の道を歩むことを考えれば、胸は張り裂けそうになる。
――省吾。あたしはもう、おはんのものじゃって……
しかし、それならアメリカを捨てたのはなんのためか? 祖国と信じたアメリカを捨てて、選んだ道も、今となっては捨てることが出来そうになかった。
一方、学生に一方的に脱出された魔女にも、苦痛が訪れた。
助教室のドアが閉まった直後、急な痛みが、胸を襲ったのだ。
半年ぶりの発作だった。
机の上に左腕を立てて上半身を支える間、急いでポケットからメプチンスプレーを取り出し、口に当ててガスをのどの奥に向けて噴射した。
少しして、痛みと苦しさは去った。
悄然として、魔女は椅子に腰を下ろした。
――まだ、治っていなかった……
飛行幹部候補生の地位を失わせた病魔は、魔女の体に憑りついたままだったのだ。
――
飛田省悟の意志が固いと分かると、区隊長も学生隊長も、続けていた説得を諦めざるを得なくなった。そして、退職は承認された。
彼が防府北基地を去る日は、朝から雨が降っていた。
「いいの? 見送らなくて」
と星華が尋ねようと思った時、ケイが先に口を開いた。
「天辺、あたしの肩を押せかていてくるっ?」
「ケイ……」
当初、星華には直ぐに意味が分からなかった。
「彼よ追わんように。あたしが」
星華は、求められるとおりにした。
雨は、止まずに降り続いていた。
――あたしは誓った。この国の空を守るパイロットになろうと。だから、彼を追わない。
ケイは、自分にそういい聞かせていた。涙を流しながら。




