Scene#9 団本部隊舎
団本部正面玄関から、正門までの道に、人の列ができている。
女子職員から手渡された花束を左手に抱えて、神崎空将補は歩みを進めた。
基地のスピーカーからは、神崎の好む隊歌「蒼空遠く」が放送されている。
学生も、職員も、拍手で去り行く司令を見送っていた。
彼はこれから、東北の人口希薄地で、ドクターヘリの運行責任者となることになっている。
自らスティックは握らないが、結局空とは縁が切れないのである。
一人息子は希望通り運転士への切符を手に入れ、間もなく講習に入る。
いずれJR東海で、新幹線の運転席に座るだろう。
もはや、なにも憂うることはない。
――そういえば、昔『喜びも悲しみも幾歳月』という映画を見たな。俺の人生も、あんなもんだったか。
灯台から灯台へ、日本中の海の安全を守る男とその家族の半生を描いた映画を思い出していた。
海上保安庁に入った高校の同級生から、一方的にビデオを送り付けられた映画だったが、視ているうちに、すっかり主人公に共感するようになった。
――あいつも、大分偉くなっているようだ。羽田特殊救難基地長を務め終えて、海保大訓練部長になったらしいからな。
正門では、小銃を手に警衛隊員が待機していた。
警衛所の正面で、神崎は停止して、正対した。
「ささげ―、銃」
隊長の号令で銃礼が行われ、神崎が答礼する。
そのあとで、神崎は基地内の掲揚塔に翻る国旗に、現役生活最後の敬礼を行った。
見送る隊員たちの間から、拍手が沸き上がった。
神崎は、正帽を右手に取り、図上で大きく円を描くように振った。
別れの挨拶だった。
この日、一人のパイロット――TACネーム「アイアン」が、永遠にその翼を畳んだ。
総合計飛行時間は、三千百十時間である。
――一億二千万国民の灯す明かりを守り続けること。
拍手を送りながら、星華は(あるいは他の学生たちも)神崎の訓示を思い返していた。
「自衛隊でパイロットになるということは、つまりこれを守るということなのかも」
江田島で、島村緑に突き付けられた設問に、まだ自信はないが、星華は一つの答えを見つけたように思えた。
「二列縦隊、集まれ!」
勤務学生の腕章を付けた星華が、同期の区隊学生に対して号令をかけた。
本日の教育が始まる。
既に三月初旬である。
入隊から間もなく一年が経つ。
階級は一等空士になっていた。
「目標教場。前へ、進め」
行進の指揮も、最近はミスせずに行えるようになった。
「内務班長の指導も、効果が揚がっているようだな」
少し離れたところから注視する加藤区隊長の感想に、受け手は、
「お褒め頂き、恐縮です」
と、いささか恐縮とは反対のニュアンスで答えた。
「区隊長としては、感謝せねばならんな。俺も、女子を教育するのは、なにしろ初めてだった」
そして、加藤はいささか緊張して次のセリフを口にした。
「――具体的な形で礼をさせて貰えないか。パスタとかの美味い店でよければ」
昔、偶然に水野の好物を知っていたことが、この時役に立った。
「よろしいですわ。楽しみにさせて頂きます」
そう答えて、水野は靴音高く先に歩き出した。
加藤は、内心安堵の息を漏らした。
間もなく次期学生が入隊して来る季節である。




