Scene#6 防府北基地・教場
「気を付け。敬礼。直れ」
団司令が答礼後、着席した七五名の学生たちは、演台の神崎一佐に視線を集中させた。
団司令訓話のテーマは、パイロットの心構えだった。
「本日は、団司令が『パイロットとしての心構え』について、教育する」
そう前置きをして、神崎は自ら作成したプレゼンテーションをスタートさせた。
彼自身の経験からも、こうした訓話や、部外者等を招いて行われる講話は、普段のハードトレーニングで疲労の蓄積している学生たちにとっては、絶好の休憩タイム――つまり船漕ぎ時間となると分かっている(というより、神崎自身が、座学では同期のなかで最も居眠りが多い学生だったのだが)。
それを見越して、単に文字や略語だけではなく、イラストや写真、動画を多数盛り込む必要があるのである。
神崎が最初に選んだ題材は、平成十一年十一月に埼玉県で発生したT―33A練習機の墜落事故だった。
「年間飛行、これはパイロットの技量を維持するため、パイロットが必ず実施しなければならない飛行だが、このために入間基地を離陸した一機のT―33が三十分間の飛行訓練を終了し、帰投のため入間基地の管制塔と通信を設定した直後に、エンジントラブルが発生した。燃料ホースからの燃料漏れにより、エンジンが発火したのだ」
十三時三十八分にマイナートラブル通告、T―33は、異臭、振動、異常音、オイル臭を管制塔に通報し、二分後に緊急事態を宣言。
そして四十二分、ベイルアウトを通報した。
「だが、搭乗の二名は脱出しなかった。T―33が、まだ市街地上空を飛行していたからだった。住民への被害を防ぐためには、まだ機を捨てることができなかった。両名は必死に操縦し続け、漸く入間川の河川敷に到達した時、初めてベイルアウトした。だが、その時の高度は三百メートルを切っていた。これは、安全に降下できる最低限度を下回る高度だ。機体は高圧電線に接触し、河川敷に墜落した。また、高圧線に接触する前後にベイルアウトした二名のパイロットは、いずれも殉職した。――」
プレゼンを操作しながら語る神崎に、学生たちは無言のまま視線を向けていた。
「この事故のあと、近くの高校の校長が、生徒たちに向けて『もし皆さんが彼らだったらこのような英雄的死を選ぶことができますか』と語りかけたという。もとより、我々は航空機を飛ばす時、なにより安全を重視し、自分も、周囲にも被害を出さないことが第一だ。できれば、このような形で『英雄』になることは避けなければならない。だが一方で、この世界の空軍だろうが、航空会社だろうが、航空機を扱う組織では、常に墜落を含む事故の発生を覚悟し、その発生に備えなければならないのである。
いいか、諸君はこの先、練習機としてT―7、T―4、さらにその先は戦闘機、輸送機、ヘリ等に分かれて実任務に就く。単座式・副座式を問わず、その操縦席に座り、操縦桿を握るということは、自らと搭乗者、そしてそれらばかりでなく、多くの地上にいる人々の安全を預かる身になるということを意味する。その時は、一命を以って幾千もの人命を預かる身になることを今から覚悟せねばならん」
そこまでいって、神崎司令は次のトピックに移った。
視線を動かさず、星華は思い出していた。
江田島で出会った島村緑が口にした言葉、「なんのために飛ぶのか?」を。
諦めなければならない夢があった。
代わりになる夢が欲しかった。
ただ、同じ空への道ということで選んだ航空学生。
だけれども、それは想像もしなかった重い覚悟を求められる道だったと、今になって星華は知らされた。
――例え自分が死んでも、数千人を生かす。
その言葉を反芻しながら、星華は、自分の両肩が固くなっているのを感じていた。
それだけの覚悟があるのかと、問われていることを知った。
「わたしは……なかったのかも知れない」
胸のなかで呟いた台詞が、これだった。




