Scene#1 航空自衛隊防府北基地
「最集弾落下、いまー!」
助教・山下二曹の声に続いて、火工品が大きく空気を吹き鳴らす音が聞こえる。
「第三班、突撃にー、前へー!」
一斉に航空学生たちは身を起こした。六四式小銃を前方に構え、引き金を引く。空包が轟き、衝撃が撃った者の耳を突き抜ける。煙が硝煙の匂いとともに吐き出されて、それが顔を覆う。薬莢が薬室から弾き出される。
「わあー!」
銃剣を煌めかせ、学生たちは小銃を両手に構えて走り出した。目標は目前である。
学生たちは再び伏せ、銃を前方に構え治す。お約束通り。やっと終わりだ。解放される。
「状況おわーり、安全装置、銃置け。その場に立て!」
八人は土埃だらけの体を起こした。銃の二脚を立てて地面に置いた天辺星華は、銃に手を伸ばし、銃剣を外そうとした。指先が触れようとした瞬間、
「馬鹿もん、天辺学生、まだ空包が入っとるんだぞ!」
厳しい叱声に、星華は体を硬直させて手を引いた。
「はい、済みません!」
精一杯の声で、星華は叫んだ。答える、というより叫ぶ。野外ではそれがコツだと学んでいた。
「弾抜け、安全点検!」
右ひざを地面に付け、槓桿こうかんを手前に引くと、未射撃の空包が引き出された。弾倉を外す。銃剣を外すのは、そのあとである。
「剣取れ!」
一連の安全動作を終えると、三個班に分かれていた学生たちは整列を命ぜられた。
「どうした、元気がないぞ!」
助教の声は容赦ない。数百メートルを、射撃と交互の躍進で前進し、第一から第五までの匍匐前進、最後の突撃。それを数セットやらされて――元気もなにもあったものじゃなかった。学生たちは皆肩で息をし、顔面は土埃の混じった汗に濡れていた。
整列した二十五人の学生たちを前に、仁王立ちになった区隊長・二等空尉加藤大介は大声で宣告した。
「攻撃失敗! 第三区隊全滅! なぜだか、分かるか?」
両目を大きく見開いて、区隊長は申し渡す。
――これで終わりだと思ったのによー。
――勘弁してくれー。
というのが聞かされる学生たちの本音だが、彼らも表情には出してはならないと、既に学習済みである。星華も「これで終わりと思ったのに……」と同じ気持ちだったが、左右に習う。
「突撃発起までの間、敵方を確認していた者がどれだけいたか? 挙手」
そういわれて、右手を挙げた学生はいなかった。
「間もなく突撃という時、目標の方向をしっかり確認しておかなくてどうするんだ! いいか、敵は我が方を睨んで、バンバン撃って来る。立ち上がったら、撃たれる前にそういう敵を見つけておいて、先んじて撃つ! でなければ、突撃は成功せん。お前たちはパイロットになるから、これがただの体験学習だと思っていたら大間違いだ。ベトナム戦争では、アメリカ空・海軍のパイロットは、持てるだけの小銃や拳銃、そして弾薬を携行して出撃した。敵支配地域の上空で撃墜されたら、無事落下傘降下したとしても、味方に合流できるまでの間、自分で戦って血路を開かにゃならなかったからだ。銃を持って自分の体で戦えない者は、それだけでパイロット失格である。突撃動作を、再度演練する」
星華も、他の学生たちも、「ラオウ」こと加藤区隊長の宣告に一様に肩を落としたのはいうまでもなかった。
――
「控えー、銃つつ!」
加藤区隊長の号令が響く。訓練場から隊舎までハイポートだ。四キロ以上もある銃を両手に抱えて、走らなければならない。これがまた厳しい。
「イチ、イチ。イチ、ニ、ソーレ!」
「連続歩調、チョーチョーチョー、トレ―!」
いつもながら、星華にはこれが辛かった。戦闘訓練よりも。脚力だけならまだしも、両手に鉄の重い筒を構え、声を限りに挙げなくてはならない。鉄帽が脳天に食い込んで、ギリギリ痛む。男子ですら顎を出すのである。うっかり口を開かないと、それだけで叱責される。
――わたし、今、なにをやっているんだろう……
愚痴は、心のなかでもいわないつもりだった。それでも、去年の春までは想像もしなかった毎日が続くと、疑問は押さえきれなくなる。
――飛行機に乗るために、こんな訓練が必要なの?
顔を、汗が流れ落ちる。そして、目に入って痛い。開けていられなかった。
「声がちいさーい!」
星華は、疑問を振り払い、声を絞り出すようにして叫んだ。
「イチ、ニ、ソーレ!」
星華は、泣き出す寸前だった。
――あんなことがなければ……
今頃は、きっと第一志望の女子大のキャンパスで、スイーツやドリンクを前に、友達と楽しい会話を交わしながら、将来への夢を膨らませていたのに。




