ただいまの匂い
彼女は今日はご機嫌だった。
「ただいま」
の声が、高くてよく通るから。
そんな日が続くと、自然とこっちも嬉しくて、
傍に行くと、やっぱりご機嫌で。
優しい匂いがする。
彼女はお気に入りの音楽を、
何度も聞きながら、
鼻歌を口ずさむ。
でも、たまに帰ってこない日は。
そわそわして眠れない。
そんな時も、次の日のお昼前には一度帰って来て。
「ごめんね」
って言ってくれるから。
帳消し。
すこし、豪華なご飯もくれる。
でも、天敵が来ると。
こっちも臨戦態勢。
第一戦闘配備。
だって。彼女は天敵に夢中だから。
天敵は愛想を振りまいて構ってくるけど。
無視。
無視。
無視。
そして、しかられてしょぼん。
その夜ほど、嫌なものはない。
寝室に立ち入り禁止令が発布される。
いつも開いている扉が閉められる。
だから部屋の隅の観葉植物の傍で。
耳をそばだてないように。
眠る。
眠る……
眠れない。
次の日の朝。
彼女の幸せそうな顔を見ていたら。
複雑。
複雑。
複雑。
彼女は天敵と仲良さそうに朝ご飯。
見ないように朝ご飯。
そして、お留守番。
そんな日々が続いたある日。
「ただいま」
彼女の声はか細くて沈んでいた。
なんか悲しい匂い。
傍に行くと、物憂げな眼差し。
いきなり抱きついて来て。
泣いている。
どうしたんだろ?
どれくらい泣いていたのかな。
彼女は、頭をそっと撫でながら。
涙いっぱいの目で笑ってる。
どうやったら、あの幸せそうな顔を見られるのかな。
また、あの笑顔が見たいのに。
なにかできること。
音楽聞く?
お散歩行く?
一緒に寝る?
あるかな。
拙文、お読み下さりありがとうございます。