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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

封印虫

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ホルマリン、と聞いたら君は何を思い浮かべる?

 科学関連に理解がある人以外だと、生物標本に使われる防腐剤のイメージではないだろうか。

 研究において、代表的な個体や特異な個体などはサンプルとして残しておきたいもの。それが在った当時の状態を保つことで、今後の研究に役立てていく。

 仮に崇高な目的がなかったとしても、存在した姿をとどめておく技術には価値がある。諸行無常に逆らおうとする知恵の集まりであり、人によっては賛否に意見が分かれそうなのも技術の高さをアピールしている、ともいえる。


 保存技術は、なにも研究室でばかり使われるとは限らない。

 たとえ研究のためでなくとも、生活のため。私たちは自分たちという存在を維持するために様々な手を打っている。

 そして人以外もまた、自分たちを保って、いざというときに備え続けているかもしれない。

 私の以前の経験なんだが、聞いてみないか?



 ドリンクバー、といったら今のご時世、知っている人の数はだいぶ増えたと思う。

 1990年代あたりから、本格的に拡充したこのシステムはかなりの人気を博した。

 それらの歴史的背景などについては、ここでは割愛して、純粋に飲む側目線である私の視点から話そう。

 一定の代金を事前に支払いさえすれば、複数種類の飲み物を自由に飲むことができるこのシステムは、こづかいの限られる学生にとってありがたかった。

 しかし、過ぎたるはなお及ばざるがごとし。

 いかに自由に飲めるといっても、それらをいっぺんに飲めばおいしいかというと、そうとは限らない。

 いわゆる、ミックスジュースというやつだ。


 仲間うちでする罰ゲームのひとつとして、定番だったのがドリンクバー全種類をくわえたミックスジュースを飲むというものがあった。

 グラスを置いて、ボタンを次々押していく姿ははた目にもみっともないし、できあがる色合いだってコーラからメロンソーダ、オレンジジュースなどの色合いをバラバラに浮かばせる気味悪いものが生まれかねない。

 雑多に甘くて、ぬるい炭酸飲料だ。いずれも中途半端で、色合いも含めれば好き嫌いが大きく分かれるものだと思う。


 私は比較的、大丈夫な人種だった。

 進んで罰ゲームを受ける側になる、というのは若きプライドが承服しかねるが、仮に喰らったとしても、いざとなれば平静を装って飲むことができるくらいだったよ。

 とはいえ、みんなが期待するのは平然と飲み干す姿じゃなく、四苦八苦しながらちびちびと飲んでいく姿であろう。

 対象を、みんなして笑う。同じ感情を共有できるという時間は、確実に互いの中を深めるのに役立つのだから。


 罰ゲームの品は、自分で用意してくる。

 ドリンクのサーバーで、すべての飲料をちょびっとずつ付け足していったが、それでも足らずに、コーヒー向けのミルクやガムシロップなども投入するのが、私たちの流儀。

 これによってかもしだされる、微妙な甘さこそが苦手とする人の増えどころではあるが、それ込みで私は嫌いじゃなかった。

 友達もそれは知っているから、私に関してはちびちび飲みを許さず、一気飲みを強要してくる。

 私ももう何度もやったパフォーマンスだし……と、今回もケミカルな色をたたえる液体を、ぐっと一気にあおっていったのだけど。


 ほぼ中身の半分ほどを流し入れたところで。

 液体のみならず、入っていた氷数個も口へ飛び込んでくる。つかる液体そのものは冷たくとも、周囲の気温差相手に、元の大きさを保つのは難しい。

 ほどよく小さくなっていった氷は、グラスの傾きにつられて、どんどん口へ飛び込んでいく。

 これもまたお約束のこと。私は一緒になだれ込んでくる氷たちを、軽快に音を鳴らしながらかみ砕いていく。


 にゅるり。

 そのさなか、明らかに氷とは違う軟体を、私は思いきり噛んだんだ。

 まるごとかじった明太子にやや劣るかという歯ごたえ。されど、そこからにじむのはほのかな辛さではなく、苦み。

 甘さが殺到するミックスジュースの中で埋もれず、「ふき」の煮つけをたっぷり口に含んだかのような味が、舌へ絶え間なくアピールしてくる。


 誰もいないなら吐き出していたところだが、ここは大勢の前。ヘタな失態は、あとあとまでいじられる材料となる。そんなのはゴメンだ。

 ごっくりと、私はまるごと飲み込む。

 みんなの拍手のもと、軽くそれにこたえてあげるも、のど奥にはいまだ苦みが残っている。普段ならしつこく残るシュガーの甘みたちを押しのけ、かすかなひりつきさえ感じ出していたよ。

 このあともいくらかお冷を飲んで、こっそり洗い流そうとするもかなわないまま。


 ――やっかいなヤツを、入れちゃったかなあ。


 その様子をみんなといる間はおくびにも出さず、どうにか解散まで持ち込んだのだけど。


 家に帰り着く、少し前。

 私は急な便意を催す。その湧き上がりは、長く踏ん張れるとは考え難い下痢タイプのうずき。

 うっかり出ないよう、足をできる限りそろえながら小走りになる奇妙なかっこうで、自宅のトイレへ直行。しばし占拠してしまう。

 どっと出てくるのは、私の中にとどまっていたものだが……ちょっと様子がおかしい。


 下痢であったなら、その形は水のように形が崩れきっているはずだろう。

 けれど、ひり出されていくのはあまりに形が整いすぎていた。いささかも途切れることなく、どんどんと曲線を描きながらつむがれる一筆書きは、ソフトクリームメーカーの産出物とさえ思われるほど。

 人生最大、最長級の大物が、便器の底の水にも入りきらず、顔をのぞかせている。

 ぐうう、となるお腹の音を聞きつつも、感覚的にはひと段落。私はさっと流していった。

 水の流れにおされ、たちまち身を崩す柔らかさ。つまる心配は、まずないだろう。

 一気飲みのときもそうだったが、私自身の尊厳は守られた。

 そのときは何よりも大切なことで、また胸をなでおろしたんだけど……私は分かっていなかったんだ。

 あのときの苦み、そのもとを飲み下してしまったことのリスクを。



 もたらされる凶事は、さして間を置かずにあらわれた。

 夕飯を食べ終えた直後、私はまたも便意に襲われたんだ。

 胃腸の調子が悪い間は、ずっとこうしたものだと、経験上から悟ってはいたが、いざ「こと」に至って目を向いたよ。

 いくらか前に、途切れないままにひねり出されていく便を目にした。だが、今回は「便」と呼ぶのは、いささかはばかられる。

 なにせ夕飯に食べたものが、ことごとく元の形を保ったままで、尻から便座の底へとつながって、伸びていくのだから。

 食べ物で遊ぶのはご法度とされるが、そうでもしない限りはとうていできない作品。

 こんもりと補充される便器底に対し、私はまたも空腹の頂を味わう羽目になる。

 食べたものが、消化されずに芸術となる。それすなわち、私は食物から栄養をとって、命をつなぐことままならない、という事態なのだから。


 一日の様子見をして、私はことごとく取り入れたものを外に出してしまうことを確認。

 かかりつけの病院へ行ったところ、しばし入院をすることになったよ。

 お医者さんは「こおりむし」の仕業だと教えてくれたなあ。なんでも、あらゆる氷の中に閉じ込められている可能性がある、生命体なのだとか。

 あいつは身体の中に入ると、どこからでも生物の胃腸を目指し、そこに入り込んでくるものをことごとく加工し、ひとつなぎにして外へひり出させてしまう。

 その活動は、作品制作に打ち込むアーティストを思わせる。されど、その存在はレントゲンなどを撮ってみても、確認ができないものなんだ。


 対策は絶食。私がやったように24時間体制でのブドウ糖点滴で、身体をもたせることもある。

 芸術のためのネタもなくなれば、彼らはいずこかへ去っていく。そしてまた氷に閉じこもって、自分たちの状態を保ちながら、また腕を発揮するときを待ち続けるのだとか。

 私は三日ほど病院のお世話になり、胃腸の調子は戻ったものの、それからは不用意に氷をかじらないようにしているよ。

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